190 真相
相沢と中野の試合は、一進一退の攻防を繰り広げていた。
二人はともにペンドラだ。
ドライブの引き合いで、互いにコートから大きく下がり、そのラリーは大観衆を魅了していた。
「おっちゃん、頑張れ~~~!」
観客席から慶太郎が必死に声を挙げていた。
そう、相沢は誘拐犯から自分を救ってくれた大恩人だからである。
「相沢さーーん!しっかりーー!」
無論、慶三も懸命に応援していた。
『たまたまおっさん』ベンチでも、これに勝ったらハワイ旅行だと思うと、応援にも一層、力が入っていた。
方や、『クラクラチーム』もそれは同じだった。
特に、この試合に他の者を誘った板倉は、「中野~~~!行け行け~~!」と大声を出していた。
相沢は懸命にどこまでも頑張り続けたが、そこは中野がやはり一枚上手だった。
まさに悦子が言ったように、相沢はクラブチームなのだ。
センターにも通い、上級者と練習することはある。
けれども、中野や板倉が所属する『長和自動車』は、精鋭ぞろいだ。
そもそも練習内容からして違うのだ。
結局試合は、21-16、21-14と、2-0で中野が勝利した。
「整列してください」
審判が両チームを呼んだ。
そして彼らは、それぞれ台に着いた。
「たまたまおっさん対クラクラチーム、3-2でクラクラチームの勝ちです。ありがとうございました」
審判が勝敗を告げると「ありがとうございました!」と双方は一礼してベンチに下がった。
相沢が「すまんかった」と詫び、彼らが励ましている傍らで、中川は悦子をじっと見ていた。
そう、中川は気掛かりなことが一つだけあったのだ。
そして中川は悦子の元へ向かった。
「よーう、北京さんよ」
悦子は、北京と呼ばれ、言い間違いに笑っていた。
「北京て、なんやねん」
「あっ、違った。ゼンジーさんよ」
「あはは、ほんまは、それもちゃうし」
悦子の横で、朝倉も笑っていた。
「あのよ、聞きたいことがあんだけどよ」
「うん」
「おめーさんよ、先生と板倉の試合の時、人体実験っつってたよな」
「うん」
「あれは、どういう意味だったんでぇ」
「そのままやで」
「そのまま?」
「あんたの監督、慎吾はな、板倉を使って阿部さんや重富さん、森上さんに戦い方を教えてたんや」
「え・・」
「慎吾てさ、バリバリのドライブマンやろ。せやけど1セット目はまったく下がらずにミート打ちを連発。ほんでそっからストップ」
「・・・」
「まさに、阿部さんと重富さんのタイプや。ほんで2セット目はドライブを連発。で、ストップ。これは森上さんやな」
「す・・するってぇと・・先生は・・緊張してたんじゃねぇのか・・」
「あはは、あんたさ、慎吾が緊張なんかするはずないやろ」
「・・・」
「中川さん」
朝倉が呼んだ。
中川は黙ったまま朝倉に目を向けた。
「日置さんは何も言わないけど、そういう人なのよ」
「え・・」
「緊張どころか、ものすごく余裕があったのよ」
おいおい・・
ほんとなのかよ・・
「でもよ・・先生、緊張してるって言ってたぜ・・」
「あはは、そんなん嘘や、嘘」
悦子は爆笑した。
「なんやようわからんけど、慎吾があんたにそう言うたんは、事情があったんとちゃうか」
「事情・・」
あっ!そういや・・チビ助がなんか「違うで」と言ってた時・・
先生はチビ助を連れて・・私から離れたよな・・
あれは・・そう言うことだったのか・・
するってぇと・・チビ助は・・先生の意図を読んでたってことか・・
もしかすると・・重富も森上も・・
知らなかったのは・・私だけかよ・・
「中川さん」
中川は呆然としたまま、悦子を見た。
「こんなん言うたら、慎吾に怒られるかもわからんけどな」
「え・・」
「あんた、文久、やったっけ。そこに助っ人として参加したやん」
「うん」
「で、揉めたんやろ」
「あ・・ああ」
「慎吾な、私に「中川を挑発してくれ」て、頼んだんやで」
「えっ」
「私な、気が進まんかったけど、やろと思てたんや。せやけど、男の人らに腹立ってな。結局、あんたを挑発すんのやめたんや」
「・・・」
「慎吾は、あんたもそうやけど、選手のことをいつも考えてるんやで。何も言わんだけでな」
「そ・・そうか・・」
「それでもまあ、あんたはええ選手や」
「え・・」
「なんちゅうんか、体裁なんか気にせんとさ、思たら思たまま行動する。それでええんちゃうか」
「・・・」
「心配せんでええ。あんたが暴走したら、慎吾がブレーキかけよる」
――「えー、ただ今より表彰式と閉会式を行いますので、選手の皆さんは中央へお集まりください」
本部席から放送がかかった。
「よし。ほな、ひなちゃん行こか」
「そうね」
「あっ・・あの・・ゼンジーさんよ・・」
「ん?」
「私は・・どうしたらいいんでぇ・・」
「なにをよ」
「その・・先生の意図を・・何もわかってなかった・・」
「うん」
「な・・なんて・・言えばいいんでぇ・・」
「なんも言わんでええがな」
「え・・」
「あんたは、あんたのままでええ。でもな、慎吾のことは理解したってや」
「・・・」
「あんたが思てるほど、単細胞やないってことや」
「う・・うん・・」
「ほなな」
そして悦子と朝倉は中央へ移動した―――
やがて閉会式も終え、日置らは体育館を出ようとしていた。
「日置くん!」
相沢が慌てて追いかけて来た。
そこで日置らは立ち止まった。
「はい」
「これ、この子らにやるわ」
相沢は、二位の副賞としてウォークマンを四台を手にしていた。
「いえ、頂けません」
「なに言うてんねや。きみが参加してくれたおかげでええ試合が出来た。ほんでこの子らも精一杯応援してくれた。そのお礼や」
「いえ、そんな」
「中川さん」
相沢が呼んだ。
中川は黙ったまま相沢を見上げた。
「どないしたんや」
そう、中川は元気を失っていたのだ。
「どうもしねぇさ」
「ほれ、これ受け取ってくれ」
「いや・・そんなわけにはいかねぇ」
「いや、ちゃうねん。わしらな、こんなハイカラなもん、いらんねや」
「え・・」
「みんな年寄りばっかりやろ。持ってても意味ないねん」
「吉野が・・いるじゃねぇか・・」
ちなみに吉野は、日置と同い年だ。
「あいつは、もう持っとんねや」
「そうなのか・・」
「な、日置くん、そういうことやから、受け取ってくれ」
「そうですか・・なんだか申し訳ありません」
「よし。ほな、これな」
相沢はそう言って、彼女らに一台ずつ渡していた。
「すみません、ありがとうございます」
「ありがとうございますぅ」
「ありがとうございます」
阿部ら三人は丁寧に頭を下げた。
「中川さん?」
何も言わない中川を、日置は心配した。
それは彼女たちも同じだった。
さっきまでの勢いはどこへ行ったんだ、と。
「え・・」
中川はぼんやりと日置を見た。
「ちゃんとお礼を言いなさい」
「あ・・ああ。ありがとうございます・・」
「日置くん、きみら、ほんまにおおきにな。ほな、またな」
そう言って相沢は、吉野らの元へ戻って行った。
「中川さん、どうしたの?」
「どうもしねぇさ」
「具合でも悪いの?」
「先生よ・・」
「なに?」
「今日は・・帰ってもいいか・・」
「え・・」
「練習は明日からちゃんとする。でも今日は帰らせてくれ・・」
中川はそう言い残して、先に体育館を後にした。
「中川さん・・」
阿部も呆然としていた。
「中川さぁん・・どないしたんやろうぅ・・」
「あの・・先生」
重富が呼んだ。
「なに?」
「訊きたいことがあるんですけど」
「うん」
「中川さん、大村さんと揉めてチームを抜けましたよね」
「うん」
「でも先生が引き止めてくれはったんですよね」
「うん」
「私・・思うんですけど、中川さんやったら、いくら引き止められても戻らないと思てたんですけど、あの子は戻ってきました。ほんで、大村さんに「すみませんでした」って頭を下げたんです」
「うん」
「先生、どうやって中川さんを説得しはったんですか」
「ああ、それね。僕はきみのために頭を下げろって言ったの」
「え・・それって私のことですか」
「そうだよ」
「なんで・・私のために・・」
「クラクラチームと対戦させたかったからだよ」
「え・・」
「中川はね、自分のためなら絶対に動かない。でも、重富さんのために頭を下げるならできると思ったの」
「そうやったんですか・・」
「事件」を知らない阿部と森上は、なんの話だ、と驚いていた。
「あの子は、そういう子だよ」
「中川さん・・私のために頭を・・そうやったんや・・」
そこで重富は「中川さん~~!」と叫びながら体育館を出て行った。
阿部と森上も、重富を追った。
中川さん・・私のために我慢して・・
あんた・・なんで言うてくれへんかったんや・・
重富は必死で中川を追いかけた。
「中川さん!」
中川に追いついた重富は、思わず腕を掴んだ。
驚いて振り向いた中川の目には、涙があふれていた。
「中川さん・・どうしたん?」
「なんでもねぇって・・」
「いや、あのさ、あんた、私のために頭を下げてくれたんやろ」
「え・・」
「チームに戻った時」
「あ・・ああ」
「なんで言うてくれへんかったんよ」
「別に・・言うほどのことでもねぇさ」
「ほんで・・なんで泣いてんの・・」
そこへ阿部と森上も追いついた。
「中川さん・・」
阿部と森上は「あの」中川が泣いていることが信じられなかった。
「中川さぁん、どうしたぁん」
「どうもしねぇさ」
「いや、中川さん、なにがあったん?」
阿部が訊いた。
「チビ助・・おめーよ、知ってんだな・・」
「なにを?」
「先生の試合のことさね・・」
「あ・・ああ」
「重富も、森上も知ってたんだな・・」
「うん・・」
「そうか・・やっぱりな・・」
「それがどないしたんよ」
阿部が再び訊いた。
「いや、私はさ、チビ助が言うように、なんも知らねぇで出しゃばってよ・・」
「え・・」
「反省してんだ・・」
「いや・・そんなこと・・」
「ちょっと頭を冷やしてぇんだ。だから帰る」
「そんな・・」
「にしても・・先生って、でけぇ人間だな」
「・・・」
「ほんと・・すげぇぜ・・」
そう言って中川はこの場を去った。




