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サーよし!2  作者: たらふく
189/413

189 誰のため




その後、2セット目も一進一退の展開で試合は進んだが、悦子がどれだけ一流であろうと、日置と相沢という男性ペア相手では不利が生じていた。

それこそ、日置は悦子に対してスーパードライブをお見舞いし、悦子は成す術もなかったのだ。

一方で、悦子のボールを受ける相沢は、その妙技に何度も翻弄されていた。

一瞬で相沢の動きを見抜く悦子の判断は、常に相沢の裏をかいていた。

かと思うと、真正面からの攻めもありで、まさに「マジシャン」のようだった。


デッドヒートを繰り広げる彼らの試合に、観戦者は驚嘆していた。

これぞ決勝戦だ、と。

それに「あんな人、おったか」などと、今さらながら日置のことを言う者もいた。

結局、このセットも21-18で日置らが取り、これでゲームカウントは2-1と『たまたまおっさん』が一歩リードした―――



「やった~~~!」

「よう頑張った!すごかったで!」

「いやあ~~ほんま、きみら、どえらいペアや!」


吉野ら男性は、これ以上ないくらい二人を称えていた。


「ああ~しんどかった」


相沢はホッとした様子で、明るく笑っていた。

その横で日置も微笑んでいた。


「先生!すごかったです!」


阿部が目を輝かせて言った。


「ほんまですぅ~もう~興奮しましたぁ~」


森上が言った。


「相沢さんも、めっちゃうまいですね!」


重富が言った。

すると相沢は、嬉しそうに「おおきにな」と答えた。


「よーう、先生、相沢さんよ」


中川は、また二人の前に立った。


「わしらの試合、どうやった?」


相沢は、中川が何を言うのかと楽しみだった。


「いやっ、見事だ。ご苦労だった!」

「あはは、それだけかいな」

「なんでぇ」

「もっと、なんちゅうんかな、ケツ叩くというか」

「いやっ、私はあやつらと対戦したからわかるんでぇ。相沢さんよ、おめーさん、見上げたもんだぜ。男さね!」

「あはは、おおきにな」

「中川さん」


日置が呼んだ。


「なんでぇ」

「僕は?」

「先生よ・・ここに来て、やっと緊張が解れたんだろ」

「え・・」

「しっかしよー、ダブルスの2セット目でやっとかよ」


そこで日置は、たまらず「ぷっ」と笑った。


「笑ってる場合かよ。でもま、いいさね」

「ん?」

「ゼンジーペアは本物だ。そこに勝ったんだからよ、てぇしたもんだぜ!」

「ありがとう」

「おめーらは、もういい。三木さんとやら!」


中川は次に出る三木を呼んだ。

呼ばれた三木は「なに?」と半笑いで答えた。


「朝倉ってねぇさんは・・あっ、先生よ」

「なに?」

「あの人、タイプはなんでぇ」

「ああ・・裏と一枚のカットマンだよ」

「なにっ!私と同じじゃねぇか!」


そこで中川は「三木さんとやら、よく聞きな」と言った。


「そもそもカットマンってのはな、前後の動きに弱いんでぇ。だからよ、前後で動かしな。それと一枚は変化がないぜ」

「うん」

「それと、中途半端なところに送ると、向こうさんは打って来るから気を付けな」

「うん」

「おめーさんが勝って、ハワイへ行くんでぇ!いいな!」

「おう!」

「よーし!徹底的に叩きのめして来な!」


中川はそう言って三木の背中をバーンと叩いた。


三木は思った。

なんの役にも立たない自分は、こうまで真剣にアドバイスされたことなどない、と。

いや、励まされたり、後押しされたことは何度もあったし、実際に今日もそうだった。

けれども中川の、その「熱意」は、また別だ、と。


そやな・・

もうあかんと思てたけど・・

ここは僕も頑張らんといかん・・

いつも相沢くんに頼ってばかりやったけど・・

よーし、いっちょやったろうやないか!


そして三木は、みなに後押しされてコートへ向かった。



―――クラクラベンチでは。



「ああ~慎吾、やっぱり強いわ」


悦子は、さっぱりとした表情でそう言った。


「相沢さんも、なかなかだったわよ」


朝倉が答えた。


「そやな。まあこればっかりはしゃあない」

「そうね」

「ひなちゃんは問題ないとして、ラストやで、中野」

「相沢にやったら勝てる」


中野は自信ありげだった。


「そらそやな。向こうは、いうてもクラブチームや。こっちは実業団の現役。負けはあり得へんで」

「わかってる」

「じゃ、行って来るね」


朝倉はラケットを手にした。


「ひなちゃん、頑張ってな」


板倉は、優しい口調でそう言った。


「おめーの分まで取り返すわよ!」

「おめー・・それ、やめて」

「あはは。冗談よ」

「ほらほら、そんなんは二人っきりの時にやって」

「やだ、えっちゃんったら」


朝倉は苦笑してコートに向かった。

三木対朝倉の試合は、気の毒なほど三木は何もできなかった。

そもそも朝倉のカットをスマッシュする技もないし、ましてやストップなどやったこともなかった。

それでも三木は、ミスを繰り返すも、「どんまい!」と声を出しながら向かって行った。


三木の様子を見て驚いたのが、『たまたまおっさん』の者たちだった。

そう、三木は試合で声を出すことなど、まずなかったのだ。


「三木~~~!引くんじゃねぇ!」


中川は一番大きな声を出して、三木を励まし続けた。


「そうや~~!三木さん、こっからや!」


相沢も檄を飛ばした。


「三木さーーん!挽回ですよーー!」

「1本やで!」


吉野も箱崎も声を張り挙げていた。

そして日置と彼女らも「頑張れ~~~!」と応援した。

けれども声援もむなしく、三木は21-4、21-6と大差で負けた。


「あかんかったわ。すまん」


ベンチに戻った三木は、そう言って頭を下げた。


「よーう、三木の字さんよ」

「えっ・・」


変な名前で呼ばれた三木は、この子はほんまにおもろいな、と思った。


「謝ることなんてねぇぜ」

「え・・」

「おめーさんは、よく最後まで頑張った。それでいいじゃねぇか」

「でも、きみのアドバイス、なんもでけへんかったし」

「っんなこたぁいいんでぇ。ようはここさね、ここ」


中川は自分の胸を叩いた。


「ここ・・」

「おめーさんの試合は、心の臓に響いたってんでぇ」

「そうなんかな」

「そうさね。だから謝ることなんてねぇのさ」

「うん、ありがとうな」

「いいってことよ!」


中川は三木の肩をポーンと叩いた。


「きみ・・ほんまおもろいな」


相沢は、笑いながら言った。


「なにが面白れぇんだ」

「心の臓とか、三木の字とか」

「こちとら真剣も真剣さね。面白れぇって意味がわからねぇぜ」

「相沢さん」


日置が呼んだ。


「ラストですよ」

「おう!そやったで」


相沢は慌ててバッグからラケットを取り出した。


「それだ!相沢さんよ、ハワイはおめーさんの肩にかかってんだ。助手をぶっ倒してやんな!」

「おう!任せんかい!」


相沢はそう言って立ち上がった。


「よーし、徹底的に叩きのめして来な!」


中川は相沢の背中をバーンと叩いた。


「うわっ・・結構痛いな」

「すみません」


日置が詫びた。


「ええがな。よーし、力、もろたで!」


相沢はそう言ってコートへ向かった。


「中川さん」


強張った表情で阿部が呼んだ。


「なんでぇ」

「あんた、ちょっと出しゃばりすぎちゃう」

「はあ?」

「このチームは、たまたまおっさんのチームやで。もうちょっと遠慮するとか」

「けっ、なに言ってやがんでぇ」

「なによ」

「どこのチームとか、っんなこたぁどうだっていいだろうがよ」

「なんでよ」

「応援すると決めたからにゃあ、全力で後押しするのが男ってもんよ」

「私ら、男とちゃうし」

「チビ助!おめー、いちいちうるせぇよ。応援してなにが悪いってんでぇ」

「ちゃうやん。出しゃばり過ぎやて言うてんねん。他の人かていてはるんやし、アドバイスやったら先生がいてはるやん」


阿部は思っていた。

日置が自分たちに見せてくれた試合の内容を、中川は勘違いしたままだ、と。

しかもその中川は、自分がアドバイスをしたから、先生は言う通りにやって勝ったんだ、と。

おまけに先生が緊張してるとまで言い放ち、その後も「アドバイス」なるものを押し付けた。

それどころか、先生にとどまらず、吉野や三木や相沢にまで、まるで監督が如く振る舞っている、と。

なんなんだ、あんたは、と。


「阿部さんやったかな」


箱崎が口を挟んだ。


「はい」

「わしらは、この子の気迫に最初はびっくりもしたけど、こんな子いてないで」

「え・・」

「なんの縁もゆかりもないわしらに、これだけ熱意のこもった応援してくれるやなんて、なかなか出来ることとちゃうで」

「・・・」

「わしらのことを思ってきみが言うてくれたんは、ようわかってる」

「そう・・ですか・・」

「だから、わしらのことでケンカするんはやめてな」

「ケンカやなんて・・そんな・・」

「じいさん、気を使わせて悪かった。この件は、ここで終わりにするぜ」

「うん、そうしてな」


そして中川も阿部も「一旦」引いた。

そう、二人の胸の内には、まだ言いたいことがあったのだ。


「箱崎さん、すみません」


日置が詫びた。


「いやいや、かまへんかまへん」


その実、箱崎は「いいケンカ」だと思っていた。

なぜなら、阿部も中川も自分のことではなく、チームのことを考えるがあまりの衝突だったからだ。

ベンチで揉めている最中、相沢と中野の試合はとっくに始まっていた。

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