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サーよし!2  作者: たらふく
187/413

187 相沢と日置のダブルス




吉野は悦子にコテンパに叩きのめされ、これでゲームカウントは1-1のイーブンとなった―――



「さーて、日置くん。行こか」


相沢はラケットを手にして、立ち上がった。


「はい」


日置はニッコリと微笑んで応えた。


「それにしても、きみと組むん、久しぶりやな」

「そうですね」

「足引っ張ったら、ごめんやで」

「とんでもないです。精一杯、頑張ります」


男性陣は「頑張ってや!」と励まし、彼女ら三人は「先生!ファイトです!」と後押ししていた。

そんな中、中川だけは相沢と日置をじっと見ていた。

中川は、悦子らと対戦し、実力のほどを思い知った。

果たして相沢と日置で大丈夫なのだろうかと、心配していたのだ。


「よーう、先生、相沢さんよ」


中川は二人の前に立った。

彼女らは、また何を言い出すのかと不安になったが、箱崎と三木は興味津々で中川を見ていた。

声をかけられた相沢は、半笑いになりながら中川を見た。


「なに?」


日置は平然と答えた。


「いいか、よく聞きな」


日置と相沢は、思わず顔を見合わせた。


「ゼンジーと助手では、ゼンジーの方がうめぇんだ」

「助手って、中野くんのこと?」


日置が訊いた。


「そうさね」

「助手・・」


相沢は思わずクスクスと笑った。


「なに笑ってやがんでぇ」

「あ・・いや、すまん。ほんで?」

「でだ。攻めるなら助手であり、ゼンジーには繋がせるんでぇ」

「ほーう」

「それともう一つある」

「・・・」

「おめーらの中でゼンジーだけが女だ。いくらうめぇからと言って、力ではこっちが断然有利さね」

「きみ、またおめーって言ったね」

「ああ・・つーか先生よ」

「なに」

「っんなこたぁ、今はどうでもいいだろがよ」

「まったく・・」


日置は、また呆れていた。


「まあまあ、日置くん。ええがな。ほんで?」

「ここは、ラリー勝負さね」

「ほーう」

「相沢さんと先生は、ドライブをかけまくるんだ。そしたらよ、ゼンジーは繋がざるを得ないってわけさね」


そこで中川は「フッ」と笑った。

そう、どうだ私の策は、と言わんばかりに。


「なるほどな」


相沢は中川の策にも一理あると思った。

けれども相沢は、そんなことはとっくにわかっていたのだ。

当然、日置もわかっていたが、中川自身で考えた策に、この子はどうやれば勝てるか、ということを真剣に考えたのだと感心していた。


「いいか。あやつらは強ぇ。対戦した私が一番よく知ってんだ。だからよ、ぜってー気を抜くんじゃねぇぞ」

「うん、そうやな」

「それと先生だ」

「ん?」

「緊張すんじゃねぇぞ」

「わかってるよ」


日置はニッコリと微笑んだ。


「ったくよー、まあ、ニコニコと」

「じゃ、相沢さん、行きましょうか」

「おう!」


そして二人はコートに向かって歩いた。


「先生って、なんでいつも笑ってやがんでぇ」


中川は腕を組んだまま、日置の後姿を見ていた。


そんな中川を、重富は呆れて見ていたが、ふと、あることを思い出した。

そう、中川と大村が対立し、挙句、中川は「いらない」と言われ、チームを抜けた。

その後、日置が引き止めてくれたおかげで中川は戻ったが、「あの」強情な中川が大村に頭を下げたことを。

あれは、一体どういうことなのだろう、と。

あの時、なぜ中川は下げたくない頭を下げたのか。

この謎は、後で日置に訊いてみようと重富は思っていた。


そしてコートでは3本練習も終え、試合が始まろうとしていた。


「相沢さん」


日置はコートに背を向けて呼んだ。


「なんや?」

「ドライブラリーもありですが、えっちゃんは引き合いには応じないです」


引き合いというのは、互いに台から下がってドライブを打ち合うことを言う。


「そやろな」

「きっと前でカウンターを打つはずです」

「うん」

「ここは、前の対応に弱い中野くんを攻めましょう」

「よっしゃ」



―――一方で悦子は。



「と、考えてるはずや」


悦子は、まさに日置の策を言った。


「なるほど」

「だからな、あんた。後ろに下がったらあかんで」

「うん」

「下がるんは私や」

「え・・」

「最初から下がるんとちゃうで」

「どういうことなん?」

「向こうはドライブ打って来るやろ。それをあんたは前で止めるんや」

「竹林さん、引き合いするつもりなんか?」


中野は威力のことを心配した。


「まあこれは、ずっと通用するわけやない。出鼻をくじくためや」

「そうか」

「あかんかっても、本来に戻せばええこっちゃ。まずは向こうに、あれ?と思わせるんが肝心や」

「うーん、まさにゼンジーやな」

「あはは、あんたまでなに言うてんねん。助手め」

「またそれ言う・・」

「よーし!始めるで!」


そして四人は台に着いた。

サーブは相沢で、レシーブが悦子だ。

相沢は、台の下で日置にサインを送った。

日置は黙って「うん」と頷いた。


相沢は下回転の短いサーブを、ネット際に出した。

悦子は日置に打たせまいと、ストップをかけて返した。

日置もそれをストップで返した。

中野もストップで返したが、少し長く入った。


相沢は、待ってましたと言わんばかりにドライブをかけて入れた。

悦子は、ここは下がるのではなく、前で対応した。

バウンドしてからすぐに打つ悦子のボールは、とてつもなくスピードが速い。

けれども日置は、悦子の対応など織り込み済みだ。

あらかじめ予測していたコースに来たボールに日置は飛びつき、後ろから思い切りドライブをかけて返した。


するとどうだ。

中野は引き合いをするかと思えば、前にピッタリ着いているではないか。

日置は、しまった、と思った。

そう、コースが甘かったのだ。

中野は日置のボールをカウンターで返した。

相沢も、中野はドライブで返すと思い込んでいたため、ボールは後ろへ抜けた。


「サーよし!」


中野と悦子は互いを見ながらガッツポーズをした。


「すみません」


日置が相沢に詫びた。


「いやいや。それにしても中野くん、前やったな」

「そうですね」

「これは下がらんっちゅうことやな」

「僕、前に着きます」

「え・・」

「コースを狙って、中野くんには打たせません」

「よし、わかった。わしが抜いて見せたるで」

「頼みますよ、相沢さん」

「任せんかい!」


そして相沢は、ミドルラインぎりぎりのところへ長い斜め回転のサーブを出した。

これは日置の指示だった。

悦子は日置に打たせまいと、バックコースへ素早いミート打ちで返した。

コースを読んでいた日置は、抜群のプッシュでバッククロスへ送った。

前に着いている中野は、体を詰まらせ、オーバーミスをした。

これが下がって待っていたなら、なんとかドライブで返せるはずだった。


「よーーし!」


日置と相沢は互いを見ながらガッツポーズをした。


「ナイスボールーー!すごいーー!」

「ひゃあ~~あの速さときたら!」

「あっれは、取れんで!」


吉野らは、やんやの声援を送っていた。


「っしゃあ~~~~!先生よ!おめーやるじゃねぇか!」

「ナイスボールですーー!」

「先生~~すごい~~」

「ええプッシュやなあぁぁ~~」


彼女らも興奮していた。


「先生よ~~!緊張すんじゃねぇぞーー!」


中川の声に、日置は振り返ってニコッと笑った。



―――一方で悦子らは。



「は?慎吾が緊張てか」


悦子は中川の言葉に呆れていた。


「あれかな。僕が前に着いたままやから、混乱してんのかな」

「はあ?」

「いや・・その・・」

「混乱してて、あのプッシュができるかい!」

「そらそうやな・・」

「これも、慎吾が中川さんに言わせたんかもわからん」

「緊張ってこと?」

「そや」

「日置が、そんなことするかなあ」

「あほ言え。あいつは勝つためなら、なんでもする」

「僕、前に着いたままでええんか?」

「序盤はそれで行こか」

「わかった」


そして相沢は3本目のサーブを出した。

ネット際に入った、短いナックルサーブだ。

これも日置の指示だった。

悦子は、当然のようにはたいて入れた。

けれども後ろに下がらない日置は、フォアへ入ったボールに飛びつき、その勢いでフォアクロスへ叩き込んだ。

これも、ボールが逃げて行くような、とても厳しいコースだ。

しかも抜群のスピードの速さだ。

中野は対応に間に合わず、空振りをした。


「よーーし!」


日置と相沢は、再び大きな声を発した。


「日置くん、ナイスボールや!」

「相沢さんも、ナイスサーブです!」



―――『たまたまおっさん』ベンチでは。



「やっぱりコースや・・」


阿部がポツリと呟いた。


「うん、私もそう思た」


重富が答えた。


「送るコースさえ間違わんかったら、ボールは抜けるんやな・・」

「私、ドライブは無いし、スマッシュかて威力がないやん。だから徹底してコースを狙わんとあかんな」

「そやな」


そんな中、森上は台に着いてプレーする日置の技に見入っていた。

板倉との対戦でも1セット目は前で対応していたが、板倉はカットマンだ。

つまり、ラリーの速さが違うのだ。


そうか・・

ドライブだけやなくて・・

いざとなったら前に着いて、相手をかく乱させる・・

こんな方法もあるんやな・・

先生・・すごい・・


大勢の観戦者は、コートに釘付けになっていた。

この四人はすごいぞ、と。

そんな中、とある人物がフロアの隅で、静かに試合を観ていたのである。

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