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サーよし!2  作者: たらふく
186/413

186 日置の戦術、その2




―――「ったくよー、先生ってあの程度だったのかよ」



中川は、まだそんなことを言っていた。


「中川さん」


八代が呼んだ。


「なんでぇ」

「きみ、そんなこと言ってると、後で必ず後悔するよ」


八代はニッコリと微笑んだ。


「後悔だと?秀の字さんよ、どういうこった」

「まあ、このセット見ればわかるよ」


八代は既に日置の意図が読めていた。


コートでは板倉がサーブを出す構えに入っていた。

そして板倉は、ボールをポーンと高く上げた。

そう、投げ上げサーブだ。

板倉は、日置の出鼻をくじくため、三球目攻撃に出ようと考えた。


バックに入った斜め回転のサーブに、日置はすぐさま回り込み、右腕を大きく振りおろし、そのまま鋭いドライブをかけた。

無論、三球目封じのためだ。

ビッュと音がするようなドライブは、フォアストレートを襲った。

打てないと思った板倉は、慌ててカットで対応した。

フォアに入ったボールを、日置はドライブでバックストレートへ送った。


やっとのことでボールに追いついた板倉は、懸命にバックカットで返した。

ミドルに入ったボールを、日置はまた打ちに出た。

板倉は慌ててコートに戻り、日置のドライブをカットで返した。

こうしてドライブとカットの応酬が、何度か続いた。


いつや・・

いつ、ストップをかけてくるんや・・


板倉の頭の中には、日置のストップが当然あった。

それでも日置は、なかなかストップをかけずに延々とドライブを打ち続けた。


慎吾め・・

なにを考えとんねや・・


不気味に思ったのが悦子である。

そう、日置はドライブからのチャンスボールを待っていたのだ。

これは森上のためにそうしていた。

並のカットマンであれば、ストップをかけてチャンスボールを作ることなど造作もない。

けれども三神には須藤がいるのだ。

いや、上級生にもカットマンはいるはずだ。


そんな一流相手には、ストップが通用しない場合もままある。

するとこちら側、つまり攻撃する方は追い込まれる。

そうなると、なんとかしてドライブからチャンスボールを作る、という戦法も試合中には取り入れなければならない。

日置は、このことを森上に伝えたかったのだ。


一方で中川は、ドライブをかけまくる日置を見て「それだーーー!よーーし、ガンガン行けぇーーー!」と、自分のアドバイスを日置が受け入れたと勘違いしていた。

日置のドライブは、緩急をつけるのは無論、コースも厳しいところを狙っていた。

すると根負けした板倉のボールは、高く返った。

打たれると思った板倉は、思わず下がった。

すると日置は打つと見せかけてからの、絶妙なストップをかけた。

板倉は一歩も動けずに、その場に立ち尽くしていた。


「よし」


日置は小さくガッツポーズをした。


「うわあああああ~~~~!」


館内から一斉に驚嘆の声が木霊した。


「きゃあ~~~!先生~~素敵~~!」

「めっちゃかっこええわ~~~!」


こう叫んだのは、中島と柳田である。


「さすが~~~!我らが日置さんやわ~~!」

「あれやねん、あのストップやねん!」

「いやあ~~~信じられへん技やわあ~~~!」


山崎ら三人も、興奮しまくっていた。


「秀の字さんよ!」


中川は声を弾ませて八代を呼んだ。


「なに?」

「おめーさんが言ってたのって、これだな!」

「そうだね」

「あはは!先生、よく打った。やっぱりアドバイスして正解だったぜ!」


八代は、違うと思うけど・・と言いそうになったが、そんなことはどうでもいいと言葉を呑み込んだ。

その後、日置は右へ左へとドライブをさく裂させながら、途中でストップをかけては板倉を前に寄せ、スマッシュを決めるもあり、二度めのストップで板倉の足を止めていた。

そんな中、森上は日置の妙技に見入っていた。


私のストップは・・まだ甘い・・

先生みたいにできたら・・どんなカットマンでも怖ない・・

それと・・ドライブからチャンスボールも作らなあかんねんな・・

先生・・すごいです・・

ほんまに・・すごい・・


「なあ、恵美ちゃん」


阿部が呼んだ。


「なにぃ」

「先生・・多分やけど・・恵美ちゃんに見本を見せてるんやと思う・・」

「うん~、私もぉそう思たわぁ」

「先生て・・すごいよな」

「ほんまぁ、すごいわぁ」

「しかも試合でやで?負ける可能性だってあるはずやのに、その危険を背負ってまで私らのために見本を・・」

「ものすごい余裕やなぁ」

「先生て・・ほんまは、何者なんやろ・・」


重富がポツリと呟いた。

日置の経歴は、阿部も知らなかった。

そう、卓球日誌には書いてなかったのだ。

その実、蒲内は、これでもかと日置の経歴を書き綴っていたが、時々日誌を読んでいた日置は「これ、書かなくていいから」と消させていたのである。


「ほんまや・・何者なんやろ」


三人は日置をじっと見つめたまま、感慨にふけっていた。

相沢は、彼女らの会話を聞いて目を細めていた。


この子ら・・日置くんが全日本チャンピオンて、知らんのやな・・

聞いたらびっくりするやろな・・

それにしても日置くんは・・ほんまになんも言わんのやなあ・・


相沢は、改めて日置の謙虚な人柄に、感心しきっていた。

そして日置は、結局21-5と1セット目より少ない点数で勝ちを収めた。

日置がベンチに下がると、みんなは大きな拍手で迎えた。


「さすが日置くんや!」


相沢は日置の肩をポンと叩いた。


「日置さーん!すごかったですー!」

「ほんまほんま、あっという間やったな」

「いやあ~、ええもん見せてもろたで!」


吉野も三木も箱崎も、大喜びしていた。


「応援、ありがとうございました」


日置は丁寧に頭を下げた。


「よーう、先生よ!」


中川が日置の背中をバーンと叩いた。


「痛っ」

「あはは!先生、よく頑張った!」

「うん、ありがとう」

「どうでぇ、私の作戦はよ!」

「え・・」

「え、じゃねぇし。私、ドライブで勝負に出ろっつっただろ」

「ああ、そうそう。きみのアドバイスのおかげだね」

「ったくよー、監督なんだから、てめーで考えろってんだ!」

「てめー・・」

「あっ、済まねえ。でもよ、私がいねぇと、ダメなんだからよ、先生は!」

「あの・・先生」


阿部が呼んだ。


「なに?」

「私らのために、戦い方の見本を見せてくれはったんですよね」

「いや」


日置は中川を気にした。

そうだと言ってしまえば、中川に恥をかかせることになるからだ。

そんなことより、阿部と重富と森上が、自分の意図を汲み取ってくれたことがなによりだ、と。


「戦術にも色々あるしね。僕は自分で試してみたんだよ」

「そうなんですか?」

「試合も久しぶりだったし、緊張してたし」

「そうさね、チビ助」

「なによ」

「先生は、緊張してやがったんだよ。ったくよー情けねぇったらありゃしねぇぜ」

「中川さん、それは違うで」

「なんでぇ」

「ああ、そういえば阿部さん」


日置はそう言って阿部の肩を抱き、中川から離れた。


「なんですか・・」

「ほんとのことは言わなくていいから」

「え・・」

「中川さんを傷つけちゃいけない」

「そやかて・・なんか、納得できません」

「そんな細かいことはどうでもいい。それよりきみたちが僕の意図を汲み取ってくれたことがなによりだよ」

「先生・・」

「どう?勉強になった?」

「はい、すごく!」

「うん、よかった」

「もう、今すぐにでも練習したい気持ちです」

「そうでなくちゃ」


日置はニッコリと笑って阿部の頭を撫でた。

中川は日置と阿部を気にしながらも、次に出る吉野にアドバイスをしていた。


「いいか、吉野さんとやら」

「え・・」

「ゼンジーは手強いぞ」

「ゼンジーて・・なに?」

「ゼンジー竹林さね・・」

「へぇ・・あの人、そんな苗字なんや・・」

「ゼンジーはオールラウンドプレーヤーだ」

「うん、知ってるけど・・」

「なにっ、知ってやがったのか」

「何回か会うてるし、今日も試合観てたし」

「ったくよー、知ってんなら先に言えっての」

「・・・」

「でだ、吉野さんとやら」

「なに?」

「ゼンジーには穴はねぇ」

「うん」

「けどよ、相手は女だ。力ではおめーがまさってんだ」

「そうなんかな」

「ガンガン押して行きな!」

「うん、わかった」

「よーし!クラクラ野郎をぶっ倒して来な!」


中川の話しぶりに三木も箱崎も改めて驚いていたが、たった今会ったばかりの知らない者に対して、ここまで熱のこもった檄を飛ばす中川に好感を持っていた。

普通、女子高生なら、何も言わないどころか、勝つ見込みのない吉野に対して、いわゆる「スルー」するのが当たり前だ。

そう、無理だと諦めるのが普通だろう、と。

けれども中川は、諦めるどころか「押して行け」と励ました。

この子は、とても優しい子だと、三木も箱崎も思っていた。


「吉野くん、中川さんの言う通りやで。頑張りや!」


箱崎が言った。


「そやで。ゼンジーでも大丈夫や!」


三木もそう言った。

そして相沢と八代も、日置も彼女らも「頑張れ」と励ましていた。


「よーし!頑張るで!」


吉野も、なんとなくではあるが、フツフツとファイトが沸き上がっていた。

けれども試合は言うに及ばず、悦子が圧倒していた。

悦子は次のダブルスに備えて、まさに日置が板倉を「利用」したように、吉野にチャンスボールを送らせてスマッシュを打ちこみ、徹底的に叩きのめしていた。


「くそっ・・ゼンジー、さすがだぜ・・」


中川は自分のことのように悔しがっていた。


それでも中川は「吉野ーーー!引くんじゃねぇ!」と、ずっと声を張り上げていたのだ。

そんな中川を、日置は「いい子だな・・」と思って見ていた。

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