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サーよし!2  作者: たらふく
185/413

185 日置の戦術




コートに着いた日置と板倉は、軽く3本練習を始めていた。

まだ練習段階だというのに、観客席のおばさん連中は「きゃ~~~きゃ~~~」と叫んでいた。


森上の父、慶三は日置の試合を観るのは初めてである。

いや、そもそも卓球しているところを見るのが初めてである。

そんな素人の慶三にも、堂々とした打ちっぷりに、日置のすごさがわかった。


「なあ~お父さん~」


慶太郎が呼んだ。


「なんや?」

「先生~うまいなあ~」

「そやな。めっちゃうまいな」

「僕も~先生に習いたいなあ~」

「ほんまやな」


慶三は慶太郎の頭を優しく撫でた。

そしてコートではジャンケンも済ませ、勝った板倉はコートを選択した。


「ラブオール」


審判が試合開始を告げた。

二人は互いに一礼して「お願いします」と言った。

阿部も森上も重富も中川も、日置がどんな試合をするのか、固唾を飲んで見守っていた。

そう、彼女たちも日置の試合を初めて観るのである。


日置はまず、バックのロングサーブをミドルへ出した。

とてもスピードの乗ったいいサーブだ。

板倉は、右へ素早く足を動かし、バックカットで返した。

フォアストレートに入ったボールを、日置はドライブではなくミート打ちで返した。


あれ?と思ったのは悦子と相沢だった。


慎吾・・珍しいな・・


日置くん・・ミート打ちか・・うーん・・


ミート打ちといえども、そのスピードは目を見張る速さだ。

そして悦子と相沢が不思議に思ったことが、もう一つあった。

そう、日置はいつもより台から離れていないのだ。


板倉の返球を、日置はもう一度ミート打ちで返した。

これはバッククロスを逃げて行くような、とても深いところでバウンドした。

板倉は懸命にボールを追い、なんとか返した。

ミドルに入ったボールを、また日置は前に着いたままミート打ちで返そうとした。

けれども日置は下がったままの板倉を見て、寸でのところでストップをかけた。


慌てた板倉は全速力で前に走り寄り、なんとか拾った。

それを日置は打ちに出た。

けれども板倉は「二度め」があると予測して、あまり下がらずに構えて待った。

すると日置は、また鋭いミート打ちをバッククロスへ打った。

ボールは板倉がラケットを出す前に、後ろへ抜けていた。


「よし」


日置は小さくガッツポーズをした。


「ナイスボール!」


相沢は手を叩いていた。


「さすが日置さーん!すごいーー!」

「やっぱりうまいわ!」

「ひゃあーー」


吉野と三木と箱崎も手を叩いていた。


日置くん・・この攻撃は・・一体どないしたんや・・

なんでドライブ、打たへんのや・・


相沢は手を叩きながらも、こう思っていた。

そんな中、八代だけは日置の意を汲み取っていた。


慎吾・・阿部さんと重富さんに見せるためだよな・・

ドライブのない彼女たちは・・ミートで下げて前後で揺さぶる・・

そしてコースを狙って打ち抜く・・

そうだよな・・


そう、日置は阿部と重富に、カットマンに対する戦術を見せていたのだ。

無論、日頃の練習では、そのことを何度も指導していた。

けれども実際に「やってみせる」のと、練習では明らかに違う。

ましてや相手は実業団の現役選手である板倉だ。

日置にすれば、まさに「相手にとって不足なし」であり、簡単にミスをしてくれるな、とさえ思っていたのである。


この後も日置は、徹底してミート打ちとストップで板倉を翻弄していた。

そのストップも、台上でツーバウンドすることも一度や二度ではなかった。

阿部と重富は、日置のプレーに釘付けになっていた。


「あんなん・・できるんや・・」


板倉に「してやられた」重富は、ポツリと呟いた。


「ほんまや・・」

「せやけど・・先生、なんでドライブ打たへんのやろ・・」

「わからん・・」

「先生、コースを狙えってなんべんも言うてはったけど・・そうか・・こういうことなんや・・」


一方で板倉は、ドライブを「封印」した日置の戦術を不気味に感じていた。

そこで板倉は攻撃に出ようと試みたが、日置はそれを許さなかった。

そう、板倉が打って来ると読んだ日置は、悉く逆のコースを突き、板倉はその度にボールに触らせてもらえない有様だった。

したがって板倉は、守備に戻らざるを得ないという状態だった。

日置の「新たな」戦術に、相沢も舌を巻いていた―――



「慎吾め・・」


悦子が呟いた。


「どういうことなのかしら」


朝倉は、まだ日置の意図が読めずにいた。


「板倉ーー!」


悦子が叫んだ。

板倉は黙ったまま振り返った。


「あんた、実験台にされてんやで!」

「え・・」

「人体実験や!」


えっちゃん・・そんな言い方・・


日置は悦子の言いぶりに唖然とした。


「ゼンジー・・人体実験たぁ、どういうこった」


中川が呟いた。

そんな中川は、日置とはこの程度だったのか、とある意味、失望していたのだ。

確かに日置はうまい。

けれどもドライブを打たずに、ちょこまかとミート打ちで攻める日置が「縮こまっている」ように、中川には思えたのだ。

中川は、何度も「ビビってんじゃねぇぞ!」と言いそうになっていたが、プレッシャーを与えては逆効果になると、我慢していたのである。

そう、まるで監督のように。


「しっかりせんか!」


悦子は怒り心頭だった。


「えっちゃん、実験台ってどういうこと?」

「阿部さんと重富さんに、戦い方を見せてるんや」

「えぇ・・」

「あいつ・・舐めとんな・・」


すると朝倉は「おめー!しっかりしないとタダじゃ置かないわよ!」と叫んだ。

板倉は、なんとも情けない表情で、小さく頷いた。

その後も戦況は変わることなく、結局21-7で日置が1セット目を先取した。


「おい、先生よ」


ベンチに下がった日置に、早速中川が口を開いた。


「ん?」


日置はタオルで汗を拭っていた。


「ん、じゃねぇし」

「なに?」

「まあ・・言いたかねぇけどよ・・なんつーか、ちまちまと」

「ちまちま・・」

「緊張するのは仕方がねぇけどよ・・徹底的に叩きのめす根性はどこ行ったんでぇ」

「徹底的に叩きのめしたつもりだったんだけど」

「叩きのめしてねぇよ!」

「そうかな」


日置はニッコリと笑った。


「笑ってんじゃねぇぞ」

「あはは、ごめん」

「次はだな、勝負に出ろ」

「勝負・・」

「ドライブ打ちまくって、叩きのめすんだよ!」

「ドライブ・・」

「失敗してもいい。ミスしたっていいさね。伝家の宝刀を出さずして、勝っても意味なんてねぇさ」

「確かにその通りだね」

「いいな、ベンチには、みんながいるってこと忘れんじゃねぇぞ」

「うん」

「しっかりしろよ、先生!」


中川は日置の胸をバーンと叩いた。


「なあ・・阿部さん」


重富が小声で呼んだ。


「なに・・」

「中川さん・・あんなん言うてるけど・・違うんちゃう・・」

「うん・・私もそう思う・・」

「だってさ・・先生の戦い方・・めっちゃ勉強になったよな・・」

「それやん・・」

「ほんで・・竹林さん、実験台って言うてはったやん・・」

「うん・・」

「ということは・・板倉さんを使って・・私らに教えてくれはったっていうことちゃう・・」

「確かにそうやな・・」

「先生・・めっちゃ余裕ありまくりってことやんな・・」

「うん・・そやのに中川さん・・あんなん言うて・・わかってないんやな・・」


そこで中川は、ヒソヒソと話す二人を見た。


「おめーら、なにコソコソ言ってやがんでぇ」

「なっ・・なんも」


重富は慌ててそう言った。


「おめーらも、先生のケツを叩いてやんな!」

「ケツ・・」


すると森上は「先生ぇ~次も頑張ってくださいぃ~」と励ました。


「うん、頑張るよ」


日置はニッコリと微笑んだ。



―――一方、『クラクラ』では。



「しかし・・日置、相変わらず余裕やな」


中野は感心したように言った。


「せやけど、ミート打ちも、あんなに上手かったんやな」


板倉は、もうお手上げだ、という風に悔しさすらなかった。


「まったく・・もう・・」


悦子も、もう無理だと怒りは収まっていた。

けれども朝倉は違った。

なぜなら、恋人である板倉を「弄ばれた」からだ。


「板倉くん!」


朝倉が怒鳴った。


「なっ・・なに?」

「悔しくないの?」

「あ・・まあ、悔しいというかなんというか・・」

「板倉くんが勝って、私はハワイ旅行を取りたいのよ」

「うん、そうなんやけど・・」

「次のセットは、根性見せて!」

「朝倉さん」


中野が呼んだ。


「なによ」

「日置は別格や。僕ら、誰が行っても勝たれへんで」

「だからなんなのよ」

「なんなのって・・それは・・」

「まったく、なにが実験台よ」

「ひなちゃん、まあまあ」


悦子は朝倉の肩を抱いた。


「ここは女性軍で、撃沈させよ」

「え・・」

「ひなちゃん自身で、ハワイをゲットや」


そこで中野と板倉は思った。

きみらの相手、吉野と三木やないか、と。

それやったら、僕らかて、目ぇ瞑ってても勝てるで、と。


「中野」


悦子が呼んだ。


「なに?」

「肝心なんはダブルスや」

「うん」

「絶対に容赦せんからな」

「わかってる」

「くそっ・・慎吾め・・叩き潰したる」


その日置はというと、メンバーに励まされながら、ゆっくりとコートに向かっていた。

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