184 助っ人
「相沢さん、決勝戦ですね」
日置はニッコリと微笑んだ。
「うん」
「ラストの箱崎さんの試合、すごかったですね」
そこで相沢は、日置の顔を覗き込むように見た。
「あのな」
「はい?」
「きみ、決勝戦、うちで出てくれへんか」
「え・・」
「きみ、今日はどこにも参加してないやろ」
「いや・・そうですけど、いきなり僕が入るなんて・・」
「そんなん、かめへんがな。公式戦やあるまいし」
「いや・・やっぱりそれはできません」
日置は思った。
最初から『たまたまおっさん』の助っ人として参加していたならまだしも、決勝戦だけというのは、あまりにも身勝手だと。
「慎吾、出ろよ」
八代が言った。
「なに言ってるんだよ。そんなの無理」
「八代くん、もっと言うたってくれ。この生真面目男に」
「ほんとですよ。慎吾、あまり堅く考えなんって」
「日置くんやったらわかるやろ。この決勝戦がどないなるか」
相沢は、はなから勝負にならない対戦のことを言った。
けれども日置が入れば、まさに決勝戦に相応しい試合が出来る、と。
それにこれは公式試合ではない。
誰が助っ人で入ったところで、文句など出るはずもない、と。
なにより、観客席で見守る観戦者たちのためにも、決勝戦に相応しい試合を見せるべきだ、と。
このやり取りを聞いて、苛立ったのが中川だ。
「よーう、相沢さんとやら」
中川が呼んだ。
相沢は、中川の話しぶりに目が点になっていた。
「こんな煮え切らねぇ先生に頼むより、ここは私が助太刀するぜ」
「きみ・・日置くんの生徒なんか?」
「そうさね」
「そうさね・・て・・」
「相沢さん、気にしないでください」
日置は半ば呆れながら、中川を制した。
「この子、こんな喋り方なんです。すみません」
阿部がすぐさま詫びた。
「いや、そんなんかめへんねやけど」
「で、どうでぇ。私がおっさんに加わるってのはよ」
「中川さん」
日置は強い口調で制した。
「なんでぇ」
「きみ、文久で出たんだから、違反だって言ったはずでしょ」
「ならよ、先生、助太刀してやんな」
「だから――」
「だからとか、できねぇとか、つべこべ言ってんじゃねぇよ!」
「なんだよ」
「相沢さんはよ、おめーの力を借りてぇっつってんだろ。ここは応えねぇと男じゃねぇぜ」
「おめー・・」
日置は呆れていたが、相沢はクスクスと笑っていた。
「慎吾、中川さんの言う通りだよ」
八代が言った。
「おうよ!秀の字さんよ、わかってんじゃねぇか」
「まったく・・きみって子は・・」
「中川さん・・きみ、めっちゃおもろいなあ」
相沢は嬉しそうに笑っていた。
「なにが面白れぇのかわからねぇが、ま、いいさね」
「で、日置くん。参加してくれるか?」
「はい、わかりました。よろしくお願いします」
日置は丁寧に頭を下げた。
「よーーし!決まりだ。先生よ、クラクラ野郎をぶっ倒してやんな!」
そう言って中川は、日置の背中をバーンと叩いた―――
そして日置と相沢は、その足で『クラクラチーム』がいるところへ向かった。
「えっちゃん」
日置が呼ぶと「おう、慎吾」と悦子が答えた。
「あのね、話があるんだけど」
「なんやねん」
「中野くんたちも聞いてね」
すると中野と板倉、朝倉は何事だと日置らを見た。
「実は、決勝戦なんだけど、僕は、たまたまおっさんで参加することになったけど、構わないかな」
「え・・ほんまかいな!」
「急遽、助っ人ってことで」
「えっちゃん、いいんじゃない?」
朝倉は乗り気だった。
無論、悦子も異論などなかった。
けれども板倉は、日置が入るとハワイ旅行を逃してしまうことを心配した。
「でもなあ・・」
板倉がそう呟いた。
「板倉くん、どうしたの?」
朝倉が訊いた。
「日置さんが入ると・・」
「入ると、なに?」
「ハワイ旅行が・・」
「おーい、板倉」
悦子は低い声で呼んだ。
「なに・・」
「実力でもぎ取れよ」
「まあ・・な・・」
「中野はどうやねん」
悦子が訊いた。
「僕はええけど」
「そうか。ほな、こっちは問題なしや」
「ありがとう」
日置は丁寧に頭を下げた。
「すまんな。でもこれでええ試合ができる。おおきにな」
相沢も一礼した。
「じゃ、あとでね」
日置はそう言って、相沢と共に『たまたまおっさん』の元へ向かった。
―――「えー、ではただ今より、たまたまおっさん対クラクラチームの決勝戦を行います。選手の皆さんはコートに集合してください」
本部席から放送がかかった。
すると双方のチームはコートに向かって歩いた。
「いやあ~~先生、出はるんや~~」
観客席で座っている中島が言った。
「ほんまやわ~~かっこええ先生、見られるわ~~」
柳田も興奮していた。
「ええか、柳田さん。叫ぶで」
「わかった!」
すると二人は「きゃあ~~~!日置先生~~!頑張って~~~!」と大声で叫んだ。
日置は思わず観客席を見上げた。
中島と柳田は「きゃあ~~ここよ~~!」と言って手を振っていた。
この様子を、『よちよち』の秋川と後藤は苦笑しながら見ていた。
また別の観客席では「日置さ~~~ん!」と山崎、木津、加茂の三人が叫んでいた。
日置はそこにも目をやった。
「ここやで~~!ここ~~!頑張って~~!」
三人は団子になりながら手を振っていた。
日置は、中島らと山崎らに軽く手を振って応えていた。
「おい、チビ助」
日置の後ろを歩きながら、中川が呼んだ。
「なに?」
「なんだ、この騒ぎはよ」
「私、知らんで」
「みんな、おばさんじゃねぇか」
「そうやな」
「ったく、先生よ、隅に置けねぇぜ」
「え・・」
「マダムキラーだよ」
「へ・・へぇ・・」
「小島先輩にチクってやんぞ」
「え・・?」
「あっ・・いや、なんでもねぇ」
危ねぇ・・
つい喋っちまうとこだった・・
「さて、オーダーやけど、一番は日置くんでどうや」
ベンチに着いて、相沢がそう言った。
「そりゃ日置さんがトップですよー」
「うん、それがええ」
「わしも、賛成や」
吉野も三木も箱崎も賛成した。
「ほなら二番は吉野くんや」
「わかりましたー!」
「ダブルがわしと日置くん。四番が三木さん。で、ラストがわし。これでどうや」
みんな異論はなかった。
日置は床に座って体を解していた。
「日置くん、ええな」
「はい、わかりました」
日置はニッコリと微笑んだ。
「先生がトップか・・」
中川がポツリと呟いた。
「ええんちゃうの?」
重富が訊いた。
「大丈夫なのかよ・・」
「え・・」
「だってよ、ゼンジーか助手が出て来てみろ。これは厄介だぜ」
「うーん・・先生やったら大丈夫ちゃうかなあ」
そう言いながらも、重富も不安に思っていた。
なぜなら、悦子と中野の力を嫌というほど思い知らされたからだ。
「あと、板倉って野郎も、なかなかだぜ」
「うん、確かに・・」
そして双方のチームは台に整列した。
「では、これより決勝戦を行います」
審判がそう言った。
「一番、日置対板倉」
二人は手を挙げて一礼した。
「むっ・・板倉か・・」
中川が言った。
「二番、吉野対竹林」
二人は手を挙げて一礼した。
「ゼンジー・・二番か。さっきと逆だな」
中川は自分たちとの対戦のことを言った。
「ダブルス、相沢、日置対中野、竹林」
四人は手を挙げて一礼した。
「四番、三木対朝倉」
二人は手を挙げて一礼した。
「朝倉ってねぇさんよ、初めて出るな」
「初めてというか、回らんかったからな」
重富は3-0で勝負がついたことを言った。
「ラスト、相沢対中野。お願いします」
審判がそう言うと、両チームは「お願いします」と頭を下げてベンチに下がった。
「先生よ」
中川が呼んだ。
「ん?」
日置は腰を落として、バッグからラケットを取り出していた。
「トップは勝たなきゃなんねぇぞ」
「ああ・・そうだね」
「そうだねって・・」
「わかってるよ」
日置はニッコリと微笑んで立ち上がった。
「まあいいさね。とにかく緊張すんじゃねぇぞ」
「うん」
「ぜってークラクラ野郎をぶっ倒しな」
「うん」
「おいおい・・大丈夫か?」
「きみ、応援してくれるんでしょ」
「かあ~~!応援に頼ってるようじゃ、いけねぇやな」
「応援がないと、僕、とても不安だよ」
日置はわざとそう言った。
「しっかりしろってんだ!」
「うん、頑張るね」
「ちげーだろ。徹底的に叩きのめす!いつも言ってんじゃねぇか」
「ああ、そうだった。じゃ、行って来るね」
「おうよ!負けたら承知しねぇからな!」
中川は、本当に大丈夫なのかと不安に思いながら、コートへ向かって歩く日置の後姿を見ていた。




