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サーよし!2  作者: たらふく
183/413

183 対戦相手は選べない




『たまたまおっさん』対『応見金属』は、ラストの箱崎と皆川が大接戦を繰り広げていた―――



コートに到着した日置ら三人は、阿部と森上の決勝戦のことだけが頭にあったが、それどころの話ではないぞ、とカウントを見て唖然としていた。

そう、現在3セット目も終盤を迎え、19-18で箱崎が辛くも1点リードしていた。


「よう、慎吾」


通路で観ている八代が声をかけた。


「おう、秀幸」

「中川さんたち、どうだったの?」

「3-0で負けちゃったよ」

「そうか・・相手はなんと言っても、竹林さんたちだもんなあ」

「それにしても競ってるね」

「うん」

「阿部と森上、どうだった?」

「阿部さんは相沢さんに負けたけど、ダブルスは抜群だったよ」

「そっか」

「それと森上さんのシングルもね。圧倒的だったよ」

「うん」


日置は、当然だと思った。



「箱さん!1本やで!」


コートの向こう側のベンチから、相沢が懸命に檄を飛ばしていた。


「1本ですよ!箱さん、粘りますよ!」


相沢の横では吉野も大きな声を発していた。


「おいおい・・じいさんよ。なにやってんでぇ」


中川は通路から、ベンチに移動した。

その後を重富も続いた。


「皆川さん!粘れ~~」

「挽回や~~!」

「ああ~~、ヒヤヒヤする~~」


メンバーである、古賀こが榎本えのもと小堀こぼりも必死に応援していた。


「皆川さぁん~~、挽回ですよぉ~~」

「1本!」


森上と阿部は、中川と重富が横で立っていることさえ気が付かなかった。


「おらあ~~皆川さんとやら!ぜってー負けんじゃねぇぞ!」


その声に、阿部と森上は思わず中川を見た。

それは男性三人も同じだった。


「試合、どうやったん?」


阿部は重富に訊いた。


「3-0で完敗」


重富は苦笑した。


「そうなんや・・」

「阿部さんらが決勝いくと思てたけど、これ・・わからんな」

「そうやねん」

「おーい!皆川さんとやら!タイム取れ!」


中川が叫んだ。

なぜなら皆川の表情は、明らかに気持ちが引いているように見えたからだ。

皆川は、見知らぬ中川を見て不思議に思ったが、審判に「タイム」と言ってベンチに下がった。

通路で見ている日置は、「ナイス」と呟いていた。

横で立っている八代も「うん」と頷いていた。


「皆川さんとやら」


中川が呼んだ。


「きみ・・誰なん・・」

「私はこいつらのチームメイトで、中川だ」

「学校の?」

「そうさね。でだ」

「ちょっと、中川さん」


阿部が引き止めるようにそう言った。


「なんでぇ」

「あんた、何を言うつもりなん?」

「なにってよ、アドバイスさね」

「いやいや、あんた、今来たとこやん。戦況、わかってないやろ」

「っんなもん、知ったこっちゃねぇよ」

「はあ?」

「差が開いていれば、戦況云々も大事だろうがよ、ここは1点差だ」

「そうやけど」

「ようするに、気合いさね、気合い」

「気合いて・・」

「で、皆川さんとやら」


中川は皆川を見た。


「向こうさんも追い詰められているはずでぇ」

「うん」

「ここはぜってー引くんじゃねぇ。相手をキッと睨んでだな、大きな声を出して向かって行くんでぇ」

「・・・」

「それとだな、何か作戦を思いついたって顔するんでぇ」

「え・・」

「だよな、重富」


中川は重富を見た。


「え・・私?」

「おめーよ、演劇部だったんだろうがよ」

「あ・・ああ」

「このじいさんに演技指導をしな」

「えっ・・い・・今っ?」

「つべこべ言ってんじゃねぇよ。時間がねぇんだ。ほら、指導しな」

「えっと・・あの・・そうですね、まず、こんな策があったとはな、とか言って、相手の人を見てフフフと笑ってください」

「ほ・・ほう・・」

「それで、もう勝ったようなもんや、とダメ押ししてください」

「ダメ押し・・」

「じいさんよ」


中川が呼んだ。


「試合ってのは心理戦でもあるんでぇ。特に今の状況はまさにそうさね。気持ちが引いた方が負けさね」

「そ・・そやな・・」

「いいな、今言ったこと、徹底してやるんでぇ。後悔しないようにな」

「まあ・・なんや知らんが・・きみら、気迫に満ちとるな」

「おうよ!こちとら、なにがなんでもおめーさんらに勝ってもらわなきゃなんねぇ、やんごとなき事情があるんでぇ」


『応見』の男性三人は、中川の話しぶりに仰天していた。

まるで時代劇か任侠映画のようだ、と。


「なんや知らんが、よし、わかった。せっかくここまで勝ち抜いたんやしな。どうせなら決勝まで行かなな」

「おうよ!それでこそ男ってもんよ!」


そして皆川は、コートへ向かって歩いた。


「中川さん・・」


阿部は、いよいよ呆れた風に呼んだ。


「なんでぇ」


中川は不満げに答えた。


「あんたはもう、すぐにそうやって・・」

「なに言ってんだ。ここでタイムを取らねぇと、じいさん、あのままナイフが刺さって終わりさね」

「・・・」

「おめーよ、決勝に行かねぇと、この試合に出た意味なんざありゃしねぇんだよ」

「え・・」

「決勝の相手、クラクラ野郎、知ってんだろうがよ」

「まあ・・時々、試合は見てたけど」

「だったらよ、何がなんでも勝って、クラクラ野郎をぶっ潰さねぇとな」


阿部は、悦子が三神出身者で日置と友達という事情をまだ知らなかったが、『クラクラチーム』の実力は相当なものだということはわかっていた。



―――一方、たまたまおっさんベンチでは。



「箱さん、あと1本取ったら、向こうは崖っぷちや。1点取られてもまだ同点や。いずれにせよこっちが有利やで」


相沢が言った。


「うん、そやな」


箱崎の表情は、平静そのものだった。


「せやけど箱さんー、大活躍ですねー」


吉野がそう言った。


「っんなアホな」

「だって、見てくださいよー。この大観衆の中、箱さん、試合してるんですよー」

「こんな経験、初めてや。案外、血が騒ぐもんやな」


箱崎は「あはは」と笑った。

相沢は、箱崎の肝っ玉の太さに、この試合は勝てると確信した。


「よし、箱さん。頼むで!」

「箱さんー、ハワイですよーハワイ」

「ハワイかあ・・夢のようやな」


三木は、ホノルル空港でレイをかけられている自分を想像していた。

そして箱崎もコートに着いた。

すると皆川は、重富の指導通りに「フフフ・・」と箱崎を見て笑った。

そして「こんな策があったとはな」と続けた。

箱崎は、多少不気味に感じたが、気に留めるそぶりを見せずにボールを手にした。


「もう勝ったようなもんや・・」


皆川はレシーブの構えをしながらそう言った。

それでも箱崎は意に介することなく、サーブを出した。

下回転の短いサーブが、皆川のバックコースに入った。

皆川は、なんなくツッツキで返したが、ボールは少し高く上がった。


よし・・これを打って決める!


箱崎は力一杯スマッシュを打った。

するとボールはネットインして、皆川は完全にタイミングを狂わされた。

それでも皆川は、ふらつく足で踏ん張りながら、懸命にボールを拾った。


おっ・・返したか・・


箱崎は驚いたが、返球は再びチャンスボールだ。

そして箱崎はもう一度スマッシュを打った。

フォアに入ったボールを皆川は懸命に追ったが、無情にも間に合わず、20-18と箱崎はラストを迎えた。


「よーーし!」


箱崎はガッツポーズをした。


「箱さん!ナイスボールや!」

「箱さーーん!あと1本!」

「ひゃあ~~すごいで~~」


相沢らは、やんやの声援を送っていた。


「じいさん!今のはしょうがねぇ!ここ1本だーーー!」


中川も懸命に檄を飛ばした。


「皆川さぁ~~ん、ここからですよぉ~~」

「しっかりーー!」

「1本、1本!」


日置は思った。

サーブをバックに返球すれば、たとえ高く返っても箱崎に回り込みはない、と。

それは皆川とて同じだが、まずは箱崎に打たせないことだ、と。


「バック勝負だよな」


八代が言った。


「そうなんだよね」

「慎吾、アドバイスしたら?」

「まさか」


日置は、自分がアドバイスするのは違うと思った。

なぜなら相手は『たまたまおっさん』であり、自分は『応見』の監督でも何でもないからだ。

しかし、決勝へ行くには皆川に勝ってもらわねばならない。

日置は、どうしたものかと困惑したが、黙って見守るほかないと気持ちを抑えた。



―――その頃、悦子と朝倉は。



遠くで試合を観ていたが、『たまたまおっさん』が勝ち上がって来ることには、歓迎ではなかった。

いや、相手が『たまたまおっさん』なら、余裕で優勝は出来る。

けれども、森上や阿部といった、せめて「これから」の選手と対戦したいと望んでいた。

この二人は日置の教え子であるから、尚更だ。


「たまたまおっさん・・」


朝倉がポツリと呟いた。


「そやねんな・・」


悦子は朝倉の意を理解していた。


「この大観衆の中よ・・決勝戦よ・・」

「あのおじいさん、挽回してくれんかな」

「でもね・・ラスト1本よ。無理だと思うわ」

「まあなあ・・」


けれども日置や彼女ら、悦子と朝倉の願いもむなしく、『応見金属』は負けたのだった。

これで悦子らと、完全に対戦できなくなった中川は、「ぐぬぬ・・」とまだ諦めきれない様子だった。

日置も彼女らも、こればっかりは仕方がないと納得し、「きみたち、学校へ行く?」と訊いた。

そう、練習のことだ。


「でも、クラクラの試合、ちゃんと観たいですし、それが終われば練習に行きます」


阿部が答えた。


「うん~私も観たいですぅ~」

「そうだね。クラクラは観た方がいいね」


そして八代を交えた日置ら一行は、観客席へ向かった。

するとそこへ「日置くん」と相沢が声をかけてきたのだった。

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