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サーよし!2  作者: たらふく
18/413

18 自滅寸前の加賀見




―――「さて、森上さん、練習しようか」



翌日の午前七時四十分、やっと森上の練習を始めることになった。

日置は森上に素振りは必要ないと判断し「ラリーするからね」と言って台に着いた。


「はいぃ、よろしくお願いしますぅ」


森上もラケットを持って台に着いた。

そしてフォア打ちが始まった。

森上のボールは、ラバーの影響もあるが、スパーンと伸びて来るボールだ。

日置は、森上には男性も使用する、極厚のラバーを貼っていた。

極厚は、読んで字のごとく、スポンジが厚く、ボールのスピードもさることながら、ドライブの回転や威力は並ではないのだ。


日置は緩めにボールを送っていたが、なんなく打ち返す森上に、少しスピードを上げた。

さすがの森上も、ミスを連発していたが、それでも打ち返しはした。

そう、ラケットコント―ロールを間違えているだけで、空振りはしないのだ。



「試合に出るとね、今以上のスピードでラリーが続くから、今後は、もっとスピードを上げるからね」

「はいぃ」

「じゃ、100本続けるよ」

「はいぃ」


小屋の中には、まるで経験者同士が打っているかのような、スパーンという音が響き渡った。

日置は、まさに体が震える思いがした。


この子は、こんなもんじゃない・・

教えることは全部できるはずだ・・


日置は、森上の成長を想像した。


ショート、ツッツキ、カット打ち、サーブ・・

そして、ドライブだ・・

この子の武器は、ドライブなんだ・・


日置は、一日も早くドライブを教えたかったが、焦っては事を仕損じる、を肝に銘じて、とにかく基本であるフォア打ちを徹底的に行うと決めていた。

その他の基本も、もちろん徹底してやるべきと考えていた。

それらを習得した後は、1000本ラリーだ。

そして確実に狙ったところへボールを入れるよう、連打も必要だ。


部員が二人しかいないことで、他のラバーの対応も必要だ。

阿部はまだまだ素振り段階で、表の対応も無理だ。

それにカットマン対策だ。

日置は、自分がカットをしようと考えていた。

日置くらいの上級者ともなると、真似事ではあるがカットくらいはできるのだ。


日置は教えることが多すぎて、とても嬉しく思っていた。

選手は我が子であり、我が子の成長を見ることほど、幸せなことはないからである。

それでも日置は、練習時間の不足に頭を痛めていた。

森上が、あの子たちと同じくらいに練習できたなら、六月末の一年生大会では、間違いなく優勝できるであろう、と。

けれども、森上は土日にはアルバイトをすると言った。

試合は、概ね日曜日だ。

どうしたものか・・と日置はそんなことを考えながら、ラリーを続けていた。


「先生ぇ・・」


森上は打ち返しながら、日置を呼んだ。


「なに?」

「もう・・100回以上ですけどぉ」

「ああ、ごめん。でも続けるだけ続けよう」

「はいぃ」


そして259回目で森上がミスをした。


「ああ・・すみませぇん」

「いやいや、ぜんぜんいいよ。250回以上も続くなんて、まさか思ってなかったよ」

「そうですかぁ」

「もっと上達したらね、1000回ラリーやるからね」

「へぇ・・1000回ですかぁ」

「無理だと思う?」

「いえぇ、出来ると思いますぅ」


森上は平然とそう言ってのけた。

そう、森上は強がって言ったのではなく、本当にそう思っていたのだ。

そして八時二十分まで、練習は続いた。


「もしね、もう少し早く来れるようだったら、遠慮なくそう言ってね」


練習を終えた後、日置がそう言った。


「はいぃ」

「きみは、絶対に大きな選手に育つ。僕がそうしてみせるよ」

「そうですかぁ」

「それで、アルバイトはもう決めたの?」

「ああ・・商店街のパン屋さんで働こうかと思てるんですぅ」

「へぇー、いいね」

「まだ、決まってないんですけどぉ」

「そっか。あまり無理しないようにね」

「はいぃ」

「それとね、六月末に一年生大会があるのね。それにきみを出したいと思ってるんだけど、日曜日なんだよ」

「日曜日ですかぁ・・」

「アルバイトだもんね」

「はいぃ・・すみませぇん」


日置は、焦ってはいけないと自重した。

今年のインターハイ予選は、すでに終わっている。

森上の場合は、シングルのみだ。

阿部が成長すればダブルスを組めるが、阿部の成長も未知数だ。

日置は、どんな試合でも森上を積極的に参加させたいと思っていた。

地域のオープン戦であれ、小規模な大会であれ、とにかく場慣れをさせよう、と。

けれども現実は、森上家の事情が立ちはだかっている。

こればかりは、日置にもどうすることもできないのである。



―――「中尾さん、休み時間になったら職員室へ来なさい」



朝のホームルームが終わったと同時に、加賀見が中尾にそう言った。


「また、あの話ですか」

「そうです!」

「もう、私ら行ってませんて!ほんで、なんで私だけなんですか」


中尾は立ち上がり、自分だけが呼び出されたことに不満を抱いた。


「木元さんも、石川さんも、昨日は家にいてました」


そう、加賀見は木元と石川にも、昨日、電話をかけていたのだ。


「私かて、いてましたやん!」

「あなたは、あの後、いかがわしい所へ出かけたでしょう!」

「だから、行ってませんて!」

「いいです。授業が始まりますから、とにかく後で来なさい」


加賀見はそう言って教室を出て行った。

その実、木元と石川は、「あの店」に行ったことが学校にバレたことで、「委縮」していた。

行ったのも、たまたまであったし、不良男子のことも、怖いと思っていたのだ。

けれども、「また行こうや」という中尾の前では、強がりを見せて同調していたのだ。

そう、逆らえなかったのである。


そして昨日、家にまで電話がかかって来たことで、両親から問い質されていた。

その際、こっぴどく叱られ、二人は懲りていたのだ。


そして休み時間。


「りっちゃん、職員室、行かへんの」


木元が訊いた。


「誰が行くか」


中尾は木元を睨みつけた。


「でも、行かんかったら、加賀見・・またうるさいで」


石川がそう言った。


「あんたらさ、なんか知らんけど、免除してもろてええやろけどさ、なんで私一人なんよ」


中尾がそう言うと、二人は黙っていた。


「とにかく私は行かへん」


中尾は席に座ったまま、立とうとはしなかった。



―――職員室では。



「なにやってるんよ・・」


加賀見は独り言を呟いた。


「加賀見先生、どうしたんですか?」


隣の席に座っている、小谷が訊いた。


「いや・・中尾さんを呼び出したんですけど、来ないんです」

「ああ・・」


小谷は「あの件」かと察した。


「あの子、私を舐めてます」

「もう行ってないんと違うの?」

「そんなんわかりません」


そこに「ひおきん~~」と言いながら、三人の女生徒が入ってきた。


「どうしたの?」

「これ、食べてください~」


女生徒たちは、日置に弁当箱を渡していた。

赤やピンクのハンカチに包まれた、なんとも女子らしい可愛い箱だ。


「え・・」

「私、朝から作ったんです~」

「私も~」

「私も早起きして作りました~」

「そうなんだ。ありがとう」


日置はニッコリと笑って、弁当箱を受け取った。

すると三人は「きゃ~~」と頬を赤く染めていた。


「それ、食べても洗わなくていいですから~」

「そうそう、持って帰りますから~」

「私、箸は、保存します~きゃ~」

「まさか。洗って返すよ」

「ええんです~、ひおきんが食べてくれはるだけで~嬉しいんです~」

「むしろ、洗ってほしくないんです~」

「そうそう、洗わんといてください~」


日置は、参ったな、という風に苦笑した。


「中に~手紙も入れてありますので、読んでくださいね~」

「ええ~さっちゃん、そんなんずるいい~」

「抜け駆けやん~」

「わかったわかった。手紙も読むし、これも洗わないから。もうすぐ授業が始まるから教室へ戻りなさい」

「はーい!」


そして三人は慌ただしく職員室を出て行った。

他の教師たちは、ある意味「日常」のことなので、さして気にかけることもなかったが、その様子を見ていた加賀見は、無性に腹が立っていた。


「日置先生」


加賀見は日置の席へ行った。


「なんですか」

「女生徒からお弁当をもらうやなんて、どうかと思いますけど」

「は・・?」

「ああいう場合は、断るべきやと思いますけど」

「せっかく作ってくれたのに、どうして断らないといけないんですか」

「教師として、他の生徒に示しがつきませんよ」


隣で話を聞いていた堤は、うんざりしていた。


「あのな、加賀見先生」


堤が口を挟んだ。


「なんですか」

「こう言うたらなんやけどな、僕かて、こないだ生徒から弁当もろたで」

「え・・」

「きみ、その時、おったがな」

「そ・・そうでしたっけ」

「僕はよくて、日置くんはあかんのか」

「そ・・そういうわけじゃないですけど・・」

「きみ、なんでそこまで日置くんに拘るんや」

「拘ってなんかいません!」


加賀見は図星を突かれて、思わず怒鳴った。


「きみもな、生徒から弁当貰えるようになってくれよ」

「わ・・私は、弁当なんていりません!」

「はあ・・僕の言うてる意味もわからんのか。もうええわ」


そこで堤は教材を抱えて、日置の肩をポンと叩いて職員室を出て行った。

日置も体育館へ向かうべく、席を立った。


「ひ・・日置先生」

「なんですか」


日置は迷惑そうに返事した。


「人気があるからと言うて、ええ教師やとは限りませんからね」

「そうですか」


日置は加賀見を見ずに、そのまま職員室を後にした。

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