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サーよし!2  作者: たらふく
179/413

179 マジシャン竹林




―――「さーて、重富よ」



3本練習を終えて、中川が呼んだ。


「なに?」

「この試合だけでも、ぜってーに勝つぞ」


中川は、ダブルスを取っても四番の山内では、話にならないと思っていた。

それは重富も同じだった。


「一矢報いてやるんでぇ」

「そやな」

「おめーは、カットマンにいいようにされた。でもよ、竹林と中野は二人とも攻撃型だ」

「うん」

「守って守って守り抜くぞ」

「うん」

「よーーし!おめーさんら、覚悟しな!」


中川は悦子らに向かって声を挙げた。


「うわぁ・・」


中野は引いていた。

けれども悦子は「ふっ」と笑った。


「ええ根性しとる。そうやないとな」


悦子は静かに答え、サーブを出す構えに入った。

レシーブには重富が着いたが、悦子は「あんたや」と言って中野にボールを渡した。


この様子を見た日置は、中野が板を嫌っているとわかった。

重富は振り向いて日置を見た。

そう、レシーブを中川と代わるべきなのか、と。

日置は「そのままでいいよ」と言った。


えっちゃん・・

ここはきみがサーブを出すべきだったよね・・

1セットを取るのは厳しいかもしれないけど・・

2セット目は、わからないよ・・


そう、日置は2セット目に勝機があると読んだ。


「1本だよ、1本!」


日置は大きな声で檄を飛ばした。


そして中野は1球目のサーブを出した。

悦子にドライブを打たせるべく、ミドルへのロングサーブだ。

重富は詰まりながらも、ショートで返した。

バックストレートに送られたボールに、悦子はすぐさま回り込み、バッククロスへドライブを打って出た。


悦子の動きを見た中川は、すぐに左後方へ動いた。

ところが、である。

なんと悦子は、寸でのところでストップをかけたのだ。

中川は茫然としたまま、一歩も動けなかった。


「サーよし!」


悦子と中野は互いを見ながら、ガッツポーズをした。


「くそっ・・」


中川は、いとも簡単に先取点を奪われたことで、唇を噛んだ。


「どんまいやで」


重富がすぐに声をかけた。


「竹林・・あいつ、うめーな」

「そやな・・」

「あの動きは、間違いなく打つ動きだったぜ」

「私かて、そう思たわ・・」

「まさに、マジシャンだな・・」

「マジシャン・・」

「よーう、マジシャン竹林さんよ」


そう呼ばれた悦子は「は?」と答えた。


「おめーさん、やるじゃねぇかよ」

「あはは、そやろ」

「おうよ!それくれぇでねぇと、張り合いがねぇってもんよ!」

「でもさ、マジシャンって、なんなん?」

「ふふ・・種明かしはタブーだぜ」

「あはは、あんた、おもろいなあ」


悦子は完全に中川を気に入ったと同時に、徹底的に叩きのめすと決めた。

そう、それこそが怯まずに向かってくる相手に対しての、最大の敬意だからである。


「中野」


悦子が呼んだ。


「なに?」

「重富さんにツッツかせるなよ」

「全部、ロングってことか」

「三球目で仕留める。中川さんのラケットに触れさせへんで」

「怖いなぁ・・」

「おい、中野」

「え・・」

「中途半端なサーブ出しよったら、えらい目に遭わせるからな」

「ひぃ~・・」


そして中野は、ミドルに同じサーブを出した。

重富は、今度はフォアクロスへショートで返した。

これもバウンドしてすぐに対応した、いい返球だ。

だが、コースを読んでいた悦子は、十分な体勢からフォアクロスを逃げるようにスピードの乗ったスマッシュを打ち込んだ。

中川は、またストップかもしれない、という刷り込みが脳裏にあり、動きが一歩出遅れた。


くっそ~~~!


中川は懸命にボールを追ったが、既に床に落ちた後だった。


「サーよし!」


悦子らは、また力強くガッツポーズをした。


「ごめん、送るコースがバレバレやった・・」


重富は、悦子らに背を向けて小声で話した。


「いや、おめーのレシーブは悪くなかった。コースも間違ってねぇ」

「どこに送ったらええんやろ・・」

「ショートのレシーブより、おめー、打てよ」

「ああ・・そうやな」

「板のボールは打ちにくいはずでぇ。マジシャンも合わせるしかねぇはずだ」

「わかった。やってみる」


そして重富はレシーブの構えに入った。

すると中野は、フォアのライン上ギリギリにサーブを送った。

重富はすぐに足を右へ動かし、フォアクロスへなんとか打ち返した。

すると悦子は、重富の倍の力で、バックストレートへ弾丸スマッシュを打ち込んだ。

フォアへ来ると読んでいた中川は、また逆を突かれ、ボールは後ろへ転がって行った。


「サーよし!」


この時点で中川は、まだボールに触っていない。

いや、触らせてもらえないのだ。


「うぬぬ・・マジシャン野郎・・」


中川は悦子の実力に驚愕していた。

同時に、これが三神の強さなのか、と。


「送る場所がない・・」


重富は唖然としながら呟いた。


「重富」


中川はコートに背を向けたまま、重富の肩を抱いた。

重富もそのまま、コートに背を向けた。


「次もロングサーブが来たら、おめー、それをストップしな」

「えぇ・・ロングサーブをストップて・・難しいで・・」

「ミスしても構わねぇ。とにかくネット際に落とすんでぇ」

「ほなら・・やっぱりショートやな」

「おうよ」

「わかった」


そして中野は4本目のサーブを出した。

これも伸びて来るロングサーブだ。

重富は懸命にラケットをコントロールし、なんとかストップでネットに近い所へ落としたが、少し高く返った。

待ってましたと言わんばかりに、悦子は右腕を大きく振り上げた。


慌てた中川は、後ろに下がりかけた。

すると悦子は、また寸でのところでストップをかけた。


嘘だろ・・


中川は体を戻せずに、ボールは台上でツーバウンドしていた。


「サーよし!」


悦子の妙技に、館内は「おおおおお~~」という歓声が木霊していた。


「文子~~!中川さん~~!頑張れ~~!」


重富の父、昌朗は、観客席の最前列で必死の声援を送っていた。

大村ら四人の男性は、言葉を発する余裕などなく、ただ唖然としていた。


えっちゃん・・うまいな・・


日置は、改めて悦子の上手さに苦笑していた。

そう、相手の裏をかく上手さだ。


「いや・・もう、ほんまに送るコースがない・・」


重富は、コートに背を向けて呟いた。


「くそっ・・マジシャン竹林・・あいつに穴ってねぇのかよ・・」

「やっぱり、私のレシーブやな・・」

「いや、おめーは悪くねぇ。マジシャンが上手すぎるんでぇ」

「きみたち」


そこで日置が二人に声をかけた。

二人は黙ったまま日置を見た。


「タイム取って」


日置がそう言うと、重富がタイムを要求し、二人はベンチに下がって日置の前に立った。


「なんて顔してるの」


日置は笑っていた。


「え・・」

「まさか、このまま引き下がるつもりはないよね」

「先生、レシーブ、どこに送ったらええですか・・」

「4本とも、全部裏をかかれてるよね」

「はい・・」

「おそらく次もロングで来る」

「そうですか・・」

「竹林さんは、きみの板をものともしない」

「・・・」

「そこでなんだけど、重富さん」

「はい」

「いやっ、先生よ、ちょっと待ってくんな」


中川は、慌てて口を挟んだ。

日置は、なにか策があるのかと、言いかけた言葉を飲み込んだ。


「なに?」

「あのよ、無茶な方法かもしんねぇけどよ」

「うん、言ってみて」

「重富・・裏でレシーブってのは、どうでぇ」

「ほーう」

「え・・どういうことなん?」

「いいか、よく聞け。構えてる時は板のままだ。で、中野の野郎がサーブを出したと同時にラケットを反転させるんでぇ」

「ええええ~~」


重富はあり得ない作戦に、思わず叫んだ。

そう、裏を使うのはサーブの時だけだからである。


「おめー、裏でボールに当てる感覚は知ってんだろうがよ」

「せやかて・・サーブの時だけやもん」

「それで十分さね。で、先生よ」

「なに?」

「この作戦、どうでぇ」

「うん、いいんじゃないかな」


日置はニッコリと笑った。

その実、日置も全く同じことを考えていたのだ。

このままでは、次も点を取られるだけだ。

しかもカウントは5-0と、やられっ放しでサーブチェンジとなる。

そしてレシーブは悦子だ。

悦子なら、何をやって来るかもわからない。


ここは、おそらく悦子も考えていないであろう、裏でレシーブという作戦で、まさに裏をかくのだ、と。

当然、重富のミスは織り込み済みで、愚策と嗤われるかもしれない。

けれども、やってみる価値はある、と。


「よーし、決まったぜ!重富、やるしかねぇぜ」

「そうか・・うん。わかった」

「そこでだ。重富」


中川には、まだ考えがあった。


「なに?」

「レシーブに着く時だが、フフフと笑うんでぇ」

「え・・」

「おめー、元演劇部だよな」

「そやけど・・」

「それと、コートに向かう際、堂々と歩くんだぜ。無論、私もだ」

「堂々と・・」

「先生がよ、奇策を思いついたって顔するんでぇ」

「なるほど・・」

「きみたち、わかった!?」


日置は早速、中川の作戦に乗った。


「おうよ!」

「はいっ!」

「よーーし、じゃ、行っておいで」


日置は二人の肩をポンと叩ていて送り出した。

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