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サーよし!2  作者: たらふく
175/413

175 挑発する相手




フロアには、準決勝二試合を行うための台が、二台になっていた。

中央にフェンスが置かれ、左右それぞれ一台ずつ使用するというわけだ。


だだっ広いフロアにポツンと置かれた卓球台。

一種異様な雰囲気と見たこともない光景に、文久の男性陣は圧倒されていた―――



「なんや・・この雰囲気・・」


代田は、今にも帰りたそうな様子だ。


「僕かて・・こんな中で試合したことないし・・」


小松も気が引けていた。


「観客席かて・・」


山内がそう言うと、四人は館内を見回した。

そう、観客席には、どのチームがハワイ旅行を手にするのだ、といわんばかりに興味津々で大勢の者がフロアを見下ろしていた。

それだけではない。

フロアにも、コートの後ろで見守る者たちが立ち見をしていた。


重富は、大勢の前で試合することは、ある意味平気であった。

なぜなら、元演劇部だった重富は、舞台に立つことが喜びたったからである。

しかも、昨年の団体戦とは違い、重富は実力をつけた。

臆する理由がないのである。


一方で中川も、言うに及ばず、誰が何人見ていようが意に介すわけがない。

『愛と誠』の芝居を行った時もそうであったし、合宿の際、宿泊客を前にしてもリクエストに応えては歌い上げていた。

そう、この二人は臨戦態勢は整っていたのだ。


彼らの言葉を聞いた中川は、それでも何も言わなかった。

自分は自分の仕事をする。

それだけでいいのだ、と。


「オーダーやけど・・ど・・どうする・・?」


大村は重富に訊いた。


「大村さんたちが決めてくれはったらええですよ」

「決める言うたかて・・」


大村は、彼らを見た。

彼らは腰が引けて、何も言えずにいた。


「な・・中川さん・・」


大村が呼んだ。

中川は黙ったまま大村を見た。


「オーダーやけど・・」

「おめーさんたちで決めてくんな」

「ま・・まあ・・そやな。ここまで勝ち進めたことが奇跡みたいなもんやし。別に負けてもええし・・」

「あの・・」


そこで重富が口を開いた。


「なに?」

「私ら、負けるつもりはありません」

「え・・」

「大村さんたちが決められへんのやったら、私らで決めてええですか」

「え・・ああ・・うん」

「中川さん」


重富が呼んだ。


「おうよ」

「私らで決めるで」

「おめーさんら、それでいいんだな」


中川は彼らに訊いた。


「うん・・かめへん・・」

「それでええで・・」

「きみらだけ・・出るっちゅうんは無理なんか・・」


中川は、彼らの返答に落胆さえしなかった。


「重富」


中川が呼んだ。


「うん」

「相手は男と女がそれぞれ二人ずつだ。ここは、女同士が有利だ」

「そやな」

「するってぇと・・向こうさんは先に一点取りに来ると見て、トップは男さね」

「うん」

「で、こっちも男で行く、と。まずは大村だな」

「それがええと思う」

「二番は重富、おめーだ」

「わかった」

「で、ダブルスは私らだ。問題なのが四番とラストをどうするかでぇ」

「どうするて?」

「もしよ、ラストまで回ったとしたら、あいつらじゃ勝てねぇ」

「そうやな。でもさ、四番まで回らんとしたら、中川さん、シングルできんと終わるやん」

「けっ、重富よ」

「なに」

「ダブルス、ぜってー負けるつもりはねぇ。無論、おめーのシングルもさね」

「ほんなら・・やっぱりラストまで回ると想定して、ラストは中川さんやな」

「よし。四番は山内だ。これで行くぜ」


そして重富は、彼らにオーダーを報せた。

すると大村は「僕がトップ・・」と顔面蒼白になっていた。

山内に至っては「どうか回ってこないでくれ」と願う始末だった。

代田と小松は、自分たちが外されて胸をなでおろしていた。

そして無責任に「大村、頑張れよ」と言い放っていた。


中川と重富は、自分たちなりにオーダーを考えたつもりだったが、見事に外れていたのだ。

『クラクラチーム』のオーダーはこうだ。


トップ、竹林

二番、板倉

ダブルス、中野、竹林

四番、朝倉

ラスト、中野


挨拶を終え、ベンチに下がった重富と中川は「外れたな」と苦笑していた。


「トップの竹林が、三神出身でぇ」

「へぇ、そうなんや」

「くそっ・・あたりたかったぜ」


中川はシングルのことを言った。


「でもさ、ダブルスであたるやん」

「おうよ、それさね。体がウズウズしやがるぜ」

「私は板倉さんか・・」


「重富さん、中川さん」


コートの後方で、日置が呼んだ。

二人は顔を見合わせて、日置の前まで走って行った。


「重富さんの相手の板倉くんは、裏裏のカットマンだよ」

「そうなんですね」

「それと中野くんは裏のペンドラ。竹林さんは裏ペンのオールラウンド」

「オールラウンドたぁ、なんでぇ」

「前陣も中陣も後陣も、何でも熟せるオールラウンドプレーヤーだよ」

「ほーう」

「きみたち、頑張るんだよ」

「はいっ」

「あたぼうさね」



―――コートでは。



悦子と大村がフォア打ちを始めていた。

けれども大村は、足が地につかず、悦子のボールの勢いに押されラリーが続かない有様だった。


「なんや。ラリーも出けへんのかいな」


悦子は大村を嘲笑した。


「え・・」

「続けてくれんと練習にならんのやけど」

「・・・」

「よう準決まで勝ち進めたな」

「・・・」


大村は、悦子の挑発に何も言い返せないでいた。

そう、悦子は中川にではなく、男性を挑発してやろうと決めていた。

その実、悦子は男性陣に腹を立てていたのだ。

曲がりなりにも男だろう、と。

それを、中川が無礼を働いたとはいえ、自業自得じゃないのか、と。


「え・・えらい・・無礼な女やな・・」


大村は、やっとのことで言い返した。


「まあええわ。とっとと始めよか」

「えっちゃ~ん、相手は男性よ。かなり強いんじゃない~」


朝倉が後方からそう言った。

そう、朝倉も挑発してやろうと思っていた。


「ああ、確かにそうや。舐めとったら痛い目に遭うとこや」

「どんなにすごいのか、見せてもらいましょうよ~」

「よーし、気合いを入れ直さんと」


悦子はそう言って「1本!」と大声を挙げた。

すると大村は、自分がサーブにもかかわらず、呆然と立ち尽くしたままだった。


「大村さん」


悦子が呼んだ。


「え・・」

「はよ、すごいサーブ出してぇな」


悦子はレシーブの構えをしながら、また嘲笑していた。

大村は、何とか気を取り直し、バッククロスへロングサーブを出した。

すると悦子はすぐさま回り込み、矢のようなスマッシュをフォアストレートに打ち込んだ。

大村は唖然としたまま、一歩も動けなかった。


「サーよしっ!」


悦子は左手で力強くガッツポーズをした。


「えっちゃ~ん、今のはまぐれかも~。次はきっと、すごいサーブを出すはずよ~!」

「おーう」


悦子は背中で答えた。

大村に、悦子に通用するサーブなどあるはずがなかった。

その後、大村はサーブを出すも、全て悦子にスマッシュで返されていた。

カウントは、当然のように5-0になっていた。


そして次は悦子のサーブだ。

悦子は一切手を抜くつもりなどなかった。

徹底的に叩きのめしてやる、と。

悦子のサーブを、大村は1本も返すことができずに、カウントは10-0だ。


「タ・・タイム・・」


大村は審判にそう言って、トボトボとベンチに下がった。


「大村、大丈夫や」


山内が言った。


「もう負けてもええやん」

「そやで。ここまで勝ち進めただけで、ええがな」


代田と小松は、試合に出ることがないので、あり得ないことを言い放った。

中川は、彼らの言葉を聞いていたが、なにも言うことはなかった。


「あの」


そこで重富は、強い口調で彼らを呼んだ。


「なに?」


代田が答えた。


「もう負けてもええとか・・それって、違うんとちゃいますかね」

「え・・」

「大村さん、負けても応援するべきやと思いますけど」

「せやけど、どう見ても大人と子供やん。大村かて、カッコ悪いと思てるで」


重富は思った。

昨年の団体戦の時、自分はど素人で試合に出て、さんざんな負け方をした。

けれども、「チームメイト」であった阿部、森上、中川は、全力で応援してくれた。

負けるとわかってても、全力で。

それを、この男性たちはなんなんだ、と。

廃部が免れたから、あとはどうでもいいのか、と。


「あの・・こんなん言うたら失礼やとわかってて言いますけど」

「重富、やめな」


中川が制した。


「中川さん・・」

「私らは、私らの仕事をすればいいだけだ」

「せやかて・・」

「おめーは次に出るんだ。アップしな」

「うん、わかってるけど」

「大村さんよ」


中川が呼んだ。

大村の顔は引きつったままだ。


「一言だけ言っとくが」


中川には、言いたいことがあった。


「この試合、ぜってーラストまで回してくんな」


大村は、自分が勝てるはずがないと、唖然とした。

それは山内も同じだった。


「ラストまで回してくれたら、私は助っ人として、ぜってーに仕事をする。勝つ。だからそうしてくれ」

「そんなん・・無理やん・・」


大村は力なく呟いた。


「言いたいことはそれだけだ」



―――一方で、クラクラベンチでは。



「えっちゃん、相手は挑発に乗るどころか、試合にならないわよ」

「そうやねん。それにしても、情けないやっちゃで」

「もう挑発はいいんじゃない?」

「そやな。無駄なだけやしな」


この二人を見て、中野と板倉は「女て、怖いなあ・・」と小声で言った。


「あ?なんか言うたか」

「いえっ、何も言ってません」


中野は、わざと怖がって見せた。


「ほな、ラブゲームで叩きのめすわ」


ラブゲームとは、相手に一点も与えずに勝つことだ。

そして悦子は台に着き、大村を待っていた。

大村は、このままだと0点で負けてしまうという恐怖心に襲われていた。

大観衆の中で、大恥をかいてしまう、と。

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