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サーよし!2  作者: たらふく
174/413

174 日置の策




中川は、そのままフロアへ入り、文久メンバーのいるところまで向かった―――



「大村さんよ」


中川が声をかけると、重富は安堵した表情になった。

そう、日置が引き止めてくれたのだ、と。

大村は、少し困惑しながらも「なんや」と答えた。


「さっきは抜けると言ったが、撤回する」

「え・・」

「私はもう、おめーさんらには何も言わねぇ」

「・・・」

「文久は、おめーさんらのチームで、私と重富は助っ人だ」

「・・・」

「だから好きに使ってくんな」


中川は、どうしても「すみませんでした」という言葉が出なかった。


「こんなん言うたら、あれやけどな」

「なんだよ」

「もう一勝したし、次は負けても廃部とは関係ないから、きみに戻って来てもらわんでもええんやけど」


大村は、高校生相手に大人げないと思ったが、「戻る」と言った中川の言いぶりに気分を害していた。

一体、何様のつもりだ、と。


「え・・」

「僕らが助っ人として頼んだんは、重富さんだけや」


重富は、ハラハラしながらも思った。

あの中川が、日置に引き止められたとはいえ、おそらく自分の意思で戻って来たに違いない。

そしていつもの中川なら、「私がいねぇと勝てねぇだろがよ!」くらいのことは言っても不思議ではないところを、かなり自制した言いぶりだ。

中川は、懸命に我慢している、と。

その我慢の原因は、一体、なんなのだろう、と。


一方で、こうも思った。

その我慢がいつまで持つのかわからない、と。

なぜなら、中川が戻って来たにもかかわらず、大村は迎えるどころか突き放した。

いつもの中川なら、じきに糸が切れるはずだ、と。


中川は思った。


先生は言った・・

重富のために頭を下げろ、と・・

そうさね・・頭を下げるんでぇ・・自分・・

こんなくだらねぇ大人に腹を立ててる場合かよ・・

クラクラ野郎を叩き潰さねぇとな・・


「大村さんや、他の者たちにも、無礼な口を叩いてすみませんでした」


中川はそう言って頭を下げた。


先生よ・・

これでいいんだろ・・


「中川さん・・」


重富は中川の意外な言葉に、驚愕していた。

口にするのは「うるせぇよ!」ではないのか。

どうしたんだ、と。


「助っ人として頑張りますので、戻してくれますか」


大村は、他の者たちと顔を見合わせていた。


「どうする?」


大村が訊いた。


「まあ・・ええんとちゃうかな」


山内が答えた。

そして代田も小松も同意した。


「みんなこう言うてるし、戻ってもろてもええけど、言動には気ぃつけや」


大村は釘を刺した。

こうして中川は文久に戻ったが、この後、中川は彼らと口を利くことがなかった。

大村に言われたからではない。

こんな奴らとは、口を利く値打ちもないと思ったのだ。

けれども中川は、自分と重富の試合は、どこまでも声を出して頑張り続けた―――



一方で、森上と阿部を擁する『応見金属』も順当に勝ち上がっていた。

こちらのチームは、なんとも和気あいあいとして、チームの者は、森上と阿部を絶賛していた。

とはいえ、ここまで二人が「本気」を出すほど、手強いチームなどいなかった。

悦子と朝倉は、時々、森上の試合を観ていたが、それゆえ、まだ森上の「本気」に気が付いてなかった。

そう、森上がドライブやスマッシュを打つまでもなく、相手がミスをしていたからだ。


「えっちゃん」


朝倉が呼んだ。


「なに?」

「森上さんも上手いんだけど、あの阿部さんって子、あの子もなかなかよ」

「ああ、確かにな」

「あの二人、ダブルス組んでるけど、もしかして桐花なのかな」

「さあ、どうなんやろ」


「えっちゃん」


そこへ日置がやって来た。


「おう、慎吾」

「ねぇ、日置さん」


朝倉が呼んだ。


「なに?」

「あの阿部さんって子、もしかして桐花なの?」

「そうだよ」


日置はニッコリと笑った。


「やっぱり・・」

「どうしたの?」

「森上さんも上手いけど、阿部さんも上手いなって話してたのよ」

「そうなんだ」


悦子は二人の会話を聞いて、心中、穏やかではなかった。

なぜなら、予選まで3カ月余り。

普通なら、時間に余裕がないとも言える期間だ。

けれどもなにせ、監督は日置だ。

あの素人集団だった小島らを、一年生大会とはいえ、たった半年で準優勝させるまでに成長させた。

目の前の森上と阿部は、素人どころか、かなり上手い。

3か月の間に、きっと恐ろしい選手に育てるであろう、と。


「あのさ、えっちゃん」


日置が呼んだ。


「なんや」

「頼みがあるんだけどね」

「え・・」

「えっちゃんたちと準決であたる、文久薬品ってチームね。僕の教え子が助っ人として入ってるんだけど」

「うん。そう言うてたな」

「気が進まないかもしれないけど、挑発してくれないかな」

「はあ?」


悦子は、当然ながら意味がわからなかった。


「いや、実はね――」


そこで日置は、中川の性格と、一回戦での「事件」の話もした。

そう、日置は中川を試そうと考えたのだ。

大事な試合であれはあるほど、自身をコントロールできなければ勝てる試合も勝てないからだ。


「えぇ~・・そんなん気が進まんわ」

「うん、わかってるんだけど」

「せやけど、その文久の男ども、ちょっと、どんならんな」

「ああ・・まあね」

「中川さんの言動も、問題ありだとは思うけど、なんか、あまり間違ってないような・・」


朝倉が言った。


「中川は、やる気のない者を見ると、どうにも我慢がならなくてね」

「そうなのね」

「でも、我慢すべきは我慢をしないと、成長しないからね」

「確かにそうね」

「わかった。やってみるけど、どうなっても知らんで」

「うん。後は僕が何とかする」



―――ここはロビー。



準決勝を次に控えた彼女ら四人は、短いインターバルを利用して弁当を食べていた。


「もしかすると、私ら決勝であたるかもしれんな」


阿部は嬉しそうに言った。


「ほんまやなぁ。とみちゃんと中川さぁん、調子はどうなぁん」


森上も嬉しそうだった。


「うん、絶好調やで」


重富が答えた。

けれども中川は何も言わずに、もくもくと弁当を食べていた。

森上と阿部は、顔を見合わせ戸惑いの表情を見せた。


「中川さん」


阿部が呼んだ。

中川は、黙ったまま阿部を見た。


「どしたん?」

「なにがだよ」

「いや・・なんも言わへんな、と思て」

「なんて言ったんだ」


そう、中川は阿部と森上の言葉が耳に入ってなかった。


「いや、このままやと、決勝であたるな、て」

「ああ・・確かにそうだな」

「中川さぁん、元気がないみたいやけどぉ、どうかしたぁん」

「なに言ってんだ。元気ありまくりさね」


中川はニッコリと笑って、森上の肩をポンと叩いた。

阿部と森上は、当然ながら「事件」のことは、まだ知らなかった。

それゆえ、中川の様子がおかしいぞ、と。


重富は、「事件」のことを話すのは、今ではないと思っていた。

なぜなら、中川から『クラクラチーム』の事情を聞いていたからだ。

今、「事件」の話を持ち出すと、中川の気持ちに水を差すと思えたのだ。


「よし」


中川はそう言って、弁当箱をバッグにしまった。


「重富、行くぜ」

「ああ、うん」


重富は、慌てて弁当を平らげ、バッグにしまって立ち上がった―――



準決勝の対戦は『文久薬品』対『クラクラチーム』と、『応見金属』対『たまたまおっさん』だった。

ちなみに『ミツダクラブ』は、八代が中野に勝ち奮闘したものの、悦子らの前では勝てるはずもなかった。

山崎らママさんは、全国出場しているとはいえ、所詮はママさんレベルだ。

クラクラの強さに、成す術もなかったのだ。


「おっ、森上さん」


相沢ら『たまたまおっさん』のメンバーが、森上と阿部の前に現れた。


「ああ、相沢さぁん」


森上は慌てて立ち上がった。


「かめへん、かめへん」


相沢は、弁当を食べろと言いたかった。


「お久しぶりですぅ。あの・・以前は、慶太郎を助けてくれはってぇ、ありがとうございましたぁ」


森上は、慶太郎が誘拐されたことを言った。


「あはは、そんな昔の話、もう忘れとったけど、慶太郎くん、元気にしてるか?」

「はいぃ、もうすごく元気にしてますぅ」

「そうか。それがなによりや」


そこで相沢は、阿部に目をやった。


「今から対戦やな」


相沢は準決のことを言った。


「はい」


阿部も立ち上がった。


「わしら、負けるつもりはないで」

「私らも、負けるつもりはありません」

「おおっ、気合い、入ってるな」

「はいっ」

「ほな、コートで待ってるわな」


相沢はそう言って、メンバーの者たちと中へ入って行った。


「相沢さんてぇ、すごく上手い人なんよぉ」


森上は弁当箱をバッグにしまって肩にかけた。


「そうなんや」

「でもぉ、私も負けるつもりはないでぇ」

「あはは、恵美ちゃん。うん、頑張ろな」


阿部もバッグを抱えて、二人はフロアへ入って行った。

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