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サーよし!2  作者: たらふく
173/413

173 「いらない人間」




その後、中川と重富は『腕男』を圧倒し、『文久薬品チーム』は二回戦にコマを進めた―――



「おーい、文子!」


観客席から昌朗が呼んだ。

重富は観客席を見上げた。


「さっき、大変やったみたいやけど、大丈夫なんか?」


昌朗は中川のことを言った。


「うん、大丈夫」

「それにしてもお前、めっちゃ強いな!」

「ああ~、うん」


重富は、勝ったことは嬉しかったが、中川のことが気になっていた。


「優勝したら、五千円にアップしたるで!」

「あはは、ありがとう」

「次も、頑張れよ!」


重富は「うん」と頷いて、中川の元へ行った。

中川は、ラケットをしまいながら、一点を見つめていた。


「中川さん」


重富が呼んでも中川は返事をしなかった。


「中川さん、どうしたん?」


重富は中川の肩に手を置いた。


「え・・」


そこで中川は、ようやく重富を見た。


「どうしたん・・?」

「なにがだよ」

「いや・・なんか考え込んでる風やったし・・」

「別に、どうもしねぇさ」


その実、中川はチームメイトに不満を抱いてた。

なぜなら、廃部がかかった試合だというのに、重富と中川に任せっきりだったからである。

中川は、別にそれでもいいと、無理に自分を納得させようと努めた。

けれども、腕男の「威嚇」になんら異議を唱えることなく、大村は勝ったにせよ、どう見ても部を存続させるという覚悟が伝わってこない。

中川は、大村たちに檄を飛ばそうと、言葉が喉まで出かかっていたが、さっきの日置の言葉が胸に引っかかっていた。

そう、助っ人の役割だ。

勝つのが役割であり、勝つために参加した。


けれども大村たちは、即興チームであれ、今はチームメイトだ。

大人とか高校生とか関係ない。

言うべきは言わないと気が済まないぞ、と。


「大村さんよ」


呼ばれた大村は、何を言い出すのかと不安になった。


「なに・・?」

「他の者もそうだが、ちったぁ、自覚したらどうなんでぇ」


すると山内も代田も小松も、黙ったまま中川を見た。


「私と重富は、おめーさんらのために試合に出る。そして勝つ」


そこで重富は、また不安になり、中川の服を引っ張った。


「けどよ、どうにもおめーさんらには、勝つ意気込みが見えねぇ。伝わってこねぇのさ」

「あのな、こんなん言うたらあれやけど」


大村が口を開いた。


「なんでぇ」

「きみらが勝ってくれて一勝できた。それはありがたいと思てる。せやけどな、なにもそこまで言われる筋合いはないで」

「どういうこった」

「そもそも、重富さんだけ入ってもらうところに、きみが参加すると希望した。僕らは助かると思たし、歓迎した」

「おうよ」

「はっきり言うけど、きみ、横暴過ぎるで」

「え・・」

「まるで自分のチームみたいに指図してやな」


なんなんだ・・こいつは・・

誰のチームとか、関係ねぇだろうがよ・・

いや・・そもそも、おめーらのチームだろうがよ・・

それを・・人任せにしやがって・・

それでも男かよ・・


中川は大村の言葉に憤りを覚えた。

思わず怒鳴りそうになったが、懸命に堪えた。


「私が気に入らねぇってのか」

「はっきり言うて、そうやな」

「そうかよ。わかった。んじゃ、私は抜ける」

「ちょっと・・中川さん・・」


重富はさらに服を強く引っ張った。


「重富、おめーは頑張んな」

「そ・・そんな・・」


中川は重富の手を振り払って、この場を去って行った。


「う・・嘘やろ・・中川さん・・」


重富は、どうしたものかと中川の後姿を見ていた。


「重富さん」


大村が呼んだ。


「はい・・」

「ちょっと、あの子な・・」

「・・・」

「さっき、審判に頭下げてた人、きみらの先生なんやろ?」

「はい・・」

「えらい怒っとったみたいやけど、指導はうまいこといってるんか?」

「え・・」

「手を焼いてるんちゃうかなと、気の毒に思うで」

「いえ・・あの・・中川さん、悪い子やないんです」

「それはわかってるけど、僕らに対するあの態度は、あり得へんで」

「そ・・そうですか・・すみません・・」


重富は、中川はあんなだが、けして悪い子ではないし、リーダーシップも人一倍あって、と説明したかったが言葉には出来なかった。

なぜなら、度が過ぎた態度を取ったのは事実だからだ。

そこで重富は、二回戦までの時間を利用して、日置の姿を探すことにした。



―――その頃、日置は。



『応見金属』の試合を、12コート後方の通路で観ていた。

対戦相手は、『腕男』と同等の弱小チームで、日置が口を挟むまでもなかった。


それにしても・・阿部さん・・試合に出てるし・・


日置は阿部にも呆れていた。

けれども今更、なにを言ったところで試合はもう始まっている。

仕方がないと思いつつも、その実、日置は悦子らとの対戦をすでに頭の中に描いていた。


阿部さんと森上さんが、必ず三点取る・・

となると、決勝まで勝ち進むに違いない・・

えっちゃんと朝倉さん・・そして中野くんと板倉くんだ・・

これは、面白い対戦になりそうだな・・


「先生!」


日置を見つけた重富が、慌てて駆け寄って来た。


「重富さん、どうしたの?」

「あの・・ハアハア・・実は・・」

「なにかあったの?」


日置は、また中川が原因だと直感した。


「実は・・中川さん――」


重富は、オロオロしながら事情を説明した。

すると日置は「まったく・・あの子は・・」と呆れ返っていた。


「先生、どうしたらええですか・・」

「それで中川さんはどこ?」

「多分・・ロビーやと思います・・。でも、帰ったかもしれません」

「わかった」


日置はそう言って、ロビーに向かった。

ほどなくしてロビーに出た日置は、中川の姿を探した。

すると中川は、重富が心配した通り、体育館から出ようとしていた。


「中川さん!」


日置は中川に駆け寄り、腕を掴んだ。


「なんだよ」


中川は振り向いて、力のない声で答えた。


「きみ、なにやってるの」

「離してくれ」

「・・・」

「手を離してくんな」


それでも日置は離さなかった。


「きみ、助っ人を放り出して帰るつもりなの」

「いらねぇって言われたんだよ」

「きみさ・・」


日置は呆れていた。

そして中川から手を離した。


「なんだよ」

「文久薬品を廃部にしたくないんでしょ」

「一勝したから、廃部は免れたんだよ」

「あのね、よく聞いて」

「なんだよ」

「このまま勝ち進むと、クラクラチームってところに準決勝であたるの」


『クラクラチーム』とは、悦子たちのチーム名である。

朝倉と板倉の苗字に由来して名付けられた。


「それがどうしたのさ」

「ここね、ものすごく強いチームなんだよ」

「へぇ」

「中でも、竹林って人は、三神出身だよ」

「えっ・・」


三神という校名を聞いて、中川の表情が変わった。


「きみと重富さんがいれば、必ず準決まで勝ち進む」

「・・・」

「対戦したくないの?」

「っんなこと言ったってよ・・私はいらねぇって言われたんでぇ」

「きみらしくないな」

「え・・」

「相手は三神出身だよ。他の三人もかなりの実力者で、今も実業団の現役としてプレーしている人たちだよ。ワクワクしてこない?」

「・・・」

「血が騒ぐでしょ」


日置はいたずらな笑みを浮かべた。


「でっ・・でもよ、いらねぇって言われたんだっての」

「頭を下げればいいじゃないか」

「え・・」

「すみませんでしたって、言うだけだよ」

「っんなこと・・できるわけねぇだろ・・」

「僕、きみを見誤ってたのかな」

「なに言ってんでぇ」

「重富さんのためなら、頭を下げるくらいなんでもないでしょ」

「重富のため・・?」

「えっちゃ、いや・・竹林さんと対戦すると、三神の力を体で感じることができるよ」

「・・・」

「すなわち、インターハイ予選で、とてもプラスになる」

「・・・」

「インターハイ、行くんでしょ」

「あ・・あたぼうよ・・」

「じゃ、戻らないとね」

「・・・」

「いらないって言われたことに拘る暇なんてないよ」

「・・・」

「いいかい。自分のために頭を下げるんじゃなくて、重富さんのためにそうするの」


中川は思った。

確かに日置の言う通りだ、と。

自分のプライドに拘るより、竹林を初めとする『クラクラチーム』と対戦することの方が、何倍も大事だ、と。

いや、プライドと比較するまでもない、と。


そうだ・・

重富のために頭を下げるんでぇ・・

そして・・クラクラ野郎と対戦して勝つんだ・・

くっそ~~なに帰ろうとしてんだよ!

バカめ!私のバカめ!


「よーーし、わかったぜ!私は文久へ戻る。そしてクラクラ野郎をぶっ倒す!」

「そうでなくちゃ」


日置はニッコリと微笑んだ。


日置は中川の気持ちはわかっていた。

中川は、何事においてもやると決めたらとことんやる子だ。

それゆえ、やる気のない男性たちと中川との間で気持ちの差が生じている。

中川が怒るのも無理はないが、ここで帰すと悦子らとの対戦を逃してしまう。

男性たちとの「諍い」より、クラクラチームと対戦することの方が、よっぽど中川のためになる。

ここは我慢して頭を下げろ、と。

自分のためではなく重富のため、ひいては桐花のために、と。

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