表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サーよし!2  作者: たらふく
172/413

172 強い人間とは




重富対森脇は、言うに及ばず重富が圧倒していた。

なぜなら、素人の森脇に、板のボールなど返せるはずもないのだ。

加えて重富は、変化球サーブをふんだんに出していた。


重富は、相手が素人であろうと手を抜くことはなかった。

というより、卓球部の一員として初試合であり、必死だったのだ。


「さすがインターハイを目指してるだけあるなあ」


大村は、重富の出来栄えに、いたく感心していた。


「ほんまやなあ。僕らもあれくらいできると一回戦ボーイから脱出できるのになあ」


山内は、まるで他人事のように言った。


「いいぞ~~!重富。その調子でぇ!」


中川はずっと大きな声援を送っていた。


「中川さん」


コート後方の通路から日置が呼んだ。


「よーう、先生。どこをうろついてんでぇ」


中川は振り向いて、日置の元へ行った。


「重富さん、頑張ってるね」

「おうよ。徹底的に叩きのめしてらぁな」

「阿部さんは?」

「森上の応援でぇ」

「ああ、森上さんが出てること知ってるんだ」

「そうさね。まったくよー、驚き桃の木さね」

「きみも、しっかりと重富さんを応援してね」

「あたぼうよ!」


日置はまさか、三番のダブルスに中川が出てるとは思いもしなかった。


「じゃ、僕はここで見てるね」

「先生よ、重富にアドバイスしろよ」

「いや、きみがいれば大丈夫」


日置は、アドバイスの必要などないと思っていた。

それにチームの者に、余計な気を使わせたくなかった。

そして中川は元の位置へ戻り「いいぞ~~!重富~~ガンガン行け~~!」と声援を送っていた。

結局、重富は1セット目、21-3、2セット目、21-4で完勝した。

重富はチームメイトに拍手で迎えられていた。


「重富さん、あんた強いなあ」


大村は、予想以上の強さに、驚きを隠せないでいた。


「勝ってホッとしてます」


重富は、一勝できたことで安堵の表情を見せていた。

普通、どんなに実力差があろうと、「初舞台」というのは、地に足がつかないものである。

対戦相手の森脇は、敵わないと見るや、時々筋肉を見せつけ、如何にも強ぶった態度も示していたが、重富は自分のことだけで精一杯で、いわゆる眼中になかったのである。


「重富、先生来てんぞ」


中川がそう言うと、重富は通路を見た。

すると日置はニコニコと笑って手を振っていた。

重富は、小さく右手を挙げてニッコリと微笑んで応えた。


「中川さん」


重富が呼んだ。


「なんでぇ」

「先生、あんたが試合に出ること知ってるん?」

「知らねぇよ」

「え・・言うてないんや」

「言うとさ、うるせぇだろ」

「怒ったりせぇへんかなあ・・」

「こちとら歓迎されてんだ。怒る方がおかしいぜ」

「まあなあ・・」


その後、大村も簡単に勝ちを収め、いよいよダブルスの対戦だ。

中川はジャージを脱いで準備をした。

そして通路をチラリと見た。

すると日置の姿はなかった。


ふふ・・

先生、どこ行ったか知らねぇが・・

戻って来たらびっくり仰天さね・・


そう、日置はトイレへ行ったのだ。


「よーーし、重富。腕男やろうどもを、とっとと片付けちまおうぜ!」

「野郎どもて・・」

「ほらほら、行くぜ!」


中川は先にコートへ向かった。


「頑張れ~~、これに勝ったら一勝や!」

「首の皮一枚、繋がるな」

「重富さん、頑張ってな」


重富は「はい」と言って中川を追った。


「おーい、文子!」


観客席の一番前で、昌朗が手を振っていた。

重富は観客席を見上げた。


「お父さん」

「頑張れよ~~三千円分、働けよ~~」

「わかってる~!」


やがて試合が始まると、中川は「おらぁ~~!」と腕男らに向かって、雄たけびを上げていた。

相手は素人、まさにやりたい放題とはこのことだ。

腕男の森脇と杉田は、彼女らの実力もさることながら、中川の「変貌」に仰天していた。

その実、中川は、筋肉を見せつけ悦に入っている腕男たちに、ムカついていた。


「おめーさんたちよ、そのぶっとい腕は、お飾りかい!」

「え・・」

「こちとら、こんなか細い腕してんだ。見てみろってんだ」


中川は右腕を直角に曲げた。


「ちょっと」


審判の男性が中川を呼んだ。


「なんでぇ」

「きみ、不規則発言はやめなさい」

「はあ?」

「中川さん・・やめとき・・」


重富は、中川の服を引っ張った。


「ちょっと待ちな」


中川は重富を無視して、審判に食って掛かった。


「なんですか」

「不規則発言たぁ、なんのこった」

「試合と関係のない、相手を侮辱する発言です」

「んじゃ、訊くがよ。オーダー読み上げてる時によ、あちらさんは筋肉を見せつけ威嚇してきやがったぜ」

「え・・」

「それだけじゃねぇ。重富の試合でも、威嚇してたぜ」

「そ・・そうやったか・・」

「おめーさんは、その時、注意したのかよ」

「あれは・・単にポーズとってただけやし・・」

「か弱い女子高生に、くだらねぇ威嚇をかましてビビらせてもいいってのか」

「せやけどきみ」


森脇が呼んだ。


「なんでぇ」

「きみの発言は、度を越してると思うで」

「けっ、か弱い女子高生相手に、いい大人が筋肉を見せつけやがって、どの口が言ってやがんでぇ」

「きみ、か弱ないやん」

「私のことじゃねぇ。こいつは今日が初試合なんでぇ。おめーにボロ勝ちしたものの、緊張してやがったんだよ」

「とてもそうは見えんかったけどな」

「うるせぇ!とにかく、私はその態度が気に入らねぇのさ」


3コートでは、次第に騒ぎになり始めていた。

そこへトイレから戻った日置は、何事かと慌てて元の位置へ戻った。


え・・中川さん・・

試合に出てる・・

というか・・この騒ぎはなんなの・・


「あの、どうしたんですか」


日置は、大村に声をかけた。


「なんや・・あの子が怒っててな・・」

「え・・」

「うちのチームに助っ人で参加してくれた子なんやけど、なんか・・気が強いというか・・なんというか・・」


大村は、この事態に困惑するばかりだった。

そこで日置は、走ってコートに向かった。


「中川さん」


日置は強い口調で呼んだ。

中川と重富は振り向いて、日置を見た。


「どうしたの」

「どうもこうもねぇぜ」

「何があったのか言いなさい」

「あの・・」


そこで代わりに重富が事の経緯を説明した。


「そうなんだ」


そこで日置は審判を見た。


「すみません。僕はこの子たちの教師で日置と申します」

「はあ・・」

「うちの子が、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」


日置は丁寧に頭を下げた。


「困るんよなあ、こんな子」

「なに言ってやがんでぇ」

「中川さん、やめなさい」

「おい、先生も審判と同じなのかよ」

「なに言ってるの」

「だってよ、あいつら体を見せつけて威嚇しやがった。これはいいのかよ!」

「中川!」


日置は大声で怒鳴った。


「なんだよ!」

「きみは、ここに何をしに来たんだ」

「え・・」

「僕は、重富さんの応援をしろと言ったはずだ。それでもきみは、助っ人として試合に参加した。それなら助っ人としての自覚くらい持ちなさい」

「なに言ってんだ!自覚も自覚。文久を廃部にさせないため、私はぜってー勝つつもりで参加してんだ!」

「それなら、なぜくだらないことで試合を中断させてるんだ」

「くだらないことだと?」

「そうだ。実にくだらない」

「なにがくだらないってのさ!」

「助っ人の役割はなんだよ」

「勝つことさね!」

「じゃ、勝てばいいだろ」

「言われなくてもわかってらぁな!」

「わかってない!」


日置は思わず中川の胸ぐらを掴んだ。

中川は唖然としたまま、言葉が続かなかった。

重富も、ハラハラとして二人を見ていた。


「いいか、よく聞け」

「・・・」

「相手がどんなに威嚇しようと、そんなことにいちいち腹を立てるな」

「・・・」

「本当に強い人間というのは、薄っぺらい挑発に乗ったりしないんだよ」

「・・・」

「試合中に、自分を鼓舞したり声を出して相手に向かって行くのは構わない。でもな、挑発に乗って相手に同じことをするようでは成長なんかしない」

「・・・」

「勝てばいいだけだ。そう思わないか」

「くっ・・」


中川は唇をかみしめた。

そこで日置は、中川から手を離した。


「きみは助っ人として、文久薬品に貢献しなさい」

「・・・」

「お時間取らせてすみませんでした。続行、お願いします」


日置は審判に一礼して、通路へ向かった。


「中川さん・・」


重富は、なんと声をかけていいかわからなかった。


中川は、呆然としつつも考えていた。

あの温厚な日置が胸ぐらをつかんで言い放った、本当に強い人間、という言葉の意味を。


私は・・間違ってたのか・・?

威嚇したのはあついらだぜ?

でもよ・・考えたら・・

確かに私は助っ人として・・自分から参加すると言った・・

だったらよ・・することはなんでぇ・・

決まってんじゃねぇか・・

勝つことさね・・


「わかった。もう不規則発言はしねぇ。続けてくんな」


中川は力のない声で、審判にそう言った。


「重富、すまねぇ。この試合、勝つぜ」

「うん・・わかってるけど・・中川さん、大丈夫・・?」

「けっ、私を誰だと思ってやがんでぇ!泣く子も黙る太賀誠さまさね!」


日置は思った。

こんな試合で、相手の挑発に乗せられているようでは、三神には勝てない、と。

ましてや全国の強者など・・話にならない、と。

これまで中川の「わがまま」には、ある程度目を瞑ってきた。

けれども、三神に勝って全国へ行くという目標の前では、一歩も譲ることはできない、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ