171 引っ張りだこの日置
ほどなくして開会式も終わり、参加者はそれぞれコートに向かう者、観客席へ向かう者などが散らばって行った。
日置は重富を応援しようと、コートの後方で見ることも考えたが、チームの者たちに余計な気を使わせたくないと思い、第3コートに近い観客席で座っていた。
えっと・・
まずは、文久薬品が第一試合でしょ・・
日置は組み合わせ表を見ていた。
秀幸たちは・・9コートで・・第三試合か・・
それで・・森上は・・
12コートの第二試合・・
たまたまおっさんは・・
えーっと・・どこだっけ・・
「だーれだ」
突然、日置は後ろから目隠しをされた。
「えっ・・誰っ」
「ふふっ・・やっぱりわかりませんか・・」
声は女性だった。
そしてとても可愛い声だ。
「誰なの・・」
「私よ・・私・・」
「わかんないよ・・」
「ちょっと、中島さん、ずるいで」
「えっ・・中島さんって・・よちよちの?」
「そうでーす!」
そこで中島は手を離した。
振り返ると『よちよち』の中島と柳田が、日置を見てニッコリと笑っていた。
「ああ、中島さん、柳田さん」
「あはは、先生、お久しぶりです~」
「今の・・中島さんの声だったんですか」
「そうやで~」
「この人、声色使ってたんよ。もう~気色悪いやらなんやらで」
「あはは・・そうだったんですね」
日置は苦笑した。
「先生、ここにいてはるってことは、出てるんですか?」
中島が訊いた。
「いや、僕は教え子の応援です」
「いやあ~~もったいないわあ~~」
「そうやん~、もったいなさ過ぎるわ~。うちで出てくださいよ~」
中島と柳田は、ここぞとばかりに日置の体に触れていた。
「よちよちには、エースの後藤さんがいるじゃないですか」
「なに言うてはんの~、ハワイ旅行を手にするには、先生の力が必要やわ~」
「いやいや・・僕は、生徒を見ないといけませんので。あっ、森上も出てるんですよ」
「知ってますよ~けいちゃんが言うてたからね」
「ああっ、もう試合が始まりますんで」
日置はたまらず席を立ち、「それじゃ、頑張ってください」と一礼して、そそくさと階段に向かった。
ひゃぁ・・まいったな・・
でも・・相変わらずお元気そうでよかった・・
日置は「クスッ」と笑いながら、階段を駆け足で下りた。
―――3コートでは。
「オーダー、どうするかやな」
大村が、みんなに向けてそう言った。
「やっぱり確実な1点が欲しいから、ここは重富さんでどうや」
山内が答えた。
「うん、まずは1点やもんな」
代田も賛成した。
「ほなら、二番は男で行くか?」
小堀が言った。
「それで、ダブルスは重富さんと中川さんに出てもろて、四番が男で、ラストが中川さん。これでどないやろ」
「おめーさんたちよ」
中川が口を開いた。
すると男四人は黙ったまま中川を見た。
「男って、なんでぇ、男ってよ」
「いや・・僕らの中の誰かってことやけど」
大村が答えた。
「適当に人選してんじゃねぇぜ」
「え・・」
「勝つためにゃあ、自ら手を挙げるくれぇでねぇとな」
「ああ・・まあなぁ・・」
「いいか!ぜってー3-0で勝つ!したがって、二番に出る男は、覚悟を決めな!」
「えぇ~~・・」
「大村・・お前キャプテンやし・・二番、任せるわな・・」
山内がそう言った。
「僕もそう思う」
「うん、俺も賛成」
代田も小堀も、中川の威圧に委縮していた。
「ちょっと、中川さん」
重富が呼んだ。
「なんでぇ」
「オーダーとか・・この人たちに任せたらええやん・・」
「なに言ってやがんでぇ」
「私らは・・あくまでも助っ人やし・・」
「いいやっ。助っ人であろうとなかろうと、一旦引き受けたからには、責任を果たすってのが男ってもんよ」
「いや・・私ら男ちゃうし」
「つべこべ言うんじゃねぇ。で、おめーさんら、二番は大村さん。四番は誰にするんでぇ」
「ほんなら・・僕がいく・・」
山内は仕方なくそう言った。
「よーし、決まった。とっととあやつらを料理しようぜ!」
中川は対戦相手のことを言った。
中川は思った。
部の存亡がかかっているというのに、なんだ、このやる気のなさは、と。
おまけに重富は、男性に気を使って一歩引いている。
なにが助っ人だ、と。
一方で対戦相手の『腕男クラブ』は、読んで字のごとく男性だけのチームだ。
『腕男クラブ』は、腕力を武器とした者が集まった、俄かチームだった。
そう、いわゆるアームレスラーたちだ。
とはいえ、全くの素人というわけではない。
トレーニングセンターには、卓球台もあり、彼らはトレーニングの合間に卓球を楽しんでいた。
そんな彼らもハワイ旅行に惹かれ、今大会に参加したというわけだ。
―――「ほな、整列しよか」
大村は、みんなにそう促した。
「それにしても、すごい体やな・・」
山内がポツリと呟いた。
「山内さんよ。見た目で判断すんじゃねぇぜ」
「え・・」
「ビビってんじゃねぇっつってんだよ」
中川は山内の背中をバーンと叩いた。
そして『腕男クラブ』のメンバーも台に整列した。
「えー、ではオーダーを読み上げます」
双方のオーダー用紙を手にした審判がそう言った。
ちなみに今回の審判は、協会が集めたボランティアが務めていた。
「一番、重富対森脇」
重富は「はい」と言って手を挙げ、一礼した。
森脇は、紺のランニングを着ていた。
いや、腕男は全員がそうだった。
森脇は、まさに自慢の筋肉を見せつけるかのように、右腕を直角に曲げた。
「バカめ・・」
中川はポツリと呟いた。
「二番、大村対小野寺」
大村は手を挙げて一礼した。
そして小野寺も、筋肉を見せつけた。
「ダブルス、重富、中川対森脇、杉田」
重富は「はい」と手を挙げた。
「わたくしでございます。どうぞお手柔らかに・・おほほ・・」
中川はそう言って手を挙げた。
するとチームの者は、唖然として中川を見ていた。
そう、さっきまでと全然ちがうじゃないか、と。
そこでニヤついたのが、腕男たちだ。
なんて綺麗なんだ、と。
「四番、山内対平野」
山内は手を挙げて一礼したが、平野は筋肉を見せつけた。
「ラスト、中川対杉田。では試合を始めます」
そして双方はそれぞれベンチに下がった。
「さーて、重富よ。あの太い腕をへし折ってやんな!」
「せやけど中川さん」
「なんでぇ」
「さっき、なんで早乙女愛やったん?」
「あんなもん、単なるご挨拶さね」
「ご挨拶・・」
「これぞ名付けて油断作戦さね!」
「中川さん・・最近、名付けるんが多いな」
「いいってことよ。さっ、ぶっ倒しな!」
―――その頃、ロビーでは。
日置はフロアに入ろうとしたが、ロビーで八代に会い、話をしていた。
「白鳥さんは?」
日置が訊いた。
「歩美ちゃん、急用ができてさ。それで僕と・・」
「え・・」
「男は僕だけなんだよ」
「ってことは、他はママさんなの?」
「そうなんだよ・・」
八代は、嫌そうに答えた。
「あはは、ママさんの誰?」
「あの三人だよ・・」
あの三人とは、山崎、木津、加茂のことである。
山崎は、かつてミックスダブルスのオープン戦で日置と組んだママさんである。
この試合をきっかけに、卓球を本気で取り組んだ三人は、なんと全国大会に出場するまでになっていた。
たとえママさんとはいえ、侮れない彼女らなのである。
「あはは、いいんじゃないの」
「慎吾・・他人事だと思って・・」
「お前、監督なんだし、あの人たちだって強くなってるんでしょ」
「っていうか、お前、出ないのかよ」
「僕は、教え子の応援」
「桐花じゃないの?」
「うん。重富と森上がそれぞれお父さんの会社の関係で助っ人で出てるの」
「それならさ、お前、うちで出てくれよ」
「ダメダメ。頼りになるママさんがいるでしょ」
「僕さ・・合宿で、すごーーく協力したよな」
「え・・」
「お前は僕に、恩があるんだよな」
そもそも八代は、この試合に参加する気はなかった。
けれどもハワイ旅行をゲットするのだと、ママさんたちに強引に誘われた。
そこで八代は、白鳥も出るなら、という条件付きで了承したはいいが、肝心の白鳥は急用のためキャンセルとなったのだ。
八代にすれば、最悪の一日というわけだ。
するとそこへ『たまたまおっさん』のメンバーも来た。
久しぶりに相沢と会った日置は、とても嬉しそうに話していた。
それはメンバーである、吉野や三木や箱崎も同じだった。
そして日置は吉野に「日置さーん、うちで出てくださいよー」と誘われていた。
「そやで、日置くん。きみが出んで、どうすんねや」
相沢が言った。
「いやいや、僕はちょっと、腰を痛めてまして・・」
日置は苦し紛れの嘘を言った。
「え・・そうなんか?」
「はい・・」
「大丈夫か?」
「はい、二三日で治るはずです」
「治るはず・・?」
「ああ、えっと・・治る予定です・・」
八代は日置の嘘に、思わず笑っていた。
「あはは、日置くん、きみ、ほっんま嘘が下手やな」
「え・・」
「わかった、わかった。あんまり日置くんを困らせたらかわいそうや」
相沢は吉野にそう言った。
「ええー、残念やなあ」
「僕・・生徒の試合を観ないといけないので・・」
「えっ、ほなら森上さん出てるんか?」
「はい、応見金属チームで出てます」
「おおお~~、これは楽しみやな」
そして3コートでは、重富の試合が始まっていた。




