169 どうなることやら
―――試合当日。
場所は、なんと府立体育館の本館であった。
小さな大会であるはずが、なぜ本館なんだ、と重富も阿部も不思議に思っていた。
それは日置も同じだった。
そんなことは全く意に介さない中川は、「別館とは別もんだな」と感心していた。
「きみ・・やっぱり持って来たね」
日置は中川のスポーツバッグを見てそう言った。
「そして、阿部さんも」
そう、阿部も準備していた。
「いや・・試合が終わって、練習するかな~・・なんて・・」
「そうだね。負けてしまえば、そこから練習に向かえることは確かだし、いい心掛けだ」
「そういう先生こそ、それ、なんでぇ」
日置もスポーツバッグを抱えていた。
「僕はいつもこれなの」
「中に、なにが入ってんでぇ」
「なにって、そりゃラケットとか靴とか」
「およ?先生も出るつもりかよ」
「違うの。僕はいつも持ってるの」
「まあいいさね」
「それより重富さん、練習した方がいいんじゃない?」
「はい」
そして一行は、フロアに足を踏み入れた。
重富は、昌朗の姿を探した。
そう、父親である昌朗もここに来ているのだ。
なぜなら、娘と部の者を引き合わせるためである。
「あ、おった」
重富は昌朗を見つけ、小走りで駆け寄った。
「お父さん」
「おお、来たか」
「チームの人は?」
「あそこで練習しとるで」
「というか・・まさか会場がこことは思わんかったわ」
「そうか?」
「せやかて、小さな大会て言うとったから別館やと思とったわ」
「事情はよう知らんが、まあ、ええんとちゃうか」
そして昌朗は重富を連れて、コートに向かって歩いた。
「おーい、きみら」
昌朗がメンバーに声をかけた。
「これ、うちの娘や」
「初めまして。今日はよろしくお願いします」
重富は彼らに一礼した。
「せっかくの日曜やのに、悪いな。僕、大村です」
大村は、チームのキャプテンだ。
「山内です」
大村の横に立っている山内がそう言った。
「ほんで、今、練習してるんが、代田くんと小松くんや」
大村が説明した。
彼らは全員が、三十代後半の壮年だった。
「ほな、練習しよか」
山内が言った。
「私、板なんですけど・・」
「へぇー!珍しいな」
「ほな、こいつ、こき使ってやってくれ」
昌朗は冗談を言って、コートを離れた。
―――一方で、別のコートでは。
森上は既にチームの者と合流し、練習を始めていた。
「いやあ~森上くんから聞いとったけど、きみ、めっちゃ上手いなあ!」
チームで年長の皆川は、森上のフォア打ちに度肝を抜かれていた。
このチーム『応見金属』は、そもそも年行揃いだった。
皆川は六十代、他は五十代が三人だ。
「あのぉ・・これ、団体戦ですよねぇ」
森上が訊いた。
「そやで」
「私が入るとぉ・・混合になりませんかぁ」
「ああ、それええねん」
「え・・」
「この試合、男女混合でもええし、男子だけでも女子だけでもええねん」
「へぇ・・そうなんですかぁ」
「せやからきみ、男子とあたる場合もあるで」
「なるほどぉ・・」
「期待してるで!」
皆川は、森上の背中をポーンと叩いた。
一方で日置は、高校生チームが出てやしないかとコートを見回っていた。
なぜなら万が一、三神が出ていたなら、重富の実力を知られてしまうからだ。
けれども三神は、この程度の試合など眼中になかった。
それは、他の強豪校も同じであった。
日置は本部席に向かい、組み合わせ表を貰った。
そして歩きながら出場チームを確認していた。
なるほど・・
この試合は男女は無関係なんだ・・
へぇー・・
なかなか面白い企画だな・・
すると、あるチーム名が日置の目に留まった。
そう、『ミツダクラブ』である。
おおっ、秀幸、出てるんだな・・
男子だけなのかな・・
それとも、ママさんと混合なのかな・・
あっ・・
たまたまおっさんも出てる・・
あはは・・
相沢さんと会うの、久しぶりだな・・
そして日置は、またとあるチーム名が目に留まった。
そう、『よちよちクラブ』も出ていたのだ。
へぇー・・
あの人たちも出てるんだ・・
なんか、楽しい試合が観られそうだな・・
けれどもこの大会で、たった一チームではあるが、強豪が出ていた。
そう、それは明和生命から悦子と朝倉、長和自動車から、中野と板倉という四名で編成されたチームだ。
来年、結婚の予定をしている朝倉と板倉は、是非とも新婚旅行にと、ハワイ旅行を手に入れたかったのだ。
悦子は、出る前から優勝は確信しており、少々気が引けたが、親友の朝倉のためだと、参加することを決めたのだった。
―――その頃、ロビーでは。
阿部と中川は、ロビーに貼り出されている組み合わせ表を見ていた。
「えっと、とみちゃんのチームは・・あ、ここやな」
阿部は『文久薬品』を見つけた。
「チビ助よ」
「なに?」
「おめー、試合に出たくねぇのかよ」
「いやいや、出たいとか出たくないじゃなくて、そもそも私ら参加してないし」
「かぁ~、おめー、重富のチームのおっさんら見ただろ」
阿部も中川も、彼らの練習を見ていた。
「見たけど、なによ」
「あれじゃ、勝てねぇぜ」
「そんなん言うたかて・・」
「負ければ部は廃止さね」
「まあなあ・・」
「おめーか私が入れば、シングル二つ取ってダブルスも取って、勝ちさね」
「せやけど、頼まれてるんはとみちゃんだけやん」
「おめー、薄情だな」
「え・・」
「一回戦で負ければ、そこでお終いさね」
「あっ!愛子ちゃんや~~」
誰かが中川を呼んだ。
阿部と中川は、声の主を探した。
すると、前方から慶太郎が走って来たではないか。
「ああっ!おめー、慶太郎じゃねぇか!」
「愛子ちゃ~ん」
「あはは、おめー、久しぶりだな。元気にしてたか?」
中川は慶太郎の頭をクシャクシャと撫でた。
「へぇ・・この子が慶太郎くんなんや」
阿部は、慶太郎に会うのは初めてだった。
「え・・いやいや、ちょっと待って。なんで慶太郎くんがここにいてんの?」
「お姉ちゃんの試合、観に来てん~」
「え・・」
「おいおい、慶太郎。いまなんつったよ」
「お姉ちゃんの試合~」
「おめーの姉ちゃんか?」
「そやで~」
「おい、チビ助。これ、どういうこった」
「私、なんも知らんで」
するとそこに、遅れて慶三が走って来た。
「ああっ、おじさん!」
阿部が叫んだ。
「あれ、阿部さんやがな」
「どうも、おはようございます」
「おはよう。やっぱり桐花、出とったんか。うわあ・・恵美子、どうすんねや」
「え・・桐花て・・私ら出てませんけど」
「え・・」
「私ら、チームメイトの子の応援に来たんです」
そこで慶三は中川に目をやった。
「この子も桐花の子か?」
「はい、中川さんです」
「初めまして、恵美子の父親です」
慶三は中川の美貌に驚きつつも一礼した。
「初めまして。中川と申します」
「愛子ちゃんやで~」
慶太郎が言った。
「慶太郎、お前知ってるんか」
「うん~友達やねん~」
「友達て・・ごめんな、こいつまだ一年生やねん」
「あはは、親父さんよ、いいってことよ!なー慶太郎」
「え・・」
中川の変わりように、慶三は仰天した。
「ああ・・この子、こんな喋り方なんです、気にせんといてください」
阿部がすぐにフォローした。
もはや慣れたものである。
「あっ!思い出した。きみ、文化祭で早乙女愛やっとった子やな」
「おうよ!」
「髪・・切ってしもたんか・・」
「そうさね。長いと練習の邪魔になっていけねぇやな」
「もったいなあ・・」
「それより親父さんよ」
「ん?」
「森上がこの試合に出てるっつーのは、ほんとなのかよ」
「ああ、ほんまや」
「嘘だろ。なにがどうなってんでぇ」
そこで慶三は事の経緯を簡単に説明した。
「なるほど、そう言うことだったのか。これぇやあ~~大変でぇ」
「なにが大変なんよ」
阿部が訊いた。
「いいか、チビ助!」
「なによ」
「おめーは、応見金属で参加。私は文久薬品で参加でぇ!」
「えええ~~そんなん無理やって」
「無理じゃねぇよな?親父さんよ」
「ああ・・別にええと思うで。少なくともうちは大歓迎やと思う。そのなんちゃら薬品は知らんけど」
「なんちゃら薬品は、組の存亡がかかってんでぇ。大歓迎に決まってらぁな!」
「中川さん・・組て・・」
阿部は言い間違いに呆れていたが、慶三は爆笑していた。
「なあ~お父さん~、愛子ちゃんて、面白いやろ~」
慶太郎は、とても楽しそうに慶三を見上げていた。




