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サーよし!2  作者: たらふく
168/413

168 日曜日の試合




―――ここは、瀬戸内海の、とある島。



「なあ、おかさんよ」


郡司節江は、母親のトミを呼んだ。

トミは、広縁に座って日本茶を飲んでいた。


「なんなら」

「ほら、これ見てくれぇの」


節江は、A4サイズの茶封筒をトミに渡した。


「これ、なんなら」


トミは、湯飲みを置いて中を覗いた。


「和子・・願書取り寄せたんじゃが」

「ほー」

「あんだけ反対したのに、あの子、受験する言うて、聞かんのよ」

「ああ~あの先生を追ってな」


そう、郡司和子は桐花学園を受験すると決めていたのだ。


「受かってみぃ、大阪へ行かな、あかんけに」

「わーが、着いて行きゃあええが」


※ 「わー」とは「あなた」という意味です。


「ほなら、おかさん、一人じゃが」

「わしやこ一人でもええ。年金もあるし、なんなと食べて行ける」

「そがなこと言うてものぉ・・」


無論、節江は年寄りの母を心配した。


「みんな、おんじゃけん、なんも心配することやこ、ありゃせんのよ」


トミは、島の住民のことを言った。

そもそもこの島は、都会人が聞くとうんざりするほど近所付き合いが盛んだった。

互いが互いの家を訪問することなど、日常茶飯事だった。


「ほなけんどのぉ・・生活していくには、私が勤めに出んとのぉ」

「わしが仕送りしちゃるけに、わーは、パートタイマーでもすりゃええのよ」

「まーのぉ、パートタイマーなんて、ハイカラな言葉、知っとんじゃもんのぉ」

「あはは、わしはずっとラジオを聴きょんじゃけに、わーより、国際人よの」

「まーのぉ」

「それより、和子の好きなようにさせてやれ。ええな」


この後、和子は桐花を受験して合格する。

そして四月には、晴れて入学することとなる。

けれども日置は、まさか和子が入学するとは夢にも思わなかったのである。



―――二月も中旬に入った、ある日のこと。



「なあ、文子」


重富の父、昌朗まさおは、今しがた帰宅し、風呂から上がった重富を呼んだ。


「なに?」


重富はタオルで頭を拭きながら、リビングのソファに座った。


「卓球は、どうや」

「うん、頑張ってるよ」

「そうか」


昌朗は、重富がスポーツで汗を流すことに賛成だった。

なにより、自身も会社の草野球部に所属しているくらいだ。


「あのな、実はうちの卓球部やけど、今週末、試合があってな」

「へぇー」


卓球部といっても、いわゆる本気の「実業団」ではない。

弱小チームである『文久薬品』は、経験者も何名かいたが、いわば趣味で寄せ集まった同好会のような存在だった。

弱小とはいえ、曲がりなりにも社名を背負って試合には出る。

よって経費は会社負担だ。

中堅会社である文久薬品は、懐事情に余裕があるわけではない。

今週末の試合で勝てなければ、解散の危機に追い込まれていたのである。


「なんや知らんが、試合に勝たんとあかんらしいねや」

「そうなんや」


重富はタオルをソファに置いた。


「これこれ文子」


母親の素子もとこが、濡れたタオルを手に持った。


「ああ、ごめん」

「ほんで、今の実力やと勝たれへんらしいねや」


昌朗は素子に目をやりながら、話を続けた。


「そうなんや」

「ほんでな、お前、助っ人で出たってくれへんか」

「ええ~私が?」

「そや」

「練習あるしなあ」

「一日だけやねん。試合に勝ったら、とりあえずは命を長らえるんや」


そこで重富は「プッ」と笑った。

そう、命を長らえるという例えが、まるで中川のようだ、と。


「なに笑ろとんねん」

「いや、別に」

「で、どうや。頼まれてくれるか」

「先生に、相談せんとあかんわ」

「うん、是非、そうしたって」

「でも、お父さん」


素子が呼んだ。


「なんや」

「文子はインターハイ目指してるんよ」


素子は、弱小チームとわけが違う、と言いたかった。


「わかっとる」

「ほんなら・・」

「タダで出てくれとは言わん。小遣いやる」

「ええ~~、なんぼくれるん?」

「バイト代として三千円や」


女子高生にとって、臨時収入の三千円は高額だ。


「お父さん・・お金で釣るやなんて・・」


素子は呆れていた。


「わかった。積極的に善処する」


重富は、わざと大人ぶってそう答えた。



―――そして翌日。



「と、いうことなんですけど、私、今週の日曜、練習休んでもいいですか」


放課後の練習前に、重富は日置に相談した。


「そっか。試合に出るんだ」

「なんか、小さな大会らしいですけど、崖っぷちに追い込まれてるらしいんです」

「おいおい、重富よ」


ここで中川が黙って聞くわけがなかった。


「なに?」

「その試合だが、出るのはおめーだけかよ」

「ああ・・まあ、父は私だけみたいなこと言うてたけど」

「かぁ~~親父さんよ、水臭せぇじゃねぇか」

「え・・」

「先生よ」

「なに」

「ここはいっちょ、私らも助っ人ってことで」

「また、きみ・・」


日置は「はぁ・・」とため息をついた。


「なんでぇ」

「きみたちが出たら、それは文久薬品じゃないから」

「部の存亡がかかった試合だぜ?そりゃおめー、一肌脱ぐってのが人ってもんよ」

「きみ・・おめーって言ったね」

「あっ・・こりゃ済まねぇ。で、私らも助っ人ってことで」

「先生」


阿部が呼んだ。


「なに?」

「どんな試合か知りませんが、見学するのもええんとちゃいますかね」

「まあ、そりゃそうだけど」

「私はぁ、バイトがあるんでぇ、行けませぇん」

「うん、森上さんはそうだよね」


日置は思った。

重富は、まだ外での試合を経験したことがない。

昨年の団体戦には出たものの、あれは試合ではない。

ここは、重富に場慣れさせるいい機会だ、と。

そしてどんなメンツであれ、外で勝つという意味の大きさを実感させる機会でもある、と。


「じゃ、重富さんは試合に参加ってことで、僕と阿部さんと中川さんは見学と応援ね」

「おうよ!」

「中川さん」


日置が呼んだ。


「なんでぇ」

「いいね、見学と応援だから」

「けっ、わかってらぁな」



―――そして練習後。



「おい、チビ助」


小屋を出たところで、中川は歩きながら阿部を呼んだ。


「なに?」

「おめー、わかってんだろうな」

「なにをよ」

「試合さね、試合」

「え・・」

「ラケットと靴、持ってきな」

「でも、先生、見学て言うてはったやん」

「そうさね」

「そうさねて・・」

「いざという時、持ってるもん持ってねぇと、試合もへったくれもありゃしねぇぜ」

「あんた・・出るつもりなん・・?」

「いや、見学、アーンド応援さね」

「嘘や、出るつもりやろ」

「まあ、いいってことよ!あっはっは」


中川は高笑いをしながら、阿部の肩をポーンと叩いた。


その実、今回の試合は、小さな大会どころか、優勝賞品がハワイ旅行というとんでもない大会だったのである。

卓球の知名度を上げるため、協会はこの企画を立てた。

したがって、弱小であろうと強豪であろうと、どんなチームでも参加可能だった。

文久薬品チームは、ハワイ旅行が魅力的に映ったが、まさか優勝できるはずもない。

けれども、一勝すれば部の存続はとりあえず約束されるのだ。

運よく、自分たちより弱小チームと対戦できれば、それが叶うわけだ。



―――ここは、森上家。



帰宅した森上は、遅い晩ご飯を食べていた。


「恵美子」


父親の慶三が呼んだ。


「なにぃ」


森上は口をモゴモゴさせながら返事をした。


「桐花も出るんか?」

「え・・なにがぁ」

「日曜日の試合」

「なんのことぉ・・」


森上は、まさか重富が出る試合だとは思ってもみなかった。


「なんや、うちの工場でも試合に出るいうてはりきっとんねや」

「へぇー・・」

「優勝したら、ハワイ旅行やぞ」

「わあ~すごいなぁ」

「せやけど、卓球なんかほとんどやったことないもんばかりやのに、ハワイ旅行てなあ」

「そうなんやぁ」

「お前、出たったらどうや」

「えぇ・・バイトがあるしぃ」

「休み、貰ろたらええがな」

「せやけどぉ・・」


森上は、休めるなら重富の応援に行きたかった。


「お前、強いんやから、出たってくれよ」

「でもぉ、そんなん、私ぃ工場の人間とちゃうしぃ」

「わしから話とくがな」

「そうなぁん」


なんと、このように森上は工場の代表として出ることになったのである。

森上は、日置や阿部らに気を使い、試合に出ることは伏せていた。

そして、試合当日を迎えるのであった。

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