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サーよし!2  作者: たらふく
166/413

166 シャウトだ!




―――「はぁ・・困っちゃったな・・」



アジュールのメンバーと共に、スタジオの中に入った彼女らを見て、日置はポツリと呟いた。


「あはは、なにが困るんや」


吉住は、あっけらかんと笑っていた。


「いえ・・なんとなく、こうなることは予感していたんですが・・まさかほんとに・・」

「中川さんか?」

「はい・・」

「あの子、おもろいがな」

「まあ・・面白いといえばそうなんですが」

「日置くんな」

「はい?」

「あの子の個性を潰したらあかんで」

「はあ・・」

「きみは真面目やし、誠実な人柄やから礼を欠く言動には反感を覚えるんやろな。ましてやきみは、あの子の教師や」

「はい・・」

「でも、よう考えてみ」

「え・・」

「あの子、なんも間違うてないで」

「・・・」

「こんなん言うたら、あれやけどな・・」


吉住は、ミキサーに気を使って小声になった。


「なんですか・・」

「アジュールと中川さん、どっちがよかったと思う?」

「ああ・・それはまあ・・」

「そやろ」


吉住は日置の表情から意を悟った。


「まあ、録音が終わったら、結局、中川さんのアイデアが正解やったとわかるで」

「そう・・ですか・・」

「それにしてもあれやで。中川さんを普通の女子高生にしとくんは、もったいなさ過ぎるな」

「どういうことですか?」

「女優や、女優」

「え・・」

「アイドルかて、中学や高校通いながら仕事しとる。中川さんかて学校行きながら女優できるで」

「あの、吉住さん」


日置は、態度が一変した。

そう、何を言い出すんだ、と。


「中川の将来は、本人が決めることですし、中川がその道へ行くことを希望すれば僕は反対はしません」

「うん」

「でも、今、中川を誘うことはやめて頂けませんか」

「そうか」

「あの子がいなければ、卓球部の目標が潰えてしまいます」

「あはは」


吉住は突然笑った。


「なぜ笑うんですか」

「嘘や、嘘」

「え・・」

「きみを、からこうたんや」

「・・・」

「まあ、僕が誘たかて、あの子は首を縦には振らん」

「そう思います」

「ほれ、見てみ。なんか揉めそうな雰囲気やぞ」


まるで面白がっているような吉住の言葉に、日置はガラス越しに中を見た。



―――スタジオの中では。



「おめーさんらの演奏、よかったって言やあ、よかったんだけどよ。で、ギターのあんちゃんよ」


呼ばれた村野は、何事だと思った。


「俺、村野っていうんや」

「そうかよ。で、村野さんよ、おめーさんのギターだけどな、歌の邪魔になってらあな」

「え・・」

「歌の部分にリードはいらねぇ。リズムを刻んでくんな」

「・・・」

「それとは逆に、二番と三番の間奏の部分だけどな、ここはもっとシャウトしてくれ」

「してるけど」


村野は少しムキになっていた。


「ちげーって。おめーさんは単にリードを弾きまくってるだけさね」

「・・・」


その実、村野は図星を突かれていた。

なぜなら、普段からメンバーにそのことを何度も指摘されていたからである。


「同じリードでも、両手でタッピングするとかよ、弦が切れるくれぇチョーキングしてくんな」

「うん・・」

「言っとくけどな、上手く弾こうなんて考えんじゃねぇぜ。ようは、ここさね、ここ」


中川は、また自分の胸を叩いた。


「体の中からあふれ出すエネルギーを、そのままギターに伝えるんだぜ」

「わかった」

「それと、ベースのあんちゃんよ」


呼ばれた花井は、「僕、花井っていうねんけど」と答えた。


「花井さんよ、この曲はロックだが、チョッパーなんざ、いらねぇぜ」


チョッパーとは、弦をはじいて演奏する技法だ。


「あった方が、メリハリがつくと思うけど」

「いいや、この曲は演奏が耳につくようじゃ失敗だ。演奏はあくまでも歌の補助的役割さね」

「せやけど、ギターは間奏で前面に出るやん」

「ギターなんだから、当然さね。間奏で盛り上げねぇとな。けどよ、おめーさんはベースだ。読んで字のごとく基本だ。だからしっかりと音階を弾いてくんな」


阿部と森上と重富は、「専門用語」で話す中川の言葉の意味がわからずにいたが、まさに『愛と誠』の芝居をするにあたり、中川がリーダーシップを発揮していたことを思い出していた。


「ドラムとピアノのあんちゃんは、それでいいとしてだな。まずは演奏してもらおうか。で、私がボーカルだ」


そこで中川は阿部らを見た。


「いいか、おめーら。これはあくまでもテストだ。おめーらは、それぞれ一番から三番に分かれてAメロを歌うんだぜ」

「Aメロて・・なんなん」


阿部が訊いた。


「最初の二行さね」

「そうなんや・・」

「この曲は、Aメロからすぐにサビへ移る。で、サビはみんなで歌うんでぇ」

「う・・うん・・」

「さあ、演奏してくんな!」


中川がそう言うと、彼らはドラムの合図と共に、演奏を始めた。

そして中川はマイクの前に立ち、全力で歌い始めた。

それでも中川は、少しでも演奏が気に入らないと「ダメだ!ストップ!」と言って止めていた。


「もっとよ、シャウトしろよ!弾けろよ!こちとら、うめぇ演奏なんざご勘弁ってんだ。ノッてくれ、頼むから!」


彼らは中川の熱意に圧倒されていた。

そして、なにをそこまで・・と思いもした。


「この曲はな、中学生のガキが、私らのために、私らを応援するために作ってくれたんだ。受けようとか、そんな卑しい根性なんざ1ミリもねぇんだ。だから、おめーさんらも、上手く演奏しようとか、余計な考えは取っ払ってくれ」


彼らはしばらく黙っていたが「よーし!この子に負けてられへん。行こか!」とドラムの元谷がスティックを叩いた。

そして再び演奏が始まった。

中川は、体を動かし、手を大きく振りながら懸命に歌い続けた。

そして間奏に差し掛かった。


「シャウトしろ!シャウトだ!」


中川は村野にそう言った。

村野は、顔をゆがめてタッピングやチョーキングをした。


「おおお、そうでぇ!それさね!」


村野は弾きながら、「うん」と頷いた。


「ピアノも、もっと踊れ!壊れるくれぇ、叩け!」


するとピアノの松金は、中腰になり、まさに踊るように弾いていた。


「よーーし、いいぜ~~!」


するとドラムの元谷は、全体を見渡しながら徐々に気迫に満ちた表情に変わっていた。

それは花井も同じだった。

こうしてテスト演奏は終わった。


「おめーさんら、素晴らしい演奏だったぜ!」


阿部らも、さっきまでとは全く違う出来に、拍手を送っていた。


「すごいです~~」

「ほんまやぁ~迫力がぁ違いましたぁ~」

「中川さんも、すごいな・・」

「よーし、そこでおめーらだ」


中川は彼女らを呼んだ。


「一番は、そうだな、ここはやっぱり重富だな」

「わかった!」


重富は右手を挙げた。

そして口を大きく開け、発声練習をした。


「二番は、チビ助、おめーだ」

「あ・・うん・・」

「で、三番は森上だ」

「わかったぁ」

「んじゃ、テストだ」


そして彼女らは、マイクの前に立った。


「んじゃ、演奏してくんな」


中川は元谷にそう言った。

こうして何度かテストが続き、やがて本番を迎えることになった。


「ミキサーのあんちゃんよ、しっかり録音頼むぜ!」


中川がそう言うと、ミキサーは「OK」と答えた。


「よーし、ほなら行こか」


元谷が重富に言った。


「はいっ!」


重富は、元演劇部だ。

歌は大して上手くはないものの、表現者としての血が騒いでいた。

絶対に、気持ちを込めて歌ってやる、と。


一方で阿部も、歌いきるしかないと気持ちは高ぶっていた。

同じ歌うなら、全力しかない、と。


それは森上も同じだった。

森上は、頭でイメージしていた。

そう、去年の四月からのことを。


「誰も助けてくれぬ孤独な試練 乗り越えて行くのは自分自身 挫けそうで心が折れて 見知らぬ誰かが嗤っていた」


この歌詞は、まさに自分と重なるようだ、と。

そして演奏が始まった。


「なにひとつ約束もないままあ~ 明日のことさえわからぬままあ~ 碁盤の上を迷うようにぃ~ 手探りの中を今日まで来たああ~ああああ~~!」


重富がここまで歌うと、四人全員でサビを歌った。

「いざ進め!」と歌う際、彼女らは自然と右手を突き挙げていた。

そして二番だ。


「人は見えないレールの上を~ 時に怯えながら歩いて行く~ 確かめたくて振り返ればぁ~ 過去の自分が見つめていたぁ~」


阿部は必死だった。

もう音程など気にする余裕もないほどだ。

そこで中川は、阿部の肩を抱き、リズムを刻んでいた。

そして阿部を優しく見つめていた。


おう・・チビ助、いいじゃねぇか・・

それでいいんでぇ・・


そして「問題」の間奏に入った。

村野は、彼女らの気迫に触発され、さらにシャウトして弾いた。

それはピアノの松金も同じだった。

スタジオの外では、吉住は手拍子をしていた。

ミキサーの男性も、頷くように首を動かしながら、左手でヘッドホンを押さえていた。


日置は思っていた。

目の前の彼女らは歌っているが、まさに四人が一体となり、まるで三神に挑む様を見るようだ、と。


中川さん・・

きみって強引だけど・・

結局・・彼らにやる気を起こさせ、彼女たちをけん引してる・・

ほんと・・すごいよ・・


そして森上も三番のAメロを歌い、サビを全員で歌った。

ここに来ると、それこそノリノリだ。

そして演奏は終了した。


「OK」


ミキサーがそう言うと、中では拍手が起こっていた。


「ああ~~・・しんどかった・・」


思わず阿部はそう言った。


「あはは!チビ助、おめー、やるじゃねぇか!」

「ふぅ・・」


そこで中川は彼らの方を向いた。


「私の勝手なアイデアを受けてくれて、ほんとにありがとうございました。おかげで素晴らしい仕上がりになりました」


中川は頭を下げた。


「きみ・・なんでそんなに詳しいんや?」


村野が訊いた。


「それがよ、私の兄貴、バンドやってんだよ」

「へぇーそれでか」


村野も他のメンバーも、いたく納得していた。


「おめーら、礼を言いな」


中川は、阿部らにそう言った。

すると彼女らは「どうもありがとうございました」と丁寧に頭を下げた。

こうして、すったもんだを経て、テープは出来上がったのである。

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