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サーよし!2  作者: たらふく
165/413

165 ここさね




食事を終えた日置らは、ほどなくしてスタジオに到着した。

中へ入ると無精ひげを生やした受付の男性は、ここに「相応しくない」日置らを、まじまじと見ていた。

受け付けも含め一階には、ギターの弦やピック、カポタストといった小物を販売しており、他には様々な音楽雑誌も置かれ、サックスを吹く黒人のポスターも貼られていた。


「すみません、ここに吉住さんて方が来られてると思うんですが」


日置が訊いた。


「あ・・ああ、吉住さんですか。二階ですよ」

「そうですか。ありがとうございます」


日置らが階段を上がろうとすると「二階は録音スタジオですけど」と男性が止めた。


「僕たちは、録音に立ち会うことになってるんです」

「え・・」

「邪魔はしませんので、よろしくお願いします」


阿部が言った。

それでも男性は、訝しげな表情を見せた。


「あの・・」


そこで森上の後ろにいた中川が前に出た。

当然のように、日置らは中川を見た。

阿部は、中川のスカートを引っ張った。

けれども男性は、中川の美貌に唖然としていた。


「わたくしたち、吉住さまに呼ばれました、関係者でございますのよ」


中川は最高の笑顔を見せた。


「え・・」

「二階へ上がってもよろしくて?」

「あ・・あああ、はいはい、どうぞ」

「ごめんあそばせ」


中川はそう言って先に階段を上がった。


「すみません、お邪魔します」


日置は男性に一礼した。

そして彼女ら三人も日置に続いた。


「中川さん・・」


阿部が後ろから呼んだ。


「なんでぇ」

「あんた・・使えるな」

「あはは、当然さね。これを名付けてTPO作戦ってんでぇ」

「いや・・名付けるは、ちゃうと思う」


二階に到着すると、吉住は椅子に座っていた。

そしてアジュールのメンバーは、分厚い遮音ドアで仕切られた部屋の中にいた。

ドアの横は、透明のガラスになっており、中の様子が見えた。


「おお、来たか」


日置らを確認した吉住は立ち上がった。


「お邪魔致します」


日置は丁寧に頭を下げた。

阿部ら三人も日置に倣った。

けれども中川は一歩前に出た。


「よーう、吉住さんよ」

「あはは、待ってたで」

「中川さん、ちゃんと挨拶しなさい」


日置がたしなめた。


「ええがな。それでさっき、練習も終わってな、今から録音や」

「そうですか」


日置らに気が付いたアジュールのメンバーは、軽く会釈をしていた。

スタジオの外には、ミキサー担当の男性が中に合図を送っていた。


「ほんなら、テスト」


男性はマイクを通してそう言った。

日置らは邪魔にならないよう、立ったまま彼らを見ていた。

そして演奏が始まった。

日置と阿部ら三人は、ノリのいい演奏に驚いていた。

あの曲が、こんなになるのか、と。


けれども中川は違った。


おいおい・・ボーカルはどうした・・


そう、彼らはまず、演奏だけの録音をしていたのだ。

ボーカルは、別録音だったのだ。


「兄さんよ」


中川はミキサーに声をかけた。

男性は、ヘッドホンをしており中川の声には気が付かなかった。


「中川さん」


日置は中川の肩を叩き、睨んでいた。

そう、邪魔をするなということだ。


「ちょっと待ちな!」


中川はミキサーのヘッドホンを外した。


「えっ」


ミキサーは驚いて中川を見ていた。

そして中川は彼らに向けて、「ストップ、ストップ!」と手でバツを示した。


「中川さん、邪魔はしないって約束したよね」


日置は強い口調で止めた。


「そうやで。中川さん、やめとき」


阿部も必死に引き止めた。


「きみ、ええから、言うてみ」


吉住はそう言った。


「ボーカルは、どうしたってんでぇ」

「後から被せて録音するんや」

「ああ~~それじゃダメだ」

「なんでや」

「言っとくがな、これは魂の歌なんだ。一発録りってのが当然だろうがよ」

「ほーう」

「多少の失敗なんざ屁でもねぇさ。とにかく魂を吹き込むのさね」

「あはは、きみ、やっぱり僕の思た通りの子やな」

「なに言ってやがんでぇ」

「よし、わかった」


吉住はミキサーに「ボーカルも」と要求した。

ミキサーは唖然としながらも「ボーカルも」とマイクで指示した。

中の彼らは、戸惑いながらも「よし、それでいこか」と言った。

そして「一発録り」が始まった。


彼らの演奏と歌は、素人が聴くと完璧だった。

日置らも、いたく感激していた。

これは素晴らしいぞ、と。


「わあ~・・す・・すごい・・」

「三島くん・・びっくりするやろなぁ・・」

「めっちゃ・・かっこええなぁ・・」


阿部と森上と重富は、もはやアジュールに心を奪われているかのようだ。

そして演奏は終わった。

阿部ら三人は拍手をしていた。

それは日置も同じだった。


「ちょっと待ってくんな」


一人だけ異を唱える中川を、吉住は興味深く見ていた。


「吉住さんよ」

「なんや」

「あの人たちを、ここへ呼んでくんな」

「うん」


そして吉住は彼らに手招きをした。

彼らは分厚いドアを開けて外に出て来た。


「演奏、ご苦労だった」


中川は挨拶もせずにそう言った。


「きみ、卓球部なん?」


中川の言いぶりに唖然としつつも、ピアノ&ボーカルの松金が訊いた。


「済まねぇが、今の歌と演奏じゃ話にならねぇぜ」

「え・・」


彼らは完ぺきに熟したつもりだった。

それを、たかが女子高生に全否定され、唖然としていた。


「話にならんて、どういうことやねん」


ギターの村野が訊いた。


「あのよ、おめーさんたちよ、この曲を教科書に載せるつもりなのかよ」

「はあ?」

「はあ、じゃねぇし。ここがねぇんだ、ここがよ」


中川は自分の胸を叩いて見せた。

そこで日置は中川を制そうとした。

すると吉住は首を横に振って日置を止めた。


「おめーさんたちの演奏と歌は、上手いだけさね」

「どういうことや」


ベースの花井がそう言った。


「響かねぇんだよ」

「え・・」

「ここに、心の臓に響かねぇのさ」

「そこまで言うんやったら、きみ、できるんか」


ドラムの元谷がそう言った。


「けっ・・愚問さね」


中川はそう言って、ドアを開けて中へ入って行った。


「まったく・・中川さん・・」


日置は呆れ返っていた。


「あはは、ほんまおもろいで」


吉住は、中川がどんなことをして見せるのか、楽しみでならなかった。

アジュールの彼らは、ガラス越しに中川を見ていた。


ふーん・・エレピか・・


エレピとは、電子ピアノのことである。

そして中川は、前奏を弾き始めた。

ベース音として、低音の鍵盤をドドド・・と弾いたあと、右手で高音から低音へとスライドされたかと思うと、力強い8ビートのリズムを刻んだ。

これは中川の考えたアレンジだ。

やがて歌が始まったかと思うと、中川の歌は、ある種乱暴ではあったが、飾り気がなく、まさに魂に訴えるような歌唱力だった。

そしてサビに差し掛かった「いざ進め!」のフレーズともなると、中川は椅子から立ち上り、右手を天に突き挙げていた。

やがて三番も歌い終え、エンディングをジャジャジャッジャジャーーンと弾き終えた。


「ええなあああ!」


吉住は思わず声を挙げた。

アジュールの彼らも、中川のすごさに圧倒される有様だった。

それは日置らも同じだった。

素人の日置らでも、アジュールのボーカルと中川の歌は、明らかに何かが違う、と。


「こういうこった」


中川はそう言いながら、ドアを開けて外に出てきた。


「きみ、ピアノも歌も抜群やな。いやあ~びっくりしたで」


吉住はとても嬉しそうにしていた。


「ここに、来たかい」


中川は吉住の胸をポンと叩いた。


「おお、来た来た」


吉住がそう言うと、アジュールの彼らは居心地が悪そうだった。


「でよ、私、考えたんだけどよ」


中川は日置にそう言った。


「なにを」

「演奏はこの人たちにやってもらうが、歌は私らに任せてくんな」


そこで驚いたのが阿部ら三人である。

どういうことだ、と。


「おめーら、これは私らの曲だ。下手でも構わねぇ、歌うぜ」

「い・・いや・・ちょっと待って」


慌てたのが、歌が苦手な阿部だ。


「なんでぇ」

「わ・・私は・・ええわ・・」

「ダメだ!」

「えっ・・」

「おめー、キャプテンだろうがよ。おめーが歌わずしてどうすんでぇ」

「いや・・いや・・歌は中川さんで・・」

「っんなこと言ってっと、三神には勝てねぇぜ」

「え・・」

「あの須藤って野郎に勝つには、覚悟が必要なのさ」

「・・・」

「歌くれぇ歌えねぇで、どうすんでぇ、チビ助よ!」

「わかった。私は歌う」


重富はそう言った。


「私もぉ・・下手やけど歌うぅ」


森上もそう言った。


「おうよ。で、チビ助、おめー、どうすんだよ」

「そ・・そんなん言うたかて・・」

「阿部さんやったか」


吉住が呼んだ。


「え・・」


阿部は小さくなって吉住を見た。


「下手でもええがな。ようは、ここや」


吉住は自分の胸に手を置いた。


「は・・はい・・」


阿部は仕方なく受け入れたのだった。

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