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サーよし!2  作者: たらふく
163/413

163 吉住、始動




―――それから数日後。



吉住は、梅田のとあるライブハウスを訪れていた。

ここは大阪でも老舗のライブハウスで、アマチュアはもちろん、セミプロ、プロなども出演する人気店である。

その殆どが弾き語りではあったが、中にはバンドとして出演する者もいた。


店はログハウス仕様の二階建てで、一階に小さな舞台が設置されていた。

吉住は舞台を見下ろせる二階の席に座っていた。

吉住の人脈からすると、わざわざライブハウスへ足を運ばなくても、電話一本でプロに声をかけることなど造作もないことだ。

けれども吉住は、たとえ日置の頼みであろうと、なにもそこまでする必要がないと考えていた。

そう、プロとなると、それは「仕事」だからである。


今日の出演者は、アジュールという男性四人組のアマチュアバンドだ。

彼らは去年、三島も参加した音楽コンテストで、見事優勝を果たし全国大会へ出場した実力者だ。

吉住はビールを飲みながら、彼らの演奏を聴いていた。


うん・・

やっぱり、こいつらがええな・・


彼らの安定した演奏を聴いて、吉住はそう決めた。

やがて休憩時間に入り、吉住は一階へ下りた。

店内には、カントリーウェスタンのBGMが流され、談笑する客の声がこの場を包んでいた。



「休憩中、すまんけどな」


吉住は、楽屋のドアを開けて中へ入った。

アジュールのメンバーは、店から出されたコーヒーを飲んでいた。

そして、吉住を見て「あっ」と一人がそう言った。

そう、あの日の審査員じゃないか、と。


「僕、こういうもんやけど」


吉住は背広のポケットから名刺を取り出し、「あっ」と言った者に渡した。

他の三人も、興味深そうに名刺を覗きこんだ。


「いや、実はな――」


そこで吉住は、今回の件をかいつまんで彼らに話した。


「それでな、これがテープと歌詞や」


受け取った彼らは、全員で歌詞を読んでいた。


「無理にとは言わん。やったろうと思たらでかめへんねや」

「無理なわけないですよ」


一人がそう言った。


「そうですよ。やりますよ」

「ええ話やないですか」

「おい、曲を聴こうぜ」


別の男性は、ケースからテープを取り出し、デッキに入れて再生ボタンを押した。

そして三島の歌が流れた。


「なるほど~」

「確かに、バンドの曲ですね」

「これ、ノリノリにできますよ」


彼らは、Aメロを聴いた時点で、既にイメージが出来上がった様子だ。

そして曲を聴き終えた。


「これ、俺好きやなあ」

「うん、僕も好きやわ」

「この子、誰なんですか?」


「あっ」と言った男性が、吉住に訊いた。


「三島くんいうてな、ほれ、去年のコンテストに出とった中学生や」

「ああ~~、あの子」


男性は三島のことを憶えていた。


「ほなら、任せてもええな」

「もちろんです」


彼らは、ボーカル&ピアノが松金まつかね、エレキギターが村野むらの、ベースが花井はない、ドラムが元谷もとやという編成だ。


「松金です」

「村野です」

「花井です」

「元谷です」


彼らは立ち上がって吉住に一礼した。


「ほな、録音できたら連絡してな」

「わかりました」


その後、吉住は彼らの演奏を最後まで聴き、店を後にした。



―――ここは桐花学園。



昼休みになり、中川は一人で職員室へ向かった。

中川は、バンド演奏がどうなったのかが気になって仕方がなかった。

それで日置に訊いてみようと思ったのだ。

職員室に入った中川は、ズカズカと日置の席へ行った。


「先生よ」


呼ばれた日置は、中川を見た。


「ああ、中川さん。どうしたの?」


日置は、小島が作ってくれた弁当を食べていた。


「吉住さんの件だが、どうなってんでぇ」

「まだ連絡がないよ」

「あれから一週間も経ってんじゃねぇか」

「まだ一週間だよ」


日置は呆れて笑っていた。


「先生から連絡しろよ」

「そんな催促するようなこと、できるわけないでしょ」

「いや、もしよ、もしだぜ?」

「うん」

「くっだらねぇ仕上がりになってたら、どうすんでぇ」

「そんなことないんじゃないかな」

「なんでだよ」

「吉住さんって、とても面倒見がいい人で、いい加減なことしないと思うよ」

「っんなもん、わかったもんじゃねぇぜ」

「失礼なこと言わないの」


「日置先生、電話ですよ」


教頭が受話器に手を当てて、日置を呼んだ。


「あ、はい。じゃ、きみ、教室へ戻りなさい」


日置は立ち上がり、中川の肩をポンと叩いて教頭の席へ行った。


「ったく・・呑気なもんだぜ」


中川は腕を組んで、日置の後姿を見ていた。


「もしもし、日置です」


日置は教頭から受話器を受け取り、電話に出た。


「あ、僕やけど。仕事中、すまんな」


相手は吉住だった。


「ああ、吉住さん。先日はありがとうございました」


職員室を出て行こうとした中川は、「吉住」という名前を聴いて思わず立ち止まった。

そしてそのまま、日置の元へ歩こうとした。

すると日置は、しっしっという仕草をした。

そう、教室へ戻れというわけだ。

けれども中川が、言うことを聞くはずがない。

中川は、そのまま日置の隣に立ったが、日置は中川に背を向けた。


「曲のことやが、明日、録音するらしくてな、僕も立ち会うことになったんやけど、きみも来るか?」

「え・・僕ですか」

「ああ、練習があるんやったらええで」

「明日の何時ですか」

「夜の八時や」


明日は土曜日だ。

八時には練習は終わっている。


「えっと・・時間は大丈夫ですが・・どうして僕が・・」

「きみ、なに言うてんねん。これ卓球部の応援歌やろ」

「ああ・・はい」


中川は、日置の話しぶりからある程度内容を悟った。


「貸しな!」


中川は、日置の煮え切らない態度に苛立っていた。

そして無理やり日置から受話器を奪った。


「ちょっ!ああっ」


この様子を、教頭は唖然として見ていた。


「もしもしっ、私だ」

「えっ」

「中川だ」

「あははは、きみか!」

「明日、どこへ行けばいいんでぇ」

「中川さん、いい加減にしなさい!」


日置が怒鳴ると、中川は日置の体をドンと押した。


「先生。黙っててくんな」


中川は日置をキッと睨んだ。


「すまねぇ。で、どこへ行けばいいんでぇ」

「あははは、先生と受話器を奪いおうとるんやな」

「そうさね」

「ええから、先生と代わって」

「いやっ、先生じゃ、話が進まねぇぜ」

「いやいや、悪いようにはせんから、代わって」

「むっ・・」

「はよ」

「おう、わかったぜ」


中川は仕方なく日置に受話器を渡した。

日置は「きみって子は・・」と言いながら受け取った。


「吉住さん、すみません」

「あはは、ええねや」

「それで、明日なんですけど・・」

「梅田にな、録音スタジオがあるんや。そこへ来てくれたらええで」

「そうですか・・」


日置は、音楽のことは全くわからない。

出向いたとしても、なにをすればいいのか、と躊躇していた。


「それとな、中川さんも連れて来て」

「え・・」

「僕、あの子、気に入ったんや」

「中川・・ですか・・」


日置は小声で囁いた。


「なんやったら部員の子、みんな連れて来てもええで」

「お邪魔になりませんか」

「なるかいな」

「そうですか・・」

「録音なんて見たこともないやろし。ほんで、いわばあの子らの曲やしな」

「はい・・」

「んじゃ、そういうことで」


そして吉住は場所を告げて電話を切った。


「あのさ・・」


日置は受話器を置いて中川を見た。


「なんでぇ」

「きみ、今年、二年生になるんだよ」

「それがどうした」

「もっと・・なんていうのかな、大人になるっていうか、気持ちのまま動くのはやめなさい」

「っんなこたぁ、どうでもいい。で、用件はなんだったんだ」

「うん、それがさ――」


内容を話すと「さすが、吉住。わかってんじゃねぇか!」と中川は大喜びしたのであった。

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