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サーよし!2  作者: たらふく
159/413

159 フラれた中川




中川はふと、男子らに目を向けた。

すると男子たちは、慌てて目を逸らした。


「よーう、おめーら」


中川は男子らに声をかけた。

驚いたのが男子たちだ。

なんなんだ・・この子は、と。


「なに・・?」


一人の男子が返事をした。


「この、たいがって野郎、あだ名なのかよ」

「え・・」

「え、じゃねぇし。あだ名かって訊いてんだよ」

「いや・・苗字やで・・」

「なにっ!どっ・・どんな字を書くんでぇ!」

「えっと・・大きいに、さんずいの河」


そこで中川は、落胆した表情を見せた。


「惜しい・・惜しいぜ・・」

「え・・」

「なぜ、太いに年賀の賀じゃねぇんだ・・」

「・・・」

「まさかだがよ・・下の名前は誠じゃねぇだろうな・・」

「祐太やで・・」

「そりゃそうさせね」


中川は少し苦笑した。


「まあ、いいさね。それより、私、この大河と打ちてぇんだけど」

「え・・」

「おめー、言ってくんな」

「いや・・でも・・」

「なんでぇ」


その実、この男子らが通うのは、大阪でもトップの強豪校だった。

そう、大久保の母校でもある滝本東(たきもとひがし)高校の生徒であり、全員が一年生だった。

そして大河は、一年生のエースだったのである。

ちなみに彼らは、体育館の改修工事のため、練習場所としてここを訪れていた。


「頼んだったらどうや・・」


別の男子がそう言った。


「そやで、頼んだろうや」


男子らは、少しでも中川から「ポイント」を稼ぎたかった。


「大河」


呼ばれた大河はボールを打つのを止めて振り向いた。


「この子、お前に相手してほしいらしいねんけど・・」

「え・・」


そこで大河は中川を見た。

その実、大河は呆れていた。

なぜなら、女子を相手にしている暇はない、と。

そして大河は、中川の美貌になんら反応しなかった。

そう、大河は面食いではなかったのだ。


「ごめん。僕は無理。他の人探してくれる?」


中川は唖然とした。

これまで、声をかけられたことは数知れず。

その度にウンザリしていた。

それゆえ、自分から声をかけたことなど皆無といっても過言ではない。

そう、中川は当然、大河は受けるものだと思い込んでいたのだ。


「おいおい、そんなこと言わずによ。相手してくんな」


大河は愕然とした。

なんだ、この言葉遣いは、と。


「いや、他の人、探して」


中川は、また衝撃を受けた。

こんなやつは初めてだ、と。

中川はけして自惚れていたわけではなかった。

実際、自惚れても無理のないこれまでだったことは事実。

けれどもそんな中川は、美人を「えさ」にしたことなど、一度もなかった。

そして中川は、「フラれた」ことにショックを受けていた。


「そ・・そんな、冷てぇこと言うなよ。少しくれぇいいだろがよ」

「僕、きみみたいな言葉遣いする子、嫌いやねん」


そして大河は台に向かって「続きな」と相手に言った。

中川は茫然としたまま、その場に立ち尽くしていた。


「あの・・俺でよかったら、相手するけど・・」


男子は気を使って声をかけた。


「え・・」


中川はその男子を、ボ~ッと見た。


「いや・・その、練習・・」

「いや・・いい。面倒かけたな・・」


そう言って中川は、阿部らのコートへ歩いて行った―――



阿部と森上は、川上相手に打っていたが、そこへ梶原(かじわら)真美(まみ)が到着していた。

この梶原は、川上と同じ中井田出身者で、現在は『三先ガールズ』というクラブチームで共に汗を流していた。


「遼子、この子ら誰なん」


梶原が訊いた。


「桐花の子らやねん」

「へぇーそうなんや」

「阿部と申します」

「森上ですぅ」

「梶原です。よろしく」

「真美、この子らうまいよ」

「へぇー」

「あんたら、ダブルスは?」


川上は、二人は組んでいるのかと訊いた。


「はい、私らペアなんです」

「そうなんや」

「よーし、ほないっちょ、やってみよか」


梶原は腕をグルグルと回しながら、コートに着いた。


「オール、いけるよね」


川上が訊いた。


「はいっ」

「はいぃ」


そしてダブルスのオールラウンドが始まった。

するとどうだ。

阿部と森上は、素早いフットワークを駆使し、森上がドライブ、阿部が前で速攻という攻撃パターンが遺憾なく発揮されていた。

というより、そもそも森上のドライブを、川上も梶原も殆ど返せない有様だ。


「うわあ~~」


梶原は思わず声を挙げた。


「森上さん、あんたのドライブすごいね!」

「ちょっと遼子、試合やってみぃひん?」

「おお、それええな」

「あんたら、それでええか」


梶原が訊いた。


「はいっ!ぜひ、お願いします」

「お願いしますぅ」


コートの後方では、中川が立ったまま阿部らを見ていた。


試合すんのか・・

いいな・・


中川は元気をなくしていた。

そして時々、大河を見ていた。


私の言葉遣いが・・そんなにいけねぇのかよ・・

いや・・わかってんだ・・

人によっちゃ・・気分を害するであろうことも・・

でもよ・・私の中には誠さんがいんだよ・・

誠さんを封印することはできねぇんだよ・・

でもなぁ・・


中川は葛藤していた。

かれこれ二年以上も太賀誠をやり続けて来た。

それが性に合っていると思っていたし、なにより誠に心酔している中川にとって「他」の選択肢はなかったのだ。

そして偶然、誠をやり続けることで、うるさい男どもを遠ざけるにも都合がよかった。


あの大河って野郎は・・ちげーんだ・・

私を見た目で判断しない・・

まさに・・誠さんがそうであったように・・


そう、太賀誠も早乙女愛の美貌に惚れたわけではなかった。

そんな中川は、誠と大河が重なって見えるようだった。


一方、コートでは、阿部と森上は、川上と梶原を圧倒していた。

その殆どが森上のドライブに手を焼いていたが、阿部の台にくっついて離れない速攻にも掻き回されていた。

そして二人のサーブが効いていた。

阿部は元より、森上も日置から徹底的にサーブを叩きこまれ、その回転力と変化たるや、目を見張るものがあったのだ。


川上と梶原は、目の前の二人は以前の桐花と全く違うと感じていた。

そう、これはすごいペアだと。

為所や蒲内の比ではない、と。


「いやあ~~あんたら、すごいわ!」


試合を終えた川上は、興奮気味にそう言った。


「ほんまや。あんたら、抜群のコンビネーションやで」


梶原もそう言った。


「ありがとうございます!」

「ありがとうございますぅ」

「よーし、ほな次はシングルの試合やろか」


梶原はやる気が漲っていた。

そもそもレベルの高い選手は、自分よりも上の者を相手にすると、たとえしてやられたとしても、心地よいのだ。

けれどもすべての者に当てはまるわけではない。

常に前を向いて、やる気のある者がそう思うのだ。

もっと強く、もっと上手くなりたいと思えば、当然のことなのである。


「中川さん」


ボ~ッと立っている中川を、阿部が気にかけた。


「なんでぇ」

「相手、いてないん?」

「そうさね・・」

「中川さん・・どうしたんよ」


中川の様子に、阿部はさらに心配になった。


「どうもしねぇさ」

「中川さぁん・・どうしたぁん」

「どうもしねぇって。おめーら、試合すんだろ」

「そうやけどぉ」

「私のことは構わねぇでいいから、とっととやんな」

「その子も、桐花なん?」


川上が訊いた。


「そうなんです」

「それやったら、一緒にやろか」


中川は、川上の言葉を無視して、改めて相手を探しに行った。


「あらら・・」


川上は目で中川を追っていた。


「すみません、あの子、悪い子やないんですけど・・」


阿部が気を使った。


「いやいや、ええんよ」


川上は優しく微笑んだ。

そして中川は、一人の男性に声をかけた。

これも「適当」だった。

誘われた男性は、バカみたいに有頂天になり、中川に対して下にも置かない接し方をした。


「ほ・・ほな・・フォア打ちからやりますか・・」

「ああ・・」

「ぼ・・僕・・ペンやけど・・」

「そうか・・」

「き・・きみは・・?」

「カットマン・・」

「へ・・へえ~~、カットマンなんやね・・」


なんだよ・・こいつ・・

ヘナヘナしやがって・・


そこで中川は、また大河を見ていた。

大河は汗を流しながら、コート狭しと動き回っていた。

顔はジャガイモだが、表情は厳しくも輝いていた。

そう、卓球に打ち込める喜びに満ちているかのようだった。

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