157 隠してもダメ
あの後、日置と彼女らは職員室へ行き、歌詞をコピーしてそれぞれ手にしていた。
中川は、五回聴いてメロディーは既に覚えていた。
これよ・・
弾き語りより・・バンドの曲だぜ・・
ドラムも欲しいし、エレキのリードも欲しいぜ・・
「中川さん、歌いたいんでしょ」
小屋へ向かう途中、日置は歩きながら訊いた。
「おうよ!体がウズウズしてきやがるぜぇ」
「あはは」
「もったいねぇ・・」
「え・・?」
「これってよ、バンドの曲だぜ」
「そうなの?」
「ドラム、ベース、エレキ、ピアノだ」
「へぇー」
「バンド演奏にしてみろ、見違えるほど迫力が出るぜ」
「そうなんだ」
日置は思った。
確かにバンドで演奏すれば、迫力という意味では、かなり違ってくるだろう、と。
けれども、そんな知り合いなどいない、と。
え・・ちょっと待てよ・・
吉住さんって・・コンテストの審査員をされてた・・
吉住とは、『安永』のママである朱花と知り合いで、映画会社に勤める気のいい中年男性のことだ。
日置が塞いでいた時、吉住と話をすることで幾分か気持ちが救われた過去があった。
そうだ・・
吉住さんなら、音楽関係との繋がりもあるし・・
一度話してみようかな・・
―――そしてこの日の夜。
「彩ちゃん、ちょっと待っててね」
小島は練習後、合鍵を使って日置の部屋に訪れていた。
日置は今しがた帰宅し、英太郎に電話をかけようと思っていた。
「どこにかけるんですか?」
受話器を手にした日置に訊いた。
「三島くんだよ」
日置は嬉しそうに笑った。
「ああ・・当たり前に、の」
「あとでね、とてもいい曲、聴かせてあげるね」
そして日置はボタンを押した。
「もしもし、三島です」
出たのは幸子だった。
「ああ、三島さん?」
「ええ~~日置先生ですか」
幸子は、今日の今日で、かけてきたことに驚いていた。
「今日はありがとうね」
「いいえ」
「弟さん、いるかな」
「はい、ちょっと待っててくださいね」
すると幸子は「こらあ~~英太郎!」と叫んでいた。
日置は、小島を見て思わず笑った。
小島は、何を笑ってるんだ、という表情を見せた。
そんな小島の頬を、日置は優しく撫でた。
「もしもし、僕です!」
「あ、日置です。久しぶりだね」
「はい!お久しぶりです!」
「今日ね、お姉さんからテープ貰ったよ。本当にありがとう」
「いいえ~~!拙作ですみません」
「なに言ってるの。とても素晴らしい曲だよ。部員の子たちもすごく喜んでたよ」
「ええ~~そうですか!嬉しいなあ~~」
「きみの曲、メロディーも歌詞も素晴らしいし、なにより力を貰えるよ」
「ほんまですか!そう思ってもらえてありがたいです」
「一言、お礼を言いたくてね」
「わざわざすみません」
「夜分にごめんね。お姉さんやご家族の方にもよろしくお伝えしてね」
「はい!ありがとうございました!」
そして日置は受話器を置いた。
「先生、嬉しそうですね」
小島は優しく微笑んだ。
「うん、すごく嬉しいの」
そして日置は「聴かせてあげるね」と言いながら、テープを持ってカセットデッキに入れた。
けれども一度取り出し、テープを確認した。
そう、面を間違えてはいけないからだ。
「どうしたんですか?」
「いや、なんでもないよ」
そして日置はA面を確認した後、デッキに入れた。
「これね」
日置は小島に歌詞を渡した。
「へぇ・・栄光を掴め、ですか」
「それね、僕たちへの応援歌なんだよ」
小島は歌詞を読んでいた。
「わかる・・すごくわかる・・」
小島はそう呟いた。
「じゃ、流すからね」
そう言って日置は再生ボタンを押した。
歌が始まると、小島は歌詞を目で追っていた。
そして小島の目から、大粒の涙がポロポロと流れた。
「彩ちゃん」
日置は小島の心情を察し、頭を撫でてやった。
そして曲は終わった。
すると小島は「これ・・めっちゃええです・・」と涙を拭いていた。
「うん、いいよね」
「応援歌て・・わざわざ作ってくれたんですか・・」
「そうなの」
「三島くんて・・ええ子ですね・・ううっ・・」
「そうだね」
「これ聴いて、頑張れん子はおらんと思います」
「あの子たちもね、すごく感激してたよ」
「そらそうです。私・・歌を聴いてここまで感動したことないんですけど・・この曲は、胸が震えました」
「そうだね」
「あのっ、これ、ダビングしたいんですけど」
「ダビングかあ・・僕のデッキは機能が付いてないからなあ」
「これ、持って帰ってもええですか」
「え・・」
日置は焦った。
なぜならB面には『経験』が録音されているからだ。
いや、おそらく『経験』の他にも曲が入っているに違いない。
「ああ・・えっと、音楽室でダビングするから、それでいいよね」
「え・・」
「明日・・そう、明日ダビングするよ」
「いえ、私が持って帰れば済むことですし」
「いや、それはダメ」
「なんでですか」
「その・・彩ちゃんの手を煩わしたくないし・・」
「あはは、なに言うてはるんですか。テープ入れるだけですよ」
「いやいや・・悪いし・・」
「はっはぁ~ん」
勘のいい小島は、日置が何か隠していることを察した。
「なんだよ・・」
そこで小島はテープを取り出した。
「これですよね」
小島はテープをブラブラさせた。
「なんのこと・・」
「聴かれたくない曲でも入ってるんですかね」
「いやっ、入ってない。三島くんの曲以外、無音だよ」
「どれどれ」
小島はそう言いながら、再びテープを入れた。
そして英太郎の曲が終わったところから再生した。
しばらくは、日置の言った通り無音だった。
「ほら、無音でしょ」
日置はハラハラしつつも平静を装った。
「いや、まだです」
もうしばらく無音が続いたあと、突然「私は我慢できない~上流の気取った生活ぅ~退屈すぎる毎日ぃぃ~~」と女性の声で歌が流れた。
そう、これは夏木マリが歌って大ヒットした『絹の靴下』という曲だった。
「もっおぅ~~いやぁ~ん、絹の靴下はぁぁ~私をダメにするぅぅ~~」
小島は日置を見た。
すると日置は「知らない、知らない」と言って首を横に振っていた。
「あああ~~っん、抱いてぇ~獣のようにぃ~~裸の私にぃぃ~火をつけてぇぇ~~」
そして曲は間奏に入った。
すると小島は、右手の指を日置に向けたまま、流れるように閉じたり開いたりした。
この仕草は、夏木マリを真似たものだった。
「彩ちゃん・・あのさ、テープ止めてくれないかな・・」
日置は座ったまま、後ずさりしていた。
「あはは」
小島は笑ってテープを止めた。
「先生」
「なに・・」
「別に、隠さんでもええですやん」
「いや・・僕は本当に知らなかったんだよ」
「ほんなら、なんであんなこと言うたんですか」
「あんなことって・・」
「私、持って帰るって言いましたよね」
「あ・・ああ・・そうだっけか」
日置はあさっての方を向いた。
「これ、三島くんから貰ったテープですよね」
「そうだけど・・」
「ほなら、絹の靴下は、三島くんが録音したもんですやん」
「まあ・・確かにそうだよね・・」
「というか、別に先生が絹の靴下聴いたってええですやん」
「僕は・・この手の曲は、好きじゃないんだよ」
「まあまあ、ええです。で、私、持って帰りますからね」
「ああ・・うん」
そして日置は、小島の顔をじっと見つめた。
「なんですか」
「えっと・・先に言っとくけど・・B面には『経験』が入ってるから・・」
「おおお~~これまたお色気の」
「いや・・僕は知らなかったの」
「・・・」
「あのね、実はさ――」
そこで日置は音楽室での「事件」を話した。
すると小島は「あっははは」と、中川と同じように爆笑したのだ。
「いやあ~~見たかったな~」
「なに言ってるんだよ」
「先生て、ほんま真面目ですよね」
「なんだよ・・」
「でも、そんな先生やからこそ、三島くんはこの曲を作ってくれたんですよ」
「・・・」
「これは、ほんまにええ!めっちゃええ!」
小島はテープを強く握りしめ、「あの子らにも聴かせたる!」と、浅野ら七人のことを言った。




