154 ゴーゴー喫茶
日置は考えた挙句、「ふるさと」と言った。
するとみんなから「おおおお~~」という声が挙がった。
「かぁ~~っ、先生らしいな」
中川はそう言いながら、イントロを弾き始めた。
「うーさーぎーおいし~かのやまあー、小鮒つーりし、かーのーかーわー」
日置の歌に合わせて、みんなも歌った。
「ゆーめーはー、いーまーもーめーぐーりいてぇー、わーすーれーがーたき、ふーるーさーとー」
「すぐに二番!」
中川が声をかけた。
するとみんなは二番も歌い出した。
やがて三番も歌い終えると、全員で拍手をした。
「慎吾さ、お前の歌唱力、相変わらずだな」
八代がからかった。
「秀幸には負けるよ」
「いやいや、僕の方がマシだよ」
「いや、僕だ」
「先生も秀の字も0点だ!」
中川がそう言うと、二人は顔を見合わせて苦笑した。
「さーてと、チビ助」
阿部は中川に呼ばれビクッとした。
けれどももう、歌う覚悟は出来ていた。
「曲は、なんでぇ」
「山口さんちのツトムくん」
『山口さんちのツトムくん』とは、昭和51年に斉藤こず恵が歌って大ヒットした楽曲である。
「よーし、じゃ行くぞ」
そして中川はイントロを弾き始めた。
「中川さんちの愛子ちゃん~、あなたはいつーも変よ、どうしたのかなっ」
阿部は何と、替え歌にして歌ったのである。
驚いたのが中川だ。
なにをしやがるんでぇ、と。
「言葉を直せといーっても、先生に相談するといーっても、いつも答えはお・な・じっ、てやんでぇさね!つまんないな」
「チビ助・・てめーー」
中川はそう言いながらも、手を止めることはなかった。
中川以外の者は、阿部の見事な替え歌に爆笑していた。
「中川さんちの愛子ちゃん、あなたはいつーも変よ、どうしたのかなっ」
中川はずっと阿部を見ていた。
「試合で相手を威嚇して~、やっちまいな!とか言っちゃって、だけど答えはお・な・じっ、命のやり取りでぇ!恐ろしいな」
阿部が歌い終わると、やんやの拍手が起こった。
「阿部さん、うまいね~」
日置が言った。
「あはは~千賀ちゃぁん、まさか替え歌とはぁ~」
「でも、この短時間でよう考えたな」
森上も重富も感心していた。
「チビ助」
中川が呼んだ。
すると阿部は、少し後ろへ下がった。
「べ・・別に・・替え歌でもええやん・・」
「いやっ、まいった。先生や秀の字さんより、ずっとよかったぜ」
「え・・」
意外な答えに阿部は驚いていた。
「歌が下手でも何とか工夫して聴かせたその努力は、見上げたもんだぜ」
「そ・・そうなん・・」
「でもよ~、歌詞、なんとかならなかったのかよ」
「ええと思たんやけど」
「ま、いいさね」
「じゃ、中川さん、歌って」
日置は待ってましたと言わんばかりだ。
「よーし!」
中川はそう言って、歌詞をピアノの上に置いた。
「んじゃー、三島英太郎作!当たり前に、を歌います」
中川はイントロを弾き、やがてAメロを歌い始めた。
「昨日までは当たり前で~明日も続くと思っていたぁ~何気ない日々の中で~そう・・当たり前にぃ~」
ポロリン・・ポロリン・・
「悩み続けることさえも~苦しみから逃れることもぉ、明日という日がきっと~変えてくれると思ったぁ~」
中川さん・・うまい・・
すごくうまい・・
いや・・うまいというより・・とっても心に染みる・・
日置は中川の歌声に引き込まれていた。
そこへ風呂上がりの男性二人が通りかかった。
男性らは、何が行われているんだ、という風に、思わず足を止めて中川の歌に耳を傾けていた。
「あの子、めっちゃ上手いですね」
「というか・・美人やなあ・・」
「誰の曲なんですかね。聴いたことありませんね」
「美人過ぎるやろ・・」
男性二人に気が付いた日置は、どうぞという風に、こっちへ来るよう手招きをした。
「坂井さん、どうします?」
「聴かせてもらおか」
そして男性らは日置らの近くへ移動し、中川の弾き語りを聴き入っていた。
そのうち、紅白を観終えた宿泊客が、階段とエレベータで下りて来た。
するとその者たちも、中川の上手さと美貌に釘付けになっていた。
「ねぇ僕は何を探してるの?どこへ行くのぉ~宝物があるとしたら~この手の中ぁ~ ああ~」
中川はリフレインのサビを歌っていた。
「ねぇ僕は何を求めてるの?信じてるのぉ~当たり前に戻れるように~笑えるように~走り出したいんだぁ~」
ジャジャッジャーン
ジャンジャジャーン・・ポロリン・・ポロリン・・
中川が弾き終わると「おおおお~~」という声と共に、拍手喝さいが送られた。
「中川さん、すごい~~」
「素敵やったわぁ~」
「めっちゃ上手い~~」
阿部ら女性軍は、興奮気味に中川を称えた。
「中川さん、すごくよかった。感動したよ」
日置が言った。
「ほんとだ。こんなに上手いとは」
八代もそう言った。
そして宿泊客らも「うまい!」や「美人やなあ」と拍手していた。
中川は席を立ち、一礼した。
そこで阿部は「喋ったらアカン・・喋りなや・・」と中川を心配した。
すると宿泊客の一人が「演歌、できる?」と訊いた。
中川はニッコリと笑って「あたぼうさね!」と答えた。
当然のように、宿泊客らは中川の言葉に仰天していた。
「ああ~・・中川さん・・」
阿部が呟いた。
「どんな曲がいいんでぇ!」
「え・・ああっ・・えっと・・」
客が口籠っていると「軍艦マーチ!」と年行の男性がリクエストした。
「おう!任せな!」
そして中川は、誰もが知っているイントロを弾き始めた。
一方でこの時代、パチンコ屋では『軍艦マーチ』は定番であり、代名詞となるほどだった。
「守るも攻めるも黒金の~!浮かべる城ぞ頼みなるぅ!」
中川はここまで歌ったが、あとは知らなかった。
「フフフン~フフフ~ン」
このようにハミングすると、リクエストした男性は「皇国の四方を守るべし」と続けた。
中川はニッコリと笑って、続きを歌えと言わんばかりに男性を見た。
「真鉄のその艦日の本にぃ!仇なす国をせめよかし」
男性は、右腕を上下に振り、まるで軍人のように歌って見せた。
やがて歌い終わると、中川は「いいじゃねぇか!じいさん、満点だぜっ!」と褒めた。
男性は「おおきにな」と嬉しそうに笑っていた。
「じゃ・・演歌、演歌を歌って~」
さっきリクエストした女性が言った。
「おうよ!言ってくんな」
「ひばりちゃんの、真っ赤な太陽!」
「あはは、それロックだぜ」
「ええねん、好きなんよ~」
「よーし、合点だぜっ!」
そして中川はイントロを力強く弾き、「真っ赤に燃えた~太陽だからぁ~真夏の海は~恋の季節なのぉ~」と歌い始めた。
女性は思わず体を動かし、ゴーゴーを踊り出した。
すると重富は血が騒いだのか、女性の横で踊り始めた。
他にも踊る者、手拍子する者が現れ、まさにこの場はゴーゴー喫茶と化していた。
森上も阿部も、どうしたものかと戸惑っていた。
すると白鳥が「ほら、踊ろ」と言って二人を誘った。
驚いた八代は、白鳥の意外な一面を見た。
けれども、とても楽しそうに踊る白鳥を見て八代も輪の中に入った。
「慎吾、来いよ」
八代が手招きをした。
「えぇ・・」
この時点で一人ポツンと立っている日置は、仕方なく輪の中に入り体を動かした。
やがて演奏が終わると「あ・・もう年が明けるぜ」と中川が時計を見て言った。
壁にかけられている時計は正確じゃないにしても、この場にいる者は秒針を目で追っていた。
やがて零時を指したところで「あけましておめでとう!」と誰ともなく言った。
「よーし!新年の祝いだ!もういっちょ行くか!」
中川はそう言いながら「これだー!」と、ジャジャンジャジャンジャーン!と鳴らしたが早いか、突然「she loves you yeh yeh yeh」と歌い始めた。
そう、ビートルズの大ヒット曲である『she loves you』だったのである。
宿泊客らは、酒が入っているせいもあるのか、洋楽であろうとノリノリで踊っていた。
「中川さん・・洋楽もいけるんだ・・」
日置は思わず呟いていた。
「中川さん~~!かっこええわあ~~」
こう言ったのは白鳥であった。
「この曲ぅ~知ってるぅ」
森上も乗っていた。
「ほんま・・すごいな・・」
阿部も驚いていた。
「中川さん、多彩だね~。僕、ビートルズ好きなんだよ~」
八代も嬉しそうにしていた。
こうして中川は、次から次へとリクエストに応え、やがて時間は午前一時に差し掛かっていた。
「よーし!そろそろお開きとしようぜ」
中川がそう言った。
すると宿泊客らは「ありがとう、めっちゃ楽しかった」や「あんた、歌手になり~!」などと褒めたたえられていた。
中川はそれらを適当にかわしながら、「ありがとよ」とピアノから離れた。
そして宿泊客らは、それぞれ部屋に戻って行った。
「中川さん、お疲れさまでした」
日置が労をねぎらった。
「いいってことよ!」
「いやあ~私、中川さんのファンになったわ~」
白鳥が言った。
「あはは、なに言ってやがんでぇ」
そして阿部も森上も重富も、中川を称えた。
「さーて、宴は終わった。部屋に戻って寝るぞ!」
「なあなあ、私もあんたらの部屋で寝てもいい?」
白鳥が訊いた。
「おうよ!いいぜっ」
「やった~!」
そして白鳥は八代に「そう言うことだから」と、手を振っていた。
八代と日置は顔を見合わせて、苦笑していた。




