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サーよし!2  作者: たらふく
154/413

154 ゴーゴー喫茶




日置は考えた挙句、「ふるさと」と言った。

するとみんなから「おおおお~~」という声が挙がった。


「かぁ~~っ、先生らしいな」


中川はそう言いながら、イントロを弾き始めた。


「うーさーぎーおいし~かのやまあー、小鮒つーりし、かーのーかーわー」


日置の歌に合わせて、みんなも歌った。


「ゆーめーはー、いーまーもーめーぐーりいてぇー、わーすーれーがーたき、ふーるーさーとー」

「すぐに二番!」


中川が声をかけた。

するとみんなは二番も歌い出した。

やがて三番も歌い終えると、全員で拍手をした。


「慎吾さ、お前の歌唱力、相変わらずだな」


八代がからかった。


「秀幸には負けるよ」

「いやいや、僕の方がマシだよ」

「いや、僕だ」

「先生も秀の字も0点だ!」


中川がそう言うと、二人は顔を見合わせて苦笑した。


「さーてと、チビ助」


阿部は中川に呼ばれビクッとした。

けれどももう、歌う覚悟は出来ていた。


「曲は、なんでぇ」

「山口さんちのツトムくん」


『山口さんちのツトムくん』とは、昭和51年に斉藤こず恵が歌って大ヒットした楽曲である。


「よーし、じゃ行くぞ」


そして中川はイントロを弾き始めた。


「中川さんちの愛子ちゃん~、あなたはいつーも変よ、どうしたのかなっ」


阿部は何と、替え歌にして歌ったのである。

驚いたのが中川だ。

なにをしやがるんでぇ、と。


「言葉を直せといーっても、先生に相談するといーっても、いつも答えはお・な・じっ、てやんでぇさね!つまんないな」

「チビ助・・てめーー」


中川はそう言いながらも、手を止めることはなかった。

中川以外の者は、阿部の見事な替え歌に爆笑していた。


「中川さんちの愛子ちゃん、あなたはいつーも変よ、どうしたのかなっ」


中川はずっと阿部を見ていた。


「試合で相手を威嚇して~、やっちまいな!とか言っちゃって、だけど答えはお・な・じっ、命のやり取りでぇ!恐ろしいな」


阿部が歌い終わると、やんやの拍手が起こった。


「阿部さん、うまいね~」


日置が言った。


「あはは~千賀ちゃぁん、まさか替え歌とはぁ~」

「でも、この短時間でよう考えたな」


森上も重富も感心していた。


「チビ助」


中川が呼んだ。

すると阿部は、少し後ろへ下がった。


「べ・・別に・・替え歌でもええやん・・」

「いやっ、まいった。先生や秀の字さんより、ずっとよかったぜ」

「え・・」


意外な答えに阿部は驚いていた。


「歌が下手でも何とか工夫して聴かせたその努力は、見上げたもんだぜ」

「そ・・そうなん・・」

「でもよ~、歌詞、なんとかならなかったのかよ」

「ええと思たんやけど」

「ま、いいさね」

「じゃ、中川さん、歌って」


日置は待ってましたと言わんばかりだ。


「よーし!」


中川はそう言って、歌詞をピアノの上に置いた。


「んじゃー、三島英太郎作!当たり前に、を歌います」


中川はイントロを弾き、やがてAメロを歌い始めた。


「昨日までは当たり前で~明日も続くと思っていたぁ~何気ない日々の中で~そう・・当たり前にぃ~」


ポロリン・・ポロリン・・


「悩み続けることさえも~苦しみから逃れることもぉ、明日という日がきっと~変えてくれると思ったぁ~」


中川さん・・うまい・・

すごくうまい・・

いや・・うまいというより・・とっても心に染みる・・


日置は中川の歌声に引き込まれていた。

そこへ風呂上がりの男性二人が通りかかった。

男性らは、何が行われているんだ、という風に、思わず足を止めて中川の歌に耳を傾けていた。


「あの子、めっちゃ上手いですね」

「というか・・美人やなあ・・」

「誰の曲なんですかね。聴いたことありませんね」

「美人過ぎるやろ・・」


男性二人に気が付いた日置は、どうぞという風に、こっちへ来るよう手招きをした。


「坂井さん、どうします?」

「聴かせてもらおか」


そして男性らは日置らの近くへ移動し、中川の弾き語りを聴き入っていた。

そのうち、紅白を観終えた宿泊客が、階段とエレベータで下りて来た。

するとその者たちも、中川の上手さと美貌に釘付けになっていた。


「ねぇ僕は何を探してるの?どこへ行くのぉ~宝物があるとしたら~この手の中ぁ~ ああ~」


中川はリフレインのサビを歌っていた。


「ねぇ僕は何を求めてるの?信じてるのぉ~当たり前に戻れるように~笑えるように~走り出したいんだぁ~」


ジャジャッジャーン

ジャンジャジャーン・・ポロリン・・ポロリン・・


中川が弾き終わると「おおおお~~」という声と共に、拍手喝さいが送られた。


「中川さん、すごい~~」

「素敵やったわぁ~」

「めっちゃ上手い~~」


阿部ら女性軍は、興奮気味に中川を称えた。


「中川さん、すごくよかった。感動したよ」


日置が言った。


「ほんとだ。こんなに上手いとは」


八代もそう言った。

そして宿泊客らも「うまい!」や「美人やなあ」と拍手していた。

中川は席を立ち、一礼した。

そこで阿部は「喋ったらアカン・・喋りなや・・」と中川を心配した。

すると宿泊客の一人が「演歌、できる?」と訊いた。

中川はニッコリと笑って「あたぼうさね!」と答えた。

当然のように、宿泊客らは中川の言葉に仰天していた。


「ああ~・・中川さん・・」


阿部が呟いた。


「どんな曲がいいんでぇ!」

「え・・ああっ・・えっと・・」


客が口籠っていると「軍艦マーチ!」と年行の男性がリクエストした。


「おう!任せな!」


そして中川は、誰もが知っているイントロを弾き始めた。

一方でこの時代、パチンコ屋では『軍艦マーチ』は定番であり、代名詞となるほどだった。


「守るも攻めるも黒金の~!浮かべる城ぞ頼みなるぅ!」


中川はここまで歌ったが、あとは知らなかった。


「フフフン~フフフ~ン」


このようにハミングすると、リクエストした男性は「皇国みくに四方よもを守るべし」と続けた。

中川はニッコリと笑って、続きを歌えと言わんばかりに男性を見た。


真鉄まがねのそのふね日の本にぃ!あだなす国をせめよかし」


男性は、右腕を上下に振り、まるで軍人のように歌って見せた。

やがて歌い終わると、中川は「いいじゃねぇか!じいさん、満点だぜっ!」と褒めた。

男性は「おおきにな」と嬉しそうに笑っていた。


「じゃ・・演歌、演歌を歌って~」


さっきリクエストした女性が言った。


「おうよ!言ってくんな」

「ひばりちゃんの、真っ赤な太陽!」

「あはは、それロックだぜ」

「ええねん、好きなんよ~」

「よーし、合点だぜっ!」


そして中川はイントロを力強く弾き、「真っ赤に燃えた~太陽だからぁ~真夏の海は~恋の季節なのぉ~」と歌い始めた。

女性は思わず体を動かし、ゴーゴーを踊り出した。

すると重富は血が騒いだのか、女性の横で踊り始めた。

他にも踊る者、手拍子する者が現れ、まさにこの場はゴーゴー喫茶と化していた。


森上も阿部も、どうしたものかと戸惑っていた。

すると白鳥が「ほら、踊ろ」と言って二人を誘った。

驚いた八代は、白鳥の意外な一面を見た。

けれども、とても楽しそうに踊る白鳥を見て八代も輪の中に入った。


「慎吾、来いよ」


八代が手招きをした。


「えぇ・・」


この時点で一人ポツンと立っている日置は、仕方なく輪の中に入り体を動かした。

やがて演奏が終わると「あ・・もう年が明けるぜ」と中川が時計を見て言った。

壁にかけられている時計は正確じゃないにしても、この場にいる者は秒針を目で追っていた。

やがて零時を指したところで「あけましておめでとう!」と誰ともなく言った。


「よーし!新年の祝いだ!もういっちょ行くか!」


中川はそう言いながら「これだー!」と、ジャジャンジャジャンジャーン!と鳴らしたが早いか、突然「she loves you yeh yeh yeh」と歌い始めた。

そう、ビートルズの大ヒット曲である『she loves you』だったのである。

宿泊客らは、酒が入っているせいもあるのか、洋楽であろうとノリノリで踊っていた。


「中川さん・・洋楽もいけるんだ・・」


日置は思わず呟いていた。


「中川さん~~!かっこええわあ~~」


こう言ったのは白鳥であった。


「この曲ぅ~知ってるぅ」


森上も乗っていた。


「ほんま・・すごいな・・」


阿部も驚いていた。


「中川さん、多彩だね~。僕、ビートルズ好きなんだよ~」


八代も嬉しそうにしていた。

こうして中川は、次から次へとリクエストに応え、やがて時間は午前一時に差し掛かっていた。


「よーし!そろそろお開きとしようぜ」


中川がそう言った。

すると宿泊客らは「ありがとう、めっちゃ楽しかった」や「あんた、歌手になり~!」などと褒めたたえられていた。

中川はそれらを適当にかわしながら、「ありがとよ」とピアノから離れた。

そして宿泊客らは、それぞれ部屋に戻って行った。


「中川さん、お疲れさまでした」


日置が労をねぎらった。


「いいってことよ!」

「いやあ~私、中川さんのファンになったわ~」


白鳥が言った。


「あはは、なに言ってやがんでぇ」


そして阿部も森上も重富も、中川を称えた。


「さーて、宴は終わった。部屋に戻って寝るぞ!」

「なあなあ、私もあんたらの部屋で寝てもいい?」


白鳥が訊いた。


「おうよ!いいぜっ」

「やった~!」


そして白鳥は八代に「そう言うことだから」と、手を振っていた。

八代と日置は顔を見合わせて、苦笑していた。

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