153 「紅白歌合戦 in白浜」
やがてロビーに集合した日置らは、それぞれソファに腰を下ろして中川の指示を待っていた。
「おめーら、今年もあと一時間で終わりだ。東京では派手にやってるが、こっちも負けちゃいられねぇ。よってただ今より紅白歌合戦、in白浜を開催する!」
中川は仁王立ちになり、みんなに説明した。
「いよ~~っ」
白鳥は楽しそうに拍手を送った。
「演奏は私がする。知ってる曲なら弾けるんで言ってくんな」
「三島くんの曲は、いつ歌ってくれるの?」
日置が訊いた。
「チッチッチ・・先生よ、慌てるんじゃねぇ」
中川は右手の人差し指を顔の前で振った。
「慎吾、三島くんの曲ってなんなの?」
八代が訊いた。
「うん。あとで説明するね」
のちに八代は日置から説明を受けるが、まさか日置がそんな状態に陥っていたとは想像すらしていなかった。
「紅白とはいっても、男性は二人しかいねぇ。そこでだ。2チームに分かれてもらう。グループ分けは適当にやってくんな」
「中川さんは入らへんの?」
重富が訊いた。
「私は演奏と審査員でぇ」
中川がそう言うと、日置らはグーとパーを出して、2チームに分かれた。
「決まったか」
チーム分けはこうだ。
日置、森上、白鳥と、八代、阿部、重富。
「よーし、それじゃ、それぞれトップバッターを決めてくんな」
中川がそう言うと、彼らはヒソヒソと話を始めた。
「先生ぇ・・一番に歌って下さぁい」
森上が言った。
「えぇ・・僕はあとでいいよ」
「森上さんはどう?」
白鳥が訊いた。
「えぇ・・私ですかぁ・・」
「多分ね、向こうは重富さんが出て来ると思うんよ」
「確かにそうだね。重富さん、乗り気だったもんね」
方や、八代チームでは。
「私がトップで行きます」
重富が言った。
「うん、お願いね」
八代は当然のように受け入れた。
「あ~あ・・私、嫌やなあ・・」
「まあまあ、阿部さん。これ、余興だし」
「ほなら・・私は二番でええです・・」
「じゃ、僕がラストだね」
この間、中川は手慣らしとして軽く鍵盤を叩いていた。
そして突然「パラパ~~ッパッパッパッパラパッパパラパ~~」と口ずさんだ。
日置らは驚いて中川を見た。
「これって・・必殺仕掛人の・・」
阿部が囁いた。
そう、中川が口ずさんでいたのは『必殺仕掛人』という、この時代大ヒットしていた時代劇のテレビドラマのテーマソングである『荒野の果てに』という曲だった。
「風~吹き荒れぇ~雨がぁ降りつぐぅ~恋を~なくしたぁ~男の背中にぃ~」
中川の歌の上手さに、日置以外の全員がポカンとしていた。
「おやっ」
そこで中川は手を止めた。
「決まったのかよ」
「あのさ、中川さん」
日置が呼んだ。
「なんでぇ」
「もうチーム対抗とかやめて、きみのリサイタルでいいんじゃないかな」
「ああああ~~!それっ、賛成!先生に1票!」
阿部は畳みかけるようにそう言った。
「そういやそうだよね。中川さんすごくうまいし、聴きたいよ」
八代もそう言った。
「なに言ってやがんでぇ。みんなで歌ってこそ、楽しいんじゃねぇか」
「ほんなら、代表して私が歌うから、その後は中川さんオンリーで」
重富が言った。
「ええ~重富だけかよ」
「それにしても、中川さん、めっちゃうまいやん!ミュージカルもいけとるはなぁ。先輩が知ったら演劇部に引き抜くんとちゃうやろか」
「バカ言ってんじゃねぇよ」
まだ先の話ではあるが、またひょんなことから中川は、文化祭でソロコンサートを行うこととなるのだ。
「じゃ、重富さん、聴かせてね」
日置がそう言った。
「はーい!」
重富はなんら物おじすることなく、ピアノの横に立った。
「なに歌うんでぇ」
「迷い道」
『迷い道』とは、昭和52年にリリースされ、渡辺真知子が歌って大ヒットした曲である。
「渡辺真知子だな」
「弾ける?」
「舐めんじゃねぇ。弾けるに決まってんだろ」
「おおお~~さすが」
「んじゃ、行くぜ」
そして中川はイントロを弾き始めた。
「現在過去未来ぃぃ~・・え・・ちょっと待って」
重富が止めた。
「あはは、キーが合ってねぇな」
そう、重富は金切声で歌うほどキーが高かった。
「んじゃ、コード変えるか」
そして中川はEmからAmに変更し、イントロを弾いてみた。
「これでどうだ」
「ああ・・うん、ええかも」
「よし。じゃ行くぜ」
そして重富は歌い始めた。
重富は背筋を伸ばし、なるべく腹から声を出すことに努めていた。
けして上手くはないものの、堂々とした歌いっぷりに、日置らは驚いていた。
「まるで喜劇じゃないの~~一人でいい気になってぇ~冷めかけたあの人にぃ~意地を張ってたなんてぇぇ~~」
重富は、まさに演劇人として表情も歌詞に合わせて切なくなっていた。
そして両手を広げて、身振りもした。
おお~~・・重富よ・・さすがだぜ・・
これは満点やってもいいな・・
ジャジャーン・・
中川はエンディングを弾き終えた。
パチパチパチ!
日置らは、やんやの拍手を送った。
「とみちゃぁ~ん、よかったよぉ~」
「さすが元演劇部。とみちゃん、すごかったで」
「重富さん、うまい~~」
森上と阿部と白鳥も、大きな拍手を送っていた。
「どうも~」
重富は軽くお辞儀をした。
「あの・・」
そこで白鳥が口を開いた。
「歩美ちゃん、どうしたの?」
八代が訊いた。
「私、秀幸さんとデュエットしたい・・」
「ええええ~~」
八代は明らかに引いていた。
「おおっ、いいね。秀幸、歌うべきだよ」
「慎吾・・なに言ってんだよ」
「秀の字さんよ!」
中川が呼んだ。
八代は黙ったまま中川を見た。
「愛しの彼女がそう言ってんでぇ。応えなきゃ男じゃねぇぜ」
「えぇ~~・・」
「白鳥さん、曲はなんでぇ」
「銀恋・・」
『銀恋』とは『銀座の恋の物語』という楽曲で、石原裕次郎と牧村旬子が歌って大ヒットした曲である。
「おう、任せときな!」
中川はそう言って、早速イントロを弾き始めた。
「ほらほら、秀幸。始まっちゃうよ」
日置は八代の体を押した。
八代は仕方なく白鳥と共にピアノの横へ立った。
「心の~底までぇ~痺れるようなぁ~」
まず白鳥が女性のパートを歌った。
「吐息があ、切ないい、囁きだからあ」
八代は日置にも劣らないほど、歌が下手だった。
「秀幸~ファイトー!」
日置は無責任に声援を送った。
すると八代は顔を真っ赤にして、日置を睨んでいた。
やがて二人が歌い終わると、「私もぉ歌おうかなぁ」と森上が言い出した。
「えぇ・・恵美ちゃん・・歌うん・・?」
阿部は、森上が歌ってしまうと、女子で自分だけが歌わないことで、バツが悪かった。
「なんかぁ、楽しそうやしぃ」
「えぇ・・」
「森上よ!曲はなんでぇ!」
「サザエさぁん」
「あはは、マジかよ!」
そして中川は『サザエさん』のイントロを弾き始めた。
森上はピアノの横へ移動し「お魚くわえたドラ猫ぉ~」と歌い出した。
みんなは自然と手拍子をした。
その中に阿部もいたが、阿部は何を歌おうかと思案していた。
ええっと・・
普通に歌ってもあれやし・・
下手を隠すには・・そやっ!
これしかない!
やがて森上も歌い終えると「おーい、チビ助~」と中川が呼んだ。
「いやっ、あのっ、先生が先やと思うねん」
「ええ~~僕?」
「女性軍の後は、男性でしょ」
「僕も歌うのかぁ・・」
日置はあさっての方を見ながら、曲は何にするか考えていた。




