152 白鳥の気遣い
そして翌日も、朝から厳しい練習が続いた。
日置は重富をマンツーで教え、徹底して守りの卓球をやらせた。
八代は、阿部、森上、中川を引き受け、シングルに加えてダブルスも行っていた。
昼食を挟んで午後からも、五時間も練習は続けられた。
彼女らは、汗だくになりながらも、歯を食いしばって着いて行った。
「じゃ、今日は大晦日だから、夜の練習は無しにするね」
練習後、日置がそう言った。
「あの・・」
そこで重富が口を開いた。
「なに?」
「せっかくの合宿ですし、大晦日とか・・関係ないと思うんです」
「え・・」
「私、まだまだみんなのレベルとちゃいますし、夜も練習します」
日置は正直、驚いた。
大晦日といえば、年に一度の紅白歌合戦がある日だ。
誰もが観たいと思う番組に、ましてや女子高生の彼女たちが観たいと思わないはずがないのだ、と。
「私も重富に賛成だぜ」
中川もそう言った。
「私もです」
「私もですぅ」
阿部と森上も同意した。
「きみたち、それでいいの?」
「あたぼうよ!」
「はいっ」
「慎吾」
八代が呼んだ。
日置は黙ったまま八代を見た。
「僕も付き合うよ」
「秀幸・・」
「私もお付き合いしますよ~」
白鳥までもがそう言った。
「そっか。よし、じゃあ、夕飯後、練習ね」
日置がそう言うと、全員で食堂へ向かった―――
「明日は何時ごろに帰るの?」
食堂のテーブルに着いた日置は、前に座る八代に訊いた。
「初詣に行くし、午前中には発つよ」
「そうなんだ」
「お前は三日までだろ?」
「うん」
「大変だけど、頑張れよ」
「もちろんだよ」
「なあ・・秀幸さん」
白鳥が呼んだ。
「なに?」
「初詣は明日やなくてもええよ」
「え・・?」
「明日も、出来るだけ相手したったほうがええんとちゃうかな」
「歩美ちゃん・・」
「夕方くらいまでやったって、夜には帰れるし」
白鳥は優しい笑みを見せた。
「いや、白鳥さん。どうぞ初詣に行って」
日置は、ボール拾いばかりしている白鳥に気を使った。
「いやいや、ええんですよ」
「でも、せっかく二人で来たのに・・」
「私ね、秀幸さんにコーチしてもらうつもりやったけど、あの子らの練習見てたら、なんかすごく勉強になるというか」
「え・・」
「必死になってボールに食らいつくあの子ら見てると、ママさんの比じゃないと思ったし、自分も頑張らんとあかんって気になりました」
「よし、歩美ちゃんがそれでいいなら、明日も練習しようか」
八代は白鳥にそう言った。
すると白鳥は嬉しそうに微笑んだ。
日置は思った。
いくら八代のことが好きだとはいえ、何時間も球拾いばかりできるものではない、と。
本当なら二人で練習し、練習以外も二人だけで時間を過ごしたいであろう、と。
けれども白鳥は一切不満を言わないどころか、彼女たちを見て勉強になるとまで言った。
八代は本当にいい人に恵まれたな、と。
「白鳥さん」
日置が呼んだ。
「はい」
「どうもありがとう」
「なに言うてはるんですか~いいんですよ~」
白鳥は恥ずかしそうに笑った―――
その後、約三時間も練習が続いた。
他の宿泊客は誰も体育館に来ることはなく、それぞれの部屋で紅白歌合戦を楽しんでいた。
時間は既に十時を回っていた。
「さて、そろそろ部屋に戻ろうか」
練習を終え、日置がそう言った。
「おお、あと二時間弱で今年も終わりだな」
八代は館内の時計を見た。
「いよいよ勝負の年の幕開けさね」
中川が言った。
「ほんまやな」
阿部の目にも力が漲っていた。
「私、もっと頑張らんと」
重富もすっかり一選手の顔だ。
「私もやぁ」
そんな中、森上だけはいつも通りの愛くるしい笑顔を見せた。
「白鳥さん」
阿部が呼んだ。
「なに?」
「ボール拾い、すごく助かりました。ありがとうございました」
阿部は丁寧に頭を下げた。
すると他の者も「ありがとうございました!」と阿部に倣った。
白鳥は「いやいや~」と恐縮していた。
「ところで先生よ」
中川が呼んだ。
「なに?」
「歌詞はどうしたんでぇ」
「あ・・ああっ」
日置は慌ててジャージのポケットに手を入れた。
そして歌詞を書いた紙を中川に渡した。
「歌詞て、なんなん?」
阿部が訊いた。
「三島の曲でぇ」
「それって、車の中で聴いたやつ?」
「そうさね」
「で、それ、どうするん?」
「中川さんは、ピアノも弾けるし歌もとても上手なんだよ」
日置が答えた。
「えええええ~~~!」
阿部のみならず、重富も森上も驚きの声を挙げた。
「よーし、風呂に入ったら、全員ロビーに集合な。秀の字さんと白鳥さんもだぜ」
「え・・なにするの?」
八代が訊いた。
「紅白歌合戦さね!」
「ええええ~~」
「ちょ・・中川さん、なにするつもりなの?」
日置も唖然としながら訊いた。
「だから、紅白歌合戦っつってんだろ」
「みんなで歌うの?」
「おうよ!」
「あはは、なんか楽しそう~」
白鳥は乗り気だった。
「また中川さんの暴走が始まった・・」
阿部は歌が苦手だった。
「千賀ちゃぁん、私はいいと思うでぇ」
「うん、私も楽しみ。これでも元演劇部やしな」
阿部は不満げに、森上と重富を見た。
「慎吾、どうするの?」
八代が訊いた。
「中川さんは言い出したら聞かないから・・」
その実、日置は自身が歌うことには抵抗があったが、中川が三島の曲を歌ってくれることが楽しみだった。
―――ここは女風呂。
四人は体も洗い、湯船に浸かっていた。
「それにしても、中川さん、ピアノが弾けるとはなあ」
重富が言った。
「そんないいもんでもねぇさ」
「ほんまやぁ、意外やったわぁ」
森上も感心していた。
「せやけど・・紅白歌合戦て・・」
阿部はまだ不満げだった。
「チビ助よ」
「なによ・・」
「歌っつーのなは、ここさね、ここ」
中川は自分の胸を叩いた。
「そんなん言うたかて・・」
「うめーやつなんて、五万といんだ。そんなもん何の価値もありゃしねぇんだよ」
「え・・」
「歌に魂が入ってるかが大事なんでぇ」
「なんかぁ、中川さん、審査員みたいやなぁ」
森上はそう言いながら笑っていた。
「卓球だってそうだろ。ようは気合いさね」
「私、なにを歌おうかな~」
重富は既に歌う気満々だった。
「とみちゃん、恥ずかしないん?」
阿部が訊いた。
「あはは。だって私、演劇部やったんやで。人前で歌うことなんか平気やで」
「ああ・・そうか・・」
「よーし、おめーら、とっとと着替えてロビーに集合だ!」
中川は一番に上がり、脱衣所へ向かった。




