150 頑張り時
結局、練習は夕飯前まで続いた。
「ああ~~!さすがに疲れたぜ」
中川はラケットをバックに仕舞いながら、タオルで汗を拭っていた。
阿部と森上と重富も、肩で息をしながら汗を拭っていた。
「重富さん、大丈夫?」
日置が訊いた。
「はい。大丈夫です」
重富はとても疲れていたが、日置がつきっきりで特訓してくれることで、へこたれてはいけないと気力を奮い起こしていた。
「それにしても秀の字さんよ。あんた、うめーな」
「そうかな」
八代は苦笑いをしていた。
「森上のドライブをよ、よくあんなに簡単に返せるよな」
「僕は一応、男だからね」
「八代さんがぁ、上手く返してくれはるんでぇ、とても練習になりましたぁ」
「森上さんの実力は知ってたけど、阿部さんも中川さんも重富さんも、高校から始めたんだよね」
八代は日置に訊いた。
「そうだよ」
「すごいと思うよ」
「中川は、二学期に入ってから。重富は、ついこの間まで演劇部だったんだよ」
「ええええ~~、中川さんって二学期になってからなの?で、重富さんは最近なんだ・・」
八代は日置の指導力のすごさに、改めて驚いていた。
「慎吾、お前やっぱりすごいわ」
「そんなことないよ。この子たちのやる気だよ」
「私は小谷田の本多って野郎に借りがあるんでぇ」
中川の言いぶりに、白鳥はクスッと笑った。
「ああ~、小谷田」
八代が言った。
「それだけじゃねぇ!三神の須藤って野郎もぶっ潰さなきゃならねぇんでぇ」
「中川さん」
日置が呼んだ。
「なんでぇ」
「意気込みは十分わかったから、まずは腹ごしらえしないとね」
「おうよ!」
「え・・もしかして夕食の後も練習するのか?」
八代が訊いた。
「もちろんだよ」
「ひゃ~・・」
「ひゃ~ってなんだよ」
「いや・・なんでもない」
その実、八代は高校時代を思い出していた。
無論、愛豊島でも合宿は何度もあった。
その際、日置と八代は夜中まで練習を続け、それこそ体力の限界までボールを打ち続けたことがあった。
「とにかく、時間を有効に使いたい。きみたち、そのつもりでね」
日置が彼女たちに向けて言うと、彼女らは元気いっぱいの返事をした。
―――ここは食堂。
日置と八代と白鳥は同じテーブルに着き、阿部ら四人は別のテーブルに着いてそれぞれ食事を摂っていた。
「慎吾は、いつまでいるの?」
八代が訊いた。
「三日までだよ」
「へぇー、結構な日程だな」
「秀幸は?」
「僕たちは元日まで」
「そうなんだ」
「新婚旅行じゃないし、あまり連れ回すのもね」
八代は照れくさそうに笑った。
「ああ~、ご両親の心証もあるもんね」
「まあね。ところで小島さんは?」
「ん?」
「せっかくだから、連れて来ればよかったのに」
「なに言ってるんだよ。連れて来たら、その時点でわかってしまうじゃないか」
「ああ~」
八代は彼女ら四人のことだと察した。
「それにしてもさ、中川さんっておもしろいよね」
「まあそうなんだけど、ちょっと勇み足が過ぎるのが、玉に瑕かな」
そこで日置は、文化祭のこと、一年生大会のこと、今回の合宿の経緯などを話した。
すると八代と白鳥は、驚きながらも爆笑していた。
「あはは、慎吾が芝居かよ。しかも太賀誠って」
「観たかったです~」
「二人とも、他人事だと思って」
日置はむくれ顔になった。
「でもさ、そのおかげで、森上がスランプから抜け出せたんだけどね」
「森上さん、スランプだったんだ」
「そうなんだよ」
そして日置は、森上が復帰した経緯やスランプに陥ったことを話した。
「そうか・・そんなことがあったんだ」
「ま、いずれにしても、今は四人で全国を目指してる」
「森上さんがいたら、三神にも勝てるよ」
「うん。エースは森上だけど、僕は阿部も中川も重富も三神に勝てる選手に育てるつもり」
「ダブルはどうするんだ?」
「ああ、それなんだけどね、僕は森上と阿部を組ませようと思ってるの。秀幸はどう思う?」
「そりゃ、絶対に森上さんと阿部さんだよ」
「だよね」
「あの二人が組めば、後ろで森上さんがドライブ、前で阿部さんが速攻。森上さんのドライブは威力があるだけに、効果覿面だよ」
「この後さ、中川とダブル組んで、森上たちを相手してくれない?」
「うん、いいよ」
「白鳥さん」
日置が呼んだ。
「はい?」
「せっかく秀幸との旅行なのに、ごめんね」
「いいえ~、全然いいんですよ」
白鳥は優しい笑みを見せた。
「私、秀幸さんのプレー見るの、好きなんです」
「そうなんだ」
「せやかて、かっこええでしょ~」
「歩美ちゃん・・」
八代は照れくさそうに白鳥を見た。
「あはは、ごちそうさま」
日置は目の前の幸せそうな二人を、目を細めて見ていた。
―――ここは体育館。
食事を終えて体育館に戻った彼らは、練習を再開するためそれぞれ準備に入っていた。
「森上さん、阿部さん」
日置が呼んだ。
二人はラケットを手にして、日置の前へ移動した。
「きみたちは、正式のペアとしてダブルスを組んでもらうからね」
すると森上と阿部は、驚いて顔を見合わせていた。
「それで今から、秀幸と中川さんに組んでもらって相手してもらうからね」
「私・・恵美ちゃんと組めるんですか・・」
阿部は唖然としたまま訊いた。
「そうだよ」
「きゃあ~~~!やったあああ~~!」
阿部は思わず森上に抱きついていた。
「千賀ちゃぁ~ん」
森上は、阿部の興奮ぶりに少し困惑していた。
「恵美ちゃん!私、恵美ちゃんの足を引っ張らんように頑張るから!」
「私かてぇ~千賀ちゃんの邪魔にならんようにするわなぁ」
「いやあ~~めっちゃ嬉しい~~!」
「私もぉ、嬉しいでぇ」
「先生!ありがとうございます!」
「よし、じゃ始めようか」
その後、日置は中川にも説明し、中川は「秀の字!しっかり着いて来な!」と、また八代を笑わせていた。
「重富さんは僕と練習ね」
「はいっ」
こうしてそれぞれに分かれて練習が始まった。
「じゃ、オールやろうか」
八代が言った。
「はいっ」
「はいぃ」
「中川さん、ミスしないようにね」
「誰に言ってやがんでぇ。食らいついてやるさね!」
初めて組む阿部と森上は、無論、コンビネーションが合わなかった。
けれども、森上もそうだが、特に阿部は森上と組むことの嬉しさに、気持ちは前を向いていた。
それは中川も同じだった。
森上のスーパードライブを拾うも、何度も後逸をしたが、中川は懸命にボールに食らいついていた。
「中川さん、少しでもボールが高く上がると打たないとダメだよ」
「おうよ!」
「それと、ツッツキもカットも常に攻撃的に」
「攻撃的?」
「打てるものなら打ってみろって」
「おうさね!」
「それと阿部さん」
「はいっ」
「打つと見せかけてからのストップも入れた方がいいよ」
「はいっ!」
「そのストップを活かすためには、確実にスマッシュを決めないとダメ」
「はいっ」
「コースも厳しくね」
「はいっ!」
方や、日置と重富は同じ練習を繰り返していた。
「何度も言ってるけど、台から下がらないこと。強打されたボールにも怯んじゃダメ」
「はいっ」
「とにかく相手コートにしつこく返す」
「はいっ」
「よーし、頑張れ!」
「はいっ」
こうして延々と練習は続けられ、やがて時間は午後十時を回っていた。
「はい、今日の練習はここまでね」
日置が言った。
「はいっ」
「秀幸、白鳥さん、ありがとう。とても助かったよ」
「なに言ってんだよ」
「いいえ~」
「きみたち、秀幸と白鳥さんにお礼を言ってね」
日置がそう言うと、四人は「ありがとうございました!」と頭を下げていた。
そして彼らはバッグを持って体育館を後にした。
「きみたち、お風呂に入って早く寝なさい」
施設のロビー入ると日置がそう言った。
そして彼女ら四人は、階段で三階まで行った。
「エレベータ、使わないんだ」
八代が言った。
「そうだね」
「足腰の鍛錬か・・すごいな」
「僕が言ったわけじゃないよ」
「へぇ・・あの子たち自らそうしたんだ」
「練習で疲れてるのに、すごいですね」
白鳥も感心していた。
そして日置と八代と白鳥も、それぞれ部屋に向かった。




