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サーよし!2  作者: たらふく
15/413

15 森上の事情




翌日の放課後、たった一時間ほどの練習を終えて、日置は早速、森上家に出向いた。

家に到着すると、森上はそっと玄関のドアを開けた。


「あ・・お母さん、帰ってますぅ」


森上は靴を確認してそう言った。


「そうなんだ。じゃ、上がらせてもらうね」


そして日置は「こんばんは」と言って、中にいるであろう母親に声をかけた。

すると奥から、「誰ですか」と母親が出てきた。

その後には、慶太郎もいた。


「お母さん~この人誰なん~」


慶太郎が訊いた。


「恵美子、遅かったやないの」


母親が叱った。


「あの、私、桐花学園で教師を務めております、日置と申します」


日置は丁寧に頭を下げた。


「ああ・・学校の先生ですか・・」

「はい」

「で、なんの用ですか」

「ちょっとお話したいことがありまして、来させていただきました」

「ちょっと恵美子、洗濯物取り込んで」


母親は、たった今帰宅したところであった。


「うん、わかったぁ」


そして森上は部屋へ入った。

その後を「お姉ちゃん~」と言いながら、慶太郎が追いかけた。


「で、なんの話ですか」


母親は仕事で疲れているのか、ぶっきらぼうに訊いた。


「娘さんのクラブ活動のことについてなんですが」

「クラブ?うちの子には、クラブさせる余裕なんかないんですわ」

「そう仰らずに、お話だけでもさせて頂けませんか」

「なんですの?うちの子が、なんか迷惑でもかけたんですか」

「いえ、とんでもないです。森上さんは、大変、素晴らしい身体能力を持っています。私は卓球部の監督を務めておりますが、彼女の素質を買っています」

「そうですか」

「それでですね、是非、娘さんに部活動を続けること、許可していただけませんか」

「先生の気持ちはありがたいんですけどね、さっきも言いましたけど、うちは余裕がないんですわ。見ての通り、こんなボロアパートに住んでましてね」


母親は、なぜか自慢げにそう言った。


「娘さんは、必ず全国レベルの選手になります」

「全国?それ、なんですの」

「インターハイです」

「あの、先生」

「はい」

「インターハイかチューハイか知りませんけどね、そんな夢物語聞かされても、迷惑なんですわ」

「夢物語ではありません。彼女なら、きっと成し得ます」

「いやいや、もうええですって。どうぞお帰り下さい」


母親は、手で追い払うようにした。


「あら、森上さん、どしたんや」


そこに、隣人の主婦が声をかけてきた。


「なんや知らんけど、この人学校の先生なんやけどな、まあ~おかしな夢を見てはってなあ」

「夢、てか」

「恵美子が全国へ行ける~言うてな、こっちの気も知らんと、まあ呑気なことですわ」

「全国て、なんですの」

「知りませんわ」

「甲子園か」


主婦はそう言って笑った。


「いやっ、田中さん。うちの子大きい言うたかて、男ちゃいますよ」

「でもさ、小学生の時やったか、恵美ちゃん、男子に交じって野球やっとたがな」

「あれも、なんやかんや言うて、引っ張られたんですやん」

「あの時、何本ホームラン打ったんかいな」

「なんか最多記録いうてたけど、っんなもん、何の足しにもならへんわ」


日置は二人の話を聞いて思った。

やはり森上は、とんでもない可能性を秘めている、と。

絶対に育てるべきだ、と。


「まあ、腹は膨れんわな」

「そやで。表彰状なんか、紙ですわ」

「あの・・お母さん」


日置が呼んだ。


「なんですの」

「森上さんは、中学の時、部活やってました?」

「まあ、弟の慶太郎は、まだ幼稚園でしたしね、私も家にいてたんで、なんかやってましたわ」

「もしかして、どこかの高校から引き抜きがありませんでしたか?」

「ああ、なんや、そんなんありましたけど、何の役にも立たんので、断わりました」

「それって卓球ですか」

「まさか。違いますよ」


母親はそう言ったが、その実、小谷田高校から声がかかっていたのだ。

森上は、中学では部活動を「それなり」にやっていた。

けれども、部自体はレベルが高いわけでもなく、監督も単なる卓球経験者だった。


そんな中、森上は一度だけ試合に出たことがあった。

もちろん、負けはしたのだが、森上の体格の良さと身体能力を見抜いた小谷田の監督、中澤は、日置と同様「育てれば大物になる」と確信していた。

そう、中澤は、為所のようなドライブマンを育てたかった。

かつて中澤は、為所を見て惚れこんだ。

「うちにほしい」と。


「森上さん、子供の頃に卓球をやったことがあると言ってたんですが」

「そうですか。知りませんわ」

「お母さん、それでは、平日だけでも練習に参加させてやってくれませんか」

「弟の世話をさせてるんです。恵美子がはよ帰ってくれんと、慶太郎は一人なんですわ」

「そうですか・・」

「だから、卓球の話は、なかったことにしてもらわんと、困るんです」

「あの・・では、週一度だけでも」

「お母さん」


そこに、洗濯物を取り込んで終わった、森上が出てきた。

慶太郎は、母親と森上に挟まれる形で日置を珍しそうに見上げていた。


「なんやの」

「私ぃ、卓球やりたいねんけどぉ」

「あんたね、そんな余裕がないって、わかってるやろ。それに慶太郎のこと、どないすんのよ」

「なるべく早よ帰るしぃ」

「お姉ちゃん~卓球の男の人~前に来てたやんな~」


慶太郎は、中澤のことを言った。


「こらっ!」


母親は、いらんことを言うな、とばかりに慶太郎を叱った。


「卓球の男の人って、どなたですか」


日置が訊いた。


「学校に来てくれ~って、言うてたやんな~」


慶太郎は、母親の気持ちも知らずに、事実を告げてしまった。


「それって、引き抜きじゃないですか?しかも卓球で」

「お母さん、そんなことあったぁん」


森上も、そのことは知らなかったのだ。


「知らん、知らん。もうええです。先生、帰ってください。ほらっ、慶太郎、いらんこと言わんと、宿題し!」


そして母親は、慶太郎を連れて中へ入って行った。


「先生ぇ・・すみませぇん」

「いや・・いいんだけど、きみ、中学で卓球部だったの?」

「はいぃ・・でもぉ、あまりやってませんでしたぁ」

「試合に出たことあるの?」

「一回だけぇありますぅ」

「そうなんだ」


日置は合点がいった。

なぜなら、試合に出なければ、目に留まらないからだ。


「そっか、きみ、引き抜かれてたんだね」

「そうなんですかぁ。知りませんでしたぁ」

「お母さんは、きみに内緒にしてたんだね」

「そうみたいですねぇ」


日置は思った。

声をかけた人物は、見る目がある、と。

おそらく、小谷田か中井田あたりだろうと、予想がついた。

なぜなら、山戸辺は富坂が辞めて、現在は誰が監督なのかもわからない。

三神は中学から自動的に上がって来る者たちばかりなので、三神はあり得ない、と。


「森上さん」

「はいぃ」

「今日はこれで失礼するけど、また話をしに来させてもらうつもりだから」

「そうですかぁ」

「今度は、お父さんと話をさせてもらうね」

「お父さんですかぁ・・」


森上は、気が進まない様子だ。


「お父さん、お忙しいの?」

「はいぃ・・毎日残業してますぅ」

「そっか。大変だね」

「お父さんはぁ、お母さんよりぃ、もっと反対なんですぅ」

「うん、わかった。それじゃ、日曜日はいらっしゃる?」

「はいぃ・・日曜日はいてますぅ」

「じゃ、明日学校でね」


そう言って日置は、森上家を後にした。

日置は、森上を諦めるつもりは一切なかった。

なんとか両親を説得して、練習に参加できるよう、何度も通うつもりでいた。



―――この日の夜。



「帰ったぞ」


父親の慶三(けいぞう)が、たった今、帰宅した。


「お父ちゃん~おかえり~」


慶太郎が走って、玄関で出迎えた。


「おお、慶太郎、ただいま」


慶三は、慶太郎の頭をクシヤクシャと撫でた。


「またな~卓球の人、来てたで~」

「またか」


慶三は辟易としながら、部屋へ上がった。


「あんた、おかえりなさい」


母親の恵子(けいこ)は、慶三の食事を準備していた。


「おかえりぃ」


森上は、机に向かって宿題をしていた。


「おう。あ~あ、疲れた」


慶三はそう言いながら、ちゃぶ台の前にドスンと座った。

そう、慶三の体格は、とても大柄だった。

身長も180cm、体重は80kgで、けして太ってはないが、森上は父親に似たのだ。


「恵子、卓球の人て誰やねん」

「学校の先生やねん」


恵子は台所から返事をした。


「またか」


慶三は、中澤のことを言った。


「なんかさ~、全国へ行けるとか、アホみたいなこと言うてな」

「ほーう」


慶三は、夕刊新聞を開いていた。


「もちろん、断ったで」

「うん、そらそや。まったく、学校の先生言うんは、呑気やのう」


そこで恵子は食事をちゃぶ台まで運んだ。


「おお、来た来た」


慶三は新聞を横に置き、箸を持った。


「ええか、恵美子」


慶三が呼んだ。


「なにぃ」


森上は、机に向かったまま返事をした。


「お前は勉強しとけばええんや。っんなもん、スポーツなんか、邪魔なだけやぞ」

「・・・」

「勉強したら、就職もええとこ行けるんや。お父さんみたいなな、苦労せんで済むんやぞ」

「わかってるぅ」

「ほんまお前は、なんでスポーツ万能なんや。これが逆やったらなあ」


慶三は、頭と体のことを言った。


「お父さんの言う通りやで。勉強が一番大事。だから高校へ行かせてるんやからな」


恵子が言った。


森上は思った。

金持ちなんて望まないが、せめて部活くらいできる家庭に生まれたかったな、と。

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