149 合宿開始
「え・・なんで秀幸がここにいるの?」
日置は呆気に取られて訊いた。
「それはこっちが訊きたいよ」
八代も呆れて笑っていた。
「僕は合宿でここに・・」
「僕は、ここの社員。忘れたのかよ」
「あ・・あああ~~そうか。秀幸だった。そうかそうか、それで」
「あはは、なに言ってんだよ」
そして日置は、彼女たちを呼び寄せた。
「森上さんは知ってると思うけど、秀幸は僕の同級生で親友なの。で、白鳥さんは秀幸の恋人だよ」
日置は彼女たちに、八代と白鳥を紹介した。
「どうも初めまして。八代秀幸です」
「白鳥歩美です」
「初めまして、卓球部キャプテンの阿部千賀子です」
「森上恵美子ですぅ」
「重富文子です」
「中川愛子です」
それぞれ自己紹介が終わった。
「で、慎吾、なんでここで合宿を?」
「中川のお父さんが、丸樺にお勤めなの」
「へぇー!大阪?」
八代は中川に訊いた。
「大阪本社じゃありませんので」
「そうなんだ、どこ?」
「支社の総務です」
「そうなんだ」
八代は大阪本社勤務なので、孝文のことは知らなかった。
「いやっ、それがよ、左遷されちまってよ」
中川は、突然「本来」の中川に戻った。
中川の話しぶりを聞いた八代と白鳥は仰天していた。
そして阿部は、中川のジャージを引っ張った。
「中川さん」
日置が呼んだ。
「なんでぇ」
「言葉遣いには気を付けて」
「・・・」
中川は不満げだった。
「あはは、きみっておもしろいね」
八代は楽しそうに笑った。
「なんか・・昔の任侠映画みたい・・」
白鳥もクスッと笑った。
「すみません。この子、ずっとこんな喋り方なんです」
阿部が二人に詫びた。
「ううん、いいのいいの」
「私さ、こんな風に喋らねぇと、調子が狂っちまうんでぇ。許してくんな」
中川の言葉に、八代と白鳥は優しく微笑んだ。
「で、慎吾」
「なに?」
「せっかくだし、僕も合宿に参加するよ」
「いいの?」
そこで日置は白鳥をチラリと見た。
「歩美ちゃんもずいぶん上達したし、基本なら相手は出来るよ」
「そうなんだ。白鳥さん、すみません」
「いいえ、私でよければ」
「中川さん」
日置が呼んだ。
「なんでぇ」
「秀幸はカットマンだよ」
「おおっ、そうなのか!」
「すごく上手いから、きみ、教えてもらいなさい」
「おうさね!頼むぜ、秀の字!」
「だから・・秀の字って言い方・・」
日置は呆れていた。
「あははは、きみ、ほんとおもしろいね。よーし!合点承知だぜっ!」
「おうよ!」
日置は八代に、申し訳なさそうに苦笑した。
けれども八代も白鳥も、全く意に介することがなかった。
やがて練習が始まると、他の宿泊客は日置らに圧倒され、ほどなくして体育館を出て行った。
「じゃさ、きみたちは秀幸に教えてもらって。僕は重富さんを徹底的に扱くから」
日置はこの合宿では、重富のレベルを上げることに重きを置いていた。
なにせ部員は四人しかいない。
重富も戦力として勝てる選手にしなければならないのだ。
「秀幸、悪いんだけど、森上と阿部も頼むよ」
「もちろん」
そして八代は阿部と森上も引き受け、日置と重富は台に着いた。
「さて、重富さん」
「はい」
「僕は緩急つけてドライブを送るから、きみは徹底してショートで返すこと」
「はい」
「コントロールが難しいけど、ミスをしないようにね」
「はいっ」
日置は重富を、守りに強い選手に育てるつもりでいた。
無論、攻撃も不可欠だが、とにかく守って守って守り抜くのだ。
例えるなら、大久保のように。
大久保の型は、鉄壁のブロックといわれるほど、そのガードの堅さは一級品だ。
相手が根負けするほどに守り抜き、チャンスボールを確実に決める戦法だ。
「台から下がっちゃダメ!」
日置はドライブを打ちながら檄を飛ばした。
「そうそう、バウンドしてすぐに打つ!」
「はいっ」
重富も懸命になって日置に着いて行った。
「ボールは確実に僕のここへ返すこと!」
日置は打ちながら、自分が立っている場所を言った。
「はいっ」
「ダメダメ、ずれてる!」
「はいっ」
「打ってミスするのはまだいい。絶対に後逸しないこと!」
「はいっ」
と、このように特訓は延々と続けられた。
冬とはいえ、重富の体から汗が噴き出していた。
方や、一台開けて八代と打っている森上は、スーパードライブを放ち続けていた。
その横で中川と阿部は、フットワークをしていた。
白鳥は、自分の出る幕ではないと察し、ボール拾いに徹していた。
「森上さん、いいドライブだね」
「ありがとうございますぅ」
森上は嬉しそうに笑った。
「よーし、じゃ、三点に打ち分けようか」
「はいぃ」
「フォアとミドルとバック、一球ずつね」
「はいぃ」
「僕は全部フォアに返すから、確実に入れないとダメだよ」
「わかりましたぁ」
「変化も見分けてね」
そこで八代はラケットをクルクルと回した。
「中川さん」
八代が呼んだ。
「なんでぇ」
「ツッツキもカットも、攻撃的に」
「おうよ!」
「入れてるだけじゃ意味がないよ」
「わかってらぁな!」
「阿部さんも、コースはもっと厳しくね」
「はいっ」
八代は森上と打ちながらも、時々中川と阿部のラリーも見ていた。
「歩美ちゃん」
八代が呼んだ。
「はい?」
「ボール拾い、あまり無理しなくてもいいよ」
「いやいや、ええんよ。見てるだけやったら体が冷えるし」
白鳥はニッコリと微笑んだ。
「そっか。ありがとう」
こうしてそれぞれ練習を続け、やがて二時間が過ぎようとしていた。
「慎吾」
八代が声をかけた。
「なに?」
「そろそろ休憩しないと、この子たち疲れるぞ」
「ああ、そうだね。じゃ、十分間休憩しようか」
実際、日置と打っていた重富は、激しく肩で息をするようになっていた。
「重富さん、大丈夫?」
八代が気遣った。
「はい、ハアハア・・こんなん平気です・・」
「慎吾」
また八代が呼んだ。
「なに?」
「お前、飛ばし過ぎじゃないか?」
「そうかな」
「時間はたっぷりとあるんだ。あまり無理をさせると反って逆効果だぞ」
「うん、わかってる」
その実、日置は、まだこれでも足りないと思っていた。
時間に余裕などありはしないんだ、と。
家に帰らないで済む合宿だからこそ、徹底して続けるんだ、と。
「重富さん」
日置が呼んだ。
「はい・・」
「休憩後、またさっきの続けるからね」
「はい・・ハアハア・・」
「常に反復。これをやり熟さないと身に着かないからね」
「はい・・」
そして全員で休憩をとった。
重富はタオルで汗を拭き、大きく深呼吸をしていた。
「とみちゃん、大丈夫?」
阿部が心配した。
「うん、平気やで」
「重富、無理すんじゃねぇぞ」
中川もそう言った。
「ありがとう。でも大丈夫。私はあんたらより出遅れてるから、これくらいやらんと追いつけんもんな」
重富はニッコリと笑った。
「いい根性してらぁ!私も負けてらんねぇぜっ!」
「私もぉ、頑張るぅ」
森上もそう言った。
その実、八代は学生時代の感覚を忘れていたのだ。
日頃の練習といえば、すっかり現役を引退した男性や、ママさん相手だ。
方や日置は、女子高生相手に全国を目標にやっている。
勝ち抜くためには、厳しい練習など当たり前だ。
その意味で、二人の感覚にずれが生じていたのだ。
「秀幸」
日置が呼んだ。
「なに?」
「愛豊島時代、こんなもんじゃなかったよな」
「ああ・・まあ」
「お前、この子たちにもっと厳しくしてくれないと」
「そうは言ってもなあ」
「この子たちのためなんだ。頼むよ」
「秀の字さんよ!」
中川が呼んだ。
「なに?」
秀の字と言われ、八代は半笑いだった。
「厳しくやってくんな!」
「うん、まあ」
「こちとら命のやり取りやってんだ!」
八代は、中川の言葉の意味がわからず唖然とした。
「秀幸、気にしなくていいから」
日置は八代の肩をポンと叩いた。




