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サーよし!2  作者: たらふく
148/413

148 丸樺商事




その後、日置ら一行は何度か休憩を挟みながら、ようやく保養所に到着した。

この保養所は、宿泊施設の建物の前には、広い芝生の前庭があり、その先には広大な太平洋の海が望めた。

日置は駐車場に車を停め、五人はトランクから荷物を取り出していた。

ほどなくして建物に到着し、入口には「丸樺商事 白浜保養所」と書かれてあった。


丸樺商事って・・大企業じゃないか・・

中川のお父さんって・・すごい会社にお勤めなんだ・・

でも・・他にも誰かが勤めていたような・・


日置は、八代が勤務している会社だとは、すぐには思い出せなかった。

そう、丸樺商事は、偶然にも中川の父親と八代が勤めている会社だったのだ。


「さ、入るぜ」


中川は先頭を切って中へ入って行った。

そして日置ら四人も後に続いた。

靴を脱ぎスリッパに履き替えてロビーに上がると、受付けのカウンターに中年の男性が立って日置らを出迎えた。


「お疲れさまでした。ご予約の方々ですね」

「中川です」


中川がカウンターの前に立った。


「えっと・・中川孝文さんですね」


男性は台帳を確認しながらそう言った。


「はい」

「五名様でよろしいですね」

「はい」

「それで・・三日までのご予約ですね」

「はい」

「なにぶん、年末なもんで混みあってまして、お風呂も食事も順番ということになります」

「はい、知ってます」

「それでは、これがお部屋の鍵です」


男性はそう言って、カウンターの下から鍵を二つ中川に渡した。

中川は「ありがとうございます」と受け取り、日置らの元へ戻った。


「これ、先生の鍵な」


中川は日置に鍵を渡した。


「ありがとう」

「で、先生よ。時間も時間だしよ、昼飯にしねぇか」

「もう用意されてあるの?」


日置は食堂のことを言った。


「ちげーよ。これさね、これ」


中川は紙袋を指した。


「これ、部屋で食おうぜ」

「中川さん、お弁当作ってくれたんです」


阿部が言った。


「そうなんだ。大変だったでしょ」

「っんなこたぁいい。行こうぜ」

「それにしても、立派な宿泊施設だよね」


日置はロビー見回していた。

建物は五階建てでロビーも広く、テーブルとソファのセットと、隅にはピアノも置かれていた。

エレベータも設置されており、日置らは310号室へ向かった。


「私ぃ、こんなホテルみたいなとこ来たん、初めてやわぁ」


エレベータの中で森上が言った。


「中学の修学旅行は?」


日置が訊いた。


「あの時はぁ、旅館でしたぁ」

「そうなんだね」


やがて三階に到着し、一行は310へ向かった。

部屋は十畳ほどの和室で、窓からは海が見えた。


「わあ~すごいな~」


重富は荷物を置くと、窓際へ行った。


「太平洋って、雄大やよな」


阿部は重富の隣に立った。


「おめーら、飯、食うぞ」


中川は座卓に弁当を置いていた。


「私ぃ、お茶淹れるわなぁ」


森上は用意されてあったポットの湯を、急須に注いだ。


「それで、中川さん」


日置は座りながら呼んだ。


「なんでぇ」

「卓球台ってどこにあるの?」

「この建物の裏にな、体育館があんだよ」

「へぇー!体育館まであるんだ」

「ま、さほど大きくないけどよ、小屋よりでかいぜ」


中川はそう言って笑った。


「さすが丸樺商事だね」

「まあな」


阿部と重富も座卓の前に座り、やがて五人は食事を始めた。

ところが、である。

中川の作った弁当は、なんとも不味かったのである。


「ありゃ・・この卵焼き・・なんでこんな味が・・」


中川は卵焼きを一口含んで、箸が止まった。


「なんか・・ケーキ・・?みたいな・・」


阿部がポツリと呟いた。


「ちょっと・・甘いかな・・」


重富も遠慮気味に言った。


「いやいやぁ、美味しいよぉ」


森上はとても美味しそうに食べていた。


「ちょっと待ってくれ」


中川はそう言って、他のおかずも食べだした。


「うげぇ・・なんだ、この唐揚げ、ベチャベチャじゃねぇか。うえっ・・アスパラ、芯が残ってやがる・・」

「中川さん」


日置が呼んだ。

中川は情けない表情で日置を見た。


「とても美味しいよ」


日置は文句を言わずにパクパクと食べていた。


「いや、先生、いいって。食わねぇでくれ」

「どうして?」

「こんな不味いもん食うと、この後の練習に支障をきたすぜ」

「あはは、なに言ってるの」

「うん、美味しい」

「そやで。食べるよ」


阿部と重富もそう言って、パクパクと食べだした。


「済まねぇ。こんなはずじゃなかったんだけどよ」

「こんなにたくさん作ってくれて、ありがとう。それだけで十分だよ」

「いやあ~お恥ずかしい限りだぜ」

「さっ、食べて練習するよ」


こんなもん食わせちまって・・

先生・・みんな・・わりぃ・・

かぁ~~・・それにしても不味いぜ・・


「ここの飯はうめぇから、晩飯には期待してくれ」

「中川さん、気にしないで」


日置は優しく微笑んだ。


「おう」


中川は小さく返事をした。


先生って・・ほんと、優しいよな・・


こう思った中川は、ある考えを巡らせていた―――



食事を終えた五人は、ほどなくして体育館へ向かった。

体育館は、中川が言った通り小屋よりはるかに大きく、学校の体育館ほどではないにせよ、とても立派な建物だった。

中へ入ると、卓球台は六台も並べて置かれてあり、その内の四台は宿泊客が使用していた。


「二台しか空いてねぇな」

「中川さん」


日置が呼んだ。


「なんでぇ」

「ここ、何時まで使えるの?」

「何時でも構わねぇさ。鍵が閉まるわけじゃねぇし」

「で、ボールはどのくらいあるの?」

「心配ご無用さね。倉庫に腐るほどあらぁな」

「そうなんだ」

「でもさ、私らが占領してもええん?」


阿部が訊いた。

日置は阿部の質問の意味がわかっていた。

なぜなら、自分たちは合宿でここに来たわけだ。

当然、練習時間にその殆どを割くことになり、台も占領するというわけだ。


「いいじゃねぇかよ。こちとら遊びじゃねぇんだ」

「先生、ええんですか」


阿部が訊いた。


「まあ、様子を見ながら使わせてもらおうか」


そして五人は空いている台に向かった。


「じゃ、きみたち、それぞれに分かれて基本をやって」


日置がそう言うと、森上と阿部、中川と重富がペアとなりフォア打ちを始めた。

すると他の台で打っている宿泊客は、彼女たちのラリーを見て驚いていた。


「うまいなあ」

「高校生か?」

「あの子・・めっちゃ美人やな」

「あの男の人も、俳優みたいやん」


と、このような声がヒソヒソと聴こえた。

そして五分後、また宿泊客が二人入って来た。


「ありゃ、満員だね」


男性がそう言った。


「ほんまやね・・」


女性が答えた。


歩美(あゆみ)ちゃん、どうする?」

「秀幸さんに任せるわ」


そう、この二人は八代秀幸と白鳥(しらとり)歩美(あゆみ)だったのだ。

八代と白鳥は恋仲で、来春には結婚式も控えていた。


「え・・ええっ・・あれは」


八代は森上に気が付いた。


「どうしたん?」

「あれは、森上さんじゃないか」

「森上さん?」

「ほら、以前、話したすごい子だよ」

「ああ~・・日置さんの教え子の」

「ちょ・・慎吾、どこなんだよ」


八代は日置の姿を探した。

その頃、日置は倉庫に入り、ボールの数を確かめていた。


「歩美ちゃん、行こう」


八代はそう言って白鳥と共に、彼女らの台に近づいて行った。


「森上さん!」


八代が呼んだ。


「あ・・ああっ!」


森上も驚いていた。

阿部も中川も重富も、誰なんだという風に八代を見ていた。


「八代さぁん、お久しぶりですぅ」

「いや、久しぶりも何も、きみ、どうしてここにいるの?」

「合宿に来たんですぅ」

「慎吾は?」

「倉庫にいてはりますぅ」


そこへ日置が倉庫から出て来た。


「慎吾!」


八代が嬉しそうに呼んだ。


「え・・うそ・・」


日置は目が点になり、思わず立ち止まった。

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