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サーよし!2  作者: たらふく
147/413

147 保養地へ出発




―――この日の夜。



日置は彼女らの家に電話をかけた後、小島にも電話をした。

そして今しがた、合宿へ行くことを報せた。


「ええ~・・明日から五日間、ですか・・」


小島はとても淋しそうだった。


「彩ちゃん、ごめんね。とにかく急に決まっちゃったの」

「いえいえ、気にせんといてください」


二人は当然、初詣へ行く約束をしていた。


「それにしても中川さんて、ほんまに行動力ありますよね」

「いや、あり過ぎでしょ」


日置は呆れたように笑った。


「頼もしくてええやないですか」

「まあねぇ。でも大事なことは相談してくれないとね」

「それより、重富さんはどうですか?」

「うん、頑張ってるよ」

「板かぁ。きっと、いやらしい選手になるでしょうね」

「そうなってもらわないとね」

「森上さんはペンドラ、阿部さんは表、中川さんはカットマン、重富さんは板、と。こうもタイプが違いますかって感じですね」

「カットマン、もう一人欲しいんだよね」

「ああ、ダブルスのことがありますもんね」

「それもそうだけど、来年の予選があるからね」


日置は団体戦のことを言った。


「そうですよね」

「でも五人だと奇数になるし、六人いれば一番いいかな」

「引き抜き、しはったらどうですか?」

「引き抜きかぁ・・」

「そしたら一から教えることないですし、即戦力になりますよ」

「こんなこと言ったらあれだけど、やっぱり素人の子を育てる悦びっていうのかな。僕はきみたちを教えて、何物にも代えがたい宝物を貰った。愛豊島で全国優勝した時よりも、きみたちのベスト8の方が、ずっと心に残ってるんだよ」

「そうですかぁ」

「愛豊島の時は、優勝して当たり前だったからね」

「まあ、そうですね」

「じゃ、そういうことで。帰って来るのは三日だから、また連絡するね」

「わかりました。気を付けて行ってらっしゃい」



―――そして翌日。



阿部ら四人は、高島屋の前で日置を待っていた。


「それにしても先生て、車運転できるんやな」


阿部が言った。


「そりゃそうだろよ。三十にもなって無免許ってのはあり得ねぇぜ」

「でも、一人で運転て、しんどいんとちゃうかなあ」

「なに言ってやがんでぇ。誠さんなんざ、高校生の時から運転できたんだぜ。しかもよ、高原由紀を連れて一晩中ドライブだぜ」

「あのさ、それ漫画やから」


阿部は呆れていた。


「でも中川さぁん」


森上が呼んだ。


「なんでぇ」

「その紙袋、なんなぁん」


中川はスポーツバッグ以外に、紙袋を持っていた。


「フフフ・・」

「なに笑ろてんの」


重富が訊いた。


「これは、我々の昼飯さね」

「ええ~~お弁当なん?」

「おうよ。ったくよー、何時に起きたと思ってやがんでぇ」

「中川さんが作ったん?」


阿部が訊いた。


「あたぼうさね!弁当くれぇ作らねぇと、先生に悪いだろが」

「でも、私らの分まで作ってくれたんやろ」

「ついでさね、ついで」

「いやあ~私ぃ、なんもせんとぉ、ごめんなあ」

「私かて、気がつかへんかったわ」

「私もやん」

「いいってことよ!」


その実、中川は四時に起きて弁当を作っていた。

日頃、料理などしたことがない中川は、何度も失敗したが、合宿を決めたのは自分だからという、中川なりの誠意だったのだ。


そこへ白の乗用車が、彼女らの前に到着した。

日置は運転席から下りて「お待たせ」と言った。


「おはようございます!」

「よーう、先生」

「えっと、じゃあ、誰に助手席へ乗ってもらおうかな」

「私だ」


中川はすぐにそう答えた。


「案内役がいるだろ」

「ああ・・まあね」

「なんだよ、嫌なのか」

「いや、そうじゃないけど」

「けど、なんなんだよ」


日置は思った。

中川もしっかり者だが、案内役は阿部か重富がいいと。


「じゃ、中川さん乗って。で、きみたちは後ろね」


日置はそれでもそう言った。

そして三人は後部座席に乗ったが、森上が大き過ぎてとても窮屈そうだった。


「これじゃ、何時間も持たないよね」

「私ぃ、助手席に乗りますぅ」

「うん、それがいいね」


そして結局、森上が助手席に乗り、残りの三人は後部座席に乗り、荷物は、全てトランクに積み込んだ。


「じゃ、出発するね」


そして日置は車を走らせた。

車中は、それこそ「女子トーク」が、早くも炸裂していた。


ほんと・・女子高生ってよく喋るよね・・


日置はこんな風に思いながらも、黙って彼女たちの話を聞いていた。


「それでよ、兄貴は東京に残って、今は大学の寮に入ってんだぜ」

「お兄さんて、いくつなん?」


阿部が訊いた。


「二十歳だぜ」

「へぇー」

「チビ助は、一人っ子だったよな」

「そうやで」

「重富は、どうなんでぇ」

「うちは、高三の姉がいてる」

「先生は、どうなんでぇ」

「どうって?」


日置はバックミラーをチラリと見た。


「兄弟さね」

「三つ上の姉がいるよ」

「にしてもよ、音楽もなしじゃつまらねぇな」


車内は、ラジオもつけてなかった。


「森上さん」


日置が呼んだ。


「はいぃ」

「そこのね、ダッシュボードにカセットテープが入ってるから、それ、かけてくれる?」

「わかりましたぁ」


そして森上はダッシュボードを開けて、中からかテープを取り出した。


「おおっ、なにが入ってんでぇ」

「僕の知り合いの子の曲だよ」

「なにっ。先生、プロの知り合いがいんのかよ」

「いや、プロじゃないよ」

「ああ~自分で録音したってやつか」

「そうだよ」


森上はカーステレオにテープを挿し込んだ。

すると、ギターの前奏の後、三島英太郎の歌が流れた。


――昨日までは当たり前で 明日も続くと思っていた

  何気ない日々の中で そう・・当たり前に

  悩み続けることさえも 苦しみから逃れることも

  明日という日がきっと 変えてくれると思った


  だけど僕は気づいたんだ 大事なものを失うこと

  そうさ僕は誰にも Oh~打ち明けられずに


  ねぇ僕は何を探してるの? どこへ行くの

  宝物があるとしたら この手の中 ああ~

  ねぇ僕は何を求めてるの? 信じてるの

  当たり前に戻れるように 笑えるように 走り出したいんだ



  昨日見た夢はもう消えて 思い出せずに俯いた

  あの頃の僕の目には そう・・きみが映る

  笑い合ったあの日々も 泣きぬれた悲しい夜も

  すべて奪い去って行った 孤独な僕の前から


  だけど僕は気づいたんだ ここからまた始めようと

  願うことも祈ることも Oh~忘れていた


  ねぇ僕は何を探してるの? どこへ行くの

  当たり前に過ごした日々 追い続けて おお~

  ねぇ僕は何を求めてるの? 信じてるの

  いつか夢を掴めるように 笑えるように 走り出したいんだ――


日置も彼女らも、黙って曲を聴いた。


「これ、いい曲でしょ」


曲が終わり、日置が訊いた。


「なんかぁ、歌詞がとてもいいですぅ」

「そうなんだよ。きみもそう思うんだね」

「はいぃ。もっかい聴いてもええですかぁ」

「もちろんだよ」


そして森上はテープを巻き戻して、再生ボタンを押した。


「これ、誰なんだよ」


中川が訊いた。


「たまたま知り合った中学生の男の子だよ」

「へぇ」

「僕ね、落ち込んでた時あったでしょ」

「ああ・・」

「その頃に知り合ってね。三島くんっていうんだけど、僕は彼の曲にとても励まされたんだよ」

「そうだったのか・・」


森上も阿部も、約二か月前のことを思い出していた。

けれども重富には、なんのことだか意味がわからなかった。


「こいつ、あまり上手くねぇけど、なんつーか、正直な歌だよな」

「ええ~なんでよ、上手いやん」


阿部が言った。


「ま、この際、音程がどうのなんて野暮なこたぁ言わねえぜ。要はここさね、ここ」


中川は自分の胸を叩いた。


「どれだけ気持ちが入ってるかが大事なんでぇ」

「そういう中川さんは、歌はどうなんよ」


阿部が訊いた。


「歌といえば演歌よ!」

「ええ~、私はアイドルの方がええわ」

「重富は、どうなんでぇ」

「うーん、そやなあ、ニューミュージックとか好きかな」

「森上は、どうなんでぇ」

「そやなぁ・・歌謡曲かなあ」

「かぁ~~!誰も演歌、好きじゃねぇのかよ」

「先生は、何が好きですか」


阿部が訊いた。


「僕は、三島くんの歌が好きだよ」

「あ・・いや、そういうことやなくて、一般的な・・」

「唱歌はいいね」

「かぁ~~、いかにも教師らしい答えだぜっ」

「さてと、トイレ休憩するよ」


日置はそう言って、サービスエリアへハンドルを切った。

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