147 保養地へ出発
―――この日の夜。
日置は彼女らの家に電話をかけた後、小島にも電話をした。
そして今しがた、合宿へ行くことを報せた。
「ええ~・・明日から五日間、ですか・・」
小島はとても淋しそうだった。
「彩ちゃん、ごめんね。とにかく急に決まっちゃったの」
「いえいえ、気にせんといてください」
二人は当然、初詣へ行く約束をしていた。
「それにしても中川さんて、ほんまに行動力ありますよね」
「いや、あり過ぎでしょ」
日置は呆れたように笑った。
「頼もしくてええやないですか」
「まあねぇ。でも大事なことは相談してくれないとね」
「それより、重富さんはどうですか?」
「うん、頑張ってるよ」
「板かぁ。きっと、いやらしい選手になるでしょうね」
「そうなってもらわないとね」
「森上さんはペンドラ、阿部さんは表、中川さんはカットマン、重富さんは板、と。こうもタイプが違いますかって感じですね」
「カットマン、もう一人欲しいんだよね」
「ああ、ダブルスのことがありますもんね」
「それもそうだけど、来年の予選があるからね」
日置は団体戦のことを言った。
「そうですよね」
「でも五人だと奇数になるし、六人いれば一番いいかな」
「引き抜き、しはったらどうですか?」
「引き抜きかぁ・・」
「そしたら一から教えることないですし、即戦力になりますよ」
「こんなこと言ったらあれだけど、やっぱり素人の子を育てる悦びっていうのかな。僕はきみたちを教えて、何物にも代えがたい宝物を貰った。愛豊島で全国優勝した時よりも、きみたちのベスト8の方が、ずっと心に残ってるんだよ」
「そうですかぁ」
「愛豊島の時は、優勝して当たり前だったからね」
「まあ、そうですね」
「じゃ、そういうことで。帰って来るのは三日だから、また連絡するね」
「わかりました。気を付けて行ってらっしゃい」
―――そして翌日。
阿部ら四人は、高島屋の前で日置を待っていた。
「それにしても先生て、車運転できるんやな」
阿部が言った。
「そりゃそうだろよ。三十にもなって無免許ってのはあり得ねぇぜ」
「でも、一人で運転て、しんどいんとちゃうかなあ」
「なに言ってやがんでぇ。誠さんなんざ、高校生の時から運転できたんだぜ。しかもよ、高原由紀を連れて一晩中ドライブだぜ」
「あのさ、それ漫画やから」
阿部は呆れていた。
「でも中川さぁん」
森上が呼んだ。
「なんでぇ」
「その紙袋、なんなぁん」
中川はスポーツバッグ以外に、紙袋を持っていた。
「フフフ・・」
「なに笑ろてんの」
重富が訊いた。
「これは、我々の昼飯さね」
「ええ~~お弁当なん?」
「おうよ。ったくよー、何時に起きたと思ってやがんでぇ」
「中川さんが作ったん?」
阿部が訊いた。
「あたぼうさね!弁当くれぇ作らねぇと、先生に悪いだろが」
「でも、私らの分まで作ってくれたんやろ」
「ついでさね、ついで」
「いやあ~私ぃ、なんもせんとぉ、ごめんなあ」
「私かて、気がつかへんかったわ」
「私もやん」
「いいってことよ!」
その実、中川は四時に起きて弁当を作っていた。
日頃、料理などしたことがない中川は、何度も失敗したが、合宿を決めたのは自分だからという、中川なりの誠意だったのだ。
そこへ白の乗用車が、彼女らの前に到着した。
日置は運転席から下りて「お待たせ」と言った。
「おはようございます!」
「よーう、先生」
「えっと、じゃあ、誰に助手席へ乗ってもらおうかな」
「私だ」
中川はすぐにそう答えた。
「案内役がいるだろ」
「ああ・・まあね」
「なんだよ、嫌なのか」
「いや、そうじゃないけど」
「けど、なんなんだよ」
日置は思った。
中川もしっかり者だが、案内役は阿部か重富がいいと。
「じゃ、中川さん乗って。で、きみたちは後ろね」
日置はそれでもそう言った。
そして三人は後部座席に乗ったが、森上が大き過ぎてとても窮屈そうだった。
「これじゃ、何時間も持たないよね」
「私ぃ、助手席に乗りますぅ」
「うん、それがいいね」
そして結局、森上が助手席に乗り、残りの三人は後部座席に乗り、荷物は、全てトランクに積み込んだ。
「じゃ、出発するね」
そして日置は車を走らせた。
車中は、それこそ「女子トーク」が、早くも炸裂していた。
ほんと・・女子高生ってよく喋るよね・・
日置はこんな風に思いながらも、黙って彼女たちの話を聞いていた。
「それでよ、兄貴は東京に残って、今は大学の寮に入ってんだぜ」
「お兄さんて、いくつなん?」
阿部が訊いた。
「二十歳だぜ」
「へぇー」
「チビ助は、一人っ子だったよな」
「そうやで」
「重富は、どうなんでぇ」
「うちは、高三の姉がいてる」
「先生は、どうなんでぇ」
「どうって?」
日置はバックミラーをチラリと見た。
「兄弟さね」
「三つ上の姉がいるよ」
「にしてもよ、音楽もなしじゃつまらねぇな」
車内は、ラジオもつけてなかった。
「森上さん」
日置が呼んだ。
「はいぃ」
「そこのね、ダッシュボードにカセットテープが入ってるから、それ、かけてくれる?」
「わかりましたぁ」
そして森上はダッシュボードを開けて、中からかテープを取り出した。
「おおっ、なにが入ってんでぇ」
「僕の知り合いの子の曲だよ」
「なにっ。先生、プロの知り合いがいんのかよ」
「いや、プロじゃないよ」
「ああ~自分で録音したってやつか」
「そうだよ」
森上はカーステレオにテープを挿し込んだ。
すると、ギターの前奏の後、三島英太郎の歌が流れた。
――昨日までは当たり前で 明日も続くと思っていた
何気ない日々の中で そう・・当たり前に
悩み続けることさえも 苦しみから逃れることも
明日という日がきっと 変えてくれると思った
だけど僕は気づいたんだ 大事なものを失うこと
そうさ僕は誰にも Oh~打ち明けられずに
ねぇ僕は何を探してるの? どこへ行くの
宝物があるとしたら この手の中 ああ~
ねぇ僕は何を求めてるの? 信じてるの
当たり前に戻れるように 笑えるように 走り出したいんだ
昨日見た夢はもう消えて 思い出せずに俯いた
あの頃の僕の目には そう・・きみが映る
笑い合ったあの日々も 泣きぬれた悲しい夜も
すべて奪い去って行った 孤独な僕の前から
だけど僕は気づいたんだ ここからまた始めようと
願うことも祈ることも Oh~忘れていた
ねぇ僕は何を探してるの? どこへ行くの
当たり前に過ごした日々 追い続けて おお~
ねぇ僕は何を求めてるの? 信じてるの
いつか夢を掴めるように 笑えるように 走り出したいんだ――
日置も彼女らも、黙って曲を聴いた。
「これ、いい曲でしょ」
曲が終わり、日置が訊いた。
「なんかぁ、歌詞がとてもいいですぅ」
「そうなんだよ。きみもそう思うんだね」
「はいぃ。もっかい聴いてもええですかぁ」
「もちろんだよ」
そして森上はテープを巻き戻して、再生ボタンを押した。
「これ、誰なんだよ」
中川が訊いた。
「たまたま知り合った中学生の男の子だよ」
「へぇ」
「僕ね、落ち込んでた時あったでしょ」
「ああ・・」
「その頃に知り合ってね。三島くんっていうんだけど、僕は彼の曲にとても励まされたんだよ」
「そうだったのか・・」
森上も阿部も、約二か月前のことを思い出していた。
けれども重富には、なんのことだか意味がわからなかった。
「こいつ、あまり上手くねぇけど、なんつーか、正直な歌だよな」
「ええ~なんでよ、上手いやん」
阿部が言った。
「ま、この際、音程がどうのなんて野暮なこたぁ言わねえぜ。要はここさね、ここ」
中川は自分の胸を叩いた。
「どれだけ気持ちが入ってるかが大事なんでぇ」
「そういう中川さんは、歌はどうなんよ」
阿部が訊いた。
「歌といえば演歌よ!」
「ええ~、私はアイドルの方がええわ」
「重富は、どうなんでぇ」
「うーん、そやなあ、ニューミュージックとか好きかな」
「森上は、どうなんでぇ」
「そやなぁ・・歌謡曲かなあ」
「かぁ~~!誰も演歌、好きじゃねぇのかよ」
「先生は、何が好きですか」
阿部が訊いた。
「僕は、三島くんの歌が好きだよ」
「あ・・いや、そういうことやなくて、一般的な・・」
「唱歌はいいね」
「かぁ~~、いかにも教師らしい答えだぜっ」
「さてと、トイレ休憩するよ」
日置はそう言って、サービスエリアへハンドルを切った。




