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サーよし!2  作者: たらふく
146/413

146 合宿でぇ




それから重富には、毎日素振り500回が課せられ、重富は黙々とラケットを振り続けた。

けれども想像していたよりはるかに苦しく、投げ出したい気持ちも頭をよぎったが、同じ高校生である、阿部、森上、中川もこれを乗り越えたんだと思うと、自分にもやれると懸命に踏みとどまっていた。


一方で、日置が口にした通り、練習は一層、厳しさを増していた。

例えば、阿部には台に着いて離れないよう、阿部の後ろに畳んだ卓球台を立てていた。

つまり、少しでも後ろへ下がろうとすると、台に阻まれ体をぶつけることになる。

実際、阿部は何度もぶつけた。


「台にあたると意味がない。後ろへ下がったらダメ!」

「はいっ」

「それとボールは、同じところへ返すこと。ここ、ここだよ」


日置は返球する位置を指した。

その位置も、フォア、ミドル、バックの深いところへ、三カ所に一球ずつ打ち分けていた。

この練習も、ほんの一部に過ぎない。

とにかく日置は、狙ったところへ確実に返すことを課した。


それはサーブ練習に於いてもそうだ。

どのサーブをどこに出せば、どう返って来るのか。

いや、自分の思い通りに返させるのか。

レシーブも然りだ。

とにかく甘いコースへの返球は許さず、徹底して厳しいコースへ送らせた。


中川にはカットの徹底と、フットワークを課した。

ほんの一例を挙げると、ストップのボールを拾った(てい)で、中川を前に寄せたと同時に、コートの最も深い所へボールを強打して入れる。

これは、なかなか拾えるものではない。

それでも日置は「動きが遅い!」と檄を飛ばし続けた。

この逆も然りだ。

後方でカットさせると同時に、ネット際にチョコンとボールを落とす。

一体こんなボール誰が拾えるんだ、といった厳しいタイミングだ。

それでも中川は、絶対に根を上げることがなかった。


森上には、更にドライブに磨きをかけた。

本来に戻った森上の、その吸収力たるや、思わず日置が身震いするほどだ。

無論、スマッシュも徹底して(おこな)った。

これも阿部と同様、日置が指摘したところへ確実に入れなければならない。

そして日置は、サーブも徹底して教えた。

相手に見破られないよう、ボールがあたった瞬間とフォロースルーも含めて、ラケットを複雑に動かすのだ。


重富の素振りが定着した頃には、季節も十二月下旬を迎えていた―――



学校は冬休みに入り、彼女らは朝から晩まで練習をしていた。

そんなある日のこと。

彼女ら四人は、日置が来る前に小屋で話をしていた。


「私の案、どうでぇ」


中川は、合宿をしたらどうかと、三人に提案していた。


「でも、保養地て。そんなんええん?」


阿部が訊いた。


「構わねぇさ。社員なら誰でも利用できるんだぜ」


中川の父親が勤める会社には保養所があり、社員や家族などがここを利用していた。


「それで、いつから行くつもりなん」

「そうさね~、三十日辺りはどうでぇ」

「せやけどぉ~、先生にも都合があるんとちゃうのぉ」

「なに言ってやがんでぇ。年末も正月も休みなしって言ってたじゃねぇか」

「まあ~そうやけどぉ」


森上は、また日置に相談もせずに話を進めることに戸惑いを見せた。


「はっ、森上よ。おめー考えてみな」

「なにをぉ」

「あの先生だぜ?保養地なんて言えば、気を使うに決まってんだろ」

「ああ・・なるほどぉ」

「だから、事後報告でいいんだよ」

「あはは」


そこで重富が笑った。


「なに笑ってやがんでぇ」

「だってな、中川さんて、芝居の時もそうやったし、試合もそうやったし、なんかおもろいなあって」

「なんでぇ。おもろいって。ま、いいさね。で、おめーら、それでいいな」


そして中川は父親に頼み、三十日から三日まで保養所を使用する申し込みをしたのだった。



―――翌日の朝。



「さて、重富さん」


練習前、日置が重富を呼んだ。


「はい」

「きみ、今日からボールを打つからね」

「えっ!」

「あはは、どうして驚くの?」

「いえ・・素振りは、もうええんですか」

「うん。すっかり定着したしね」

「はいっ!」

「重富!よかったじゃねぇか」


中川は重富の肩を抱いた。


「うん!」

「とみちゃん、よかったな」


阿部が言った。


「よかったなぁ~とみちゃん~」


森上も嬉しそうだった。


「でね、重富さんには板を使ってもらうから」

「え・・」

「きみには、板の選手になってもらうよ」

「板・・、試合の時と同じですね」

「先に言っとくけど、僕は今日から付きっ切りできみを特訓するから、そのつもりでね」

「特訓・・」

「きみにも、彼女たちと同じだけの実力をつけてもらわないといけないからね」

「はい」

「板の選手は、なかなかいないから、外の試合では有利だよ」

「はい」

「きみにも勝ってもらわないと困るから」


重富は思った。

卓球部員の一人として、選手として期待されている、と。

一年生大会のような、人数合わせではないんだ、と。


「はいっ!頑張ります!」

「そうでなくちゃ」


日置はニッコリと微笑んだ。


それからというもの、重富にとって「特訓」は想像を絶する内容だった。

フォア打ちの徹底は無論、ショート、ツッッキという基本を、これでもかというほどやらされた。

来る日も来る日も、カコーンカコーンという板の音が耳をつんざいていた。

練習が終わった後でも、残響が襲うこともしばしばだった。



―――そして十二月二十九日のこと。



「先生よ」


この日の練習が終わり、中川が日置を呼んだ。


「なに?」

「年末と正月だけどよ、どうすんでぇ」

「どうするって?」

「練習さね」

「もちろん、休みなしだよ」

「いや、それはわかってんでぇ」

「じゃ、なに?」

「ここらでいっちょ、合宿やんねぇか」

「ああ~・・合宿かぁ」


日置はあさっての方を向いた。


「あのよ、うちの父ちゃんの会社な、保養所があんだよ」

「へぇー」

「そこな、卓球台もあんだよ」

「そうなんだ」

「昔、二度ほど行ったことあんだけどさ、いいところだぜ」

「どこなの?」

「和歌山の白浜ってとこだよ」

「へぇー」

「なあなあ、なんの話?」


そこへ阿部ら三人もやって来た。


「ほら、こないだ話しただろ。合宿さね」

「ああ~あれな」


阿部はチラリと日置を見た。


「で、先生よ。保養所だし、一日一人千円でいいんでぇ」

「でも、僕たち、社員じゃないのにいいの?」

「いいってことよ!」

「で、いつにする予定なの?」

「明日だよ」

「ええええ~~!明日っ!いやいや、まだ申し込んでないんでしょ?」

「甘い・・甘いぜ・・先生よ」


中川は右手の人差し指を立てて、「チッチッチ」と言った。


「なんだよ」

「この私を誰だと思ってやがんでぇ」

「は・・?」

「一年生大会を強引に申し込んだ私だぜ。ちょっとは考えな」

「ってことは・・申し込んであるの?」

「そういうことよ」


中川は勝ち誇ったように、ニンマリと笑った。


「ほんとに・・まったくきみって子は・・。きみたちも知ってたの?」


日置は阿部らに訊いた。


「知ってました」

「私もぉ~知ってましたぁ」

「知ってました」


あっけらかんと答える三人に、日置は呆れていた。


「あのね、今更だけど、事前に僕に相談してくれないかな」

「まあまあ、先生よ。そう堅いこと言うなって。んじゃ、明日ってことでいいな」

「それ、何日までなの」

「三日までだぜ」

「ということは、五日間か」

「どうでぇ。いい日程だろ」

「ああ・・まあね」


そして日置は、往復の交通費のことを鑑み、レンタカーならば費用も安いし車を借りようと考えた。


「僕、車を借りてきみたちを乗せて行くから」

「おおっ、ドライブとしゃれ込もうってわけですかい」

「中川さん、それ、太賀誠と高原由紀のドライブのこと言ってるよね」

「あはは、よく憶えてんじゃねぇか」

「まったく・・。じゃ、明日、高島屋の前で待ってて。時間は朝の六時ね。中川さん、住所も頼むよ」

「合点でぇ!」


ちなみに日置は帰宅してから中川の家に電話をかけ、父親に丁寧に礼を言った。

父親の孝文(たかふみ)は、とても気さくな人柄で、いわば江戸っ子の気風そのものだった。

それから阿部、森上、重富の家にも電話をかけて合宿のことを話すと、みな快諾してくれた。


特に、森上の父親である慶三は、日置の人間性を嫌というほど知っている。

したがって、反対する理由などあるはずもなく、「お世話をかけます」と言って、喜んでいた。

それは母親の恵子も同じだった。


こうして日置ら五人は、五日間、和歌山で合宿を行うこととなったのである。

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