145 新入部員
―――この日の夜。
小島は日置のマンションにいた。
「で、三神が優勝ですよね」
二人は食事を終えた後、ソファに座って話をしていた。
「無論ね」
日置は少し、悔しそうな表情を見せた。
「そりゃそうですよね」
「でも彩ちゃんさ」
「なんですか」
「なぜ、先に帰っちゃったの?」
「ああ、それなんですけどね、あそこで私らも残って試合を観たら、中川さん、嫌やろなと思たんです」
「どうして?」
「せやかて中川さん、2敗したんでしょ」
「うん」
「心中、穏やかやないと思たんです。そこに先輩である私らがいてたら、気まずいやろな、と」
「なるほど。でもね、中川は決勝を見ずに先に帰っちゃったんだよ」
「え、そうやったんですか」
「で、学校へ行って練習してたんだよ」
「へぇー!」
小島は日置の言葉で、中川のやる気を見た。
「僕たちも試合を観た後、小屋へ行ったんだけど、中川さん、床で寝てたんだよ」
「ええっ」
「多分、疲れて寝たんだと思う」
「そうやったんですか~」
「中川は、伸びるよ」
「はい、私もそう思います」
「それでね、森上なんだけど、やっとスランプから抜け出したの」
「おおおおお~~!」
「小谷田の安達さんっていうカットマンと対戦したんだけどね、もう、すごかったよ」
「うわあ~~観たかったなあ~~」
「でも、森上もこれからだよ。僕はもっと成長させる」
「来年の予選が楽しみですね!」
小島は、嬉々として話す日置を見ながら、幸せを実感していた。
一旦は、卓球から離れると言った日置とは、別人のようだ、と。
もう、大丈夫だ、と。
―――そして翌日。
「とみちゃん、昨日はお疲れさま」
教室に入ってすぐに、阿部は重富の席へ行った。
「ううん。こっちこそ、楽しかったで」
「体、痛ない?」
阿部は、普段使わない筋肉を使ったことで、重富の体を心配した。
「あはは、疲れるほど動いてないし」
「そうか。それならよかった」
「よーう、重富」
そこへ中川もやって来た。
「中川さん、おはよう」
「昨日は、ありがとな」
「ううん、全然」
「今度、おめーになんか奢ってやんよ」
「ええ~、そんなんええって」
「ああ~それええかも」
阿部もそう言った。
「おめー、なにが好きなんでぇ」
「なにがて・・そやなあ・・」
「どうせ、パフェとか、そんなんだろ」
「ああ・・パフェも好きやけど、ほら、ハンバーガーショップ、できたやん?」
「おうよ」
「それがええかな」
「立って食うやつか」
「いや、椅子もあるって」
「おはよぉ~」
そこへ森上もやって来た。
「恵美ちゃん、おはよう」
「よーう、森上」
「森上さん、おはよう」
「なんの話してるん~」
森上は、愛くるしい笑顔を見せた。
「今度さ、重富に奢るって話、してんだよ。昨日の礼な」
「ああ~、うん~そやなぁ~お礼せんとぉ~いかんなぁ」
そして四人は、昨日の試合の話をした。
すると重富は、時々戸惑った表情を見せていた。
―――昨日、日置らと別れた重富は。
一人で駅に向かって歩いている途中、ぼんやりと試合のことを思い返していた。
なんか・・卓球て・・おもしろいんやなあ・・
あの子ら・・教室では見せん顔してたしなぁ・・
重富は、自身が負けたことを申し訳ないと思いつつも、阿部、森上、中川の違う一面を見て、卓球に取り組む真面目さを感じ取っていた。
同時に、三人では来年の予選に出られないであろうことも。
そしてこうも思っていた。
演劇は好きだし、だから演劇部員なのだが、ピンポンではない卓球という「未知」の世界を知ったことで、演劇とは全く違う魅力がある、と。
そして自分は不甲斐ない試合をし、大恥をかいた。
あのまま終わらせていいものか、と。
そう、重富は、なにか忘れ物をしたような気になっていたのだ。
―――昼休み。
「村田さん」
重富は一年七組の教室を覗いて、演劇部員である村田を呼んだ。
「あ、重富さん」
村田は重富に気が付き、席を立って重富の元へ行った。
「どしたん?」
「うん、ちょっと話があって」
「なんの?」
そして二人は廊下に出た。
「あのさ・・言いにくいことなんやけど・・」
「え・・なによ」
村田は、何事かと少し不安に思った。
「私な・・卓球部に入ろうかと思てんねん・・」
「えっ!」
村田は重富の言葉が信じられなかった。
一体、何があったんだ、と。
「ちょ・・なんで・・。というか、どうしたんよ」
「うん、実は、昨日――」
そして重富は、試合に参加したことを話した。
加えて、なぜ参加することに至ったのか、事の経緯も説明した。
「えええ~~、先生らが芝居に出てくれはったんは、そんな裏取引があったんか!」
「裏取引て・・」
「で、試合、どうやったんよ」
「私か?」
「うん」
「そんなん、言わんでもわかるやん」
「そらそうやわな」
「でな・・演劇部、一年生は私と村田さんだけやん。それで悪いな、と思て」
「いや、私は別にええけど、あんた、ほんまに卓球部へ行くん?」
「うん」
「いや、ちょっと待ってぇな」
「なに?」
「あんた、入部の条件、素振り500回て、知らんのか」
「知ってるけど・・」
日置の入部条件は、校内では有名になっていた。
「それ、やらんとあかんのやで」
「わかってる」
「なんか・・すごいな」
「え・・」
「決意は揺るがんって感じやな」
「決意、いうほどのもんでもないけど、なんか納得できひんというか・・」
「なにをよ」
「ボロ負けしたこと」
「そうなんや」
「めっちゃバカにされたしな」
「へぇ・・」
「村田さん、ごめんな」
「ううん、私はええで」
村田は優しく微笑んだ。
「ありがとう」
「頑張りや」
「うん」
そして重富は部長の掛井にも話をし、了承を得た上で演劇部を去った。
―――放課後。
「さて、今日から心機一転、来年の予選に向けて頑張るからね」
練習前、日置は彼女らに向けて話をしていた。
「昨日の試合の反省点や、課題も浮き彫りになったことで、やることは山積している。よって、今までより一層、厳しくなるからそのつもりでね」
「はいっ」
「はいぃ」
「おうよ!」
ガラガラ・・
そこで扉が開いた。
四人は一斉に扉を見た。
するとそこには重富が立っていた。
「重富さん、どうしたの?」
日置が訊いた。
「お邪魔します・・」
重富は靴を脱いで中へ入った。
彼女らも、何事かと重富を見ていた。
「重富、どうしたんでぇ」
「あの、先生」
重富は、日置の元へ行った。
「なに?」
「私、卓球部に入りたいんですけど、いいですか」
「えっ・・」
当然、日置も彼女らも驚いていた。
「入るって・・演劇部は?」
「辞めました」
重富はニッコリと微笑んだ。
「えええ~~、辞めたって、ほんとなの?」
「おいおい、重富、おめー、今朝はそんなこと言ってなかったじゃねぇかよ」
「とみちゃん、どうしたん?」
「ほんまなぁん~」
彼女らは、畳みかけるように訊いた。
「先生。私、頑張りますから教えてくださいますか」
「あ・・ああ、やる気さえあれば、いくらでも教えるけど・・」
「ほな、入部を認めてくれますか」
「えっと・・素振りなんだけど・・」
「知ってます。500回ですよね」
「ああ・・うん」
「私、やりますので」
「そっか。じゃ、まずは素振りからね」
「阿部さん、森上さん、中川さん」
重富は彼女らを見た。
「私、頑張るので、よろしくお願いします」
そして頭を下げた。
「あはは!こりゃいいや!おうよ、おめーの入部、大歓迎だぜ!」
「とみちゃん、一緒に頑張ろな」
「よろしくぅ~とみちゃん~」
こうして桐花卓球部は、新たに重富が加わり、四人の部員を擁して日置はさらに進み続けるのである。




