144 忸怩たる思い
―――「うわあ・・あの子、なんですか」
植木は、重富の試合を観て呆れていた。
「あの子は素人以下やな」
「四人のうちの一人が・・あれですか・・」
「日置も苦労続きやな」
「インターハイの予選、リーグへ行くためには五人おらんとあかんでしょ」
「まあ、来年になって新入生が入部しても、素人やな」
「結局・・森上さんだけか・・」
「わしは、中川に期待するで」
早坂はそう言って、また笑っていた。
「それ、編集長の好みやないですか」
「あほ言え。お前、高校生やぞ」
「美人・・好きやないですか」
「ちゃう。わしは、中川の根性が気に入ったんや」
「そうですか・・」
「まあええ。これで桐花は負けや。ほなわし、事務所に戻るわ」
「三神と小谷田の決勝戦、観ぃひんのですか」
「っんなもん、クソおもろないわ」
早坂は軽く手を振りながら、ロビーへ向かった。
そして試合は2セット目も大詰めを迎えていた。
1セット目の後半、畠山は笑っていたが、それも一時のことだった。
重富は、気持ちだけで向かって行ったが、それが通用するはずもなく、カウントは20-0で、1点も取れないままだった。
「重富さん、最後までしっかり!」
日置が檄を飛ばした。
「点数なんか、気にせんでええよ!」
阿部も声援を送った。
「とみちゃん~頑張れぇ~~」
森上も声を挙げていた。
けれども声援もむなしく、最後も畠山のサーブが取れずに重富は負けた。
重富は「ありがとうございました」と丁寧に頭を下げた。
そして双方のチームは、台に整列した。
「小谷田対桐花、3-2で小谷田の勝ちです、ありがとうございました」
主審の本多がそう告げて、双方は一礼してベンチに下がった。
「重富さん、お疲れさま」
日置がそう言った。
「いえ、なんの役にも立てずに、すみませんでした」
「なに言ってるの。きみは、よくやってくれたよ。ほんとにありがとう」
「先生、これ」
そこで重富は日置にラケットを返した。
「ありがとうございました」
「いいえ」
日置はニッコリと微笑んで受け取った。
「重富よ」
中川が呼んだ。
「なに?」
「先生も言ってたけどよ、おめー、ほんとによく参加してくれた。ありがとな」
「ううん。なんか楽しかったし」
「そうやで、とみちゃん。ありがとう」
阿部が言った。
「そうそう~、とみちゃん、ボールも打ったことないのにぃ、審判までしてくれたしぃ、ほんまに助かったわぁ」
森上が言った。
「少しでも役に立てたんやったら、それでええねん」
「重富、おめー、ほんとにいいやつだな」
「ほんで、みんなの試合が観れて、すごいなあって思ったし」
「私は2敗もしたけどよ」
「なに言うてんのよ。めっちゃ頑張ってたやん」
「いや・・決勝に行けなかったのは、私のせいだぜ・・」
「きみたち」
そこで日置が呼んだ。
四人は黙ったまま日置を見た。
「決勝戦、観るよ」
日置がそう言うと、四人は「うん」と頷いた。
「ああ、重富さん、きみには無理にとは言わないよ」
「いえ、私も観ます。せっかくですし」
「そっか。うん」
――「えー、ただ今より、休憩を挟みます。決勝戦は三十分後に行います」
本部席から放送がかかった。
そして日置たちは、一旦ロビーに出て昼食を摂ることにした。
その際、大久保らや彼女たちも一緒にロビーへ向かった。
「虎太郎、宗介、そしてきみたち、応援ありがとう」
日置はそう言って頭を下げた。
「っんもう~慎吾ちゃん~、なに言うてんのよ~当たり前やんかいさ~」
「あの・・応援ありがとうございました」
阿部がそう言って頭を下げた。
「阿部さん、あんたすごいわ」
同じ表ソフトの岩水が言った。
「ほんまほんま。それにしてもよう動くなあ」
「中川さんかて、よう頑張ってたな」
「それを言うなら重富さんやん。演劇部やのに、よう出てくれたわ」
「森上さんの試合、観たかったなあ~」
彼女らは口々にそう話した。
「先生」
小島が呼んだ。
「なに?」
「ほなら、私らはこれで帰りますね」
「そうなんだ。ほんとに、わざわざありがとう。気を付けて帰ってね」
そして彼女らは「これからも頑張りや」と阿部らに向けてそう言った。
大久保と安住も、小島らと一緒に帰ることにした。
「きみたち、お弁当食べなさい」
「一個連隊」が体育館を後にしてから、日置は彼女らにそう言って外へ出て行った。
そして四人はベンチに座って弁当を食べ始めた。
そこへ三神のメンバーがロビーに出て来た。
「あ・・」
中川は、須藤と菅原を見て、思わずそう呟いた。
中川や他の者に気が付いた三神の彼女らであったが、なんら気に留める様子もなく、そのままトイレへ向かって行った。
三神・・決勝に残ってんだな・・
中川は、トイレで須藤に言ったことを思い出していた。
そして「大風呂敷」を吹かしたことを恥じていた。
どんな実力か観てぇけどよ・・
私は・・試合を観るより・・
いや・・観てる余裕なんざ・・ありゃしねぇのさ・・
一分でも早く・・一秒でも多く練習しねぇと・・
「おい」
中川は三人に向けてそう言った。
「どしたん?」
阿部が訊いた。
「私は、試合なんざ観ねぇぜ」
「え・・」
「これ食ったら、学校へ行く」
「なんでなん?」
「他人の試合を観る暇なんざ、ありゃしねぇのさ」
「学校てぇ・・もしかして、練習しに行くん~」
森上が訊いた。
「そうさね」
そして中川は、まるで水を飲むように弁当を一気に流し込んだ。
「あらら・・」
重富は、その食いっぷりに唖然としていた。
「よーし、食ったぜ」
中川は「ごちそうさまでした」と言いながら、弁当箱をバッグにしまった。
「んじゃ、私は学校へ行くけどよ、先生にそう言っといてくんな!」
そして中川は、そのまま体育館を後にした。
「あら~」
阿部は、引き止める間もなく呆気に取られていた。
「中川さん、悔しかったんちゃうかな」
重富がそう言った。
「まあ、そやろけど、三神の試合は観た方がええと思うなあ」
「三神て、強いん?」
「強いってもんやないねん。大阪で常にトップ、全国でも何回もトップになってるチームやねん」
「へぇーー!」
重富は驚愕していた。
「先輩ら、三神にだけは勝たれへんかったんよ」
「そうなんや」
「もう・・ボロ負けというか」
「へぇ・・」
「でもな、恵美ちゃんやったら勝てると思うねん」
「ああ・・森上さん、すごいもんな」
そんな森上は、とても美味しそうに弁当を頬張っていた。
森上を見た阿部と重富は、顔を見合わせてニコッと笑った。
ほどなくして外から戻った日置は「中川さんは?」と訊いた。
「試合なんざ、観てる暇はねぇのさ、と言うて、学校へ行きました」
「そうなんだ」
日置は中川の気持ちが手に取るようにわかっていた。
あの子の性格だ、2敗もした後、人の試合を呑気に観るはずがない、と。
しかもこの試合は、中川が申し込み、半ば強制的に出ることを決めたのも中川だ。
つまり、自ら言い出したことに、その責任を果たせなかったことで、忸怩たる思いがあるに違いない、と。
―――一方で、小屋では。
ほどなくして学校に着いた中川は、誰もいない小屋の扉を開けていた。
靴を履き替えて中へ入り、「くそっ」と呟いた。
中川はすぐさまジャージを脱ぎ、ラケットを持ってコートに着いた。
私のフットワークは動きが遅い・・
だから、本多のストップがとれなかった・・
よーーし、やってやろうじゃねぇか!
そして中川は、八の字フットワークを始めた。
台上でツッツいては後ろへ下がってカットをし、また台上でツッツいては後ろへ下がってカットを、といった格好だ。
それもフォアとバック交互に取り入れ、ボールを打っている体で繰り返し続けた。
その際、ラケットを反転することも忘れていなかった。
もっと速く動くんだよ!
遅い、遅い!
中川はこのフットワークを、なんと一時間も続けた。
ひぃ~~・・さすがにもうダメだ・・
そこで中川は大の字になって床に寝た。
そしてぼんやりと天井を見ていた。
生まれてこの方、こんなに悔しい思いをしたのは初めてだぜ・・
いや・・自分が情けないと思ったのは初めてだ・・
意気込みも・・やる気も・・実力がなけりゃ・・無意味なんだ・・
その実力は・・自分自身で掴むものなんだ・・
あの本多って野郎・・きっと私よりも何倍も何百倍も練習してきたに違いねぇ・・
その意味では・・やつはやることやってんだ・・
ああ・・疲れた・・
中川は、うつらうつらとし始め、やがて眠ってしまった。
するとそこに、日置と森上と阿部が小屋に入って来た。
「中川――」
日置はそこまで言いかけると、中川が寝ていることに気が付き、口を閉じた。
「中川さん・・寝てるよ・・」
日置は阿部と森上にそう言った。
「ほんまや・・」
「中川さん~風邪ひくでぇ・・」
森上はジャージの上着を脱ぎ、中川にそっとかけてやった。
「ま・・誠さん!」
突然、中川が大声で寝言を言った。
三人は顔を見合わせて笑っていた。
「中川さんって、ほんとに太賀誠が好きなんだね」
「そうですね」
「中川さん・・風邪ひくでぇ・・」
森上は中川の傍に座り、肩をポンと叩いた。
そこで中川はうっすらと目を開けた。
「うわああああ~~!権の字!寝首を掻こうたって、そうはいかねぇぜ!」
中川は目を覚まし、上半身を起こして森上の胸をバーンと叩いた。
そして日置と阿部と森上は、また顔を見合わせてケラケラと笑ったのであった。




