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サーよし!2  作者: たらふく
144/413

144 忸怩たる思い




―――「うわあ・・あの子、なんですか」



植木は、重富の試合を観て呆れていた。


「あの子は素人以下やな」

「四人のうちの一人が・・あれですか・・」

「日置も苦労続きやな」

「インターハイの予選、リーグへ行くためには五人おらんとあかんでしょ」

「まあ、来年になって新入生が入部しても、素人やな」

「結局・・森上さんだけか・・」

「わしは、中川に期待するで」


早坂はそう言って、また笑っていた。


「それ、編集長の好みやないですか」

「あほ言え。お前、高校生やぞ」

「美人・・好きやないですか」

「ちゃう。わしは、中川の根性が気に入ったんや」

「そうですか・・」

「まあええ。これで桐花は負けや。ほなわし、事務所に戻るわ」

「三神と小谷田の決勝戦、観ぃひんのですか」

「っんなもん、クソおもろないわ」


早坂は軽く手を振りながら、ロビーへ向かった。

そして試合は2セット目も大詰めを迎えていた。

1セット目の後半、畠山は笑っていたが、それも一時のことだった。

重富は、気持ちだけで向かって行ったが、それが通用するはずもなく、カウントは20-0で、1点も取れないままだった。


「重富さん、最後までしっかり!」


日置が檄を飛ばした。


「点数なんか、気にせんでええよ!」


阿部も声援を送った。


「とみちゃん~頑張れぇ~~」


森上も声を挙げていた。

けれども声援もむなしく、最後も畠山のサーブが取れずに重富は負けた。

重富は「ありがとうございました」と丁寧に頭を下げた。

そして双方のチームは、台に整列した。


「小谷田対桐花、3-2で小谷田の勝ちです、ありがとうございました」


主審の本多がそう告げて、双方は一礼してベンチに下がった。


「重富さん、お疲れさま」


日置がそう言った。


「いえ、なんの役にも立てずに、すみませんでした」

「なに言ってるの。きみは、よくやってくれたよ。ほんとにありがとう」

「先生、これ」


そこで重富は日置にラケットを返した。


「ありがとうございました」

「いいえ」


日置はニッコリと微笑んで受け取った。


「重富よ」


中川が呼んだ。


「なに?」

「先生も言ってたけどよ、おめー、ほんとによく参加してくれた。ありがとな」

「ううん。なんか楽しかったし」

「そうやで、とみちゃん。ありがとう」


阿部が言った。


「そうそう~、とみちゃん、ボールも打ったことないのにぃ、審判までしてくれたしぃ、ほんまに助かったわぁ」


森上が言った。


「少しでも役に立てたんやったら、それでええねん」

「重富、おめー、ほんとにいいやつだな」

「ほんで、みんなの試合が観れて、すごいなあって思ったし」

「私は2敗もしたけどよ」

「なに言うてんのよ。めっちゃ頑張ってたやん」

「いや・・決勝に行けなかったのは、私のせいだぜ・・」

「きみたち」


そこで日置が呼んだ。

四人は黙ったまま日置を見た。


「決勝戦、観るよ」


日置がそう言うと、四人は「うん」と頷いた。


「ああ、重富さん、きみには無理にとは言わないよ」

「いえ、私も観ます。せっかくですし」

「そっか。うん」


――「えー、ただ今より、休憩を挟みます。決勝戦は三十分後に行います」


本部席から放送がかかった。

そして日置たちは、一旦ロビーに出て昼食を摂ることにした。

その際、大久保らや彼女たちも一緒にロビーへ向かった。


「虎太郎、宗介、そしてきみたち、応援ありがとう」


日置はそう言って頭を下げた。


「っんもう~慎吾ちゃん~、なに言うてんのよ~当たり前やんかいさ~」

「あの・・応援ありがとうございました」


阿部がそう言って頭を下げた。


「阿部さん、あんたすごいわ」


同じ表ソフトの岩水が言った。


「ほんまほんま。それにしてもよう動くなあ」

「中川さんかて、よう頑張ってたな」

「それを言うなら重富さんやん。演劇部やのに、よう出てくれたわ」

「森上さんの試合、観たかったなあ~」


彼女らは口々にそう話した。


「先生」


小島が呼んだ。


「なに?」

「ほなら、私らはこれで帰りますね」

「そうなんだ。ほんとに、わざわざありがとう。気を付けて帰ってね」


そして彼女らは「これからも頑張りや」と阿部らに向けてそう言った。

大久保と安住も、小島らと一緒に帰ることにした。


「きみたち、お弁当食べなさい」


「一個連隊」が体育館を後にしてから、日置は彼女らにそう言って外へ出て行った。

そして四人はベンチに座って弁当を食べ始めた。

そこへ三神のメンバーがロビーに出て来た。


「あ・・」


中川は、須藤と菅原を見て、思わずそう呟いた。

中川や他の者に気が付いた三神の彼女らであったが、なんら気に留める様子もなく、そのままトイレへ向かって行った。


三神・・決勝に残ってんだな・・


中川は、トイレで須藤に言ったことを思い出していた。

そして「大風呂敷」を吹かしたことを恥じていた。


どんな実力か観てぇけどよ・・

私は・・試合を観るより・・

いや・・観てる余裕なんざ・・ありゃしねぇのさ・・

一分でも早く・・一秒でも多く練習しねぇと・・


「おい」


中川は三人に向けてそう言った。


「どしたん?」


阿部が訊いた。


「私は、試合なんざ観ねぇぜ」

「え・・」

「これ食ったら、学校へ行く」

「なんでなん?」

「他人の試合を観る暇なんざ、ありゃしねぇのさ」

「学校てぇ・・もしかして、練習しに行くん~」


森上が訊いた。


「そうさね」


そして中川は、まるで水を飲むように弁当を一気に流し込んだ。


「あらら・・」


重富は、その食いっぷりに唖然としていた。


「よーし、食ったぜ」


中川は「ごちそうさまでした」と言いながら、弁当箱をバッグにしまった。


「んじゃ、私は学校へ行くけどよ、先生にそう言っといてくんな!」


そして中川は、そのまま体育館を後にした。


「あら~」


阿部は、引き止める間もなく呆気に取られていた。


「中川さん、悔しかったんちゃうかな」


重富がそう言った。


「まあ、そやろけど、三神の試合は観た方がええと思うなあ」

「三神て、強いん?」

「強いってもんやないねん。大阪で常にトップ、全国でも何回もトップになってるチームやねん」

「へぇーー!」


重富は驚愕していた。


「先輩ら、三神にだけは勝たれへんかったんよ」

「そうなんや」

「もう・・ボロ負けというか」

「へぇ・・」

「でもな、恵美ちゃんやったら勝てると思うねん」

「ああ・・森上さん、すごいもんな」


そんな森上は、とても美味しそうに弁当を頬張っていた。

森上を見た阿部と重富は、顔を見合わせてニコッと笑った。


ほどなくして外から戻った日置は「中川さんは?」と訊いた。


「試合なんざ、観てる暇はねぇのさ、と言うて、学校へ行きました」

「そうなんだ」


日置は中川の気持ちが手に取るようにわかっていた。

あの子の性格だ、2敗もした後、人の試合を呑気に観るはずがない、と。

しかもこの試合は、中川が申し込み、半ば強制的に出ることを決めたのも中川だ。

つまり、自ら言い出したことに、その責任を果たせなかったことで、忸怩たる思いがあるに違いない、と。



―――一方で、小屋では。



ほどなくして学校に着いた中川は、誰もいない小屋の扉を開けていた。

靴を履き替えて中へ入り、「くそっ」と呟いた。

中川はすぐさまジャージを脱ぎ、ラケットを持ってコートに着いた。


私のフットワークは動きが遅い・・

だから、本多のストップがとれなかった・・

よーーし、やってやろうじゃねぇか!


そして中川は、八の字フットワークを始めた。

台上でツッツいては後ろへ下がってカットをし、また台上でツッツいては後ろへ下がってカットを、といった格好だ。

それもフォアとバック交互に取り入れ、ボールを打っている体で繰り返し続けた。

その際、ラケットを反転することも忘れていなかった。


もっと速く動くんだよ!

遅い、遅い!


中川はこのフットワークを、なんと一時間も続けた。


ひぃ~~・・さすがにもうダメだ・・


そこで中川は大の字になって床に寝た。

そしてぼんやりと天井を見ていた。


生まれてこの方、こんなに悔しい思いをしたのは初めてだぜ・・

いや・・自分が情けないと思ったのは初めてだ・・

意気込みも・・やる気も・・実力がなけりゃ・・無意味なんだ・・

その実力は・・自分自身で掴むものなんだ・・


あの本多って野郎・・きっと私よりも何倍も何百倍も練習してきたに違いねぇ・・

その意味では・・やつはやることやってんだ・・

ああ・・疲れた・・


中川は、うつらうつらとし始め、やがて眠ってしまった。

するとそこに、日置と森上と阿部が小屋に入って来た。


「中川――」


日置はそこまで言いかけると、中川が寝ていることに気が付き、口を閉じた。


「中川さん・・寝てるよ・・」


日置は阿部と森上にそう言った。


「ほんまや・・」

「中川さん~風邪ひくでぇ・・」


森上はジャージの上着を脱ぎ、中川にそっとかけてやった。


「ま・・誠さん!」


突然、中川が大声で寝言を言った。

三人は顔を見合わせて笑っていた。


「中川さんって、ほんとに太賀誠が好きなんだね」

「そうですね」

「中川さん・・風邪ひくでぇ・・」


森上は中川の傍に座り、肩をポンと叩いた。

そこで中川はうっすらと目を開けた。


「うわああああ~~!権の字!寝首を掻こうたって、そうはいかねぇぜ!」


中川は目を覚まし、上半身を起こして森上の胸をバーンと叩いた。

そして日置と阿部と森上は、また顔を見合わせてケラケラと笑ったのであった。

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