142 諦めるわけにはいかない
―――「中川さんて・・あんな子やったんですか・・」
フロアで観ている植木が言った。
「おもろいやろ」
早坂は笑っていた。
「見た目とのギャップが・・」
「まあ、それもあるけど、なかなかええ根性しとるで」
「でも、技術がまだまだですね」
「あの日置やぞ。このままにしとくはずがないやろ」
「まあ、そうですね」
「わしは来年の予選が楽しみでならんわ」
その中川は、自分の不甲斐なさを嫌というほど感じていた。
チビ助が点を取っても・・私がミスをして足を引っ張ってんだ・・
なにやってんでぇ・・
四ヶ月なんざぁ・・言い訳さね・・
試合に出てる限りは・・十年も四ヶ月も関係ねぇぜ・・
くそっ・・
「おい、チビ助」
中川は小声で呼んだ。
「なに?」
「私はどうすりゃいいんでぇ」
「え・・」
「どうすりゃ・・おめーの足を引っ張らなくて済むんでぇ」
「どうすりゃて・・」
そこで阿部は日置を見た。
日置は「うん」と頷いて「タイム取って」と言った。
そして阿部はタイムを取り、二人はベンチに下がった。
現在、カウントは19-15で小谷田がリードしていた。
「中川さん」
日置が呼んだ。
中川は黙ったまま日置を見上げた。
「きみの中には、もう太賀誠はいないの?」
「え・・」
「きみ、なに諦めてるんだよ」
日置はそう言って笑った。
「諦めてなんかねぇさ。だけどよ・・」
「だけど、なに?」
「私の持ってるもんさ・・全部出しても通用しねぇんだよ」
「そうだよね」
「どうすりゃいい!私はどうすりゃいいんでぇ!」
「どうすることもできないよ」
「なっ・・」
「死に物狂いでボールに食らいつく。これしかないよ」
「・・・」
「言っとくけど、相手コートに入りさえすれば、ミスじゃないんだよ」
「っんなこたぁ、わかってらぁな!」
「いや、わかってない」
「どういうこった」
「ダブルスは、ペアにボールを繋ぐことが基本。特にきみたちは阿部さんが決めて点を取るパターンだ」
「おうよ」
「きみ、自分がミスをしないようにって考えてない?」
「そりゃそうだろが」
「ミスをしないんじゃなくて、阿部さんにボールを繋ぐんだよ」
「・・・」
「そのためには死に物狂いで食らいつく」
そこで日置は阿部を見た。
「そうだよね」
「え・・」
「中川さんが繋いだボールを、きみが決めるんだよね」
「はいっ」
「中川さん、だから諦めちゃダメだよ」
「おうよ!」
「よし。まだ挽回できる点差だ」
そう言って日置は二人を送り出した。
「チビ助」
中川はコートに向かいながら、阿部を呼んだ。
「なに?」
「おめー、決めろよ」
「うん、わかってる」
「私の返球は、きっと甘くなる。でも、繋ぐからな」
「うん」
「よーし!来やがれってんでぇ!」
中川はそう言って構えた。
サーブは阿部だ。
阿部は台の下でサインを出した。
中川は「おうよ!」と答えた。
中川はけして諦めたわけではなかった。
けれども小谷田との実力の差の前では、どうすることも出来ないでいた。
――中川くん・・
中川の頭の中に、突然、岩清水が現れた。
なっ・・おめーは、岩清水・・
――僕は、早乙女愛のためなら死ねる・・
おうよ・・おめーはそう思っていたし、実際、そのように行動した・・
――きみも同じじゃないか・・
なにっ・・
――チビ助のためなら死ねるはずだ・・
チビ助のために・・
――監督も言ってただろう・・阿部にボールを繋げと・・死に物狂いで食らいつけと・・
わかってんだよ・・そんなこと、おめーに言われなくてもよ・・
――コースを狙いたまえ・・コースを・・
コース・・それって、どこを狙えってんだ・・
そこで岩清水は姿を消した。
おい・・岩清水・・岩清水よ・・
コースってか・・
それも今までさんざんやってきた・・
でもよ・・全部、失敗に終わってんだ・・
くそっ・・
畠山の体めがけて・・ナイフを刺してやりてぇぜ・・
ん・・?
やつの体めがけて・・
これはまだ・・やってなかったぜ・・
ええ~~い、一か八かでぇ!
そして阿部は、下回転の小さなサーブを出した。
本多は、そのボールをすかさず叩いた。
フォアに入ったボールを、中川はフォアカットで畠山の体をめがけて返した。
少し体を詰まらせた畠山のドライブは、十分な返球ではなかった。
チャンスと見た阿部は、思い切りスマッシュを打ちに出た。
その際、阿部のラケットの方向を見てフォアに入ると読んだ本多は、フォアへ動きかけた。
阿部は瞬時にその動きを察知し、バッククロスへ流し打ちをした。
本多は動きを止められずに、ボールは後方へ転がって行った。
「サーよし!」
「っしゃあ~~~!」
二人は互いを見てガッツポーズをした。
「よーーし!ナイスボール!」
日置は大きな拍手をしていた。
「中川さん!ナイスカット!」
小島が大声で声援を送っていた。
そこで中川は声のする方を見た。
おお・・小島先輩じゃねぇか・・
あっ・・他の先輩も・・
「おうよ!」
中川は小島に向けて左手を挙げた。
「挽回やで!」
「もう1本!」
「行け行け~~~!」
他の者も声援を送った。
「よし、ここ1本な」
阿部が言った。
「おうよ!」
そしてサーブチェンジとなった。
「チビ助」
中川は小声で呼んだ。
「なに?」
「やつの体めがけてボールを送るからよ、おめー、さっきみてぇに打てよ」
「わかった」
そして中川はレシーブに着いた。
「来やがれってんでぇ!」
中川は本多を睨んだ。
「1本!」
本多は声を挙げながら、台の下でサインを出していた。
畠山は小さく頷いた。
そして本多は、センターラインぎりぎりのところへ、スピードの乗ったロングサーブを出した。
中川は慌てて左の方へ動いてバックカットで返した。
けれども動きが出遅れたため、ボールは甘く返った。
畠山は、待ってましたと言わんばかりに、バッククロスへドライブを放った。
するとどうだ。
阿部はバウンドしたと同時に、抜群のコントロールでボールを止めた。
フォアストレートに入ったスピードボールを、本多はすぐさま動き、スマッシュを打った。
フォアクロスを逃げるかのようなボールを、中川は懸命に追った。
「絶対に拾え!」
日置が叫んだ。
くっそ~~~!
中川は後逸しそうになったが、なんとかラケットにあててカットした。
入れ~~入れ~~入りやがれぇぇ~~!
中川はボールの行方を目で追った。
けれどもボールは、相手コートに届かずにネットに引っかかり、ミスとなった。
「サーよし!」
本多と畠山は、力強くガッツポーズをした。
「よーーし、ナイスボールや!」
中澤も声を挙げた。
「済まねぇ」
中川が阿部に詫びた。
「どんまい、どんまい」
阿部は体を動かしながら答えた。
「中川!」
日置が叫んだ。
「死に物狂いで食らいつけって言ってるだろう!なにやってるんだ!」
「わかってらぁな!」
日置は檄を飛ばしながらも、ダブルスは勝てないと思っていた。
そもそも、にわか仕込みのダブルスであり、そうは問屋が卸さないであろうことも。
けれども諦めさせるわけにはいかない。
勝てないまでも、せめて相手を追い詰めろ、と。
それこそが来年の予選に繋がるんだ、と。




