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サーよし!2  作者: たらふく
139/413

139 目覚めよ、森上




―――「やっぱり中川では、小谷田に勝てんか」



5コートの近くで立っている早坂は、ポツリと呟いた。

早坂は、桐花はここまでだと、少し落胆していた。

なぜなら、中川が三神とどんな試合をするのかを見たかったからだ。

けれども、小谷田にこれでは、三神どころの話ではない、と。


「編集長!」


そこへ植木が慌ててフロアへ入って来た。

植木は館内の隅を小走りで駆け寄り、早坂の元へ到着した。


「おう、ス~」

「桐花は、どないなってるんですか」

「トップはボロ負けや」

「トップて、誰ですか」

「あそこで立ってる、美人の子や」


早坂は中川を指した。


「え・・」


植木は中川の美貌に仰天していた。


「誰ですか・・あの子・・」

「中川いう選手や」

「へ・・へぇ・・」

「あの子、おもろいぞ」

「おもろい?」

「次、ダブルスに出るから、その時わかるで」

「そうなんですか・・」


植木は当然、早坂の言った「おもろい」という意味がわからなかった。


めっちゃ・・綺麗や・・

浅野さんも美人やったけど・・

この子は・・女優並や・・



コートでは3本練習が始まっていた。

森上は、一球一球丁寧に打っていた。


落ち着け・・落ち着け・・

できる・・

私なら・・前みたいにできる・・


再び副審に着いた重富は、祈るような気持ちで森上を見ていた。

重富も森上の性格を知っている。

おそらく、半端ないプレッシャーが襲っているに違いない、と。


そしてジャンケンに勝った森上はサーブを選択した。

森上は大きく息を吐いて「1本」と低い声で言った。

安達も「1本!」と気合の入った声を発した。


森上はドライブを打つため、上回転のかかったロングサーブをミドルに出した。

安達はなんなくカットで返した。

フォアに入ったボールを、森上は軽いドライブで返した。

それも安達は、なんなくカットで返した。


あまり・・回転がかかってないな・・


回転を見極めた森上は、少し力を入れてドライブを放った。

森上の力は、まだまだ十分ではなかったが、例えるなら為所に近いドライブが返った。


よしよし・・森上さん、それでいいよ・・


日置は、自身を落ち着かせるように心の中で呟きながら、握る拳には力が入っていた。


バックに入ったドライブを、安達はコントロールを見誤り、少し高い返球になった。

バックへ上がったボールに、森上はすぐさま回り込みスマッシュを放った。

これも全く十分ではない。

普通の「女子」レベルのスマッシュだ。

それでもボールはバッククロスを抜けていった。

懸命になってボールに追いついた安達は、バックカットで返した。


この時、森上にストップがあればよかったのだが、森上にはまだストップの技術がなかった。

森上は再びドライブを、フォアストレートに放った。

安達は懸命に走ってボールに追いつき、カットではなく打って返球をした。


「打て~~~!」


中川は思わず叫んだ。

森上は中川の声に反応したのではなく、反射的にカウンターで返した。


あっ・・


森上は、自身の体の反応に少しだけ驚いた。

そう、以前の感覚を感じ取ったのだ。

カウンターで返された安達は、対応に間に合わず、ボールは後方へ転がって行った。


「サーよし」


森上は低い声を発し、左手で小さくガッツポーズをした。


「よしよし!ナイスボール!」


日置は大きく拍手をしていた。


「っしゃあ~~~!」


中川は右手でガッツポーズをした。


「恵美ちゃん~~!ナイスボール!」


阿部はアップをしながら声援を送った。


今の・・なんか・・よかった・・

よし・・ドライブ・・もうちょっと力入れて打ってみよう・・


森上は少し自信が湧きつつあった。

そして森上は、再びロングサーブを出した。

バッククロスを伸びいてくロングサーブだ。

安達はなんなくカットで返した。

フォアストレートに入ったボールに、森上はすぐさま足を動かし、右腕を大きく振り下した。


お願いやから・・前みたいなドライブ・・入って・・

1球でええから・・


そして森上は右腕を大きく振り上げた。

するとどうだ。

ビュッと音がするくらい、抜群のスーパードライブが安達のフォアクロスを襲った。

安達はラケットにあてることすらできずに、空振りをした。


「よーーーし!」


日置は興奮して声を挙げた。


「おおおおおお~~~!」


5コートを見ている観戦者から、驚嘆の声が挙がった。


「それだ!それだよ、森上さん!」


日置は前に出んばかりだ。


「先生よ」


中川が日置のジャージを引っ張った。


「なに」


日置は、なにをするんだ、といった表情を見せた。


「落ち着けよ」


中川は笑っていた。


「え・・あ・・ああ」

「おっしゃあ~~~!森上、ぶっ倒してやんな!」

「きゃ~~~!恵美ちゃん、すごい~~!」


阿部も興奮していた。

審判の重富は、森上のスーパードライブを初めて見た。

なんなんだ、今のボールは、と。

そして唖然としながら森上を見ていた。

森上は重富の視線を感じ、重富を見た。

そして、なんとも愛くるしい笑顔を見せた。


森上さん・・あんた・・すごい・・

あっ・・そういえば・・

先生は・・森上さんを入部させるのに、えらい苦労したと聞いたことがある・・

そうか・・

こういうことやったんや・・

だから・・森上さんを・・



「安達!」


中澤が叫んだ。

安達は黙って振り向いた。


「どんまいや!落ち着いて拾たらええ!」

「はいっ」


中澤はそう言ったものの、今しがたのドライブを見て安達に勝ち目はないと見ていた。

一方で、森上の一回戦と二回戦の、あの試合ぶりはなんだったんだ、と。

手を抜いていたのか、と。


森上は、安達はやり易い相手だと思っていた。

カットの切れもさほどではないし、軽いドライブの返球でさえ浮いて返って来る。

全く慌てる必要などない、と。


よーし・・確実に入れて行ったらええな・・

無理せんでもええ・・

せやけど・・全力で打てるボールは全力で・・



今しがたのボールを見て、驚いたのが早坂だ。


「嘘やろ・・」


早坂は思わず呟いた。


「なにがですか」


植木は六月のシングルを見ていたので、早坂の呟きの意味がわからなかった。


「いや、お前から森上はすごいと聞いてたけどな、一回戦と二回戦は全然やったんや」

「え・・」

「いや、勝ったけどな、なんもすごなかったんや」

「そうなんですか?」

「今のドライブ、今日、初めて打ったんやぞ」

「まさか・・日置監督、手を抜いてた・・?」

「いや、それはないやろ」

「ほならなんで・・」

「ようわからんけど・・そうか、今のが本来の森上なんか」

「そうなんですよ!森上さんは、すごい選手なんですよ!」


植木は我がことのように、なぜか勝ち誇っていた。



その後、森上はけして慌てることなくマイペースで試合を進めていた。

繋ぐボールは繋ぎ、全力で打てるボールは全力で、といった具合に、確実に1点ずつ取って行った。

けれども全力で打ったつもりのボールでも、全てが上手くいったわけではなかった。

その度に森上は、「しゃあない・・しゃあない・・」と言いながら、自分を励ました。


それは日置も同じだった。

つい今しがたまで、森上は全くの不調だった。

それがここに来て、少しずつではあるが感覚を取り戻し、決まり始めている。

それで十分だ、と。

少しずつでいいんだ、焦ってはいけない、と。


一方でこうも考えていた。

三神のエースはカットマンである須藤だ。

今の森上にはストップはない。

けれども今後、ストップを身に着けドライブに混ぜると、果たしてどんな試合になるのか、と。

日置は想像しただけで武者震いのする思いがしていた。



―――本部席では。



「そうですか」


5コートを観ていた皆藤は、独り言を呟いた。

隣で聞いていた三善は雑務を熟しながら、相変わらず呑気だな、と思った。

なぜなら三神も試合をしているからだ。

勝つとわかってはいても、せめて自校の試合を観るだろう、と。


「どうされたんですか」


三善はとりあえず、そう返した。


「森上くんですよ」

「そうですか」

「でも・・ダブルスは負けるでしょうし、次の阿部くんもどうかわかりません」

「そうですか・・」

「阿部くんが勝ったとしても、ラストは論外です」

「では、やはり桐花は負けると」

「仕方がないですね」


皆藤は落胆していたが、来年の予選は違うと思った。


日置くん・・

中川くんを成長させ・・

重富くんも・・どんな選手に育てるのか・・

楽しみでなりませんよ・・



そしてコートでは、森上はラストを迎えていた。

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