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サーよし!2  作者: たらふく
137/413

137 岩清水作戦




―――ここはロビー。



「もしもし」


早坂は植木に電話をかけていた。

植木はワンコールですぐに出た。


「はい、早坂出版です」

「わしや、わし」

「ああ、編集長。どうしたんですか」


植木は、てっきり印刷会社からの連絡だと思い、気の抜けた返事をした。


「お前、桐花、出とるぞ」

「え・・」

「今、小谷田とやっとる」

「ええっ!ええええ~~」


植木は信じられないといった風に、大声で叫んだ。


「お前、うるさいねん」

「ほっ、ほんまですか!」

「ほんまや」

「えっ・・ということは、四人いてるんですか!」

「当たり前やろ」

「ええええ~~僕も行ってええですか!」

「電話は」

「いや・・まだかかって来てないんですけど・・」

「そうなんや」

「行ったら、あきませんか!」

「まあ、ええわ。今日の試合は生で見た方がええしな」

「電話は、ええんですか」

「後でわしがかける」

「わかりました!ほならすぐに向かいます!」


植木は、けたたましく受話器を置いた。

その音に、早坂は思わず耳の穴をほじくった。


まあ・・重富はど素人やったけど・・

中川や・・あいつはおもろい・・

ス~・・びっくりしよるやろな・・


早坂は、頬を緩ませながらフロアへ戻った。



―――桐花ベンチでは。



中川さん・・すごいなぁ・・


森上は、中川の立ち向かう姿勢に、徐々に触発されつつあった。


中川さんの半分でええから・・

私にもあの強い意思があったらなぁ・・


森上はアップをしながら、何度もジャンプを繰り返していた。


試合は本多が優勢だった。

本多は徹底して中川を動かし続け、最後にミスをするのは中川だった。


くっそ~~

ちょこまかとストップかけやがって・・

もっと打って来いよ!


そう、中川は本多のストップに翻弄されていた。

本多のストップの上手さは、杉裏並みだった。

特に、打つと見せかけてからのストップは、何度も台上でツーバウンドするほどだ。


でもよ・・

これも立派な作戦だ・・

私が拾い切れねぇのが悪いんでぇ・・

うーん、本多ってのは、頭がいいんだな・・


べらぼうに頭脳明晰な岩清水よ・・

おめーなら、どう考える・・

どうやって突破口を開くんでぇ・・


「中川さん!タイム取って」


日置が叫んだ。


「ちょっと待ってくれ。今、考えてんだよ!」


中川は振り返ってそう答えた。


「タイムを取るんだ!」


日置は中川の「わがまま」を許さなかった。

中川は「ったくよー、しょうがねぇな」とこぼしながら、タイムを取った。

そして不満げに日置の前に立った。


「なんだよ」

「ここで挽回しないと、このセットは取られて終わりだよ」


現在、カウントは13-5と、本多が大きくリードしていた。


「だから、今、それを考えてるところなんだよ。挽回する方法をよ!」

「どんな考えなの?」

「本多は頭がいい。あいつは常に私の裏をかいて来る。それをどうにかしねぇとな」

「きみ、本多さんを過大評価し過ぎなんじゃないの」

「え・・」


日置の意外な言葉に、中川は唖然とした。

過大評価などではない、と。

先生も観てただろ、と。


「よく考えてみて。きみの送るコース、殆どが中途半端なところばかり。つまり、ストップがかけやすいコースばかり。その逆も然り。とても打ちやすいコースだよ」

「だったら、どうすりゃいいんでぇ」

「ボールは深いところ。コースは際どいところ」

「ほーう」

「それを徹底すれば、そう簡単にはストップも上手く決まらない。かけたつもりでも単なるツッツキになる」

「なるほど」

「そしてラリーが続く。そうなると本多さんに焦りが出る。打って決めないと、という焦りね」

「おう」

「焦るとミスが出る。きみはそこを突くんだよ」

「どういうことでぇ」

「徹底的に拾いまくるんだよ。打てるものなら打ってみろってね」

「・・・」

「今はきみが動かされているけど、きみが本多さんを動かすんだよ」


おいおい・・先生よ・・

おめー、いつから岩清水になったんでぇ・・

よく思いついたな・・

そうか・・

私が本多を動かすんだ・・


「よーーし!その岩清水作戦、気に入ったぜ!」

「あはは」

「また笑ってやがるな」

「なんだよ、それ」


日置は「命名」が面白いと思った。


「名付けて岩清水作戦さね!」

「気に入ったなら、きみはやるよね」

「あたぼうよ!」

「じゃ、岩清水作戦で、まずは挽回だよ」

「おうよ!」


そして中川はコートに向かった。


「先生」


阿部が呼んだ。


「なに?」

「中川さん、意固地に見えますけど、今ので先生のこと、すごいと思たんとちゃいますかね」

「僕はどう思われようと、別に構わないよ」

「え・・」

「選手自身が考え出したことで、それが作戦として適切であれば言うことはないし、間違っていれば指摘する。それだけのことだよ」

「・・・」

「迷っていればアドバイスもするし、道を照らすこともする。それが監督としての務めだと思うよ」


阿部は思った。

日置の選手に対するメンタルコントロールはうまい、と。

けして強制せずに、選手を納得させて軌道修正させる。

卓球日誌にも書いてあった。

選手自身で考えさせることが、なにより大事であり、それが成長なのだ、と。



―――小谷田ベンチでは。



「ええか、本多」


本多は中澤の前に立っていた。


「はい」

「今のでええ。もう中川はお前のストップは取れん」

「はい」

「このセットはこっちのもんや。それで、次のセットも同じ作戦で行くんやぞ」

「はい」

「お前が勝ったら、うちは勝ったようなもんや」

「はいっ」

「よし、行って来い!」


そして本多もコートに戻った。


「よう、本多よ」


中川が呼んだ。

本多は黙ったまま、中川を見た。


「ただいまより、岩清水作戦を開始する!覚悟しな」

「は・・?」


本多は目が点になっていた。


中川さん・・なに言ってるの・・


日置は、作戦を自らバラしたことに呆れていた。


「フフフ・・」

「なによ、岩清水作戦て」


本多は、少しだけ不気味に思ったが、さして気にも留めなかった。


「爆弾が本物か・・偽物か・・おめー、どっちを信じるんでぇ」

「爆弾?」


『愛と誠』の作中では、太賀誠が砂土谷峻との戦いで、爆弾を作ったことがあった。

それが本物か偽物か、真偽が定かでない時点で、本物という信憑性を持たせるため、頭脳明晰な岩清水が協力者だと誠は偽りを言う。

中川はそのことを言った。


「そうさね」

「審判、試合再開させて」


本多は呆れて、主審の中原にそう要求した。


「中川さん、サーブ出してください」

「わかってらぁな」


副審である重富は、岩清水作戦なるものが、何であるかはわからなかったが、中川のことだ、タダでは転ばないと期待で胸が膨らんでいた。

そして「中川さん、頑張れ」と、心の中で声援を送っていた。


中川は「1本だぜっ!」言って、サーブを出す構えに入った。


「中川さん!挽回!」

「しっかりぃ~中川さぁん~」


阿部も森上も声援を送っていた。

そして中川は下回転のロングサーブを出した。

本多はそれを軽くカット打ちで返した。

バックに入ったボールを、中川は、なんなくカットで返した。

これは日置に指摘された通りの、とても深いところでバウンドした。


よしよし・・これでいいんだな・・


本多は再びカット打ちで返球した。

中川は、このボールも次のボールも、深いとろこへ丁寧にカットし続けた。

そしてカット打ちとカットのラリーが何球か続いた時だった。

本多が打つと見せかけてからのストップをかけた。

が、しかし、甘いストップになった。

ボールは少しだけ高く上がり、中川のコートの真ん中あたりでバウンドした。


おいでなすったぜ~~~!


チャンスボールと見た中川は、前に走り寄り、思い切りスマッシュを打った。


パシーン!


フォアへ入ったボールは、誰もが決まったと思った。

けれども本多は懸命に追いつき、ラケットにあてて返した。

慌てた中川は、もう一度打ちに出た。

今度はバックコースだ。

けれども中川のスマッシュは、万全ではなかった。

そして本多はなんと回り込み、カウンターでフォアストレートに返した。

中川はボールを見送るしか出来なかった。


「サーよし!」


本多は力強くガッツポーズをした。


「中川!」


日置が怒鳴った。

中川は黙って振り向いた。


「きみはカットマンだろう!ボールに食らいつけよ!」

「・・・」

「なにを諦めてるんだ!作戦続行だ!」


くそっ・・

ぜってー拾ってやる・・

ん・・

ちょっと待てよ・・

二回連続で打ったのがいけなかったんじゃねぇのか・・

フォアへのスマッシュの後、返されたボールは・・カットすべきだったんじゃねぇのか・・

なぜなら・・二度めの攻撃は・・無理があった・・

挙句、本多にカウンターで返された・・

先生・・言ってたよな・・

小谷田は、返すだけじゃ勝てないチームだと・・

なるほどさね・・

っていうか・・なに今頃、気が付いてんでぇ・・

よーーし、徹底的に拾いまくってやるぜ!


「先生よ!任せな!」


中川はそう言って、コートへ向きを変えた。

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