136 中川の性質
―――金曜の夜のこと。
日置は練習を終えて、その足で桂山の工場へ向かっていた。
そう、小島にユニフォームを借りるためだ。
やがて工場に到着した日置は、出入り口で小島が出てくるのを待っていた。
「いやあ~~慎吾ちゃんやないの~~」
いの一番に日置を見つけたのは、大久保だった。
「よう、虎太郎」
日置はニッコリと笑って、右手を挙げた。
「日置さん、どうしはったんですか」
安住が訊いた。
「うん。小島を待ってるの」
「あの子らやったら、まだ更衣室で喋り倒してますよ」
「あはは・・そうなんだね」
「慎吾ちゃん、今からどっか行かへんか~」
「いや、ちょっと小島に用事があるから」
「っんもう~デートなんか、いつでもできるやんかいさ~」
「デートじゃないんだよ」
「ほなら、なんなんよ~」
そこで日置は、日曜日に一年生大会に出ること、そのため、「影の大番長」のユニフォームを小島に借りることなどを話した。
「いやっ、影の大番長て。あっははは」
大久保は爆笑していた。
「中川さんて、ほんま、おもろい子ですね」
「まあね」
「これは、日曜日には応援しに行かんと、あかんわ~」
「僕も行きますよ。影の大番長の正体を見たいですし」
「いや、練習があるだろうし、いいよ」
「っんもう~午前中だけやんかいさ~」
「そうなんだ」
そこへ彼女ら八人が、ワイワイと話しながら歩いてきた。
「ああ~~っ!先生~~!」
蒲内が日置を見つけた。
そして彼女らは、日置の元へ駆け寄って来た。
「いやっ、先生ですやん。お久しぶりです~」
「先生、こんなとこまで来て・・」
「杉ちゃん、それ言うたらアカン」
「そうそう、愛しの彩華に会いたくて会いたくて、ね?先生」
「いやあ~、アツアツやん~~」
日置は「相変わらずだな・・」と苦笑していた。
「おだまらっしゃぁぁ~~い!」
小島がみなを制した。
「先生、どないしたんですか」
小島は冷静に訊いた。
そして日置は、大久保に説明したのと同じ内容を繰り返した。
「で、一緒にきみんちへ行けば、そのまま持って帰れると思ってね」
「はい、わかりました」
「先生、私らも応援に行きます!」
為所が言った。
「そうそう、行きます~~!」
「影の大番長て・・ププ」
「森上さんや阿部さんの試合も観たいしな」
「一年生大会かぁ~懐かしいな」
こうして大久保や安住、彼女らは、日曜日、午前中の練習を終えて体育館へ向かうのだが、重富の試合には間に合わなかったのである。
―――府立の別館では。
第5コートでは、両チームが整列し、たった今、オーダーを読み上げたところだった。
オーダーはこうだ。
トップ、中川対本多。
日置の読み通り、本多はトップに出て来た。
二番、森上対安達。
これも日置の読み通りだ。
ダブルス、阿部、中川対本多、畠山。
四番、阿部対中原。
ラスト、重富対畠山。
両校は互いに一礼して、それぞれベンチに下がった。
「さて、中川さん」
中川は日置の前に立っていた。
「おう!」
「本多さんは前陣。おそらくストップも使って来る」
「おうよ!」
「きみはカットマンだ」
「そうさね!」
「徹底的に拾うこと。相手にミスをさせてなんぼだからね。無論、チャンスボールは打つこと」
「合点でぇ!」
「うん、きみなら勝てるよ」
日置は中川の肩に手を置いた。
「徹底的に叩きのめしておいで」
「あたぼうよ!」
そして日置はポンと叩いて送り出した。
―――一方で小谷田ベンチでは。
「本多」
中澤が呼んだ。
「はい」
「うちは三年前、桐花に3-0で負けとる」
「はい」
「今日は、その雪辱戦や」
「はい」
「中川は、ええカットマンやが、大したことあらへん」
「はい」
「まずは、エースのお前が1点取る。これは絶対やぞ。ええな」
「はいっ」
「よし、ほな行って来い!」
本多はゆっくりとコートへ向かった。
「ほんちゃん!しっかり!」
「出だし1本な!」
チームメイトも、本多に檄を飛ばした。
やがてコートに着いた二人は3本練習を始めた。
ちなみに、副審には重富が着いていた。
よーし・・
徹底的に拾ってやるぜ・・
エースかなんだか知らねぇが・・
っんなもん・・関係ねぇのさ・・
こちとら・・並の心の臓じゃねぇんだぜ・・
中川は、こんなことを考えながら打っていた。
したがって、その目つきは、まさに高原由紀を彷彿とさせ、まるで獲物を狙うかのような眼光が本多に突き刺さっていた。
けれども本多は全く意に介してなかった。
なぜなら、中川の試合を観て、確実に勝てると確信していたからである。
どんなに睨もうと、なんだろうと、屁でもない、と。
そう、本多はカットマンを得意としていた。
そしてジャンケンに勝った本多はサーブを選択した。
「ラブオール」
審判が試合開始を告げた。
「1本!」
本多はサーブを出す構えをしながら声を出した。
「来やがれってんでぇ!」
中川も、本多の声を跳ね返すべく、レシーブの構えをした。
本多は中川のミドルをめがけて、上回転のかかったロングサーブを出した。
中川は、スッと右へ移動し、バックカットで返した。
ミドルへ返ったボールを、本多は打ちに行くと見せかけてストップをかけた。
中川は慌てて前へ駆け寄り、何とか拾って返した。
けれどもボールは甘く返り、少し高めに入った。
チャンスボールと見た本多は、抜群のミート打ちでバッククロスを逃げるようなスマッシュを打った。
しゃらくせぇ~~~!
中川は懸命にボールを追った。
なんとかラケットにあてた中川だったが、再びチャンスボールが返った。
打つなら打ちやがれ!
こんちきしょうめ!
中川は、フォア、バック、どちらに来てもいいように、後ろで待って構えた。
「中川さん!前!」
日置が叫んだ。
そう、日置は本多がストップをかけると読んでいた。
そして日置の読み通り、本多は絶妙なストップをかけた。
ボールはネット前にチョコンと落ちた。
一瞬ではあったが、日置のアドバイスがあったため、中川はそのボールも拾った。
そして本多は、後ろに下がりかけた中川の動きを察知し、もう一度ストップをかけた。
中川の足は一歩も動かなかった。
いや、動けなかった。
「サーよし!」
本多は大きくガッツポーズをした。
「ナイスボールや!」
中澤は、早くも興奮気味だ。
「本多、おめー、やるじゃねぇか!」
中川は、落ち込むどころか、「してやられた」ことに、発奮していた。
「どんまいだよ!」
日置が叫んだ。
「先生よ・・どんまいなんて生ぬるい言葉、響かねぇぜ」
中川は、ラケットをクルクルと回しながらそう言った。
「え・・」
「なにミスしてやがんでぇ!くれぇ言ってほしいもんだな」
「あはは」
日置は思わず笑った。
「なに笑ってやがんでぇ」
「うん。きみはそうだよね。そうだった」
「・・・」
「あんなボールくらい、拾え!」
「おうよ!」
そして中川はコートに着いた。
この子は・・ほんとにすごい・・
下手に励ますより、尻を叩けば発奮する・・
中川はそういう子なんだよ・・
だから相手が弱かったり、やる気がなければ、中川は自分を鼓舞できないんだ・・
そうか・・
花園南の桐谷との対戦の時・・
中川は桐谷を発奮させた・・
そういうことだったんだな・・
そして中川は「来やがれってんでぇ!」と大きく声を発し、レシーブの構えをした。




