135 決勝戦で会おう
―――本部席では。
「結局、重富くんは、最近入った部員のようですね」
皆藤が言った。
「あれが部員・・」
三善は、重富のあまりの不甲斐なさに、言葉を失っていた。
「妙な座り方も歩き方も、変なポーズも、フェイクだったのですよ」
「ということは、実質、三人のチームですか・・」
「今日のところは、です」
「え・・」
「日置くんが、あのままにしておくはずがありませんよ」
「まあ、そうですね」
皆藤は当初、決勝で桐花と対戦することに期待したが、森上の不調、阿部と中川は並のレベル、重富に至っては論外。
決勝どころか、小谷田にも勝てないと読んでいた。
そして今年も、つまらない大会だと、落胆していた。
―――その頃、ロビーでは。
中川はトイレへ行き、阿部と森上は、ロビーに貼り出されている組み合わせ表を見ていた。
日置と重富は、ベンチに座って休憩をとっていた。
「先生」
重富が呼んだ。
「なに?」
「私のために、ラバーを剥させて、すみません。弁償します」
「あはは、なに言ってるの」
「え・・」
「また、貼ればいいだけだよ」
「そうなんですか?」
「うん。だから心配しなくていいよ」
「そうですか。よかったぁ~」
それから二人は、さっきの試合のことを、楽しそうに話していた。
「えっと、桐花はここやから、次は・・」
阿部は指で表をなぞっていた。
「玉出高校か・・。恵美ちゃん、知ってる?」
「いやぁ~、知らんわぁ」
「卓球日誌にも、玉出高校の名前はなかったし、あまり強ないんかもな」
阿部の予想は当たっていた。
玉出高校は、花園南よりはレベルは上だったが、桐花の方がはるかに上だった。
「でもぉ、油断したらあかんと思うぅ」
「そらそうや。どんな相手でも、徹底的に叩きのめす、やな」
「そやなぁ・・」
森上は、自身の不甲斐なさを気にしていた。
阿部はすぐに森上の意を悟った。
「恵美ちゃん」
「なにぃ・・」
「大丈夫やって」
「うん・・」
「とにかく、勝てばええんやし」
阿部はそう言って、森上の腕にぶら下がった。
「ほれ、恵美ちゃん、振って、振って~」
「千賀ちゃん、ほんま、これ好きやなぁ」
そして森上は阿部を前後に振ってやった。
「あはは~これ、楽しいねん」
「ほれ~ほれ~」
そんな二人を、日置は目を細めて見ていた。
―――一方で、トイレでは。
中川は個室から出て、水道の蛇口をひねった。
そして、手で水を掬い、顔をじゃぶじゃぶと洗った。
中川の隣では、三神の須藤と菅原が手を洗っていた。
「やってやるぜ・・」
中川は鏡を見ながら、独り言を呟いた。
須藤と菅原は、思わず中川を見た。
なんなんだ・・この言葉は、と。
「ぜってー優勝してやる・・」
須藤と菅原は顔を見合わせ「クスッ」と笑った。
中川は二人が笑ったことに気が付いた。
「なに笑ってやがんでぇ」
「いえ、なにも」
須藤は平然と答えた。
「むっ・・おめーら、さんかみ高校ってのか」
中川は、須藤のジャージに刻まれている「三神」の文字を見て言った。
「三神高校やで」
「ほーう、三神ってのか」
「あんた、中川さんやね」
「おうよ。おめー私のこと知ってんだな」
「うん」
「三神・・三つの神ってことか・・。するってぇと、私にとっちゃ、誠さん、愛お嬢さん、高原由紀だな。いやっ・・岩清水も捨てがたい・・」
須藤と菅原は、また顔を見合わせ、唖然としていた。
「いい名前じゃねぇか!三神っ!」
「ああ・・うん、ありがとう」
須藤は、中川が面白いと思った。
「で、おめーら、勝ってんのかよ」
「え・・」
須藤は、また呆気にとられた。
「そうか・・済まねぇ」
「え・・」
「そのツラじゃ・・一回戦で負けたんだな、悪かった」
「いや・・まだ残ってるんやけど・・」
「おおっ!そうでねぇとな!私らも勝ったんだよ」
「うん、さっき観てたし」
「観てしまったのか・・いけねぇ・・いけねぇぜ」
「え・・」
「観ねぇ方がよかったな・・いやっ、もう観てしまったもんはしょうがねぇやな。おめーら、全力を尽くしな」
「うん、もちろんそのつもりやで」
「ちょっと・・須藤ちゃん」
菅原は、このやり取りに呆れていた。
「なに?」
「もう行こ」
「ああ、そやな。ほな、中川さん、決勝戦で待ってるわな」
「決勝戦!おめー、いいぜ!気に入った!」
中川は濡れた手で、須藤の肩をポーンと叩いた。
須藤は、なんら気にすることがなかった。
「そうさね、やるからにぁあ、目標は高く!おうよ!決勝戦で会おうぜ!」
須藤はニッコリと笑って、出て行った。
「ちょっと須藤ちゃん」
後に続いた菅原が呼んだ。
「なに?」
「もしかして、からかったん?」
「まさか」
「でも、中川さん、後でショック受けると思うで」
「中川さんて、レベルはまだまだやけど、向かってくるあの感じ、ええと思うで」
「え・・」
「向こうがそうなら、こっちかて、それに応えるべきやと思う」
「まあなぁ・・」
「それでショックを受けようがどうしようが、それは中川さんの問題」
「・・・」
「私は、一切手を抜くつもりもないし、実力の差を思い知らせる。それが卓球人としてのマナーや」
「相変わらず、厳しいな」
「厳しくて当たり前。試合はそう言うもんや」
中川は、まさか須藤が「影の大番長」的な、高原由紀だとは思いもしなかった。
高原由紀は、けして正体を明かすことのない、クールなキャラクターだ。
けれども向かってくる相手には、容赦なく投げナイフの洗礼を浴びせ、叩き潰すのだ。
そして桐花は二回戦も順当に勝ち抜き、小谷田戦を控えていた―――
「さて、今日の正念場の一つである、小谷田戦だけど、ここは、花園や玉出とはわけが違う」
日置はロビーで、彼女らに向けて話をしていた。
「向こうは全員が、中学からの引き抜きで入った選手ばかり」
「先生よ・・」
中川が口を開いた。
「なに?」
「そんなこたぁ関係ねぇぜ」
「うん、きみの言いたいことはわかってるけど、勝つためにはオーダーも大事だし、作戦も練らないとね」
「おう、一理あらぁな」
「これまでみたいに、ただコートに入れれば点が取れるというわけじゃない。相手は簡単にミスをしない。それはわかるよね」
「おうよ」
「まず本多さん。この子は裏ペンで前陣。安達さんは裏裏のカットマン。畠山さんは裏ペンのドライブ。中原さんは、表。阿部さんと一緒だね」
「ほーう、先生のリサーチ力、すげぇな」
日置は、当然ながら、小谷田の試合も観ていた。
「それで、本多さんがエースだね」
「ほーう」
「じゃ、オーターを言うね」
そこで日置は、チラリと中川を見た。
「トップ、中川さん」
「えっ・・」
「おそらく本多さんはトップに出て来る」
「おうよ!」
「二番、森上さん」
「はいぃ」
「ダブルス、阿部さん、中川さん」
「はいっ」
「おうよ!」
「四番、阿部さん」
「はいっ」
「ラスト、重富さん」
「はい」
日置の考えはこうだ。
今の森上を本多にあてても、最悪、負けることになるかもしれない、と。
森上には、カットマンである安達と対戦させ、動きやドライブの調子を、更に戻させたかった。
一方で、中川が本多に勝てるかどうかは、やってみないとわからない。
けれども中川の、絶対に引かない性格は、トップに相応しい面もあり、勝てば否が応でもこちらが有利になる。
「いいかい。3-0で勝ちに行くからね」
「あたぼうよ!」
「はいっ!」
「重富さんは、ベンチで座って応援してね」
「いえ、あの」
「なに?」
「私、もう審判できます」
「え・・そうなの?」
「はい。玉出との試合で、もう覚えました」
「そうなんだ。じゃ、重富さんにも審判で参加してもらうね」
「わかりました!」
そして日置たちは、第5コートへ向かったのである。




