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サーよし!2  作者: たらふく
134/413

134 0点、上等!




―――「どんまい、どんまいや!」



浅田が檄を飛ばした。


「そうやで。落ち着いて打ったらええよ!」


佐久間も声を挙げていた。

花園南の負けは既に決まっているが、せめて「生意気」な重富には勝とうと、試合前に話していた。

けれども長野は、不気味で恐ろしい重富に対し、どうしても前を向けないでいた。


板て・・なんなん・・

ほんで・・また重富さん・・睨んでるし・・

さっきの・・わけのわからんポーズかて・・なんなん・・


長野の頭は混乱していた。

重富は「さあ~来やがれってんでぇ!」とレシーブの構えをした。

そして長野は、また下回転のサーブを出した。


羽根突き・・羽根突きの要領や・・


重富はラケットにあてた。

カッコーンという音を放ち、ボールは再びフラフラと高く上がった。

今度はフォアコースの深いところでバウンドした。

そう、100%のチャンスボールだ。


うわあ・・またこんな変なボール・・


長野は打ちに行ったが、空振りを恐れて当てて返すだけになった。


ポッコーン


これも、なんとも頼りない返球だ。

誰の目から見ても、「ピンポン」で遊んでいるようにしか思えないほどだ。

そう、いわゆる「温泉卓球」と同じレベルだ。


頑張れ・・重富さん・・


日置は心の中で励ましていた。

重富は、バウンドしたボールを、下から上へ打ち上げた。

再び山なりのボールが長野のコートに入った。

今度はバックコースだ。

長野はゆっくりと回り込み、不安定な振りでラケットにあてた。

ボールはバッククロスを抜け、重富は見送ってしまった。


「サーよし!」


長野はホッとした表情で、ガッツポーズをした。

重富は慌ててボールを拾いに行った。

その際、フロアで見学していた他校の選手が、「めっちゃ下手なくせに、格好ばっかりやん」と重富を罵った。

重富はその声を無視して、コートに戻った。


気にせぇへん・・

私はやったことないんやから、しゃあない・・

でも・・なんか・・悔しいな・・


花園南ベンチでは、浅田や他の選手がなにやらヒソヒソと話していた。

そして「長野、タイムや」と浅田が呼んだ。

長野はタイムを取り、ベンチに下がった。


「どう見ても、重富は素人や」


浅田が言った。


「そうなんですか・・」

「レシーブの構えもおかしいし、お前がさっき打ったボールかて、簡単に見送ったやろ」

「はい」

「せやからな、今までの重富の「あれ」は、芝居や」

「芝居・・」

「試しにな、サーブはフォアとバックの際どいとこへ出すんや。ロングサーブやで」

「はい」

「多分、取られへんはずや」

「わかりました」



―――一方、桐花ベンチでは。



「重富さん」


重富は日置の前に立っていた。


「はい」

「おそらく、きみの正体は見抜かれたと思う」

「げ・・早くも・・」

「だから、ここからは、きみは1点も取れないと思う」

「・・・」

「そのことがわかってれば、気楽でしょ」

「ああ・・まあ・・」

「それと、もう影の大番長はやらなくていいからね」

「・・・」

「芝居は抜きで、重富さんとして試合をすればいいからね」

「はい」

「向こうだって、板は苦手なはず。だから、最後まで頑張って」

「わかりました」


そして日置は重富の肩をポンと叩いた。

日置は思っていた。

正体がばれない間は、大暴れしてやればいい、と。

中川が提案した、奇妙なポーズであれ、ステップであれ、なんでもやれ、と。

けれどもバレた以上は、その策も滑稽でしかない。

となると、まさに重富はピエロになってしまう。

影の大番長の「殻」を脱いで、素の重富でやらせるべきだ、と。


「とみちゃん、しっかりな」

「とみちゃん~頑張れぇ~」

「うん、頑張る」


そして重富はコートに向かった。

重富はもう、長野を睨むこともしなかった。

それより、1球でも多く返球しようと決めた。


本来の優しい表情に戻った重富を見た長野は、少し戸惑ったが、サーブの構えに入った。


「1本!」


長野は大きな声を発した。

そしてバックコースへ、ロングサーブを送った。

重富はラケットにあてることすらできずに見送った。


「サーよし!」


長野は大きな声を挙げた。


先生の言う通りや・・

やっぱり重富さんて・・素人なんや・・


重富の正体がわかった長野は、次も、その次もロングサーブを送り、点を重ねた。

この時点で、4-1で長野がリードした。


私のサーブやな・・


重富は、ボールを手のひらに乗せ、ラケットを振ったが空振りをした。


「どんまい、どんまい!」


日置は、懸命に重富を励ました。


「とみちゃん~大丈夫やで!」

「とみちゃぁ~~ん、頑張れぇ~~!」


阿部と森上も必死に声援を送った。

けれども重富は、5本連続でサーブミスをした。

重富は、徐々に恥ずかしさに襲われていた。


嫌やな・・

もう・・途中でええから・・止めることとかできひんのかな・・


そこで重富はフロアを見回した。

すると大勢の目が3コートを見ているではないか。


げ・・

かっこわるぅ・・


「重富さん、気にしない、気にしない!」


日置がそう言って、首を横に振った。


「そうやで!気にしたらあかん!」

「とみちゃんのペースでええよぉ~~」


「タイム!」


そこで審判の中川が、自らタイムを取った。

重富は唖然としたまま中川を見た。


「重富、来な」


中川はそう言って、重富と共にベンチに下がった。


「おい、重富」

「なに・・」


重富は、何を言われるのかと不安だった。


「おめーは、ここまで演劇人としてよくやってくれた」

「え・・」

「私のバカな考えを、おめーは徹底してやり続けた」

「・・・」

「けどよ、下を向くのはやめようぜ」

「・・・」

「おめーの演技力は、一勝に値するぜ」

「中川さん・・」

「0点、上等!っんなもん、屁でもねぇぜ!」

「うん、わかった」


重富はニッコリと笑った。


「よーし!それでいいんでぇ!」


中川は重富の肩を抱いて、コートに戻った。



「中川さん、言葉はあれだけど、優しい子だよね」


日置は前を向いたまま、阿部と森上にそう言った。


「そういえば中川さん、この試合の申し込みする時、自分が勝手にやったことにするて・・責任を被ろうとしたんです」

「そうだったんだ」

「中川さぁん・・私が落ち込んでる時ぃ・・家にまで来てくれてぇ・・それでぇ・・もう友達だってぇ・・言うてくれましたぁ」

「そっか・・」


日置は思った。

中川は、やると決めたらとことんまでやる子だ。

時にそれが、周りを巻き込むこともしばしばだが、「責任」を途中で放り出したりしない、と。


同時にこうも思った。

中川を育てれば、三神にも引けを取らない選手になるのでは、と。

三神に勝つためには、絶対的な練習量と、それを上回る強靭な精神力が不可欠だ。

中川は、既にその精神力を備えている、と。


そして重富対長野は、2-0で長野が完勝した。

結局、重富が取ったのは、1セット目の1点だけだった。

試合を終えた後、重富は、長野の元へ行った。


「長野さん」


声をかけられた長野は、何事かと重富を見ていた。


「嫌な思いをさせて、すみませんでした」

「え・・」

「睨んだり、偉そうな口を利いたり。実は私、全くの素人で、あれはそれを隠すための演技やったんです」

「ああ・・うん」

「許してくださいね」


重富はそう言って頭を下げた。


「い・・いや、そんなんもうええです」

「ありがとう」

「実は、めっちゃ怖かったんよ、私」

「え・・」

「あれが、演技やとは思われへんかったんよ」

「実は私、演劇部なんですよ」

「ええええ~~!」

「あはは」

「いやっ、めっちゃ納得やわ。名演技やったよ」

「ありがとう」

「でも、桐花は強いわ。他の子らにも、頑張るよう伝えてな」

「うん。ありがとう」


重富は一礼して、日置らの元へ戻った。

そして翌日、なんと重富は新たな部員として、卓球部に加わることとなるのである。

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