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サーよし!2  作者: たらふく
132/413

132 奇人・中川




―――「中川て・・なんやねん・・」



3コートの近くで観ている早坂は、「得体のしれない」中川に、興味を持った。


これは・・おもろい・・

なんちゅう美人で・・最初は言葉遣いもお嬢さんみたいやったのに・・

いきなり・・あれや・・

ほんま・・なんやねん・・こいつ・・


早坂の頬は、自然と緩んでいた。

そう、笑わずにはいられなかったのである。


そしてコートでは3本練習が始まっていた。

対戦相手の桐谷も裏ペンだ。


そういや・・あれだな・・

うちは三人しかいねぇのに・・

森上は裏だろ・・チビ助は表だ・・

そして私は・・カットマン・・と。

そもそも・・先生はなんでバラバラにしたんだ?


中川は日置の意図など知るはずもなかった。

チーム内でタイプの異なる選手を置かないと、そもそも外では勝てない。

ましてや三人であれば、まだまだ足りないくらいだ。

それでも、裏、表、そして中川の片面は一枚だ。

とりあえず、三種類のラバーには対応できるというわけだ。


方や花園は裏の選手のみだ。

これではいくら練習をしようとも、外で勝ち抜くことは、まず不可能だ。


そしてジャンケンに勝った桐谷はサーブを選択した。

中川は「こっちだ」と、自分が立っているコートを指し、審判に着いた阿部に言った。


「ラブオール」


試合開始の声がかかった。

桐谷は下回転のサーブを、バックへ出した。

中川はなんなくツッツキで返した。

ラバーは一枚だ。

一枚のボールなど打ったことがない桐谷は、コントロールができずにボールが高く返った。


おいおい・・早速かよ・・


中川は「おいしい」ボールを、打ちにいった。

パシーン!という音と共に、ボールはフォアコースへ抜けた。


「サーよしっ!」


中川は力強くガッツポーズをした。


「ナイスボール!」


日置も声を挙げた。


「ナイスボールぅ~~」


森上は手を叩いていた。


「中川さんも、いいよね」


日置は前を見ながら森上に言った。


「はいぃ~」

「あの子、まだ四ヶ月なんだよね」


日置は中川の「歴」のことを言った。


「すごいと思いますぅ~」

「中川さんの場合、気持ちが90%って感じだね」

「はいぃ~」

「試合では、メンタルな部分が勝敗を左右することも多いけど、中川さんはその典型だと思うな」

「そうですねぇ~」

「森上さんも、きっとそうなれるよ」

「え・・」


そこで森上は日置を見た。

日置は「ね」と言って、ニッコリと微笑んだ。


そして試合は一方的に中川が押していた。

ラリー中、裏で返すと桐谷は普通にツッツく。

けれども一枚で返すと、必ず高く返って来るか、オーバーミスをする。

このことに気が着いた中川は、途中からラケットをクルクルと回し、必ず一枚で対応した。

いずれ、そのことをアドバイスをするつもりだった日置は、「意気込み」だけではない中川に驚いていた。

勝ち方を考えている、と。


そしてカウントはあっという間に、20-7と大差がつていていた。


「ラスト1本!」


日置が檄を飛ばした。


「おうよ!」


中川は背を向けたまま、大きな声で返事をした。


「わりぃが、この1本も貰うぜ」


中川は桐谷に言った。


「ば・・挽回!」


桐谷は、なんとかそう答えた。


「来やがれってんでぇ!」


そして最後のラリーも桐谷がネットミスをし、1セットを中川が取った。


「っしゃあ~~!」


中川はそう言いながら、ベンチへ下がった。


「中川さん、ナイスゲームだよ」


日置は拍手で迎えた。


「おうよ!」

「次も、今の戦法で行こう。チャンスボールは絶対に打つこと」

「わかってらぁな!」

「それにしてもきみ、チャンスボールを作る方法、よく思いついたね」

「先生よ・・」

「ん?」

「ここさね、ここ」


中川はそう言って、自分の頭を指した。


「先生とは、ここがちげぇんだよ」

「あははは」


日置は思わず笑った。


「なに笑ってやがんでぇ」

「いや、うん。よく考えてるね」

「だろ?」

「じゃ、徹底的に叩きのめしておいで」


日置は中川の肩をポンと叩いた。


「あたぼうよ!」

「中川さぁん~頑張ってなぁ~」


森上もそう言った。


「おうよ!」


そして中川はコートに向かった。

やがて2セット目が始まったが、戦況は変わることなく、中川が一方的に試合を進めていた。


「日置監督」


そこへ早坂が日置の元へやって来た。


「あ・・早坂さん、どうも、ご無沙汰してます」


日置は軽く会釈をした。


「あの子、おもろいな」


早坂は中川を見ながら笑っていた。


「ああ・・そうですね」

「日置くんは、なかなか個性的な選手を集めるん、得意やな」

「そうですかね」

「去年までの桐花もおもろかったけど、今年は比較にならんくらいおもろいで」

「そうですか・・」

「ス~が見たら、どう思いよるかな」

「今日は、植木くんは?」

「あいつな、この試合に桐花は出てないと決めつけて、仕事放棄や。まったく、どんならんやっちゃで」

「あらら・・」

「もちろん、決勝まで行くつもりやろな」

「はい」

「楽しみにしてるで」

「ありがとうございます」

「きみ、頑張りや」


早坂は森上に言った。


「はいぃ・・」

「ほなな」


そして早坂はベンチを離れて、元の位置へ戻った。



―――コートでは。



ったくよ・・どいつもこいつも根性が足りねぇ・・

この桐谷も・・まったくやる気がねぇ・・

命と命のやり取りだろうがよ・・


中川はこんなことを考えながら、試合を進めていた。


「サーよしってんでぇ!」


中川は点を取るたびに、桐谷に向かって声を発していた。

桐谷は、もはや「どんまい」すら言わずに、顔色は全く冴えないままだ。


「おい、桐谷よ」


中川は、突如桐谷を呼んだ。


「え・・」


呼ばれた桐谷は何事かと、呆気にとられた。

審判の阿部も、何事かと中川を見ていた。


「おめー、投げナイフ、受けたことあんのか」

「は・・?」

「そのツラじゃ、ねぇようだな」

「あ・・あるわけないやん・・っていうか・・誰も受けたことないと思うけど・・」

「はっ。そうだろうぜ」

「なに言うてんの・・そんなんあったら、事件やん・・」

「ったくよー、ちげーよ」

「は・・はあ?」

「物の例えさね」

「例え・・?」

「みなまで言わせてぇのか。投げナイフ・・つまり、多球練習のことさね」

「・・・」

「ボールがとめどなく襲ってくるだろうがよ。そう、まるでナイフが如く!」

「中川さん!」


阿部が制した。


「なんでぇ」

「喋っとらんと、試合再開してください」

「むっ・・審判の権限とやらで抑え込もうってのかい」

「時間の無駄!桐谷さんにも失礼」

「いやいや、私はさ、試合を諦めんなってこと言いたかっただけさね」

「え・・」


桐谷が呟いた。


「勝とうが負けようが、関係ねぇ。ただよ、諦めた時点で、おめーはナイフが刺さって終わりさね」

「・・・」

「でもよ、負けても諦めなければ、命は続くんでぇ。誠さんがそうだったようにな・・」


桐谷は、わけがわからなかったが、無性に悔しさが込み上げてきた。


「わかった!最後まで諦めへんし!」

「あはは!いいじゃねぇか!そうでねぇとな!」


日置は思った。

とことんまで追い詰めて、徹底的に叩きのめせ、と。

それを中川は、相手を発奮させてやる気を出させた。

この子は、なんなんだ、と。

どこの世界に、対戦相手を発奮させる者がいるんだ、と。

きみも、ある意味まだ素人なんだぞ、と。


その後、桐谷は中川に向かって行った。

けれども、圧倒的な練習不足の下では、戦況が変わることはなかった。

それでも桐谷は、諦めずにボールを追い続けた。

ミスをしても「どんまい!」と声を発していた。


方や中川は、一切手を抜くことはなく、徹底的に叩きのめしていた。

そして結局、21-8で中川が勝利した。


双方は「ありがとうございました」と一礼した。


「おい、桐谷」


ベンチへ下がろうとした桐谷を、中川が呼んだ。


「なに・・」

「おめー、いつから卓球やってんだ」

「え・・」

「いつからだって訊いてんだよ」

「中学の時からやけど・・」

「私はな、今年の九月からだぜ」

「えっ」


桐谷は仰天していた。


「それは嘘やわ。そんなはずない」

「嘘言ってどうすんでぇ」

「嘘や。九月て・・こないだやん」

「そうだぜ」

「なあ・・阿部さん」


桐谷が呼んだ。


「なに?」

「ほんまなん・・?」

「うん・・ほんまやねん」

「そっ・・そんな・・」

「命と命のやり取りに・・年月なんざぁ無意味よ・・」

「え・・」

「ようは、ここ、ここさね!」


中川は、自分の胸を叩いた。


「ここ・・」


桐谷は自分の胸を見た。


「また会おうぜ!」


中川はそう言ってベンチに下がった。

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