131 愛お嬢さんを封印
「阿部さん、よく頑張ったね」
日置は拍手で阿部を迎えた。
「はいっ」
「きみ、絶好調だよ」
「ありがとうございます!」
「さて、肝心のダブルスだ」
そこで日置は中川を見た。
中川は日置の眼光を跳ね返すように見た。
「いいかい。きみたちのペアは、あくまでもにわか仕込みだ。でも、今のきみたちなら、花園には勝てる。これは、励ましてるわけでもなく、事実を言ってるだけ」
「はいっ」
「おうよ」
「だから、負けることは許さないよ」
「はいっ」
「誰に言ってやがんでぇ。負けという文字は、誠さんの辞書にはねぇのさ」
「うん。中川さん、その意気だよ。じゃ、徹底的に叩きのめしておいで」
日置は二人の肩をポンと叩いて送り出した。
「森上さん、引き続き審判だけど、ごめんね」
「いいぇ~、ほなぁ~行ってきますぅ」
そして森上もコートへ向かった。
さてさて・・中川さん・・
どんな試合を見せてくれるのかな・・
日置は二人の後姿を見ながら、ニコニコと笑っていた。
―――一方で、花園南のベンチでは。
「ええか、佐久間、長野」
浅田が二人を前にして口を開いた。
「これに負けると、もう後がない」
「はい」
「さっき見たように、阿部はかなり強い。問題は、中川や」
「はい」
「どうやらカットマンのようや」
浅田は、中川の持つラケットを見て言った。
「まずは、ツッツキで繋ごか」
「はい」
「よし、出だし1本な」
「はいっ」
比較的、佐久間は元気だったが、長野は中川より重富を気にしていた。
そしてコートに向かう際も、重富をチラチラと見ていた。
「なあ・・さくちゃん・・」
長野が佐久間を呼んだ。
「なに?」
「審判さ・・また森上さんやん・・」
「ああ・・」
「やっぱり重富さんて・・めっちゃ強いんちゃうかな・・」
「今は、重富さんのことより、ダブルスに勝つことやで」
「うん・・そうなんやけど・・」
「気にしない、気にしない」
その実、長野は日置と重富がフロアから出て行ったことも気になっていた。
なにをしに行ったんだろう、と。
そして四人は台に着き、3本練習が始まった。
中川のフォア打ちは、とてもしっかりと打てていた。
日置は「うん」と頷いた。
そしてジャンケンに勝った佐久間は、サーブを選んだ。
阿部は「こっちで」と、自分たちが立っているコートを指した。
「ラブオール」
審判が試合開始を告げた。
互いは「お願いします」と一礼した。
その際、中川は「どうぞ、お手柔らかに」と付け加えた。
けれども心の中では「おめーら、覚悟しな」と言っていた。
サーブは佐久間で、レシーブには阿部が着いた。
「中川さん、1本な」
阿部は送るコースを台の下で示しながら、中川の顔を見た。
「よろしいですわ」
中川はニッコリと微笑んだ。
佐久間は、下回転の短いサーブを出した。
阿部は、それを叩いて返した。
バックへ入ったボールに長野は対処できず、そのまま見送った。
「サーよし!」
阿部は中川を見ながらガッツポーズをした。
「よろしくてよ~」
中川は、しなを作る格好でそう言った。
「あのさ・・」
阿部は中川の傍まで行った。
「なんでぇ・・」
「そこは、サーよしでええから」
「愛お嬢さんは、サーよしなんて言わねぇぜ」
「だから・・これは試合。よろしくてよ~なんて、気が抜けるわ」
「ったくよ・・チビ助、注文が多すぎるぜ」
「ええな、サーよしやで」
「おらあ~~じゃダメなのかよ」
「あかん」
「はいはい、サーよしな」
そして佐久間は、また下回転のサーブを出した。
阿部は簡単にフォアへ素早く叩いた。
長野は何とか追いついたが、なんとも頼りない返球になった。
フワッと上がったボールに、中川は前に踏み込んだ。
そして思い切りスマッシュを打った。
ボールは佐久間のはるか横を通り過ぎ、後ろへ転がった。
「サーよし!」
二人は互いを見ながらガッツポーズをした。
「よしよし、ナイスボール!」
日置は軽く手を叩いていた。
「中川さん、ナイスボール!」
阿部が言った。
「っんなもん、朝飯前さね!」
スマッシュが決まったことで中川は興奮し、地が出てしまった。
佐久間と長野は、唖然として中川を見た。
「あっ・・ああ・・朝食前でございますわ。ごめんあそばせ。おほほ」
中川は、佐久間と長野に向けて言った。
森上は、思わず下を向いて笑っていた。
森上よ・・おめー、なに肩震わせてやがんでぇ・・
こちとら・・真剣も真剣よ・・
中川が何気に振り向くと、日置も笑いを堪えていた。
そして重富までもが、肩を震わせているではないか。
かぁ~~・・やってらんねぇぜ・・
「おい、チビ助」
中川は小声で呼んだ。
「なによ・・」
阿部も半笑いで、唇を震わせていた。
「なっ・・おめーまで笑ってやがる」
「いやっ・・ごめん」
そこで阿部は「コホンッ」と一つ咳払いをして、気を取り直した。
「あのよ、もう誠さん全開じゃダメなのかよ」
「うーん・・でもそれやと、めちゃくちゃ言いそうやしなぁ・・」
「言わねぇ、言わねぇって」
「絶対・・?」
「おうよ」
「相手の子らに、挑発するようなこととか、品を欠くようなこと言うたらアカンで」
「わかってらぁな」
「うん。それやったらええ。私かて、愛お嬢さんのままやったら、なんか調子狂うっちゅうか・・笑ろてまうしな」
「よーし、決まった」
そして阿部と中川はコートに着いた。
「1本!」
阿部は構えながらそう言った。
「おうよ!」
中川は大声でそう言った。
佐久間と長野は、思わず驚いて中川を見た。
それは浅田や、他の選手もそうだった。
なんなんだ、と。
佐久間は気を取り直してサーブを出した。
これも簡単な下回転だ。
阿部はバックの際どい所へツッツいた。
長野は、当然のようにツッツキで返した。
バックに入ったボールを、中川はツッツキで返した。
佐久間はそのボールを、またツッツキで返した。
バックに入ったボールに阿部はすぐさま回り込み、バッククロスへミート打ちを放った。
長野は成す術もなく、ボールを見送った。
「サーよし!」
二人はガッツポーズをした。
「チビ助~~!いいじゃねぇか!」
「おう!」
「あはは、おめー、絶好調だな」
「そうさね!」
そして試合は、一方的に阿部と中川ペースで進んでいった。
日置のアドバイスの必要がないくらいの出来だった。
とはいえ、相手はレベルが低すぎる。
勝って当然の相手だが、いわば、森上にしろ阿部にしろ、これが本当の意味でのデビュー戦だ。
中川に至っては、ほんとに初の試合だ。
そんな中、彼女たちは活き活きを試合をしている。
願ってもない滑り出しだと、日置は思っていた。
阿部と中川は簡単に1セット目を取り、2セット目も19-5と、大詰めを迎えていた。
「よーし、チビ助、あと2本でぇ」
「うん」
「最後まで、気を抜くんじゃねぇぜ」
「中川さんこそな」
「なに言ってやがんでぇ、命と命のやり取りだぜ?気を抜けばそこでおしまいさね」
「だから・・」
このやり取りを後ろで聞いていた浅田は、中川への「気持ち」もすっかり失せていた。
なんなんや、この中川さんは・・と。
「さあーチビ助、相手さんには気の毒だがよ、とっととやっちまいな」
「だから・・やっちまうとか、そんなんアカンて言うたやろ」
「そうか・・。じゃ、お片付けになっておしまいなさい」
阿部は半ば呆れながらも、サーブを出した。
これも上手いナックルサーブだ。
阿部はよく一人でサーブ練習をしていた。
その成果が見事に発揮されていた。
佐久間はナックルに対応できず、ボールは高く上がった。
フフフ・・また私の攻撃が欲しいのかい・・
佐久間・・おめーは「ほしがり人間」だな・・
食らえ~~!
中川は、思い切りスマッシュを打った。
ボールは長野のはるか横を通り過ぎ、後ろへ転がって行った。
「サーよし!」
「サーよしってんでぇ!」
そして最後は、阿部のサーブが決まり、2-0で完勝した。
この時点で桐花は3-0で勝利したが、試合はラストまで行う。
そして中川は、シングルも勝つべく、意気揚々とコートに向かったのである。




