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サーよし!2  作者: たらふく
130/413

130 苦肉の策




森上は最後もドライブを決め、2-0で佐久間に完勝した。


「森上さん、調子はどう?」


日置が訊いた。


「はいぃ・・なんとなくぅ・・戻って来た感じがしますぅ」

「そっか。うん」


日置は優しく微笑んだ。

けれども日置は、まだまだ本調子でないことはわかっていた。

日置は思っていた。

今大会は不調に終わっても、それでいい、と。

あくまでも本番は、来年の予選だなのだ、と。

とはいえ、不調であっても、今出来得る限りで全力を尽くす。

そして決勝で三神に挑むんだ、と。


「さて、阿部さん」


阿部は日置の前に立っていた。


「はいっ」

「今のきみなら、絶対に勝てるよ」

「はいっ」

「きみの武器は速攻。早めに勝負に出て相手に付け入る隙を与えないこと」

「はいっ」

「よし、徹底的に叩きのめしておいで」


日置はそう言って阿部の肩をポンと叩いた。


「チビ助、勝てよ」


中川が言った。


「わかってる」

「おーし、行って来い!」

「中川さん・・」


日置が小声で呼んだ。


「なんでぇ」


中川は日置を見上げた。


「きみ、今日は早乙女愛なんだよね」

「ああっ」


中川は「全力を、お尽くしになって!」と大きな声で言い直した。

阿部はニコッと笑って、コートへ向かった。

そして審判には森上が着いた。

重富は相変わらず、ふんぞり返って座ったままだった。



―――花園南ベンチでは。



「なあ・・あの重富さんなんやけど・・」


ラストで重富と対戦する長野が口を開いた。


「どしたん?」


佐久間が答えた。


「ずっと座ったままで、審判もせぇへんやん・・」

「そやな・・」

「あれなんかな・・特別扱いっていうか・・」

「確かにそうかも。しかもあの座り方やのに・・監督も他の子も何も言わへんしな・・」

「なんか・・私、怖いわあ・・」

「大丈夫やって」

「ほんで・・私のこと、時々睨むねん・・」

「平気、平気」


そこで重富は突然、立ち上がった。


「いやっ・・立ったわ・・」


長野は重富から目が離せないでいた。

そして重富は頭からタオルを外し、長野を睨んだ。


「ほらぁ・・めっちゃ睨んでくる・・」

「だ・・大丈夫やって・・」


佐久間も不気味に思っていた。

その実、重富の行動は中川の指示によるものだった。


「おめー、立ち上がってあいつを睨みな」


中川は重富の横でアップをしながら、こう呟いていた。

そう、話しかけるそぶりではなく。


「え・・」


重富も中川を見ずに答えた。


「んでよ、タオルを外して睨むんだ」

「わかった・・」


と・・このような「策」がとられていたのである。

そんな二人を日置も見ていた。


否が応でもラストで重富さんは試合をする・・

そうなると・・3本練習の時点で化けの皮が剥がれる・・

せっかく影の大番長として参加してくれてるのに・・

それだと、あまりにもかわいそうだ・・


コートでは、阿部は順調だった。

そもそも花園南のメンバーは、全員が裏ペンだった。

阿部のナックルを混ぜた速い攻撃に、大下は成す術もなかった。


「よろしくてよ~よろしくてよ~」


中川の声援に、日置はクスクスと笑っていた。


「先生よ、なに笑ってやがんでぇ」

「いや・・ごめん・・ププ」

「私は真剣に愛お嬢さんやってんだ。笑うこたぁねぇだろ」

「うん、きみの言う通りだね」

「それにしてもよ、チビ助、絶好調じゃねぇか」

「あの程度の相手には、勝って当然だよ」

「おおっ、先生、強気だな」

「勝てる相手には、絶対に勝つこと。それは、きみもだよ」

「わかってらぁな」


そして阿部は、あっという間に1セットを取った。


「阿部さん、今のでいいよ」


ベンチに下がった阿部は、日置の前に立った。


「はいっ」

「チビ助、おめー、やるじゃねぇか」


中川は阿部の肩をパンパンと叩いていた。

阿部はニッコリと笑った。


「阿部さん、次のセットも、今の調子でね」

「はいっ」

「よし、行っておいで」


日置は阿部の肩をポンと叩いて送り出した。


「さて・・中川さん」


日置が呼んだ。


「なんでぇ」

「阿部さんの試合は、きみに任せるね」

「え・・」

「僕、重富さんを連れて外に出るから」

「どこへ行くんでぇ」

「すぐに戻るよ」


日置はそう言って「重富さん」と呼んだ。

重富は黙って日置を見上げた。


「ちょっと、外に出ようか」

「え・・」

「僕に着いて来て」


そして日置はバッグを持ち、重富を連れてロビーに向かった。


「先生・・どこへ行くんですか・・」


重富は日置の後ろを歩きながら訊いた。


「うん、ちょっとね」


そして二人はロビーに出て、日置はそのまま外へ向かった。

重富は、一体何事だと不安に思った。

もしや、これまでの「生意気」な態度で、叱りを受けるのでは、とも思った。

日置は人気ひとけの少ないところまで歩き、「重富さん」と呼んだ。


「はい・・」

「きみが試合に出ると、すぐに素人だとバレるよね」

「はい・・」

「そこでなんだけど」


日置はバッグから自らのラケットを取り出した。

そして驚いたことに、なんとラバーをビリビリと剥したではないか。


「先生・・なにやってはるんですか・・」

「これね、板だよね」

「はい・・」

「きみには、これを使ってもらうよ」

「え・・これって、違反やないんですか」

「ううん。板を使ってる選手も、多くはないけどいるんだよ」

「へぇー」

「これ、持ってみて」


日置は重富にラケットを渡した。


「そして、こうやって握るの」


日置は正しい持ち方を教えた。


「でもね、持ちにくかったらそうしなくてもいいよ」

「え・・」

「きみの打ちやすい持ち方でいいから」

「打つ・・いうたかて・・」

「正しい振りじゃなくてもいい。とにかく相手コートに返すこと」

「あの・・これって、羽子板みたいなもんですか」

「ああ・・まあ、そうだね」

「私、羽根突き得意なんです」

「おお、それはいいね」

「羽根突きの要領やと思えばええですか」

「うん。相手コートに入りさえすれば、ミスじゃないからね」

「わかりました」


日置の考えはこうだ。

なまじラバーが着いていると、ボールの変化に対応できない。

ましてや重富のような素人ではなおさらだ。

そこで日置は、変化に強い板なら、少しは返せるだろう、と。


これが小谷田や三神が相手なら、愚策も甚だしいが、花園レベルなら、ある程度は通用するのではないか、と。

無論、重富はサーブもレシーブもできない。

たとえ、レシーブを返せても、チャンスボールになるはずだ。

けれども花園の選手は、重富を謎の秘密兵器だと勘違いしている。

せめて、出だしだけでも誤魔化せるのではないだろうか、と。


「いいかい、重富さん」

「はい」

「試合は負けてもいいし、どんなみっともないミスをしたっていい」

「・・・」

「そのうち、相手はきみの正体がわかって、バカにするかもしれない」

「・・・」

「でも、まったく気にしなくていいからね」

「はい・・」

「きみが参加してくれたおかげで、あの子たちは試合に出ることができた」

「・・・」

「だからね、僕は、きみにもこのまま引き下がってほしくないんだよ」

「・・・」

「コートに着いたら大暴れするといい」

「大暴れ・・」

「いや、ほんとに暴れるんじゃないよ」

「あはは、わかってます」


そう、日置は、素人の重富が、どんな目でみんなから見られるのかがわかっていた。

もしかすると、とても傷つくかもしれない。

日置は重富に、そんな思いをさせたくなかった。

だから、せめてもの、苦肉の策だったのである。


そして二人がコートに戻った頃には、阿部は20-3とリードし、ラストを迎えていた。


「どこ行ってたんでぇ」


中川が日置に訊いた。

重富は、そのままふんぞり返って椅子に座った。


「後でわかるよ」


日置はニッコリと微笑んだ。


「サーよし!」


最後もスマッシュを決めた阿部が、ガッツボーズをした。

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