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サーよし!2  作者: たらふく
13/413

13 部の存続




―――「なあ、恵美ちゃん」



翌日の昼休み、教室で阿部が森上の席へ行き、声をかけた。


「なにぃ」

下迫(しもさこ)さんが、言うとったんやけどな」


下迫とは、同じクラスの女子である。


「下迫さん、昨日、帰りがけに職員室の前を通ったら、加賀見先生の声が聴こえたらしいねん」

「へえぇ」

「なんかな、あんまり詳しくわからんみたいやけど、小屋が無駄や、とか言うとったらしいねん」

「そうなんやぁ」

「どうも、職員会議やったみたいやで」

「ああ~・・それで日置先生はぁ、小屋に来れんかったんかぁ」

「うん、そうみたい」

「小屋が無駄てぇ、どういうことなんやろなぁ」

「ほら、卓球部って、誰もいてないやん。使ってないってことなんちゃう?」

「それやったらぁ、先生、困りはるなぁ」

「恵美ちゃん、どうするん?」

「私なぁ、先生に助けられたやぁん。小屋が使われへんようになったらぁ、気の毒やと思うねぇん」

「ほな、放課後、また行ってみる?」

「そやなぁ」


こうして二人は、放課後、小屋へ行くことを決めた。



その頃、加賀見は一人で小屋に入っていた。


まったく・・こんな広さがあるのに・・


加賀見は中をウロウロしながら、なんとか使う方法がないものかと考えていた。


物置小屋はあるし・・うーん・・

そうか・・私が新しい部を作ればいいんやわ・・

まずは、この卓球台を利用して・・

そうやな・・

テーブルマナー部って、どうやろ・・


この時代、女子高というのは往々にして、卒業後のことを考え、社会に出て恥をかかないように、テーブルマナーを習うことがある。

加賀見は、そのことを思った。


そうやわ・・女子なんやし、きっと興味を持つ子たちがいてるわ・・


そこで加賀見は、部室も開けてみた。

そこには、籠に入ったたくさんのボールや、かつて、彼女らの上級生が使い古した「置き土産」のラケット、蒲内が書いた「卓球日誌」、コップやお茶の葉、やかん、などが置かれてあった。


まあ・・こんなにたくさん・・

これは全て物置に移動させて・・

ここに、お皿やナイフやフォークを置けばいいわね・・

よし、職員会議で提案する・・



―――そしてこの日の放課後、また職員会議が始まった。



「昨日、考えましたんですが、私は新しい部を作り、あの小屋を使用します」

「それは何部ですか」


校長の工藤が訊いた。


「テーブルマナー部です」


すると他の教師から「テーブルマナー部やて・・」と囁く声が挙がった。


「具体的には、どうされるのですか」

「卓球台をテーブルに見立て、そこでマナーを教えるのです」

「とはいってもですね、料理はどうされるのですか」

「家庭科室で作ります」

「それを、わざわざ小屋へ運ぶ、と」

「そうです」

「それならば、教室でよくありませんか?」

「教室の机だと、小さすぎるんです。卓球台だと広いですし、隣との間隔もとれます。そこにクロスを敷いてですね、お皿やフォークやナイフを並べて、食事をします」

「加賀見先生、マナーの心得はおありですか」

「当然です」


実際、加賀見はマナーに長けていた。


「それとですね、着付けも教えます」

「ほう、和服ですか」

「我が校は、女子高です。社会に出た時、一人前の女性として恥をかかないように教えておくべきかと」

「すると、テーブルマナーと着付け部、ということになりますか」

「仰る通りです」

「先生方、ご意見があればどうぞ」

「はい」


古文担当の小谷(こたに)が手を挙げた。

ベテランの女性教師だ。


「私はいいと思いますよ」


小谷がそう言うと、加賀見はどうだと言わんばかりに日置を見た。


「それはどうしてですか」

「確かに卓球部は、我が校始まって以来の見事な成績を収めました。私としても、廃部になるのは心苦しいです。けれども、日置先生の指導方法は、教育の一環から外れていると感じます。なぜなら、教育と言うのは「勝つ」「強い」が全てではないからです。いわば、先生の方針によって部員がいないわけです。よって、小屋は加賀谷先生の言われるように使用することに賛成です」

「そうですか。他の方は?」

「はい」


堤が手を挙げた。


「どうぞ」

「昨日も申しましたが、まだ五月ですよ。それに日置くんならば、一旦入部を認めたからには、必ず全国へ向けて尽力されることは間違いないです。小谷先生は、「勝つ」「強い」が全てではないと仰いましたが、いかにして選手を育てるか、いかにして勝たせるか、というのは立派な教育です。そこから得るものは、こう言ってはなんですが、テーブルマナーや着付けなどと比較になりませんよ。それらは卒業してから習う機会はいくらでもあります。けれども、一つの目標に向かって頑張り続ける、苦しくても乗り越える、これは机で習う教育とは別の意味があります。それは、今しかできないんです。よって、僕は、加賀見先生の意見には反対です」

「わかりました。他の方は?」


工藤がそう言うと、数名の教師が「賛成、反対」の意見を述べたが、結局、結論には至らなかった。


「日置先生、どうですか」


工藤が訊いた。


「僕は、昨日申し上げた通りです」


日置は、それしか言わなかった。


ガラガラ・・


そこで職員室の扉が開いた。

教師らは、一斉に入口を見た。


「あのぅ・・」


そう、そこに立っていたのは、森上と阿部だった。

彼女らは、会議の内容を外で聞いていたのだ。


「森上さん!今は会議中ですよ!」


加賀見が叱った。


「先生、いいですから」


工藤がたしなめた。


「きみたち、今は会議中なんですが、なにか急用でもあるのですか?」

「えっとぉ・・私ぃ、卓球部に入ろうと思てるんですけどぉ」


そこで日置は、思わず立ち上がった。


「ほう、入部希望者ですか」


工藤は安心したようにそう言った。


「はいぃ・・」

「日置先生、この子は、こう言ってますが、どうされますか」

「もちろん、認めます!」

「そうですか。認めるならば部は存続ですね」


すると加賀見は、悔しそうに日置を睨んでいた。

日置は、やっと森上を教えられることで、目の前が明るくなる気がしていた。


「では、小屋の件は、卓球部が使用するという結論でよろしいですね」


工藤がそう言うと、加賀見以外の者は異論がなかった。


「あの!」


加賀見が立ち上がった。


「なんですか」


工藤は少々、うんざりした様子だ。


「部員って、たった一人なんですよね」

「そうですが」

「一人で・・あんな広い小屋を独占するなんて、横暴じゃありません?」

「一人でも立派な部員ですよ」

「それなら・・以前のように、体育館の隅でいいんじゃありません?」

「先生」


日置が口を開いた。


「なんですか」

「あなたは知らないだろうけど、卓球は狭くてはできないスポーツなんですよ」

「だって、台の前で打つだけでしょう?」

「それは卓球じゃありません」

「なっ・・」

「よかったら、一度見学に来ませんか」

「なっ・・なんで私が・・」

「見れば、あの小屋でも狭いと思われますよ」

「あの・・じゃあ、こうすればいいんじゃないでしょうか」


加賀見は、なかなか引き下がらなかった。


「なんですか」


工藤が訊いた。


「私の部と、交代で使うのはどうですか」

「私の部・・って、まだ作ってもないじゃないですか」


工藤は呆れて、少し笑っていた。


「加賀見先生」


そこで、数学担当の東原ひがしはらが口を開いた。

東原もベテランの女性教師だ。


「なんですか」

「私はあなたの意見に賛成でしたが、それは部員がいないことが前提です。けれども、たった今、入部希望者がそこに来たではありませんか」

「・・・」

「希望者がいる限り、あなたの新しい部、とやらは、まだ始動すらしてないんですよ。それを交代で使わせろというのは、甚だ無理筋ですよ」

「・・・」

「あなたね、意気込みは買いますが、ちょっと勇み足が過ぎますよ。交代で使いたいと仰るなら、部を立ち上げて「それなり」の活動をしてからでないとね。こう言ってはなんですが、あなたは部を立ち上げる前に、クラスの生徒に目を向けなさい」


東原の言い分は、いじめのことと、もう一つ別の意味を持っていた。


「あなた、ご存じですか?」

「え・・」

「あなたのクラスの、中尾さんと木元さんと石川さんね。妙な連中と付き合ってますよ」

「え・・妙って・・」

「他校の男子生徒です」

「えっ」

「昨日、たまたま天王寺で見かけたんですよ。あれは不良です」

「そ・・そんな・・」

「話を訊いた方がいいですよ」


そこで加賀見は唖然としたまま、席に着いた。

そして職員会議は終わった。


すぐに工藤が、東原と加賀見を校長室に呼び寄せた。


「東原先生、さきほどの話、詳しく聞かせてもらえませんか」


工藤はソファに座って、そう切り出した。

東原と加賀見は、工藤の正面に座った。


「あれは確か南仁和(なにわ)高校の生徒でしたね」

「そうですか、それで?」

「相手も三人、そして中尾さんたち三人で、喫茶店へ入って行きましてね」

「ほう」

「男子生徒の服装は、いわゆる不良です。髪も茶色に染めてましてね、鞄もペチャンコでした」

「なるほど」

「私は彼らが出てくるのを待って、声をかけようと思っていたのですが、これが一向に出てきませんで」

「・・・」

「で、私は店の中に入ったんです。そしたらですね、彼らの姿はなく、他の客も不良ばかりで、喫煙していました」

「中尾さんたちは、どこへ?」

「さあ、それはわかりません」

「うーん・・これは厄介ですね」


その実、この店は、表向きは喫茶店だが、店の二階に「交流」する部屋があり、中尾らと男子高校生は、そこにいたのだ。

その部屋は、喫煙はもちろんのこと、酒を飲むという、いかがわしいことに使用されていた。

中尾らは、根っからの不良ではなく、単なる興味本位で着いて行ったのだが、いじめを知られ、いわば、何もすることがなくなった中尾らは、「外」に目を向けたというわけだ。

けれども今なら引き返せる状況だ。

このまま放置しておくと、取り返しがつかなくなる。

その意味で、東原が目撃したのは幸いと言える。


「加賀見先生」


工藤が呼んだ。


「は・・はい」

「明日、中尾さんたち三人に、話を訊きなさい」

「わかりました・・」


加賀見は、テーブルマナーどころではなくなった。

と同時に、厄介なことをしでかしてくれたもんだと、中尾らを疎ましく思うのであった。

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