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サーよし!2  作者: たらふく
129/413

129 半分の力




―――「なんやねん、あれ」



第3コートに近い場所で観ていた早坂は、植木から聞いた話と全く違うことに唖然としていた。


ス~の言うとった森上て・・ほんまにこの森上なんか・・?

ドライブ・・全く打ってへんやないか・・

いやいや・・監督は日置や・・

これは作戦・・

ちゃう・・

日置やったら・・どんな相手であろうと、コテンパに叩き潰すはずや・・

せやけど日置・・相変わらずニココニしとるしな・・

まさか・・手を抜くやなんてこと・・


早坂のみならず、皆藤も中澤も日下部も、森上は手を抜いているのでは、との疑いを持つほどだった。

なぜなら、それ以外にこの戦法の意味を見いだせないからだ。

それは、三神の選手らも同じだった。

彼女らは森上対策のため、大学にまで通い続け、男子のボールを受けてきた。


「なあ・・森上さんて・・」


福田ふくだが口を開いた。

彼女ら三神のメンバーは、フロアの隅で森上の試合を観ていた。


「うん、あれ、なんなん」


菅原すがわらが答えた。


「遊んでるようにしか見えへんな」


馬場ばばもそう言った。


「須藤ちゃんは、どう思う?」


関根せきねが訊いた。

須藤は、六月の大会で森上と対戦し、完勝していた。


「一回戦やから、様子見なんちゃうかな」

「様子見言うたら、せめて1セットの前半だけやで。普通は」


馬場が言った。


「まあ、私らが気にすることでもないよ」


須藤は、例え森上が万全で挑んできたとしても、絶対に叩きのめすつもりでいた。

それは他の者も同じだった。


「せやけどさぁ・・ベンチで座ってる子・・なんか妙やよね」


関根が「クスッ」と笑った。


「あんな態度、考えられへんわ」


チーム内でも、一番真面目な菅原は、重富を軽蔑していた。


「私、森上さんより、あの子がどんな試合をするんかが、楽しみやわぁ」


関根は、森上より重富に興味津々だった。



―――コートでは。



たった今、第2セットが始まった。

佐久間は、「このセットは打つな」と浅田から指示を受けていた。

粘って、森上にミスをさせる策に出たのだ。


佐久間は浅田の指示通り、簡単な下回転のサーブを出した。

森上は、バックに入ったボールをツッツキで返した。

佐久間もそれをツッッキで返した。

と、このように、またツッッキの応酬が繰り返された。


どこで・・打とかな・・

ドライブ・・ドライブ・・

ミスしてもええと・・先生は言うてはった・・


こんな風に考えながら、森上はツッツいていた。


ツッツキだけでええねや・・

焦ったらあかん・・


方や佐久間は、どこまでも粘ろうと考えていた。

そして延々と続いたツッッキのラリーは、森上がネットミスをした。


「サーよし!」


佐久間はガッツポーズをした。


「よーーし、ええぞ~~!」


浅田も拍手を送っていた。


「森上さん、どんまいだよ」


日置はニコニコと笑いながら、うんうんと頷いていた。


「はいぃ・・どんまいぃ~」


主審の桐谷は、館内の時計に目をやった。

そう、促進ルールを考えて、時間を確認したのだ。

不思議に思った中川も、時計を見た。


なんでぇ・・こいつ・・

用事でもあんのかよ・・


「中川さん」


桐谷が呼んだ。


「なにかしら」


中川は、しおらしく答えた。


「今から十五分、時計を確認してください」

「え・・」

「このままやと、促進に入る可能性がありますので」


そこで中川は、森上を見た。

森上は「あっ」という表情を見せ、「すみませぇん・・タイムお願いしますぅ」と言って、中川を連れてベンチに下がった。


「森上よ、なんだってんでぇ」

「あのぅ・・促進に入るかもてぇ・・」


森上は日置に言った。


「なるほど。今のままだとそうなるね」

「促進って、なんでぇ」

「森上さん」


日置が呼んだ。


「促進に入ると、13本以内に決めなければならないから、向こうも不利だけど、きみも不利になる」

「はいぃ・・」

「だから、ここは打ちに出よう」

「はいぃ・・」

「思い切って打ってごらん」

「そうだぜ、森上。おめー打てよ」

「うん~・・」

「促進だかなんだか知らねぇが、そんなめんどくせーもん、私はごめんだぜ」

「中川さん」


阿部が呼んだ。


「促進のことは、あとで私が教えたる」

「おう、そうしてくんな」

「じゃ、森上さん、いいね」


日置は森上の肩に手を置いた。


「はいぃ」

「森上、あんな佐久間みてぇな弱っちいやつ、さっさと料理しな」

「わかってるぅ・・」

「でないと、おめーのタレ目を、吊り目に変えてやんぞ。セロテープ貼ってな」


日置は思わずクスッと笑った。


「セロテープてぇ・・あはは」


森上も笑っていた。


「よーし、徹底的に叩きのめしな」


中川は森上を連れてコートへ戻った。


「お時間、取らせまして、申し訳ございません」


中川は、しおらしく桐谷にそう言った。


「いいえ」


桐谷は優しく微笑んだ。

監督の浅田は、「綺麗だ・・」と思わず呟いていた。

そして試合が再開された。

カウントは、1-0で佐久間がリードしている。

佐久間は、促進に持ち込むべく、またツッツキを繰り返した。


よし・・打つ・・

打たんと・・促進に入る・・


ようやく森上は、ドライブを放つ覚悟が決まった。

そして佐久間がフォアへボールを送った時であった。

森上は、大きな体を右後方へ捻り、右腕を下した。

そしてそのまま、腕を振り上げてボールを擦った。


ビュッ


まるで音が聴こえそうな振りと共に、ボールはフォアクロスへ叩きつけられた。

佐久間は、夢でも見ているかのように、その場で呆然と立ち尽くしていた。


「サーよし」


森上の低い声が、佐久間には恐ろしく響いた。


「ナイスボール!」


日置は拍手をしていた。

けれども今しがたのボールも、けして完全なものではなかった。

例えるなら、為所に近いドライブだったのだ。

そう、本来の半分程度の力だったのだ。

それでも森上は、手応えを感じつつあった。


いいじゃねぇか・・森上よ・・

今のは・・5点くらいの価値があるんじゃねぇのか・・

1点ってよ・・じれってぇぜ・・


中川はカウント板を捲りながら、微笑んでいた。


「恵美ちゃん~ナイスボール!」


阿部もアップをしながら、大きな声を挙げていた。

その後、森上は回り込みもして、ドライブを放ち続けた。

佐久間は、ラケットにあてることさえ出来ないでいた。

そして試合はどんどん進み、やがて20-4と森上はラストを迎えていた。


うん・・足も動くようになったし・・

腕も・・調子が戻って来た・・


森上はこう思っていたが、まだまだ万全ではなかった。



―――本部席では。



「ふむ・・」


皆藤はそう呟いた。


「どうしたんですか?」


三善が訊いた。


「いえ、森上くんなんですがね」

「はい」


三善は3コートを見た。


「力が落ちています」

「そうなんですか」

「まあ、今日は調子が悪いのでしょう」


皆藤は席を立ってロビーへ向かった。


三善は思った。

桐花のエースである森上が不調なら、三神にとって好都合じゃないのか、と。

けれども皆藤の表情は、どこか落胆しているようにも見えた。

そして三善は、皆藤の後姿をずっと見送っていた。

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