127 桐花vs花園南
やがて、桐花の一回戦の時が来た。
相手は、花園南高校だ。
思わず中川が色めき立ちそうな校名だ。
「さて、一回戦は、花園南高校だよ」
ロビーで日置が説明した。
「なにっ!」
中川は、やはり色めき立った。
「中川さん!」
阿部がすぐにジャージを引っ張った。
「あら・・ごめんあそばせ」
「校名に反応したね」
日置が言った。
「えぇ・・思わず・・」
「オーダーを言うね。一番、森上さん」
「はいぃ」
「二番、阿部さん」
「はいっ」
「ダブルス、阿部さん、中川さん」
「はいっ」
「おほほ・・」
日置は、妙な「返事」をする中川をチラリと見た。
「四番、中川さん」
「おほほ・・」
「ラスト、重富さん」
「おうさね」
日置は思わず「はぁ・・」とため息をついた。
「先生、どうなさったの」
中川が訊いた。
「いや・・返事くらい普通でいいんじゃないの?」
「あらら・・そうですわね」
「しかも重富さん、おうさねって。そこは、はいでいいんじゃないの」
日置は、少し半笑いになっていた。
「すまねぇ」
「じゃ、これで勝ちに行くからね」
「はいっ!」
そして五人は、第3コートへ向かった。
よーし、いよいよ太賀誠さまのデビュー戦だぜ!
しかしよ・・どうも愛お嬢様口調じゃ・・調子が出ねぇ気がする・・
そもそも試合ってよ、命と命のやり取りだろうが・・
いや・・先生もチビ助たちも・・呆れるだろう・・
でもよ・・私にとっちゃあ~真剣勝負なんでぇ!
負けられねぇ試合なんだぜ!
中川は、デビュー戦とあって、前のめりになっていた。
そもそもこの試合は、中川自身が「出る」と言い出したことだ。
申し込みも日置に内緒であったし、重富を引っ張ったのも中川だ。
中川は中川なりに、「背負うもの」があったのだ。
「阿部さんは、わかってると思うけど、団体戦は両チームから一人ずつ審判を出す。重富さんは無理だから、トップは中川さん、きみが審判ね」
3コートの後方で日置がそう言った。
「チビ助では、いけなくて?」
「阿部さんは二番に出る。したがって、アップしないといけないからね」
「なるほど。承知しましたわ」
「ああ、それと、肝心なこと言い忘れてたけど、一回戦だけは勝敗に関係なくラストまで試合をするからね」
「えっ!」
重富の顔が引きつった。
そして森上も阿部も、思わず重富を見ていた。
「重富さん、きみ、試合に出るからそのつもりでね」
「そっ・・そんなん・・聞いてないです・・」
「重富よ」
中川が呼んだ。
「なに・・」
「今さらジタバタしたって、しょうがねぇぜ・・」
「でも・・私、ラケットすら持ったことないし・・」
「持てばいいじゃねぇか・・」
「は・・?」
「ほら、向こうさんよ、こっちを見てるぜ。堂々としてな」
重富は花園南ベンチをチラリと見た。
そして直ぐに目を逸らした。
「み・・見てる・・」
「おめー、我が部に恩があるんだよな」
「そ・・そやけど・・」
「じゃあもう、腹を括れ」
「わ・・わかった・・せやけど・・ラストで勝敗が決まることだけは・・避けてや・・」
「わかってらぁな」
中川は思った。
早くも一回戦で、重富の正体がばれてしまう、と。
これでは、秘密兵器の意味がない、と。
「重富さん」
日置が呼んだ。
「はい・・」
「試合や勝敗のことは気にしなくていい」
「・・・」
「でもさ、せっかく影の大番長として参加してくれたんだから、試合開始の声がかかるまで、高原由紀に徹してみれば?」
「ど・・どういうことですか・・」
「それは、中川さんが一番よく知ってるよね」
日置はそう言って、中川を見た。
「おうよ。任せな」
そして両チームはコートに着いた。
「オーダーを出してください」
花園南の桐谷が、両監督に促した。
そして日置と花園南の監督は、オーダーを提出した。
「ただいまより、花園南高校対桐花学園の試合を行います。一番、佐久間対森上」
佐久間は、大柄な森上に唖然としていた。
あんなのを相手にするのか、と。
「二番、大下対阿部」
大下は、今にも倒れそうなくらい細い体だ。
「ダブルス、佐久間、長野対、阿部、中川」
中川は思わず「おーす!」と言いそうになったが「よろしくお願いします」と、しとやかに微笑んだ。
すると花園南の監督、浅田は、中川に見惚れていた。
ちなみに浅田は、まだ二十五歳の男性だ。
「四番、桐谷対中川」
桐谷は、自らその場で手を挙げて一礼した。
「ラスト、長野対重富。お願いします」
重富は、タオルを頭にかけたまま、チラリと長野を見た。
長野は、不気味な重富から目を逸らした。
そして両チームは「お願いします」と一礼して、それぞれベンチに下がった。
「さて、森上さん」
森上は日置の前に立った。
「はいぃ」
「練習通りにやればいいからね」
「はいぃ」
「落ち着いて一点ずつ取って行こう」
「はいぃ」
「よし。じゃ、徹底的に叩きのめしておいで」
そこで中川は「えっ!」と、日置を見上げた。
「なに?」
「先生よ・・」
「ん?」
「いい言葉だぜ・・」
「え・・」
「私は・・思わず胸が震えたぜ・・」
「・・・」
「徹底的に叩きのめす・・いいじゃ――」
中川が、そこまで言いかけると「中川さん」と、阿部が制した。
「なんでぇ」
「あんた、叫びそうになったやろ」
「むっ・・」
そう、思わず中川は叫びそうになったのだ。
「というか、中川さん、きみ、審判だよ」
「ああっ、こりゃいけねぇ。森上、しっかりな」
中川はそう言って、森上の肩をポンと叩いた。
―――本部席では。
皆藤は、当然のように3コートに注目していた。
さて・・森上くん・・
あれから半年が経ちました・・
どれほど成長していますかね・・
こちらは・・きみの対策は万全ですよ・・
日置くん・・決勝まで上がって来なさい・・
皆藤は、相変わらず本部席の椅子を温めていた。
この皆藤は、オーダーのみならず、試合は全て選手に任せ、また選手も皆藤の方針をよく心得ていた。
無論、肝心要のところでは、その限りではない。
―――一方、フロアの隅では。
「またや・・」
小谷田高校の監督、中澤がポツリと呟いた。
「なにがですか?」
中井田高校監督の、日下部が訊いた。
「桐花は、森上のみならず・・なんやねん、あの超美人はっ!」
中澤は中川のことを言った。
「確かに、美人ですね」
「日置監督や」
「え・・」
「あの美人も、日置監督に惹かれて入ったんや!」
「いや・・美人とか関係ないじゃありませんか」
「なんでやねん」
「僕は、森上がどんな選手になっているのかの方が、怖いですよ」
「日下部はん、あの日置監督やで。んで、超美人は日置くんが好き、と。ほなら、日置くんの言うことやったら、なんでも聞くやん!」
「え・・」
「つまり、そうとうな選手やっちゅうことや!」
「そりゃ、そうでしょうね」
「ほんま憎たらしいなああ~~」
「中澤さん」
「なんやねん」
「また桐花とあたるやないですか」
「えっ!」
中澤は慌てて表を確認した。
「ほっ・・ほんまや!」
「あはは」
「日下部はんっ、笑ろてる場合かぁぁ~」
中澤は、また泣き真似をして、日下部の肩に手を置いた。
―――その頃、フロアへ足を踏み入れた早坂は。
「え・・桐花、出とるやないか」
早坂は3コートを確認した。
あほやな・・ス~・・
早坂は、「プッ」と吹き出した。
早坂は植木に報せようと思ったが、電話番がいないといけない。
よし・・今日は、わしが桐花の試合を観るで・・
そして早坂は、3コートに向かって歩き出した。




