126 一体、どうなるやら
―――そして翌日。
彼女ら四人は、府立体育館の別館の前で、日置の到着を待っていた。
「重富」
中川が呼んだ。
「なに?」
「あはは、おめー、卓球部員って感じだぜ」
中川はジャージのことを言った。
小島のユニフォームとジャージは、重富にぴったりのサイズだった。
「で、言っとくが、今日は絶対に笑うんじゃねぇぞ」
「なんでなん?」
「おめーは、秘密兵器なんだ。役に成りきれ。ぜってーだぞ。あっ、先生、来た!」
日置を見つけた中川は、重富を森上の後ろへ隠した。
役に成りきるて・・高原由紀でええんよな・・
よし・・ここはいっちょ・・
「きみたち、おはよう」
日置は彼女たちの元へ走り寄って来た。
「おはようございます!」
「おはようございますぅ」
「よーう、先生」
「あれ・・きみたち三人なの?」
「フフフ・・」
「中川さん・・また笑ってる」
日置は呆れていた。
「で、影の大番長さんは、いつ姿を現すの?」
「それは、こやつさね!」
中川はそう言って、重富を森上の後ろから引きずり出した。
「え・・重富さん」
「よーう、先生」
重富は、いかにも影の大番長らしく、斜に構えて日置を見上げた。
「きみが、影の大番長なの?」
「先生・・それを口にしちゃあ・・投げナイフが飛びまっせ」
「いやいや、そんなのいいから。で、きみ、卓球経験者だっけ」
「っんなこたぁいい。私は卓球部のために命を張りまっせ」
「あのね、僕、真面目に話してるんだけど」
「あたしも、至って真面目でっせ」
「・・・」
日置は、いよいよ呆れた表情を見せた。
「いや・・先生、演劇部は卓球部にお世話になったでしょ。それの恩返しなんです・・」
重富は小声で言った。
「恩返し・・」
「団体戦て、四人おらんとあかんのでしょ。だから、私は人数合わせの助っ人なんです」
「そうなんだ」
「せやから・・今日は、よろしくお願いします。それと演技もしますんで、承知しててくださいね」
「わかった。じゃ、中へ行くよ」
そして五人はロビーへ足を踏み入れた。
「僕、ちょっと挨拶してくるから、きみたち、練習しなさい」
日置はそう言って本部席へ向かった。
「よーし。おめーら、練習だ」
中川は、いの一番にフロアーに入った。
三人は中川の後に続いた。
「ひゃ~ごった返してんじゃねぇか」
館内は既に多くの選手で、台が埋まっていた。
「中川さん」
阿部が呼んだ。
「なんでぇ」
「ここは、一球交代で入れてもらうんよ」
「ほーう」
「中川さん、恵美ちゃん、私に着いて来て」
阿部はそう言って、台を探し始めた。
重富は、フロアの隅で立って待つことにした。
その際、重富は分厚い辞書を取り出し、ページを開いて読む「フリ」をした。
そう、高原由紀がツルゲーネフの『初恋』を読んでいた時のように。
そして重富は、時々、ナイフを投げる仕草をしていた。
けれども、重富の前を通る選手たちは、一切、気にかけることがなかった。
中には「辞書て・・」と、呆れる者もいたのだ。
―――一方、中川らは。
「中川さん、言うとくけど、べらんめぇ口調は封印してな」
阿部が言った。
「はあ?」
「今日は試合。普通に喋ってや」
「なに言ってやがんでぇ。封印したら、私が私でなくなるってんでぇ。いや、誠さんを封印することになるんでぇ」
「いや、これはキャプテン命令。ええな」
「チビ助よ」
「なによ」
「試合だからこそ、自分を出すんじゃねぇか」
「そうや。せやけどあんたは早乙女愛かて出来るんやから、今日は早乙女愛でいって」
「愛お嬢さんか・・」
「愛お嬢さんさ、ある意味、誠さんより強い面あるやん?」
「むっ・・おめー痛ぇところ突いてきやがるな」
「だから、言葉は愛お嬢さん。心は誠さんで」
「ったくよー、しょうがねぇな」
「さっ、ここに入れてもらうで」
そして三人は一球交代で練習を行った。
その際、中川は阿部の言いつけ通り、早乙女愛に徹したのだ。
けれども、これがいつまで続くかは、わかったものではない。
―――その頃、本部席では。
「皆藤さん、大変ご無沙汰しております」
日置は皆藤に挨拶に行った。
皆藤は「おお、日置くん」と言って、ニッコリと微笑んで立ち上がった。
「日置くん、お元気そうでなによりです」
「六月には、事情がありまして、来れませんでした。うちの子たち、三神さんと試合をさせて頂いたとか」
「はい、そうです」
「改めて、今日はよろしくお願いします」
「森上くん、どうですか」
「はい、順調です」
「この試合に出ているということは、森上くんと阿部くん以外にも部員が増えたということですね」
「ええ・・まあ・・」
「何人ですか?」
「四人です」
「そうですか。あと一人増えれば、来年の予選にも出られますね」
「そうですね」
「お互い、頑張りましょう」
皆藤は日置の肩をポンと叩いた。
そして日置は組み合わせ表を貰ってこの場を離れ、ロビーに出た。
よし・・もう重富さんのことは、この際、気にしない・・
森上たち三人を、いかにして勝たせるかだ・・
今の森上、阿部、中川なら・・一回戦や二回戦は勝てるだろう・・
問題は、その後だ・・
日置は表を見ていた。
三回戦で小谷田か・・
あれ・・山戸辺は出てないのか・・
そう、山戸辺の一年生は二人しかいないため、この試合には出ていなかった。
小谷田に勝つと・・決勝で三神だな・・
どうやって・・三点を取るか・・
いや・・今は一回戦を確実に勝つことだ・・
―――その頃、早坂出版では。
「おい、ス~よ」
ス~とは、記者の植木人志のことである。
この時代、お笑い芸人として人気があった植木等には『スーダラ節』というヒット曲があった。
編集長の早坂は、それに由来し、植木のことをス~と呼んでいた。
「はい」
植木は机に向かって、雑務を熟していた。
「お前、今日、一年生大会やぞ」
「わかってますけど」
「わかってんやったら、なに座っとんねん」
「そんなん言うてもですね・・」
「またお前は!」
そう、植木は記者でありながら、桐花フリークでもあった。
早坂は、そのことを言った。
「仕事せぇよ、仕事」
「桐花が出てないしなあ・・」
「こらーー!減給するぞ」
「どうせ、三神が優勝ですし」
「まったく、お前は。ほな、わしが行く。お前、電話かかって来るから留守番しとけよ」
「松坂さん、なんで辞めたんや・・」
早坂出版には、松坂という事務員がいた。
けれども松坂は、仕事がつまらなくて、先月で退職していたのだ。
「今、求人募集出しとる。それまで待て」
「わかりましたぁ」
「ほなな」
早坂はショルダーバックを抱え、煙草とライターを背広の胸ポケットに入れ、この場を後にした。
―――体育館では。
「それでは選手の皆さん、練習を終えて、集合してください」
本部役員の一人である三善が放送をかけた。
出場選手たちは、それぞれバッグを抱えてフロアの中心に集まった。
その中には、桐花の彼女らもいた。
彼女らの傍で座っている選手らは、中川を見て、その美貌に驚いていた。
「早乙女愛に・・似てない・・?」
「髪が長かったら・・そのままやな・・」
「こんな美人・・世の中にいてるんやなぁ・・」
「羨ましいわぁ・・」
このような声がヒソヒソと挙がっていた。
「あら・・そんなことございませんわ」
中川が答えた。
中川の隣に座る、阿部がすぐさまジャージを引っ張った。
「なんでぇ・・」
中川は小声で訊いた。
「いらんこと言いな・・」
「いいじゃねぇかよ・・」
「ええから、お口チャック・・」
すると中川は、その者たちに向けて「ごめんあそばせ」と笑った。
一方で森上の後ろに座る重富は、タオルを頭にかけて顔が見えないようにしていた。
そして「やってやるぜ・・さて・・何人血祭りにあげてやるか・・」と呟いていた。
重富の隣に座る、他校の選手は、「ちょっと・・この子・・なんなん・・」と唖然としていた。
「血祭りて・・」
「なんか・・危ないんとちゃう・・」
そこで重富は、二人を見て「フフフ・・」と不敵な笑みを見せた。
その二人はすぐに目を逸らし、重富から少し離れた。
こんなもんでええかな・・
そこで森上は思わず振り向いた。
「とみちゃん・・黙ってた方がぁ・・ええんとちゃうぅ・・」
重富は、わかったと言わんばかりに森上の背中をポンと叩いた。




