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サーよし!2  作者: たらふく
125/413

125 四人目の秘密兵器




―――金曜日の放課後。



「じゃ、今日の練習はここまでね」


日置は彼女らに向けてそう言った。


「それで、森上さんは土日はバイトで練習できないけど、明日、阿部さんと中川さんは、卓球センターへ連れて行くから、そのつもりでね」

「先生よ」


中川が口を開いた。


「なに?」

「明日は、それで構わねぇが、日曜日は試合があるからな」

「え・・?」


阿部は、とうとう言ってしまった・・と、内心ハラハラしていた。

それは森上も同じだった。


「試合って、なんの?」

「一年生大会さね」

「それって団体戦の?」

「そうさね」

「あはは、きみ、なに言ってるの。団体戦は四人いないと出られないんだよ」

「おうよ」

「おうよ・・って」

「実はよ、四人目がいるんでぇ」

「え・・」


日置は唖然とした。

どこにそんな子がいるんだ、と。


「それって、誰なの?」

「フフフ・・」

「なに笑ってるんだよ」

「フフフ・・フフ・・あはははは!」


中川が、突然大声で笑い出したことに、日置も阿部も森上も、何事だと驚いた。


「秘密兵器さね・・」

「秘密兵器・・?」

「おうよ」

「いや、そうじゃなくて、誰か言ってくれないと」

「いや、こればっかりは、先生にも言えねぇ」

「どうして?」

「あやつは今頃・・別の場所で特訓やってんだよ」

「え・・」

「いうなれば、影の大番長さね・・」

「・・・」

「きっと・・投げナイフをお見舞いしてるところだろうぜ・・」

「阿部さん、森上さん」


日置は、埒があかないと思い二人を呼んだ。

二人は黙ったまま日置を見た。


「きみたち、影の大番長、知ってるの?」

「ああ・・えっと・・はい・・知ってます・・」

「私もぉ・・知ってますぅ・・」

「それ、誰なの」

「先生よ」


中川が呼んだ。


「なに」

「野暮なこたぁ訊くんじゃねぇ。いずれにせよ、もう申し込みはしたんだ」

「ほんとなの・・」

「天下の太賀誠さまが、まさかしっぽ巻いて逃げようなんてこたぁねぇよな」

「きみって子は・・」

「いいな。日曜日は試合だ」

「申し込んだのなら出るけど、こういうことは、僕に相談してくれないと」

「済まねぇ。私の一存でやったことなんだ。今後は、ぜってー相談する」


日置は思った。

四人目の「影の大番長」が誰であれ、三人が試合に出ることは、むしろ歓迎だ。

三人とも万全ではないにせよ、まずは場慣れを経験させることだ、と。


「ああっ!」


そこで日置は突然大声を挙げた。


「ダブルス、まったくやってない・・」


そう、日置はここまで、彼女らには、あくまでもシングルだけをやらせてきたのだ。

ダブルスは、これからだ、と。


「ダブルスって、なんでぇ」

「ペアを組むんだよ」

「ほーう」

「森上さんは、もう無理だから・・阿部さんと中川さんが組むしかないよね・・」

「おう!私は構わねぇぜ」

「それじゃ、明日はダブルスだけやるから。で、センター行きもキャンセルね」

「おーす!」

「それにしても・・もっと早く言ってくれてたら・・」

「わりぃ、わりぃ」


阿部と森上は、意外にも日置が怒らなかったことで、胸をなでおろしていた。

そして日置は、一足先に小屋を出た。


「先生よ」


中川が日置の後を追った。


「なに?」

「あのよ、頼みがあんだよ」

「頼み?」

「小島先輩によ・・ユニフォームとジャージ、借りてくんねぇかな」

「え・・」

「影の大番長が着るんでぇ」

「ねぇ、大番長って誰なの」

「借りてくれるよな」

「・・・」

「借りてくんねぇと、関係をばらすぞ」


中川は、日置と小島のことを言った。


「なっ・・」

「いいな、明日持って来てくれ」

「わかったよ・・」

「んじゃ」


中川はそう言って、小屋の中に戻った。



―――そして翌日。ここは一年三組。



「よーう、重富」


中川は、重富を呼んで、阿部と森上の元まで連れてきた。


「とみちゃん、明日はよろしくね」


阿部が言った。


「もちろん!芝居の大恩があるからな」

「重富、言っとくけどよ、おめー、演劇部員として、ここは最高の演技をしろよ」

「え・・」

「え、じゃねぇし」

「私、いてるだけでええんとちゃうの?」

「バカ言ってんじゃねぇよ。おめーは秘密兵器なんでぇ」

「ひ・・秘密兵器・・?」

「おうよ。だからな、チームで一番強ぇって、演技をすんだよ」

「強い言うたかて・・私、卓球やったことないし」

「おめーには、試合は回って来ねぇ。したがってだな、表情と体で示すんだよ」

「・・・」

「不敵な笑みを浮かべてだな、相手チームを威嚇するんでぇ」

「威嚇・・」

「そうさね。おめーは影の大番長なんでぇ」

「高原由紀・・」

「あっ、あれだな、タオルで顔を隠すってのもありだな。力石徹が如く」

「それ・・あしたのジョーやん」

「おめー、あしたのジョーも、梶原一騎先生作だぜ」

「へ・・へぇ・・」

「いいな、演劇人として、精一杯頑張ってくれ」

「わかった」



―――そして放課後。



森上はバイトのため学校を後にし、阿部と中川は食事を摂ったあと、小屋に向かっていた。


「フフフ・・」


中川は、また突然、笑い出した。


「なによ・・」


阿部は不気味に思った。


「明日が楽しみだぜ・・」

「そうなんや・・」

「重富が、どんな演技かましてくれるのかが、楽しみでならねぇぜ」

「演技いうたかて・・座ってるだけやしな・・」

「座るにも、色々とあらぁな」

「え・・」

「バカみてぇに、畏まって座るんじゃねぇんだよ。自分は秘密兵器だっていう座り方さね」

「そんなん、あるん?」

「まあいい」


そして二人は小屋に入り、部室で着替えた。

ほどなくして日置が小屋に入って来た。


「僕、気が付いてなかったけど、森上さん、明日休めるの?」


準備体操を終えて、日置はバイトのことを訊いた。


「おうよ。休みをもらったって言ってたぜ」

「そうなんだ」

「んじゃ、先生、始めようか」

「よし。じゃ、きみたち台に着いて」


そして阿部と中川は並んで台に着いた。

日置はまず、ダブルスの動きを教えた。


「一球ずつ打つんだよ。そしてペアの邪魔にならないよう、すぐに移動する。きみたちはペンとカットだから、阿部さんは前に着いたまま。中川さんは後ろに下がったまま」


二人は日置の言いつけ通り、動いてみた。

やがてラリーを始めた。

これも、オールラウンドだ。

試合は明日だ。

よって、実戦の練習をする他なかったのである。


「ダメダメ、もっと速く動く。中川さん、ラケット回して。阿部さん、そこは回り込む」


日置は打ちながら、アドバイスを繰り返した。


「もっと動く、もっと速く!」

「おうよ!」

「はいっ」

「中川さん、そんなカットじゃ打ってくださいって言ってるようなもんだよ!」

「わかってらぁ~~!」

「阿部さん、今のはチャンスボールだよ。絶対に打たないとダメ!」

「はいっ」

「二人とも、ボールに食らいついて!」

「くっそお~~!」


このように、ダブルスの練習は続いた。

すでに阿部も中川もフラフラだ。


「休憩する?」


日置が訊いた。


「はっ。冗談だろ」

「続けます!」

「ほんとは試合前は調整程度がいいんだけどね」

「調整してる余裕なんてねぇぜ。っんなもん、やるしかねぇんだよ」

「やります!」

「よし」


こうして「にわか仕込み」のダブルスの練習は五時間も続けられた。

無論、途中で休憩を挟んだのは言うまでもない。

まさか、五時間ぶっ通しで続けられようはずもないのだ。



ちなみにこの日の授業後、日置は中川に小島のユニフォームとジャージを渡していた。


「僕と小島さんのこと誰かに喋ったら、そのお美しい顔をドブスに変えてやるからね」と冗談を言った。

「ちげーよ。ちげーって、先生」


中川は呆れていた。


「てめぇ・・誰かに喋りくさったら、べっぴんさんを見るに堪えねぇドブスに変えて、どぶ川に放り込んでやるから、覚悟しときな、だぜ」

「はいはい、そうでした」

「ありがとな。小島先輩によろしく言ってくんな」

「うん」


日置は思っていた。

中川は、口は悪いが、プライベートなことを他人に話す子ではない、と。

いわば、浅野とよく似ているな、と。

浅野は在学中、小島が日置に想いを寄せていることを、絶対に他の者には言わなかった。

そして、ここ一番という時の浅野の底力も、中川は持ち合わせているのではないか、と。

その意味で、日置は明日、中川がどんな試合をするのかが楽しみでもあった。

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