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サーよし!2  作者: たらふく
124/413

124 再スタート




―――そして翌日の月曜日。



「でなぁ・・先生ぇ、自分の責任や言いはってぇ・・」


森上は登校してすぐに、阿部と中川に昨日の話をしていた。


「でもよ、先生、わざわざおめーのバイト先に来たんだよな?」

「そうやねぇん」

「で、おめーに、話をした、と。こういうことだな」

「そうやねぇん。もう~私ぃ、気の毒になってなぁ」

「よーーし!」


中川は、突然席を立ちあがった。


「どしたん?」


阿部は中川を見上げていた。


「チビ助、おめー、わからねぇのかよ」

「なにが?」

「なにがってよ、先生、乗り越えたんでぇ」

「え・・」

「旅に出て、命の洗濯をしたんでぇ」

「命の洗濯・・」

「いいか、おめーら!」


二人は黙ったまま、中川を見ていた。


「おそらく先生は、乗り越えただろうが、まだ本当のところは定かじゃねぇ。あんまり大袈裟に喜んだりすんじゃねぇぞ」

「・・・」

「ここは、普通にだな、何もなかったように接するんでぇ」

「そやな、それがええと思う」

「先生ぇ、今日から来はると思けどぉ・・でもなぁ、まだ不安もあるってぇ、言うてはったんよぉ」

「よし、わかった。んじゃ、おめーら、そう言うことで。いいな」



―――そして放課後。



授業が終わると同時に、三人は走って小屋へ向かった。

彼女らは、日置がどんな表情で、どんな態度で現れるのか不安であったが、いつものように着替えを済ませて準備体操を始めようとしていた。


ガラガラ・・


そこへ日置が扉を開けて入って来た。


「きみたち、早いね」


日置はそう言って、靴を履き替えていた。


「せ・・先生・・いらっしゃいませ・・」


阿部は、緊張しすぎて、思わず妙な挨拶をした。


「お邪魔します」


日置は「プッ」と笑って冗談で返した。


「あはは!チビ助、おめー店の女将かよ!」

「千賀ちゃん~・・いらっしゃいませてぇ・・あはは」


森上も爆笑していた。


「いやっ・・あの・・えっ・・」


阿部は、しどろもどろになっていた。

日置はニコニコと笑いながら、中へ入った。


「女将さん、今日のお薦めは?」


日置は、まだ冗談を続けた。


「え・・」


阿部は、答えに窮した。


「いよーーっ社長!今日のお薦めはな、チビ助のスマッシュ、森上のドライブ、それから私のフォアカットでどうでぇ!」

「いいね。それ全部、頂こうかな」

「まいどあり~~!」


そこで四人は大声を挙げて笑った。


「きみたち」


日置は三人に手招きをした。

彼女らは、走って日置の元へ行った。


「色々と心配かけたね」


彼女らは黙ったまま、次の言葉を待っていた。


「僕の勝手で練習をサボったこと、申し訳なかったと思ってる。ごめんね」

「なに言ってんだよ」


中川は優しく微笑んだ。


「でも僕は、今日から頑張ると決めた。それでね、これまでと違う練習になるけど、肝に銘じておいてね」

「ほーう、違う練習か」

「全国へ行くための練習だよ」


日置は、一瞬にして厳しい表情に変わった。


「来年の予選に間に合わせるため、そのための練習ね。でもね、昨日、森上さんにも言ったんだけど、辛いことや苦しいことがあれば、抱え込まないで、僕に話してほしいの」

「・・・」

「僕は、精一杯、きみたちのサポートするから。いいね」

「おうよ!」

「はいっ」

「はいぃ」

「但し、練習量や、内容の厳しさは別。これは絶対に乗り越えないといけないハードルだし、やりこなさないと試合では勝てない」

「おーす!」

「その点に於いて、僕は一切手を抜くつもりはない。それも承知しててね」

「おーす!」

「はいっ」

「はいぃ」

「じゃ、今一度、確認する。きみたちの目標はなに?」

「決まってんじゃねぇか、インターハイ出場さね!」

「インターハイです!」

「インターハイですぅ!」

「よし、わかった」


そして日置は、「頑張ろう」と言いながら、彼女らの頭を一人ずつ撫でた―――



日置が言ったように、この日を境に彼女らの練習内容は、以前とはレベルの違う厳しいものとなっていった。

日置はまるで、これまでの「うっぷん」を晴らすかのように、一分一秒を惜しんで彼女らと向き合った。

基礎を脱した阿部には、徹底的に応用を教え込み、中川にはフォアとバックカットの徹底、それとフットワーク、森上には基礎の徹底と、少しでも足の動きとパワーが戻るよう、校庭でダッシュもやらせた。


彼女らは、日置の期待に応えるべく、まさに与えられた課題を、がむしゃらにやりこなした。

時に、体力が続かなくなることもあった。

中川ですら、根を上げそうになったことも一度や二度ではなかった。

けれども中川の中には、太賀誠がいるのだ。

「命と命のやり取りだ、来やがれってんでぇ!」と言っては、日置に立ち向かったのである。


阿部も小さな体で、懸命になって日置に着いて行った。

ある意味「本気」になった日置の指導は、以前の比ではなかった。

『卓球日誌』を熟読していた阿部は、「先輩らと内容がちゃう・・」と、困惑もしたが、これがインターハイへ行くということなのだ、と。

しかも先生は、先輩たちより、もっと上を目指しているのだと。

その意味で阿部は、日置の期待を背負っていることを、誇りに感じていた。


森上の不調は、徐々にではあるが、少しずつ回復していった。

勘を取り戻しては、また元に戻り、を繰り返す状態だ。

それでも森上は、前に進んでいることを体で感じ取っていた。

あと少し・・あと少しだと、どこまでも自身を鼓舞し続けた。


こうして練習は繰り返され、季節は十一月下旬を迎えていた―――



「おい、チビ助」


一年三組で中川が阿部を呼んだ。


「なに?」

「そろそろ団体戦の申し込みの時期だろうがよ」

「ああ・・そやったな」

「申し込み、しようぜ」

「でもさ・・やっぱり先生に一言、言うた方がええんとちゃう」

「言ってさ、許可しなかったらどうするんでぇ」

「でもなぁ・・せっかくここまでうまいこと行ってんのに、ここで先生の機嫌を損ねたら、どうするんよ」

「だから、それは前にも言っただろうが。試合に出るっつって、怒るバカがどこにいんだよ」

「そうなんやけど・・」

「おい、森上」

「なにぃ」

「おめー、どう思う」

「そやなぁ・・試合には出た方がええと思うぅ」

「だろ?だからチビ助よ、おめー、申し込めよ」

「うん・・」


阿部は、どうも消極的だ。

阿部にしてみれば、もう二度と日置があんな状態になるのは避けたかった。

したがって機嫌も損ねたくなかった。

なぜなら、機嫌を損ねるというのは、中川と対立することを意味する。

それがきっかけで、また、ということになり兼ねないと思ったからだ。


「わかった。私が申し込みするぜ」

「え・・」

「こうしようぜ。あのさ、おめーも森上も与り知らねぇうちに、私が勝手に申し込んだことにするんでぇ」

「いや・・そんなん・・」

「いいって。これなら、おめーら、怒られないだろ」

「いや、それはアカン」

「なんだよ」

「中川さんだけに責任負わせるわけにいかん」

「あはは!おめー、大袈裟なんだよ」

「せやかて、私、キャプテンやし」

「バカか。ここ使えよ、ここをさ」


中川はそう言いながら、自分の頭を指した。


「なによ・・」

「私が勝手にやったことにするのが、一番いいんでぇ」


そして中川は、阿部、森上、中川、重富の名前を書いて申し込んだのである―――



それからまた、練習の日々が続いた。


「森上さん、だいぶ動きがよくなってきたね」


日置は森上のドライブを受けていた。


「そうですかぁ」

「この分だと、来年の予選には、余裕で間に合うね」


森上は内心、「もうすぐ一年生大会やのに・・」と少し心を痛めていた。

阿部も日置の言葉で、チラリと日置を見ていた。


「阿部さんもそう思うよね」

「え・・」

「森上さん、動きがよくなったよね」

「ああ・・はいっ。よくなったと思います」

「チビ助」


中川が呼んだ。


「なに?」

「無駄口叩いてる暇はねぇぜ。ボール出しな」

「あ・・ああ、うん」


阿部と中川は、カットマンのフットワークをやっていた。


「中川さん、やる気が漲ってるね」


日置が言った。


「あたぼうよ!」

「よし。じゃ、僕が相手しよう」

「おーす!来やがれってかでぇ!」

「阿部さん、森上さんのドライブ、受けてね」


そして、それぞれペアが代わった。

日置は、前後左右のフットワークを中川に課した。


「ほらほら、前に来る!」


日置はドライブを放った後、ネット前にチョコンとストップをかけていた。


「くっそぉ~~」

「そして、後ろへ下がる!」

「こんちきしょうめ~~」


中川は、フラフラになりながら、日置に動かされ続けた。


「遅い、遅い!」

「てやんでぇ~~」

「ボールに食らいつく!」

「おうよ!」


日置は思った。

中川の根性は並大抵ではない、と。

これだけ動かされれば、少しは休憩したくなるものだ。

けれども中川はそう言わない。

それどころか、ミスした後「今の、もっかいやってくれ」と「挑んで」来るのだ。


その実、中川の頭の中には、来る一年生大会があった。

勝手に申し込んだ挙句、試合に勝てないようでは、それこそ日置の機嫌を損ねるどころか、自分のプライドが許せなくなる。

出るからには勝つ、勝つためには練習あるのみだ、と。


そしていよいよ、一年生大会は二日後に迫っていたのである―――

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