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サーよし!2  作者: たらふく
123/413

123 迷路の出口

               



その後、日置は吉住と別れ、その足で森上がバイトをするパン屋へ向かった。

日置は、小島のことより森上が気になっていた。

なぜなら、自分と同じように苦しい思いをしていたであろう森上に、何か一言でも言葉をかけたかったからである。


ほどなくしてパン屋に到着した日置は、店の前から中を覗いた。

すると森上は、とても愛想よく、レジで客の対応をしていた。

ニコニコと微笑む森上見た日置は、胸が張りさけそうになっていた。


日置はドアを開けて中へ入った。


「いらっしゃいませ。あっ、先生」


アルバイト店員の今井が、日置を見つけた。

今井は、パンをトレーに並べていた。


「どうも、ご無沙汰してます」

「いやあ~先生、相変わらず男前ですね」

「いや・・」


日置は苦笑した。


「森上さん、先生、来てはるよ」


今井は森上に報せに行った。


「あぁ・・先生ぇ・・」


森上は、半ば驚いていた。

なぜ、ここへ、と。


「森上さん、頑張ってるね」

「はいぃ・・あのぅ・・どうしはったんですかぁ・・」


森上がそう思うのも無理はない。

ついこの間、「卓球を休む」と言ったばかりの日置が、意外にもに明るい表情をしていたからだ。


「バイト、何時までなの?」

「ええっと・・もうすぐ上がりますぅ」

「そうなんだね。じゃ、僕、外で待ってるから」

「えぇ・・なんでですかぁ」

「うん、きみと話がしたくてね」

「そうですかぁ・・わかりしまたぁ」


そして日置は外で待つことにした。

森上は、日置を気にしながらも、仕事に専念しようと努めた。


先生・・なんやろ・・

また・・なんかあったんやろか・・

でも先生の顔は・・こないだまでとちゃう・・

えぇ・・なんかでも・・怖いなぁ・・


森上は「休む」ではなく「辞める」と言われるのではと、心配した。

そして、自分一人では、どうしたものかと、不安になっていた。

ほどなくして仕事を終えた森上は、私服に着替えて裏口から出た。


「先生ぇ・・」


森上は日置の待つ場所まで行った。


「お疲れさま」

「あのぅ・・どうしはったんですかぁ・・」

「ここじゃなんだから、公園へ行こうか」

「はいぃ・・」


そして二人は公園へ向かった。

日置と並んで歩く森上は、心臓がドキドキしていた。

そして、「千賀ちゃん・・中川さん・・」と、心の中で彼女らの名前を呼んでいた。

公園に到着した二人は中へ入り、ベンチに並んで座った。


「森上さん、バイト頑張ってるね」

「はいぃ・・」

「僕ね、金曜からちょっと旅に出てたの」

「え・・」

「行く当てのない旅だったんだけど、僕ね、そこで気が付いたことがあってね」

「先生ぇ・・まさかぁ・・」

「ん?」

「卓球・・辞めはるんですかぁ・・」

「ううん。辞めないよ」


日置はニッコリと微笑んだ。


「あああ・・よかったぁ・・」

「僕ね、きみの気持ちに気づいてやれなかったんだ」

「え・・」

「きみ、ずっと不調でしょ」

「はいぃ・・すみませぇん」

「いや、いいの。僕もここのところ、色々と悩んでいてね。それって何が原因でそうなったのか、全くわからなくてね」

「そうですかぁ・・」

「きみもきっと同じだったんだなって。それなのに僕は、きみに酷いこと言ったよね・・」

「えぇ・・なんも言うてはりませぇん」

「動けだとか、やる気があるのか、とか、さんざんなことをね」

「なんとも思てませぇん」

「だからね、森上さん」

「はいぃ・・」

「辛い時や、苦しい時は休んだっていいんだよ」

「え・・」

「できないことを、ダメだって思わなくていいからね」

「私ぃ・・辛いことはないんですけどぉ・・思い通りに動けんかったりぃ・・打てんかったりするんがぁ・・申し訳なくてぇ」

「そんなこと思わないで。お願いだから」


日置は、なんとも切ない気持ちになった。

森上は辛いはずなのに、それどころか申し訳ないなどと、自分を責めている。


「きみをそこまで追い詰めたのは、僕の責任だ」

「そんなぁ~~!それはぁ、絶対に違いますぅぅ」


森上はいつになく、大きな声を発した。


「断じてぇ~~先生の責任じゃありませぇん!むしろ、先生を悩ませて苦しめたんはぁ~私ですぅ!」

「森上さん・・」

「お願いですからぁ~、責任なんか感じんとってくださいぃぃ~!」

「ありがとうね」

「私ぃ~、頑張りますからぁ~」

「うん。でもね、森上さん」

「はいぃ」

「無理だけは絶対にしないで」

「・・・」

「言いたいことがあれば言えばいいし、気持ちを抱え込まないでね」

「・・・」

「僕、それだけきみに伝えたかったんだ」

「そうですかぁ・・」

「僕は、明日から頑張るつもりだけど、まだ不安も残ってるの」

「・・・」

「だから、この先、また休むかもしれないけど、その時はごめんね」

「そんなん・・いいですぅ・・」

「時間取らせて悪かった。じゃ、明日ね」

「はいぃ・・わざわざ、ありがとうございましたぁ・・」


そして日置はこの場を去り、森上は自宅へ帰った―――



マンションに到着した日置は、ドアを開けようと鍵を差し込むと、鍵がかかってなかった。


あれ・・彩ちゃん、来てるのかな・・


日置はドアを開けて中へ入った。

すると玄関には小島の靴が置かれてあった。


やっぱり、彩ちゃんだ・・


日置は慌てて奥へ入った。

すると小島は、ベランダに出て外を眺めていた。


「彩ちゃん」


日置が声をかけると小島はすぐに振り向いた。

小島は、一瞬、戸惑った表情を見せたが「先生、おかえりなさい」と、笑った。


「ただいま」

「さっき、掃除しましてね、一休みしてたところなんです」


小島はそう言いながら部屋に戻り、ドアを閉めた。


「いつも、ありがとう」

「いいえ~。先生、なんか食べました?」

「いや、まだ」

「ほなら、なんか作りますね」


小島は台所へ行こうとした。


「彩ちゃん」

「はい」

「ちょっと座ってくれる?」

「はーい」


そして二人はソファに並んで座った。


「きみに、何も言わずに、ごめんね」

「なに言うてはるんですか~、手紙くれはったやないですか」

「うん、そうなんだけど」

「嬉しかったですよ」

「僕、香川県に行ったんだ」

「へぇー、ええですね」

「そしたらさ、誰に会ったと思う?」

「誰やろ・・芸能人?」

「あはは、なんだよ、芸能人って」

「うーん、そしたら、首相?」

「あはは」

「じゃあ・・宇宙人?」

「なんでやねん」


日置は、思わず関西弁で突っ込んだ。


「おおっ、先生、ナーイス!」

「実はね、上田さんに会ったんだよ」

「上田さん?」


小島は、まさか、あの上田とは思いもしなかった。


「元山戸辺監督の、上田さんだよ」

「えええええ~~~!なんでまた!」

「上田さんの故郷らしいの。多度津ってところなんだけどね」

「へぇーー、それで、それで?」

「僕、上田さんちに泊まらせてもらったんだよ」

「まっ・・マジかーーー!」

「あはは、彩ちゃんの反応、面白いね」

「で、上田さん、そこでなにしてはるんですか」

「教師だよ」

「へぇー!」

「漫画同好会の顧問、やってらっしゃるの」

「漫画っ!」

「上田さんね、以前と全く違ってたよ」

「そうなんですか~」

「あの人、とっても優しい人なんだよ。料理も作ってくれたりね」

「おお~」

「でね、上田さん、不正のこと、土下座して僕に詫びてくださったんだよ」

「え・・」

「ずっと胸に引っかかってて、後悔してたって」

「そうだったんですか・・」


それから日置は、島へ渡ったこと、薪割りを手伝ったこと、昼ご飯をご馳走になったこと、中学生と卓球を少しだけやったことなどを話した。

小島は「そうですか、そうですか」と、頷きながら嬉しそうに聞いていた。


「僕、行ってよかったと思ってる」

「私もそう思いますよ」

「彩ちゃんにも、あの綺麗な景色、見せてあげたいよ」

「見たい~~見たい~~」

「あっ・・ああああ!」


そこで日置は何かを思い出した。


「きみの誕生日、ああああ!ごめんっ」

「先生、ええんです、ええんですよ」

「もうとっくに過ぎちゃってるね・・」

「ええんですって。単に一つ年を取っただけのことですよ」

「彩ちゃん、誕生日、おめでとう」

「ありがとうございます」


小島はニッコリと微笑んだ。


「ああ~なにかお祝いしないと・・」

「ええんですって。先生がいてくれはるんが、最高のプレゼントです」

「彩ちゃん・・」

「先生以外、なにも要りません」

「きみって子は・・」

「さて、なにか作りますね」

「いや、待って」

「え・・」

「今から出かけよう」

「先生、帰って来たばかりで疲れてるでしょう」

「ううん、全然。僕がご馳走してあげる」

「そんな・・ええんですか」

「よし、決まった。じゃ、行こう」


日置は小島の手を握り、立たせた。

そして二人は、ほどなくして部屋を後にした。


「彩ちゃん、どこがいい?」


日置は歩きながら訊いた。


「どこでもええですけど・・」

「行きたいところへ連れてってあげるから、遠慮しないで言ってね」

「そしたら~・・お寿司!」

「おおっ、いいね」

「回転寿司でいいですから」

「なに言ってるの。回ってないところだよ」


そして日置は、高級寿司店に連れ行き、二人は個室で寿司を楽しんだ。

小島は、元気を取り戻した日置を見て、寿司よりも何よりも、最高のプレゼントだと、神様に感謝していたのである―――

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