122 コンテスト
その後、日置は二時の連絡船に間に合わず、晩便と呼ばれる午後六時の船に乗って、島を後にした。
その際、郡司家の三人は無論、多くの島民が桟橋まで見送りに訪れ「また来いの~!」と言って、手を振っていた。
日置は「さよなら~~!」と、島民が見えなくなるまで手を振って応えていた。
そして日置は高松まで向かい、大阪行きの最終便の船に乗り、翌朝、大阪に到着して、たった今、自宅に帰ったところであった。
ああ~・・楽しい旅だったなぁ・・
日置はこれまで、旅らしい旅はしたことがなかった。
それこそ卓球漬けの人生で、遠征にはあちこち出向いたが、それは旅ではない。
よーし、今日も、目一杯楽しむぞ。
そう、今日は三島のコンテストがある日だ。
日置は風呂へ入り、ひと眠りしようと考えた。
船で横にはなったものの、二等室は雑魚寝で、実は、まんじりともしなかったのである。
すぐ傍では、赤ちゃんの泣き声がしていたし、酒を酌み交わすグループがいた。
けれども日置は、そのことでさえ、旅のいい思い出だと受け止めていた。
そして日置は眠ったあと、身支度を整え、コンテスト会場へ向かった―――
会場は梅田にある、小さなホールだった。
キャパシティも100席ほどで、既に客席の殆どが埋まっていた。
日置は空いている席に座り、コンテストの開始を待っていた。
ホールの中を見回すと、客の殆どが日置の会ったことのないような風貌の者たちばかりだ。
いわゆる、ミュージシャンというやつだ。
その服装も様々で、派手なスーツを身に着け、髪も整髪料でテカテカと光っている者もいれば、風呂に入ったことがないのか、と疑いたくなるような、髪はボサボサ、無精ひげを蓄えてボロボロのGパンを穿き、Tシャツはヨレヨレだ。
女性は、髪をポニーテールにし、大きなイヤリングを耳がぶら下げ、派手なワンピースを身に着けている者もいれば、腰まで長い黒髪で顔は殆ど確認できないような暗い感じの者もいた。
「それではただ今より、輝く星はきみだ!の大阪予選を開始いたします」
小さな舞台に上がった司会者の男性が、客席に向けてコンテストの開始を告げた。
そこで会場内は大きな拍手に包まれた。
「このコンテストは、みなさんご承知の通り、バンドであろうとデュオであろうとソロであろうと、なんでも結構!そしてジャンルも問いません。とにかく歌が好き、この条件さえクリアしていればOK!今日は、そういう方々にご参加いただいてます。それと演奏中は、ヤジを飛ばしたりしないよう願います。みなさま最後まで、演者たちの応援をよろしく!では、トップバッターは、枚方市からお越しのこいつらだー!」
司会者がそう言うと、四人の男性が登場し、既に舞台に用意されていたドラムやギター、ベース、ピアノの配置に着いた。
この四人は、けして若くはなかったが、客席から「待ってましたー!」という声が挙がっていた。
へぇ・・この人たちには、ファンがいるんだね・・
僕も、三島くんが出てきたら、声援を送ろうっと。
日置はこんなことを考えていた。
「えー、みなさんこんにちは」
ピアノの前に座った男性が、マイクを通してそう言った。
「僕たちは、アジュールというバンドです。四人で頑張って続けています。では、お聴きください『果てしない夢』です」
そしてドラムの者が、スティックでコンコンコンとカウントを鳴らし、演奏が始まった。
日置は、本格的な生演奏を聴くのは初めてだった。
音楽オンチの日置でも、アジュールのボーカルの歌の上手さはわかった。
場内は手拍子が起こり、日置もその中にいた。
うーん、やっぱり生演奏の迫力って、違うんだなぁ・・
こうして次から次へと参加者のパフォーマンスが続いた。
「では、次の方は、なんと!中学生です。そしてみなさん、驚いてはいけませんよ!彼は一人でギターの弾き語りをします。市内から参加してくれたのは、こいつだー!」
司会者がそう言うと、舞台の袖から三島が出てきた。
三島は準備されてあったギターを持ち、ストラップを肩にかけた。
「みなさん、こんにちは。中学生の三島です」
「三島くーん!」
日置は声援を送った。
日置の声に三島は気がついた三島は「あっ」と言った。
「観に来たよ!」
日置は手を振っていた。
「先生!」
三島がそう言うと、客席で座っている者は、日置に注目した。
そして、なんとかっこいい先生なんだ、と驚いていた。
「頑張って!」
「はい!」
三島は「えー、では、『当たり前に』を歌わせて頂きます」と一礼した。
そしてギターをつま弾き始めた。
日置は、失敗しやしないかと、内心はハラハラしていた。
やがて前奏に次いで歌い始めると、日置は心の中で一緒に歌った。
三島は緊張していたが、大人ばかりが参加している中で、たった一人で舞台に立つ三島を、日置は頼もしく思った。
頑張れ・・三島くん・・
もうすぐ最後のリフレインだよ・・
「いつか夢を掴めるように~笑えるように~走り出したいんだぁ~」
三島は最後のフレーズを歌い、後奏を弾いた。
ジャンジャン~ジャンジャンジャーーン
「おおお~~いいぞ~~」
「中学生~~よかったで~~」
「ええ曲やん!」
客席からそのような声が挙がり、場内は拍手に包まれた。
三島くん、最後までよく頑張ったね・・
とてもよかったよ・・
日置も惜しみない拍手を送っていた。
三島は客席に向かって一礼した。
そして安心しきったような表情に変わっていた。
「はいはいはい~~」
司会者がそう言いながら、袖から出てきた。
「三島くん、とてもいい曲でしたよ!」
「ありがとうございます」
「この曲は、三島くん一人で作ったん?」
「はい」
「どれくらいかかったん?」
「一ヶ月くらいです。でも、つい最近まではまだ完成してなかったんです」
「へぇー、なんでなん?」
「一番しか出来てなくて」
「そうなんやね」
「客席にいてはる先生が、二番も聴きたい言うてくれはって、急いで作りました」
「おお、先生が来てはるんやね、先生~~!」
司会者が日置を呼んだ。
えぇ~~・・僕のことだよね・・
「はい」
そこで日置は立ち上がった。
「えっ!あの人、先生なんっ?」
「姉が通う学校の先生です」
「へぇーー!めっちゃかっこええですね!」
日置は苦笑していた。
「先生!三島くんに一言!」
「ああ・・はい。三島くん、とてもよかったよ。僕はきみの曲にとても救われました。今日は来てよかったです。ありがとう」
そこで大きな拍手が起こった。
「三島くんでしたーーー!」
司会者が三島を拍手で送りながら、三島は袖に消えた。
この後もコンテストは続き、やがて結果発表の時を迎えたが、三島は予選通過を逃した。
それでも三島は「特別賞」を獲得し、小さなトロフィーを貰っていた。
「三島くん!」
ロビーに出た日置は、三島に声をかけた。
「日置先生~、来てくださって、ありがとうございました」
「特別賞、おめでとう」
「いやあ~まさか、こんなん貰えると思てませんでしたので、嬉しいです」
「きみ、ほんとにすごいよ。こんな大勢の中で堂々と歌って」
「緊張しました~」
「きっといつか、認めてもらえる日が来ると思うよ」
「ありがとうございます!」
「僕、きみのファン第一号だからね」
「えええ~~そんな、めっちゃ嬉しいです~」
「また、コンサートとかあれば報せてね。聴きに行くからね」
「はいっ!」
「三島くーん」
司会者が三島を呼んだ。
「はい」
「写真撮るからおいでー」
司会者は、予選通過者と共にいた。
今から記念撮影というわけだ。
「じゃ、僕はこれで」
「はいっ」
三島は一礼して、司会者らの元へ行った。
そして日置はそのまま会場を後にした。
「日置くん」
日置が駅に向かって歩いていると、誰かが声をかけてきた。
日置は立ち止まって振り向いた。
「ああっ、吉住さん!」
そう、それは吉住だった。
「先日は、どうもありがとうございました」
「いや、そんなんええねや」
「吉住さん、どうしてここに?」
「あはは、きみ、あのホールにおったやろ」
「えっ、吉住さんもいらしたんですか」
「僕、審査員やがな」
「ええええ~~審査員!」
「日置くん、もう帰るんか?」
「いえ、なにも予定はないですけど」
「ほなら、茶でもしばきに行こか」
「え・・」
「大阪はな、茶を飲みに行くこと、しばくて言うんや」
「げ~、初めて聞きました」
「よし、ほなら、しばきに行こ」
「はい、しばきに行きましょう」
そして二人は近くの喫茶店に入った。
席に案内された二人は、向かい合って座り、コーヒーを注文した。
「それにしても吉住さんが審査員だったとは、驚きです」
「言うとくけど、特別審査員やで。特別」
「へぇー、それって、トップってことですか」
「逆や」
「え・・」
「お飾りや」
「お飾り・・」
「僕、映画会社に勤めとるやろ。音楽業界とも関係があんねや」
「なるほど」
「それより、きみやがな」
「え・・」
「中学生と知り合いなんか」
「たまたま偶然会って、あの子の曲がとても印象に残ったんです」
「へぇー」
「いい曲だと思いませんでした?」
「あの子に特別賞与えたん、僕やで」
「えっ・・」
「特別審査員の独断や」
「でも・・お飾りなんじゃ・・」
「あはは、きみな。まあええわ」
「・・・」
「せやけど僕は、きみとは関係なく、あの子を推したんやで」
「そうなんですね」
「歌もまだまだやし、演奏かてアカン。せやけど、中学生が一人で出るっちゅうんは、なかなか出来ることやない。その度胸と勇気に免じてや」
「なるほど・・」
「他は、なんちゅうんかなあ、演奏も歌も上手いし、曲かてええのんがあったけどな、みんな同じや」
「というと・・?」
そこで吉住は煙草に火をつけた。
そして「ふぅ~」と煙を吐いた。
「きみ、みんなの曲聴いて、感動したか?」
「うーん・・どうなんだろ」
「そやろ。感動せぇへんのや」
「・・・」
「上手い、と、ええ、言うんはちゃうねや」
「なるほど・・」
「上手いだけやったら、レコード聴いとったらええやろ」
「・・・」
「ライブはな、客の心を揺さぶらなあかんねや」
「へぇ・・」
「きみ、あの中学生、上手いと思うか」
「うーん・・下手ではないと思いますけど」
「それでええねや。本来、歌っちゅうもんは、そうやないとあかんねや。中学生は、きみの心を捉えたんや」
「確かにそうです。僕は彼の歌詞に心を惹かれました」
そこで吉住は、日置の顔をじっと見た。
「なんですか・・」
「きみ、変わったな」
「え・・」
「なんかええことあったやろ」
吉住は、いたずらな笑みを浮かべた。
「ああ・・僕、旅に出てたんです」
「ほーう」
「すごくいい旅でした」
「そらええな」
それから日置は、上田と再会したことや、島へ渡ったことを話した。
特に、上田との話を、吉住は興味深く聞いていた。
「その上田って人、なかなかやな」
「というと・・?」
「きみに、心を開かせたがな。不満をぶちまけ、言うて」
「はい」
「すっきりしたやろ」
「はい、とても」
「それでええねや」
吉住は、優しく微笑んだ。




