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サーよし!2  作者: たらふく
12/413

12 結婚を意識した二人




―――この日の夜、日置と小島は電話で話していた。



「そうなんだよ・・まったく参ったよ」


日置はたった今、職員会議での内容を話し終えたところだった。


「なんか・・ヒステリーな感じがしますね」

「そうだね」

「せやけど、なんでいきなり小屋のことなんか・・」

「さあ、それはわからないよ」

「その加賀見先生て、新人なんですよね?」

「うん」

「普通、新人いうたら、そこまで言えませんけどね」

「いや、それはいいんだよ。新人であろうがベテランであろうが、意見を言うことは全く構わないんだけどね」

「まあ・・そうですねぇ」

「それがさ、すぐ撤退しろ~って言わんばかりだからさ。加賀見先生の意図が読めないんだよ」

「なるほど」

「すごく急いでる感じがしてね」

「大変ですね」

「まあね。ごめんね、こんな話」

「いいえ、なんでも言うてください。私はなんぼでも聞きますから」

「ありがとう」

「それより、森上さん、どうなりました?」

「あ・・ああああ~~!」


日置は、たった今、森上と約束したことを思い出した。


「先生、どないしたんですか!」

「しまった!」

「ええ~~どうしたんですか」

「いや、僕、森上さんに放課後、小屋に来るように言ったのに・・忘れてた・・」

「ありゃ~・・」

「ああ・・職員会議で・・すっかり・・どうしよう」

「先生、大丈夫ですよ」

「そうかな」

「明日行って謝れば済みます。ほんで、また来てもらえばええんです」

「ああ、そうだね」

「私、森上さんと話してわかりましたけど、あの子、そんなことくらいで怒る子やないし、なにより先生にいじめを解決してもろた恩があるんですから、大丈夫ですよ」

「うん、彩ちゃん、ありがとう」

「いいえ、どういたしまして」

「彩ちゃんに話を聞いてもらえて、ずいぶん楽になったよ」

「先生に、そう言うてもらえて光栄です」

「彩ちゃんも、なんか悩みとかあれば、僕に話してね」

「はい、そうします」

「じゃ、切るね」

「はい、おやすみなさい」


けれども二人は互いに受話器を置くことなく、まだ耳にあてていた。

そう、先に切りたくなかったのだ。


「先生・・切ってください」

「彩ちゃんが先に切って」

「ダメです。こういうのは、年下が後で切るもんです」

「あはは、そんなの初めて聞いたよ」

「こんなんやと、ずっと切れませんやん」

「ほんとは切りたくないよ」

「先生・・」

「彩ちゃんの声、ずっと聴いていたいよ」

「私も・・先生の声、ずっと聴いてたいです・・」


小島は手で口を押え、誰にも聞こえないように、囁くように言った。


「暑いでんなあ・・」


小島が振り向くと、弟の篤志がニヤリと笑って立っていた。


「ちょ!篤志!あんた、もう寝なさい!」


小島と篤志のやり取りを聞いた日置は、微笑ましいと思った。


「慎吾兄ちゃん~~!また遊びに来てな~~」


篤志は現在、中学二年生の、思春期真っ只中だ。


「篤志!向こう行きなさい!もう~お母さん、篤志、どないかして~」

「こらーー篤志、お姉ちゃんの邪魔したらあかんて、何べん言うたらわかるんや!」


母親の誠子が怒鳴った。


「先生、すみません。もう篤志がアホで」

「ううん。楽しいよ」

「ほな、ほんまに切ります。すみません」

「うん、お母さんにもよろしくね」

「はい、では」


そして小島は電話を切った。


「篤志!あんたは、ほんまにもう!」


篤志は、ベーッと舌を出しながら逃げていた。


「こらあ~~待たんかい!」

「こらこら、彩華」


誠子がたしなめた。

そこで小島は立ち止まった。

篤志は、二階の自室へ「逃亡」していた。


「せやかて・・まったく・・」

「篤志な、日置先生がお兄さんになってくれる~いうて、ほんまは喜んでるんよ」

「わかってるけど・・」


そこで小島はリビングのソファに、ドスンと座った。


「それより、先生とはうまくいってるみたいやな」

「ああ・・うん」

「彩華・・」

「なに?」

「こんなん言うたら、あれなんやけどね」

「なにをよ」

「あんたは、まだ十八やん」

「うん」

「恋人同士いうたら、その、そういうこともあるやん」

「そういうことて、なによ」

「まあ・・大人の関係、いうんかな」

「え・・」


小島の顔は、すぐに赤くなった。

そして誠子から目を逸らした。


「そらね、いつかはそうなるんよ。でもね、まだ結婚もどうなるかわからんしね・・あまり・・」

「お母さん」


小島は、誠子に向き合った。


「ん?」

「お父さんには言わんといてや」

「え・・まさか・・もう?」


誠子は、二人はとっくにそう言う関係なのだと察した。


「まさか。ちゃうねん」

「え・・」

「前にな・・話があって先生のマンションへ行ったんよ」

「そうなんや・・」

「その時な、泊まらせない、て先生、言わはってな。大事なお嬢さんやから、て」

「まあ・・そうやったんやね」

「だから、心配せんでもええねん」

「そうか・・日置先生、そんなこと言わはったんやね」

「でもな、お母さん」

「ん?」

「私、結婚するんは先生以外に考えられへん」

「うん」

「だから・・もしそうなったとしても・・お母さん、許してくれるやんな・・」

「うん、気持ちはわかるんよ。せやけど彩華はまだ若い。もし、妊娠なんてことになったら、あんたの将来が・・」

「その時は、結婚する」

「彩華・・」

「私の意思は、絶対に変わらん」


誠子は思った。

彩華は言い出すと、自分の意思を曲げない子だ、と。

ただ誠子は母親として、将来のある十八の娘を、黙って見ていられなかったのである。

それは彩華のためでもあり、日置のためでもある、と。


けれども日置は、大人として彩華を帰した。

今後、たとえ大人の関係になったとしても、全て日置に任せよう、と。

たとえ十八でも、この子は大人の女性として恋をしているんだ、と。

日置の人間性を知っているからこそ、そう思える誠子であった。



―――一方で日置は。



電話を切った後、やけに一人暮らしの淋しさが日置を襲っていた。

そして、結婚の相手は、小島しか考えられないと、日置が初めて結婚を意識した瞬間でもあった。


彩ちゃん・・会いたいな・・


日置はそんな風に思いながら、台所へ立った時だった。


ルルルル・・


電話のベルが鳴った。

そして日置は受話器を取った。


「もしもし、日置ですが」

「あ、先生、さっきはすみません」


相手は小島だった。


「彩ちゃん、どうしたの?」

「私ね、今、外からかけてるんです」


そう、小島は公衆電話からかけていたのだ。


「ええ、外から?」

「もう、家の中やったら、ゆっくり話もできませんので。篤志はうるさいし」

「そっか、わざわざ外へ出てくれたんだ。そこは、家の近くなの?」

「はい、もう目と鼻の先です」

「それなら安心だね」


日置は、家との距離を心配した。


「彩ちゃん」

「はい」

「会いたい・・」

「え・・」

「あはは、嘘だよ、嘘」

「ええ~嘘て」

「嘘だけど、嘘じゃない」

「あはは、なんですかそれ」

「今すぐ、きみを抱きしめたいよ」

「先生・・」

「でも我慢する。電話ありがとう。もう帰りなさい」

「私も、先生に会いたいです・・」

「彩ちゃん・・」

「でも、私が無理いうたら、困るんは先生ですよね」

「・・・」

「私は先生を困らせたくありません。だから我慢します」


日置は、また小島が愛しくてたまらなくなった。

ずっと小島の声を聴いていたいと思った。


「彩ちゃん、また連絡するね」

「はい」

「じゃ、おやすみ」

「はい、おやすみなさい」


そして日置は先に電話を切った。

そう、小島をすぐに家へ帰らせるためだ。

日置の気持ちを小島もわかっていた。

そして、それがたまらなく嬉しかった。


現代では、一人一台、携帯電話を持ち、いつでもどこでも電話やメールで連絡が取れる便利な世の中だ。

待ち合わせするにしても、場所や時間を間違えても、電話一本で済む。

けれどもこの時代、恋人同士であっても、家の者を気にしながら電話をしたり、小島のように外でかける場合も珍しくなかった。

その「じれったさ」が、心の距離を縮め、互いの絆を強くしたとも言えるのではないだろうか。


小島は、家までゆっくりと歩いた。

そして日置の苦労を思いやった。

そう、小屋の件だ。


小島は思った。

森上が卓球部に入りさえすれば、問題は解決する、と。

いや、解決するどころか、森上は桐花の「大器」として、自分たちの後を引き継いでくれるのだ、と。

それを加賀見とやらが、何の理由かわからないが、阻止しているとしか思えなかったのである。

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